レンジ「……何か、傷つけたんじゃないか?」
ヒカリ「いや知らないし、そんなの。んー ……」
レンジ「……さみしいのか?」
ヒカリ「だ、誰が!?」
レンジ「はい」さっと、アラタの住所が書かれたメモを手渡して、別なコンテナに移動
ヒカリ「……私、あんまり道を歩くの、とくいじゃないわよ?」方向音痴にどうしろと、という目でレンジの去ったコンテナ接続部分を見る
眠気でぼうっとする頭の中。そんな状態でも、なんだかんだで置きあがれてしまうのは週間の問題だろうか。
うん、まぁ働かなければ死んでしまうのだから、そこは当然と考えるべきなんだろうか。あいにく、僕にはよくわからない。
自宅というか自室で、僕はぼんやりとそんなことを考えていた。朝日が僕の顔を焼く。ちりちりと焼かれる痛覚。現実感がそれに合わせて段々と戻って行った。
ただあまりに気が滅入りすぎていて、このままだと仕事にいくどころじゃなさそうだ。少なくとも向こうに行くのに余裕があるこの時間帯でこれなんだから、日中の仕事とか考えたくない。出来る限り早めにブーストをかけないといけないだろう。
そう思って、ちらりと冷蔵庫を見る。起き上がり、手を伸ばし、扉に手をかけた。
でも、一瞬躊躇する。
どうしても躊躇してしまう。だけど……、頭に両親の顔を思い浮かべて、僕は扉を開けた。
中には加工された「食料」が入っていた。ぱっと見ればおつまみとかにしか見えないような風に整形された肉。万が一のために塩など調味料も刷りこまれている。
それを一切れ手に取り、僕はそれを見る。
「…………」
冷蔵庫の扉を閉め、しばらく動くことができない。
ただそれでも、それでも僕は口に入れる。
手を合わせ租借し、沸きあがる高揚感と「もっと食べたい」というその感覚を押さえる。
「……バケモノか」
――受け入れろよ、私らは……バケモンだ。
ヒカリさんの言葉が、頭の中でリフレインする。
彼女自身、悪気も何もあったものではなかったろう。気に入らないと言いながら、彼女の目はどこかこちらを気遣うような、そんな感じがした。なにせ釣り目気味のはずなのに、表情が少し不安そうだったのだ。言葉に反して、案外あのヒトは感情を隠すのが下手だ。
「……はぁ」
あのヒトはきっと、弟のレンくんと二人で、それなりに大変な生活を送ってきたのだろう。きっと僕が想像できないようなそれを。
僕が生きてきた「平和な」十数年間と、彼女らが生きてきた「バケモノの」十数年間は、きっと、一言では言い表せないくらい隔たりがあるはずだ。
それでも何というか……、怖かったり痛かったりする割に、彼女たちにふと会いたいと思う自分がいるのは、なんだろう。
「ヒト(?)恋しいだけなのかな、う~ん」
まさか大将たちが言ったように、本当に恋愛感情を抱いているわけでもないだろうし。
流石に「いじめられるのが好き」みたいな倒錯的な趣味はない。
確かに綺麗だったと思う。綺麗なヒトだと思うけど。だからといって何でもかんでもそれに結びつけるのは、こう、小学生とか中学生とかみたいで何か嫌だった。
考えても仕方ない。食べ物のお陰か、気合が入った。今にもだらけてしまいたい足に力を入れて立ち上がる。
時刻は六時半を回る前。周囲を散歩してから大将たちのところに向かっても、余裕ありまくりだった。
「気分転換、気分転換……」
なのでせっかくだから、普段しないようなことをしてみようという気になった。
服の中から黒いライダースーツ(レーシング用とかじゃなくて普通のジャケット系)を着用して、表に出る。
時期的にまだ朝はちょっと寒いので、汗はかかないで済むのが救いだ。このまま箪笥の肥やしになっているのも悲しいので、着用。そのまま近場のコンビニまで行こうと下宿を出て――。
「……よっ」
そして突然、ヒカリさんと遭遇した。
「……」
「……」
「……へ?」
いやいやいや。
一瞬意味が分からなくて頭がぱーん! ちょっとフリーズした僕をいぶかしげに見るヒカリさんという構図は、ちょっとないと思う。ヒカリさんは、頭はまーた黒くなっていた。ただ服装はロングスカートにふんわりしたブラウスと、ちょっとおしゃれさんだ。
問題なのは、なんでこのヒトがそんな格好でここに居るのかということだ。
仕事着じゃない時点で業務中でもない。かといって黒いコートも纏っていないとなると、喰種として活動中という訳でもない。
なんだなんだ? と思いながらも咳払いをして、内心を隠しつつ尋ねた。
「えっと……、おはようございます」
「なんで敬語? この間、唐突に砕けてたけど」
「い、いや、なんとなく……」
「意味わかんねー」
半眼でにやりと笑う彼女の方が僕からすれば意味が分からない。
「えっと、何で四方さんここに居るんですか?」
「別に? まぁ、たまたまうろついてたらアンタの匂いがしたし、様子見」
「鼻、良いんですね……?」
「いや、何で疑問系なのよ」
残念ながら僕は「一般的な喰種の嗅覚」がどれくらいかとか、よく分からない。そもそも一般的な喰種という考え方が出来るほど『喰種社会に染まっていない』のだ。
事情が事情なので簡単にも説明できないのだけれど、幸いにも、ヒカリさんはくすくす笑っていた。
「やっぱ変よアンタ。あー、おかしい……、」
「……ちょっと笑いすぎじゃないですかねぇ、ええ」
言葉の端々から噴き出すのをこらえてるのがひしひしと伝わってくる。何がツボだったのかは知らないけど笑いすぎだ。調子が崩れる。
「あれ、怒った? じゃあまた
「なんでもかんでも暴力に結び付けないでくださいって。
あー ……、用がないなら、いいですか? 僕、少し散歩したいんで」
なんだか段々と面倒になってきて、切り上げようと強引に話を展開した。
想定外だったのは、この後の彼女の反応だった。
「いやいや、用はあるのよ。散歩? 一緒に行ってあげようじゃない」
なんだろうこのリアクションは。ことごとく調子が崩れ去る。
まぁ断る理由も(というか断れる理由も)思い付かなかったので、仕方なしに一緒に歩くことにした。
近所の本屋の横を通り過ぎて、まだ開店前の菓子屋の手前を歩く。ふとヒカリさんがそちらを向いて「可愛い」とか呟いていたのが聞こえた。
そのまま足を進めながら、駅前に向かう。
「アンタ、えっと……、アラタだったっけ?」
「……あれ? 名乗りましたっけそういえば」
「免許にそう書いてあった」
言われて見れば、彼女がそれを確認する機会はあったなぁと納得。
無言が続くかと思いきや、何故か今日はヒカリさんが話題を振りまくってきてた。
「アンタ、どこで働いてるの?」
「……えーっと、二区の――」
「いやいや住所じゃねーから。仕事の話」
「嗚呼。って、見ませんでした? あの時」
「発泡スチロールだし、くせーし魚運んでたんだろうなーってのは思ったけど、だからって知らないし」
「料亭です。魚貝と山菜専門の」
「……それよく働けるわね、アンタ」
確かに料理なんて、普通に考えて喰種の鬼門だろう。
僕が働いてるのは、ちょっと別な事情からだったりもする。
「僕だけなら働けないと思いますけど、まぁ、その……」
「何よ、歯切れ悪いわね」
「昔は22区の上井大学の近くにあったところらしいってのは聞くんですけど、まぁ、ヒトが良かったって言うのが一つですかね。ぶっ倒れてた僕、介抱してもらったので」
「かみい?」
「……? 結構有名だと思いましたけど。ほら、この間ラジオのニュースで――」
「知らない」
「へ?」
「そーゆーの、わかんない」
きょとん、とした表情のヒカリさん。物騒な発言もなく会話をしていたせいか、一瞬「可愛い」と錯覚した。
「えっと、レンくんとかはそういうのはやらないんですか?」
「レンジ……、レンは、アレよ。バイクいじる様になったのは、昔レーシングクラブのおっちゃんに感化されたからってだけで、本来得意じゃないはずだし」
「へぇ……」
「……なんか、馬鹿にした?」
「し、してないしてない……」
そんなことでむっと睨まれても困る。実際馬鹿にしてないので冤罪もいいところだ。
でも何が気に入らないのか、彼女は半眼のまま僕の顔をじぃっと見つめてきた。たじろぐ僕の様子を見て、彼女は「あ」と手をポンと叩いた。
「そっか。わかった。なんか変だと思ったら」
「?」
「アンタ、『人間』なんだわ」
いや喰種だけれども、という言葉が頭の中で浮かぶ。
もっとも彼女のその言葉は、修辞表現だったようだ。
「こう、本当に喰種って感じじゃないのよ。メシのこと全然考えてなさそうだし、機械とか扱いなれてそうだし、スゲー逃げ腰だし」
「逃げ腰関係あります?」
「あるある。大体私がこうやって寄って行くと、人間は逃げる」
それはヒカリさんの表情が怖いからじゃないだろうか。
「やっぱり馬鹿にした? なんか」
「だ、だからしてないですって」
「怪しい……。ま、いいけど。
うん。納得。全然『アイツら』と違うみたいだし、フツーに話せる理由、わかった」
「あいつら……?」
今度は僕が疑問符を浮かべる番だったけど、彼女はそれに答えるつもりはないのか、んん、と伸びをして笑った。
「あー、すっきり」
「……」
そしてその、妙に晴れやかな笑顔は、さっきのきょとんとした表情とは別の方向に綺麗というか、可愛らしく感じられた。
思わず言葉を失う僕に、「何?」とヒカリさん。
「な、なんでもないです」
「ふーん。変なの。ま、良かった良かった」
そう言って、彼女は僕の方から離れる。もう終わりなのだろうか。というかいまいち目撃が判然としない。まさか今の話がその理由だったのだろうか、と考え始めたあたりで。
「アンタの事情、知らないけどさ。この間、ごめんね。
今日なんか、元気そうで良かったわ」
服、悪くないわよ、と言い残して彼女は何処かへと走っていく。
僕はそれを、呆然と見送っていた。
「……様子、見に来てくれたってこと?」
よくは分からないけど、前後の文脈から判断するとそういうことらしい。
この間とは、おそらく「バケモノ」とか、そういうことを言ったあの日のことだろう。とするならば、それが悪かったと思ってわざわざこっちに来たのだろうか。
あれから一週間以上経っている。その間、僕も確かに落ち込んでいたし、彼女の家に向かうこともなかったのだけれど――。
「……あれ?」
なんだか理由は分からないけど。
それでも、動悸か何かのように、脈拍が上がっているのか、首から上が暑かった。
※
学校は退屈だ。
いや、退屈というと正確じゃない。退屈にならざるを得ない。
特に俺の場合は、下手に友人も作れない。学校の外での知り合いはともかく、学校内で友達とかになれば、必然、プライベートまで踏み込まれる事になる。それは、出来れば逃げたかった。
だから声をかけてくるクラスメイトにも適当にあしらいつつ、本でも読んでればすぐ一人になることが出来た。基本的にそれでバリケードを張ってるように錯覚してくれるから、楽といえば楽だった。
プラスワンで、周囲が距離を置くような事件を一つ二つ起こせば、もう誰もタッチしてこない。絶対安全領域と言いかえることも出来る。
もっとも、だからといって周囲に気を配ってないわけじゃない。むしろ周囲以上に気を配っていると言えるかもしれない。情報収集は酷く重要だ。
ねぇねぇ、聞いた? この前の夜、喰種が襲ってるところ見たんだって――。
返り血を顔面に浴びてさ――。
嗚呼、阿呆だなぁと思わなくもない。本当に人食いの怪物が出たのなら、目撃証言なんて残っているはずはないだろう。喰種は基本的に人間より五感が優れている。異常なほどに。それはつまり、周囲で目撃している相手が居た場合、ほぼほぼ確実に捕捉することができると言うことだ。もちろん距離感とかもあるだろうが、返り血を顔面に浴びる距離で居て、生き残れるものか。
理屈で考えれば丸分かりだ。そんなの。想像力が足りないんじゃないだろうか。
まぁ関係ないから、思ったところで口には出さない。口裂け女とか、せいぜいその程度の扱いなのだろうから。
話題はめまぐるしい。テレビ番組も世界の終わりとか音楽とかドラマとか。とにかく話題がざっくりしすぎていて笑えて来る。大体、中学生だからというのもあるかもしれないけど、話してる内容が「背伸びしている感じ」がして、ちょっと馬鹿馬鹿しく思えてくる。
ヒトは、身の丈にあった生活が一番――。
母さんと親父のやりとりを見てると、そう思う。
人間なんて、所詮うすっぺらいもの。慎重に慎重にという精神を忘れてはいけない。
もっともこうして生きていれば、そういう相手を見つけることもないのだろうけど。それが良いか悪いかは別にして。
だから、昼休みの教室に入った放送に驚かされた。
『――先ほど警察より、××町の通りで喰種が目撃されたと情報が入りました。それを受け、本日は午後の授業を取りやめます。担任の先生の指示に従って、体育館まで――』
「え、何?」「ひょっとして集団下校?」「やりぃ!」「お、後で家遊び行くから――」
危機感のないクラスメイトたちの歓声が響く。大方午後の授業を中断して家に帰れる、あるいは友達と遊べると踏んでいるのだろう。本当、危機感がない。喰種に対する認識が甘い。
「まずいな」
ただそんな理由とは別に、思わず呟いてしまった。そんな目撃情報があれば、間違いなくCCG――喰種捜査官たちが周囲を徘徊することになる。
場合によっては、聞き込みに来られるかもしれない。
それは、大変に良くない。
その喰種とやら、余計なことをしてくれた。集団下校の最中、そんなことを考えながら自宅へ向かう。既にほとんど散り散りになって、残りは俺を含めて三人だ。
「――の家はここだな。……結構でかいな」
「家庭訪問来ましたよね先生」
「あの時も言ったさ。それにサングラス外せぃこの似非不良生徒が。
何というかアレだよな。お前……、誰に対して警戒してんだ?」
男の、体育教師なのだが、俺の担任のその先生は、肩をすくめながらそう言った。言わんとしている意味がよくわからない。
「アレだよ。要するにお前、ずっとそうやって警戒してる感じだろ」
「警戒してる……?」
「違ったのか? まー経験則だけど、荒れてるように見せてるって事は、見せてるなりの理由があるってことだろ。
ただ、お前親御さんしっかりしてんだから、素行だけで心配させんじゃねえっての」
「ケンカも何もしてないですが」
「そゆこと言ってるんじゃねぇっての」
そう言って肩をすくめながら、先生は他の生徒を送りに向かった。
家の鍵を開けて中に入ると、親父がソファーで寝ていた。
「……」
母さんが看護
たとえどれだけ付き合いが長くても、そんな認識にならざるを得ない。
まぁ、好きか嫌いかで言えば嫌いだ。でも一応は親だ。親だっていうことでありがたがる風潮は嫌いだし、この親父のことをありがたがるコトはたぶん、ない。
そんなことを思いながら、俺は冷蔵庫から水を出して一口。
「……死ねばいいのに」
今思えば、そんな言葉は平和だから出てきた言葉だったんだろう。
文字通り、俺はそう述懐する。
※
あくびを噛み殺しながら、私は歩く。
時間は既に深夜。警察署から開放されてコクリアから帰ってくるまでにちょっと時間はかかったけど、最終的にあのバーテンの子の証言と監視カメラが決定打になってくれたらしくて、ちょっと嬉しい。自分の予定した通りに動いてくれて、あたしとしてはご満悦。
若干拘留期間が長かった気もするけど、この案件で頭を悩ませるのは半年以上後になってからのはず。一旦は捜査に戻れるし、貴重な情報も得られたし。
11区の空港から、どうも直接来てるらしいというのが大きい。
びっちゃんから得た情報を元にするなら、一部の海外勢力の喰種が東京に進出し始めている事。2区の捜査官殺しを追っている私とは無関係に見えなくもない事柄だけど、でも、びっちゃんから得られた情報を元にすると、あながち無関係とも言えなくなってきていた。
「待ってくださいよ、安浦さん……ッ」
阿藤くんが、そんな私の後をついてくる。あんまり早足だったつもりもないのだけれど、ぱっと見て結構疲れてるように見えるわね。なぜかしら。
「そりゃ、上等の動きがめまぐるしすぎるからですよ! まさか釈放された即日でコクリア行ってってなると尾持てませんでしたよ、どれくらい距離あると思ってるんですか! しかも内部で行ったり来たりするし!」
「そりゃ、捜査ってそういうものよ。黄色い球体が行ったり来たりするゲームあるんだけど、あれみたいなものよ」
「意味わかんないですって!」
「まぁ、その話はともかく。概ね必要な情報は得られたから」
思ったより阿藤くんは、元気が良かった。良かったと言うより私が振り回しすぎてストレスが限界みたいな感じに思えなくもないけど、それは考えないことにして。……局長直々に「君を准特等に出来ないのは、その問題行動が多すぎるところが原因だからね?」とか言われてしまったけど、そこも一旦は気にしない。
タクシーを呼びとめて乗り込む私に、彼も転びそうになりながら隣に座る。
「疲れてるのかしら」
「誰のせいですか!」
「それはごめんなさい」
「で、説明してくれるんですよね上等?」
もちろん、と言いながら私は指を立てた。
「捜査官殺しだけど、実はある法則性があったことに気づいたの」
「法則性?」
「ええ。ここのところ2区の情報しか集めてなかったからすぐわからなかったけど、取り寄せたらビンゴよ。
……周辺の区でも、同様の捜査官殺しが何件か」
「何件かって……」
「そしていずれも、殺された捜査官は『クインケを携帯していた』」
「……それが何か、関係あるんですか?」
大有りよ、と私は彼に言う。
「形態していたクインケは、いずれも『レッドエッジ』。つまりネオクインケよ?」
「……?」
「嗚呼、あなた一応新人だったかしら。忘れてたわ。
クインケは現在、全部が全部とまでは言わないけどバージョンアップを計ってるところなの。喰種の脳波なのか何なのか知らないけど、そういうのを利用する形式のものに」
「何が違うんでしょうか?」
「まず生態認証の必要がなくなるそうよ。制御装置に喰種が出す特定の波形みたいなものが記録されていて、それを再現するらしいの。問題は、仮に喰種がそれを持ったところでその波形同士がぶつかり合って扱えない。扱える可能性も、小数点以下らしいわ」
「人間相手の場合は……」
「まぁだから多少はチューニングとかは必要なんでしょうけど。
で、そのネオクインケ持ちの捜査官を狙っているらしいのよ。捜査官殺しの多くは」
「じゃあ、我々が追っている『カミナリ』も――」
「いえ、違うわ」
「はい?」
私の言い方も悪かったのか、阿藤くんは意味が分からず困惑してしまった。
「正確には、一つ前、つまり一番新しい捜査官殺しのやつだけ別なのよ。そしてそれが、相手を特定するヒントに繋がるの」
そして問題は――問題は只一つ。「半年前」にここに来たと言う、海外喰種組織の男。彼が持っている情報が鍵になる。
タクシーで23区を抜けて8区にたどり着き。本来なら情報屋たるあのヤクザの喰種と待ち合わせていた、ホテルのバーに入る。阿藤くんに待機してるようにと言うと「安浦上等、何するかわからないから駄目です!」と着いてきそうだったので、ドンパチはしないということでアタッシュケースとキャリーバッグを預けた。
エレベータを上り、ちょっとお高そうな扉を開ける。
そこには、一人の青年が居た。結構若いけど、サングラス姿は威圧感あるわね。服は臙脂色のスーツに、不揃いなヒゲはちょっと大人ぶろうとして失敗してるようにも見えなくはない。酒を飲みはしないものの、カウンターに肘を着いて鬱屈とした表情で眠っている。
私は彼の隣に座り肩を叩いた。
「キュウさん、かしら」
私の言葉に、億劫そうに彼は目を見開いた。半透明なサングラスから、睨むような視線が私の顔を射抜く。
「……今、懐かしい夢を見ていた。気分が悪い。だから『知らない人間』に話しかけられるのはもっと嫌いだ」
「あら、随分な話ね。こっちはビジネスに来たと言うのに」
ビジネス? と首を傾げる彼に、私は微笑んだ。
「取引しないかしら。そっちにとっても、決して損ではないはずよ?」
吉時「効率優先もいいけど、法律とか人間性も守ってくれ』
清子『守りましたよ。だから釈放されたんじゃないですか』
吉時「……わかったから、今後はあまり手荒にならないように」打つ手ナシとばかりに電話を切って、レコードを再生する