仮面ライダーハイセ   作:黒兎可

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レンジ「……………………(あいつ、姉さん狙ってるだろ絶対)」


chap.04 動く ―― gok oU ――

 

 

 

 

 

「――聞き込み29件して、収穫が3つと。しかもどれも海外勢力……。こりゃ、やっぱり8区との連携捜査は必要ですかね?」

「若手にしては中々捜査()はあるみたいだけど、判断は時期尚早じゃないかしら。

 まぁ今日は終了としても、明日からは聞きこみは別れた方が良いかもしれないわね」

 

 阿藤三等捜査官にそう言いつつ、私たちは局を出た。建て直してからまだ十年は建っていない建物だけど、所々既にエレベータとか、古く感じるのは私が都会っ子になってきたってことかしら(まぁ子なんて年齢じゃ到底ないのだけれど)。終電を逃すと急いで走る彼に手を振り、私は今日調べた資料を手に取った。

 

 クロノテイル――時の尾。

 

 そう名付けたのは中国の方の支部だったかしら。それを聞いた彼ら自身が「上手い事言うな」という風に、自ら率先して名乗るようになっていったというのは、局長が前に愚痴で話してた。

 キツネの模様が目印で、時々尻尾が増えているのは勢力拡大に合わせたものだとか。

 

 まぁ、そういう生きていく上であんまりタメにならない類の知識はともかく。

 そんな彼らが何の因果か、近頃東京を中心に手を出し始めている。今の所私は遭遇したことはないんだけど、8区の方は段々とそういう動きがあるらしかった。本当ならびっちゃんが担当に向かったりするのが適切なのだけど、娘ちゃんが今手を離せない時期だと言う事もあって、色々大変みたい。

 

 みたい、と他人事なのは、あくまでまだ他人事だから。

 私の管轄になったら、それなりに調べて、戦えるように準備しないといけない。

 

 でも、今の所その心配はないと私は踏んでいる。

 

 私の前のパートナー ……。緊急で派遣された阿藤くんじゃない彼。電撃のようなもので焼かれた跡が身体の各所にあったそれは、おそらく海外の彼らのものじゃない。長年というほどまだ捜査官として活躍してきていはいないけど(それでも三十路は超えてるけど)、そういうアタリを付けるのは段々と上手くなって来ていた。

 

 根拠も一応ある。

 まず8区と2区が近いと言っても、彼らは率先して自分達の活動を公言しないし、捜査官の死体なんて「目立つ」ものを転がしたら、すぐさま足がつくことを理解しているはず。万一残したところで、別なチームに回収させればご飯も増えるし一石二鳥(西欧の方で、マフィアに雇われていた喰種がそんなことをしていたらしい)。そこまで頭が回らない以上、これは組織だった犯行じゃない。

 そして「電気に焼かれたような」という部分。こんな目立つ特徴、報告があったらいかに海外勢力に詳しくない私でも、少しは耳にしていると思う。

 第三に――元々この2区では、捜査官殺しが定期的にあったこと。

 

「プロファイリングなんて趣味じゃないんだけど、ちょっと想像してみようかしら――あら?」

 

 そんなことを考えていると、不意に、殺された彼の持っていたスクラップブックが落ちた。

 遺品ではあったものの、いまいち片付ける気が起きなくてそのまま放置していたデスク。その上の棚から落ちたそれを、私は興味本位からぱらぱらとめくった。

 

 私は基本的に、捜査官の仕事は仕事だと割り切ってる。彼もそんなに変わらないスタンスだったから、案外と仕事のウマは合ったのだけれど。でもスクラップブックの端々に走り書きされたそれは、意外とセンチメンタルな感じの感想があった。意外と詩人ぽいっというか、何というか。

 集められていたものは、喰種関連で家族ぐるみの事件が主立っていたものだった。

 

「あら、これって……」

 

 そんな中に、ふと目に留まったものがあった。たぶん偶然だと思うのだけど、それは、組織だった喰種によって、母親、父親が殺され、子供が行方不明になる事件だった。

 それだけなら目には留まらない。問題は、その一家の苗字が。

 

「霧嶋、ねぇ」

 

 そうある苗字ではないせいか、今朝方聞き込みに行った苦学生っぽい青年の顔を私は思いだした。

 

 

 

 

  

   ※

  

 

 

 

 

 インターフォンが鳴った。

 

 ヒカリさんを本人が分かるという道まで送った後、バイクを大将の元に返し、徒歩で帰宅。部屋でごろりと倒れて爆睡。昼間から寝れるというのは、非常に不真面目な「人間」らしくて、でもどうしようもなく抗いがたい魅力がある。つまり逃げられない。一度眠いと言う感覚にとりつかれてしまったが最後、そのままずるずると時間を浪費してしまうのだ。

 

 そのままもう、一日二日は倒れっぱなし。 

 いけない、駄目な大人になってしまう……。

 

 そんな他愛無いことを考えながら寝ぼけていたら、耳に起床を促すそんな音。畳の上の布団にそのまま転がっていた身を起こして、顔を軽く叩く。

 

 

「はい、どちら様で……、あれ、娘さん?」

『娘さんは止めてくださいよ。「大家の娘さん」って記号でしかヒトのこと認識してないってことじゃないですか』

「いえでも、娘さんは娘さんですし」

 

 僕の言葉に、少し怒ったように娘さんは覗き穴ごしに視線を向けてきた。

 

 娘さんは、何というか、娘さんだ。それ以外の表現方法が僕の中にはない。少し目が釣りあがっているくらいが特徴だと思っているけど、本人に言ったら怒られそうだ。年は僕より上なので、それでも敬語は崩さない。

 

「ちゃんと眞鍋小梢(こずえ)って名前あるんですからねー。あ、これ差し入れです」

「え!? あ、ありがとうございます」

「いいですって。霧嶋さん、苦労してそうですし」

 

 そう言って扉を開ける彼女は、こう、こちらのことを気にしてくれている恩義とかもあるかもしれないけど、普通に可愛らしい容姿をしている。きっと僕が普通に人間だったら、それだけでドギマギしていることだろう。いや、今もドギマギしてるけど、素直に綺麗な女性に対してのそれとちょっと趣が違う。

 彼女の手には、肉じゃがの入った鍋が握られていた。

 

「月々のガス代も全然ありませんし。ちゃんと食べないと駄目ですよ? コンビニとか便利ですけど、着色料とか色々問題ありますし」

「あ、ありがとうございます」

 

 いくらか慣れてきたけどこういう純粋な好意に対する対応は大変だ。無論、服とかの差し入れならまだ大丈夫だけど、こと「食物」に限っては。

 ここの下宿に来てから一年くらいは経ったけど、大家さんも娘さんもかなり僕を気にしてくれるので、恐縮しっぱなしだった。

 

「後で感想、聞かせてくださいねー」

 

 それじゃ、と手を振る彼女は鍋を僕に渡すと、ロングスカートのポケットから取り出した鉢巻を巻いて気合を入れた。「合格!」と書かれたそれは、何か試験を受けるんだろうか。このヒト一応大学生だし。

 

「ああ、教免とるつもりなんです」

 

 聞いてみると、特に何も言わずに答えてくれた。

 教員免許をとるつもりって……、このヒト、結構頭良いのかな? 今まであんまり気にしてこなかったけど。

 

「あー、今馬鹿にしましたね?」

「え? いや、えっと……」

「まぁあんまりそうは見えないかもですけど、一応特待生だったんですから、入学時はこれでも。

 いとこのちっちゃい女の子が『警察官か喰種捜査官になる!』ってなんか妙に張り切ってるの見て、私も気合いれないとなーと。……どうしました?」

「いえ、大丈夫です」

 

 一瞬、捜査官というフレーズに背筋に悪寒を感じたのはないしょだった。仲良くしてくれてるヒトだけど、僕に肉じゃがなんか持って来るのが、まさに僕らの関係性を示している。

 僕は、彼女に自分が「喰種」だということを知られてはいない。知られてはいけない。

 

 その後無難に会話して、彼女は一階の部屋に帰っていった。

 

 部屋の中に持って帰って、僕は両手を合わせる。

 滅多に使わないお皿に肉じゃがをよそって、箸で一口、がぶりと――。

 

「――ッ!? ……、……!」

 

 堪える。色々と堪える。声に出てしまいそうなこの名状しがたい、身体の中を駆け巡る不快感を押さえながら。

 きっと今すぐ全部は食べられないだろう。食べ切るにしても、もっと後まで……。だめだ、思考が安定しない……。食べ物によるダメージは、どうやらヒカリさんにやられたときのそれをはるかに上回る威力を誇っているらしい。

 

 そこまで考えた時、ふと気になることを思った。

 

「ヒカリさん達って……、友達とか、いるのかな?」

 

 

 

   ※

 

 

 

「……合ってた」

 

 大通りに出るまでの記憶を頼りに2区のコンテナ付近まで歩いてきた。夕日が差し込むのが目に眩しいけど、まぁ深くは考えない。衝動的に来た以上、その責任は自分で果たすべきだ。……バイクがないのに徒歩で結構な距離を歩いたこととか。

 見上げるコンテナ群は赤だったり青だったりする。どれも似たようなものに見えて判別は難しいけど、幸い人気はなく重機も動いてない。

 

 手提げ袋の中を確認する。僕が美味しいと思うインスタントコーヒーの詰め合わせだ(もちろんラッピングされるような高級店なんかでは買ってない)。とりあえずこれで文句は言われないと思いたい。 

 

 匂いを辿ろうとして、強烈なオイルの匂いに僕は転がった。

 

 なんだろう、この間とは全然違うというか、ここまで濃かったっけ、オイルの匂い……?

 

 首を傾げながら歩いていると、所々、車とかバイクのパーツのようなものが散乱している場所がある。それを辿って――たどってと言っても距離は離れているので、時々見失いながら――着いた先は、古そうな色のコンテナが積み重なった場所だった。

 なんとなくその一つ、ひしゃげた入り口に見覚えがある。声をかけるわけにもいかないので、そこをノックしようとした。

 

 

「……何やってる」

 

 

 丁度、そんなタイミングで、コンテナの中からひょっこりとレンくんが顔を出した。

 眠そうな目をこちらに向けながら、彼の手には……マフラー? バイクの、塗装が剥げたマフラーのようなものが握られていた。

 

 一瞬その胡乱な視線にたじろぎながらも、深呼吸して僕は彼に向く。

 

「えっと、久しぶり? 遊びに来たんだけど、お姉さんっている?」

「姉さんに何の用だ?」

「いや、遊びに来たって言っても、その……、何と言うか、えっと……」

「…………?」

「まぁレンくんでもいいんだけどね。はい、これお土産」

「………………」

 

 袋を手に取ると、やっぱり彼は何も言わずに部屋の置に入って行った。どうしたものだろうかと思っていると、しばらくしてから「入れ」と声をかけられた。どうやら彼なりに、色々妥協するところがあったみたいだ。

 

「お邪魔します……」

「姉さんは、用事がある」

「あー、そう。しばらく居てもいい?」

「………………………………………………………………」

「あ、嫌なら別にいいんだけどさ」

「姉さんに何の用だ」

「お姉さんに、というよりは、君達にってことなんだけど」

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、……………………………………………?」

 

 沈黙が長い。

 

「えっとほら。単純に遊びに来たんだよ」

「…………………………………………なんでだ」

「えっと……、こう言うと変かもしれないけど、喰種の知り合いって少ないし。少しでも知り合いを増やしたいなー、なんて」

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

 すんごい警戒されてることだけは分かった。何をそんなに警戒しているのだろうか。

 

「……普通、そんなことはしない」

「しない?」

「……お前、変」

「…………」

 

 君も、とか言おうとしたのを飲み込んで、僕は少し困った表情を浮かべた。確かにその自覚はある。普通の喰種らしくないと言われるだけの行動をしている自覚もあるし、そうなるだけの理由も僕にはある。でもそれは、大多数の喰種には関係のないことだし、聞いたところで理解されないだろうから、僕は何も言わない。

 

 しばらく沈黙が続く。その間、レンくんはひたすらバイクのパーツをいじり続ける。何をやっているのか正直に言えばさっぱりだけど、なんとなく手馴れた様子なことは一目で分かる。さっきのマフラーに、何かの塗料なのか吹き付けて、乾かして磨く。それを何度かこなしていって、段々と光の照り返し方がまばゆくなっていくのが、素人目に見ても明らかになってきた。

 

「バイク、好きなの?」

 

 ためしに聞いて見た。返事は期待しなかったけど、とりあえず話題を作ろうと。

 

「……普通」

 

 ……反応が返って来た。

 

「えっと……」

「ブラシは、専門店の方でちょっといじらせてもらった。錆は一通りとった。後は塗料と、磨くだけ。磨くだけでぎんぎらしてくる。すばらしい。ぐへへへへ……」

 

 笑い方はなんだか姉弟共通して変な気がしたけど、そこにはあえて何も言わない。気になるのはむしろ、工具店でいじらせてもらったっていうところか。

 

「店って、喰種がやってるってこと?」

「いや、人間」

 

 そう言って、彼は僕の方を見る。

 

「人間、…………地味にすごい」

 

 言葉を選んだような沈黙があった末に、出てきた表現が地味とはこれいかに。

 そしてことの他、この類の話は意外と彼を饒舌にするらしい。

 

「きっと、かぐね(ヽヽヽ)がないからだ。だから人間は、地道に頑張る。頑張って、色々やる」

「まぁ、そうかもね」

「色々やって、こんな、かっくいぃもの作ったりする。地味に作る。いつの間にか作る。それが、すごい」

 

 どうやら地味に、というのは、レンくんなりに褒めているフレーズだったらしい。少し照れたように顔をうつむけ、またマフラー磨きを再開するレンくん。なんだかさっきまでの微妙さと違って、その様子はどこかほほえましく思った。

 

「……何だ」

「いや、何でも」

「うっとうしい」

「ごめんごめん。コーヒーいれようか?」

「姉さんの部屋には上がらせない」

 

 マフラー磨きを止めて、腕を広げて立ちはだかるレンくん。僕も今の会話の流れで馴れ馴れしい態度をとってしまった自覚はあるので謝る。

 でも、何故かレンくんは赫子を使おうとはしなかった。いくら自宅だからといえ、警戒している相手に対する態度なのだから、一瞬でもその素振りはあるものだと思ったのだけど……。

 

「何か事情があるのかな……?」

 

 腕を下げてマフラー磨きに戻るレンくん。と、ふとその視線が僕の方に鋭く向けられた。

 

「お前、帰れ」

「えっと……、時間的に、その」

「バイクどうした」

「返してきた」

「……どうせ俺達も、ここには長居しない。いつ出るかわからない。だから帰れ」

 

 長居しない、というのを聞いて、まぁそうだろうなと僕は一定の納得があった。コンテナをこんな風に改造して、無理やり住み着いていても、そう遠からず解体されてしまうことだろう。その時色々問題も出てくるはずだ。ひょっとしたらここを住処にしたのも、つい最近かもしれない。

 

 でも、残念ながら今日はちょっと、難しいところがあった。

 

「泊めてとは言わないけど、せめてお姉さん帰ってくるまで待ってていい?」

「……! ……」

「何をそんなに警戒してるか知らないけど、えっと、落ち着いて落ち着いて」

 

 視線がどんどん鋭くなって行くのに、どうしたものかと思案する。話題を変えようと、必死に乏しい「喰種らしい知識」の引き出しを開ける。

 

「横の繋がりとかは、あるの?」

「?」

 

 ところが、それには疑問符を返されてしまった。

 

 どうしよう、やっぱり会話にならない……。

 

 

 そんな風に思っている時。後方から足音と一緒に、血なまぐさい、食欲をそそる(ヽヽヽヽヽヽ)匂いがした。

 

 

 

 

 

 




小鳥「あたい、ぜったい悪いやつぶっつぶす!」
小梢「過激ねぇ小鳥ちゃん」

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