仮面ライダーハイセ   作:黒兎可

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いきなりピーンチ!


chap.02 生活 ――uS is teak――

 

 

 

 

 

「……はい。……はい。私のパートナーもです。

 それで……、はい、わかりました」

 

 電話を切りながら、私は伸びをする。

 ビルから見下ろす湾岸は、1区の本部のそれを思いださせるけど、結構違う。ショッピングが出来たりと、全体的にもうちょっと軟派な印象だった。

 2区に来てまだ一月経っていないものの、私の抱いたのはそんな印象だった。

 

 旅行用アタッシュケースを開け、中に収納されている拘束具とかを追いやって取り出した拳銃を磨く。喰種捜査官の使う武器の主流が”レッドエッジ”に移行しつつある中、私の要求を満たせるようなものが出来上がってないので、使い慣れているこの拳銃二丁がまだ私の愛機だ。

 もっとも弾丸がクインケバレット――喰種用の弾丸であることに違いはないので、それもまたささいな違いかもしれないのだけれど。

 

 とりあえず電話が終わったので、眉間のあたりをつまんで伸ばす。

 

 仕事モードからオフのモードに切り替えて、私は立ち上がった。

 

「……まさかコンビを組んで、半年も経たずに殺されちゃうとはね」

 

 ここに派遣される前、私と一緒に来た彼のことを思う。今入った連絡で、喰種にバラバラにされていたことが明らかになった。失踪したのが昨日だと踏まえると、中々にハイペースなところなんじゃないかしら。

 1区でも、今追加で派遣する捜査官を選んでいるところらしいけど、まぁ決まるのは半月過ぎたあたりでしょうしね。

 

 1区の「完塞」が終わってまだ十年も経ってないし、気合を入れて2区の制圧に乗り出しているところなんだと思うのだけど、しかし何というか……。組織体制がちょっと変動しつつあるからといって、グダグダすぎじゃないかしら。

 第一、2区にいる上等捜査官が今私だけっていうのも、何か変な感じがするというか。

 

「色々ままならないものよね。

 ……あら? はい、安浦です」

 

 再びかかって来た電話をとり、私は苦笑いを浮かべた。「何、びっちゃん」

 

『何じゃないぞ、やす(ヽヽ)

「やすは止めなさい」

『びっちゃん止めてくれたら考えるさ』

 

 電話の相手は、同期の(かすか)。字面から「びっちゃん」と私は呼んでいる。

 

「で、何かしら? 丁度今、オフのモードになったところなんだけど」

『仕事終わりか。都合が良いのか悪いのか……』

「あら、何か相談?」

『……クレオくんが』

「あ、のろけは聞かないから」

 

 単に時間の無駄にしかならないと笑顔で圧力をかけると、びっちゃんは少し困ったように慌てた。

 

『そ、そうではなくてだな?』

「じゃあ何? この間アキラちゃんが泣き病んでくれないーって言って、その手の話と無縁の私に泣き付いてきたびっちゃん?」

『だから止めろと言ってるだろうに! ……嗚呼、簡単に言うと、ちょっと気がかりな話を噂に聞いたものでな』

「うわさ?」

 

 私の疑問に、彼女は真面目な声で答えてくれた。

 

「海外の喰種勢力が近づいているかもしれない……? それって8区の話よね」

『だが、一応隣だろうに』

「まぁ、それもそうかしら。ただどっちにしても抗争始まったら大勢の捜査官で片付けにかかるでしょうし、私もそれは例外ではないんでしょうけど。気にする必要はあんまりないんじゃないかしら」

『まぁ、昔から君は人間離れしてはいたけどな。……旧式クインケとはいえ二刀流なんて出来たのはそっちくらいなものだろうし』

「そこは、まぁ、ノリよ」

『ノリか』

「ノリの良い方が勝つって昔、教わったし」

 

 たまによくわからないことを言うな、というびっちゃんに微笑んで、私は窓の外を見た。

 

「……まぁ、多少義理もあるし、片付けてあげるわよ」

 

 窓にうっすら映った私は――微笑んでいたつもりだったけど、仕事モードの酷い仏頂面だった。

 

 

 

  

   ※

  

 

 

 

 

 ごうごうと、鉄の板に風が吹き付けるような音。

 規則的に響く共鳴音が、僕の寝ぼけた耳を打つ。

 

 ぼうっと空を見上げれば、薄い緑色の天井。ランプか何かに照らされた室内が、やけにこざっぱりとしたような感じで――。

 

「!?」

 

 反射的に飛び起きて、そして背面を襲った痛さに悶絶した。

  

 傷……ではないはずだ。血の匂いは感じられない。とすれば無理に赫子を出したのが影響しているということだろうか。

 不思議と空腹感こそなかったけれど、それでも普段使っていない筋肉を動かしたような、違和感のある痛みが背中を中心に全身に走る。少し声を上げながら床に転がり、その衝撃でまた背中に痛みが走る。悶絶しながらごろごろ転がりつつ、やがて停止した。

 

 痛みがなかなか引かない。

 

「な、何だこれ……?」

「……」

 

 そんな僕を、一人少年が見下ろしていた。

 

 白い髪に、無愛想な表情。顔立ちは整っているように思うけど、それ以上に面倒そうな表情が目立つ。手には……、何だろう? 何か、ジャンクパーツめいたものを持っていて、それをがちゃがちゃいじりながらこちらを見てきた。

 しばらく僕の酷い有様を見た後、彼はため息をついて腰を上げた。

 

 立ち上がり歩く音が、部屋全体に響く。よく見れば部屋の四隅が狭く、また壁も折り目がついた鉄の板だ。

 

 コンテナか倉庫か……。肉片が転がるそこは、僕の下宿よりも防音とかと無縁そうな場所だった。

 

「――生き返ったじゃねぇだろって。人聞きの悪い。私別に殺してねぇし」

「……」

「な、何よその目。

 ……あ、目が覚めた?」

 

 そして入り口から、マグカップを二つ手に取って入ってきたのは、僕を電撃で倒した彼女に他ならない。コートは脱いでいて、薄い黄色のツーピースの上から革ジャケットを羽織っていた。冗談のような取り合わせの悪さだ。

 ただ、それよりも僕の食欲は彼女の持つマグカップの湯気を嗅ぎ取っていた。

 

「のむ?」

「……も、もらえるとありがたいです」

「かしこまんなよ」

 

 へへへ、と何だか下っ端の悪党みたいな笑いを浮かべて僕にカップを差し出す彼女。受け取って一口。インスタントな味わいながら、缶の鉄くささがないのはヒトが淹れたからか。

 ふぅと一息ついて、そしてようやく頭が回ってきたようだった。

 

「……あれ、ここってどこです? どうして僕は」

「いや遅ぇから」

 

 半笑いの彼女は馬鹿にしているようだ。

 

「別に良いけど。……んー、まぁアレよ。アタシんち」

「倉庫か何かにしか見えないんだけど……?」

「そりゃ漁港のコンテナ間借りしてるだけだし」

 

 当然無断だろうそれを、けらけら(へへへと)笑い飛ばす彼女。結構便利だしコンテナとあまつさえ薦めてくる始末。

 反応が出来ないでいると、レンと呼ばれた少年の方がうろんな目を彼女に向けた。

 

「……起きたから、早く戻して来い」

「あ、こら。姉ちゃんにその態度は何だ?」

「……?」

「あ、悪い悪い。いやアレよ、甲赫の男だし本当は助けるつもりなかったんだけど、レンがバイク物欲しそうに眺めてたから、まぁついで」

「ながめてない」

「嘘おっしゃい。アンタしょっちゅうジャンクいじってるの知ってるんだから」

 

 話が見えない。というか既に家族の会話が始まっている。部外者たる僕には理解できない単語がいくらか飛び交い始めている。

 どうも本当に「ついで」で助けられたみたいで、二人ともあまりこちらに興味はないようだ。

 

「CBR……、バイクは?」

「…………表」

 

 よかった。アレ無くしたらきっと一発でクビが飛ぶ。

 いや無断欠勤に近い現状でも大分怪しいけど、一回くらいなら大丈夫と信じたい。……信じたい。楽観的になるしかない。なにせ取り戻しようがないのだから。

 

「……ちゃんと磨け」

 

 ただ、そんなこと言われましてもというところではあった。そこは大将に言っておくくらいしかないかな……?

 

「あ、でもそれは私も思った。アンタ妙にドブみたいな匂いがするっていうか、何それ? 服の匂い? 頭の匂い?」

「……魚くさいって意味ならたぶん合ってるよ。魚屋さんで仕事してるし」

「なんで仕事なんてしてんの? 襲った人間から金、奪えば良いじゃん」

 

 喰種らいし質問に、僕は首を左右に振って否と示す。「人間は襲わないよ。そんなことしたくない」

 

「なんで? 喰種のくせに」

「……別に、そういう喰種が居たって――」

「だってアンタ、私の『ばちばち』防いだんでしょ?」

 

 おそらくあの電撃のことを指し示してると思うんだけど、そのネーミングはいかがなものか。

 

「ロクに食べてないみたいで、それでも防ぐことができるんだから、きっと食べて鍛えれば強くなれんじゃないの? アンタが語ってる理屈は、弱いヤツのことよ」

「……」

「弱いヤツが言うことなら、私は別に否定はしない。誰だって出来る事できない事がある訳だし。レンだって愛想笑い全然できないし」

「……うるさい」

「怒っても迫力ないっつーの。照れんな照れんな」

 

 ばしばしと頭を叩かれる弟君は、僕と彼女から視線を逸らしてされるがままになっていた。

 

 あ、どうやら耐えられなくなったのか表に逃げた。

 

「だから物好きっていうか、何? 自殺志願者?」

「……そういうわけじゃない、かな」

「だよね。じゃなかったら寝てても、私が持ってきた肉、食うわけないし」

「……」

「何よその顔」

 

 今どんな顔をしているかわからないけど、きっと気分が良いような顔ではないだろう。このままだと文句の一つでも言ってしまいそうな気がしたので、僕は話題を変えた。

 

「それよりも、えっと、君は大丈夫なの?」

「何が?」

「あんなに目立つように戦って」

「んー?」

 

 頭を傾げる彼女は、僕が言わんとしているところをわかっていないらしい。

 

「僕追いかけてた時、路上の照明を沢山割ってたけど……、あれで正体特定されたりしないのかな?」

「あー? 何訳わかんねーこと言ってんの?」

「……?」

「私が犯人だって、割ったってどうやって特定すんのさ」

「監視カメラくらいはあるんじゃないの?」

「むしろ監視カメラ怖いから照明ぶっ壊したし。やりあってる映像映ってた方がヤバいだろ」

「そういえば、そもそもどうして僕を襲ったのかとか、色々聞きたいことは――」

「あー、うるせぇなエラそーに。……アンタ、いくつ?」

「19」

「私、21」

 

 年上だったのか、というのはさておき。剣呑な目でこちらを覗きこんでくる彼女。見た目が綺麗な分、視線の鋭さ恐ろしさが際立っているような気がしないでもない。思わずたじろぐ僕の額に、彼女は人差し指をつきつけた。

 

「自分の身一つ守れないようなヤツが、何いっちょまえに人様に口出ししてんだよ」

「それは――」

「何かあんのか、あ゛?」

 

 がん、と僕を蹴り飛ばす彼女。

 

「言ってやるよ。何で襲いかかったか。なんか近頃捜査官の気が立っていて、どんどん仲間たちが駆逐されてってるからよ。余所者が入り込むには格好のタイミングって訳。

 そんな中でアンタみたいなの、怪しすぎるだろ。アンタ――スパイか何か?」

 

 何の話だ、と言いたかったものの、動くことさえできない。

 無理やり食事をとらされはしたようだけれど、それはどうやら最小限で留められていたらしい。ただ僕が見上げたのを見て、彼女は少しニヤリとした。何故楽しそうにされたのか、理由がよくわからない。

 

「ま、違うのは分かってるわよ。アンタみたいなへなちょこ、雇ったところでどうしようもないだろうし」

「へ、へなちょ……?」

「じゃ、わかったら二度と私達に関わらないで?」

 

 じゃあね、と言いながら、彼女は僕に肩をかし、表に投げ捨てた。

 

 身を起こして彼女の方に向かおうとすると、猛烈な速度で蹴り上げるモーションが僕の眼前で止まる。ばちばちと電気を伴うそれは、命の危険を感じるのには十分なそれだった。

 

「……」

「とっとと消えろ。アンタみたいな匂いの薄いやつと一緒にいたら、私まで弱くなる。

 ……何赤くなってんのよ?」

「べ、別に」

 

 足を戻す彼女からおずおずと逃げる。鼓動の速度は上がり、手は震えていた。

 そんな僕を鼻で笑って、彼女はコンテナの扉を閉めた。

 

「……お前は何がいいんだ? 俺は、マルタイチがいいと思うんだ、うん」

 

 そして弟君は、大将の私物で僕が借りていたバイクに向かってそんなささやきかけをしながら、ぴっかぴかに磨いていた。姉や僕に向けていた仏頂面が嘘のように、まるでペットでも可愛がるかのようなその表情に僕は反応できない。

 

 と、僕の視線に気づいたのか、弟君がこちらを見て目を見開いて固まった。

 

 気まずい。

 

「……」

「……何だ、追い出されたのか」

 

 弟君は見られたのをなかったことにしたいらしい。僕も似たようなものなので、彼に同調させてもらった。

 

「お姉さん、強いね。色々」

「嗚呼」

「……」

「…………」

 

 ……会話が続かない!

 

「……」

「……バイク、好きなの?」

「……まぁ」

 

 そういって顔を逸らす弟君。確かレンと呼ばれていたか。

 どうやら相当に口下手なようだ。僕もそこまで得意というほどではないけど、それにしたってすさまじいくらいに苦手としているらしい。

 

「……これの持ち主、いいやつだ」

「……ん?」

「何度も修理した跡がある。無茶させてはいるけど、きちんと最期まで使ってやろうって思ってると思う。

 だから、お前もちゃんと磨け」

「……まぁ、心がけておくよ」

 

 彼からバイクを受け取り、僕は走らせた。道中、公衆電話で一度大将の方に連絡を入れる。言い訳としては微妙なところだけど「帰り道バイクのタイヤがパンクして、意識を失っていたところをヒトに拾われて介抱された」と当たらずも遠からずな話をした。大将には大層驚かれたけど、流石の人徳で「無理すんな」と豪快に笑われた。

 まぁそれと同時にバイクだけは返すように、二度三度念押しされたので、あの弟君の言っていたことは正しいのかもしれない。

 

 ともあれそんな訳で、今度は安全運転で8区に帰る僕。下宿先の風呂ナシ、共同洗濯機ありのアパートの部屋で、少し横になる。

 あの女性の喰種相手にしていたとき、腕は震えていた。でも落ち着いた今になっても、右腕のしびれと震えがとれない。これは恐怖心からか、それとも電気の後遺症と見るべきだろうか……?

 

「包丁握れないなこれじゃ……。まぁ『お前にはまだ早い!』って先輩は言っていたけど」

 

 まぁ簡単な雑用程度だったら大丈夫だろう。下手に病院とかに行けない身の上だし、栄養さえあれば回復するのだから何とかなるだろうという予感は、一応あった。

 そう、栄養だ。

 今の状況で「肉」を口にする生活を送ってこなかった僕が、それでもながりなりとも生きることが出来ているのには、理由がある。

 

 まぁその話は一旦置いておこう。もう少し休憩したら、アルバイト先までひとっ走り――。 

 

 そんなことを考えていると、インターフォンの呼び鈴がならされた。

 誰だろうかと思い、扉のレンズから向こうを見ながら、声だけで応答した。

 

「はい、どちら様でしょうか?」

 

 扉の向こうには、オジサンって感じの男性と、とても綺麗な女性が一人ずつ。男性の方はにこにこ笑って人当たりがよさそうで、対して女性の方はこう、表情がものすごく硬い印象だった。

 二人は頭を下げて、僕に言った。

 

 

「どうも、喰種捜査官の阿藤と――」

「安浦です。ちょっとお話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか?

 ――霧嶋、アラタくん」

 

 

 ……嗚呼何というか。

 今日って厄日か何かだっけと、思わざるを得ない状況だった。

 

 




レンジ「……ところ、そのスカート姿で足振り回したら、中丸見えだったんじゃないのか?」
ヒカリ「あ? ……あっ」アラタが顔を赤くしていた理由に思い当たり、へたり込む

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