【番外編 様子】
力が欲しい。守りたいものを守るための――。
この間、人間の研究者を追って忍び込んだ研究所で、アイツとまた会った。眼帯。トーカの……、いや、まだそうなってはいねぇのか? 何にしても気になってる相手ではあるんだろう。変な意味じゃなく、俺もあいつのことは頭から離れない。
一番最初に会った時。まだ頭が黒かったあいつは、表情とか物腰とか、そういうの全部含めて親父を思いださせた。無駄に人当たりがよさそうで、どこか困ったように笑ってるところとか。
そしてそれは、トーカが惹かれるだろうのと同時に、俺に苛立ちを覚えさせた。
あいつの表情や仕草は、何もかも親父を思い出させる。
いっつもヘラヘラ笑っていて、人間の輪の中に居て。それでいて結局、人間に殺されたはずの親父。
だからアイツのことが嫌いで、でも心のどこかで憎しみ切れる程に嫌いきれもしなくて。
アイツがヤモリの手にかかったと聞いたときは清々したと思っていた――はずだった。
驚いたことに、アイツは、あの拷問魔から摺り抜け、生き延びていやがった。頭が白くなり、表情はどこか死んでいて後遺症めいたものもあったが。
それ以上に、本当に親父みたいになっていやがった。
元々、殴られようが何しようが揺るがない部分があった。それが無駄に強化されたようで――そして俺に向かって、あろうことかあの名を名乗った。
仮面ライダー。
一度だけ、本当に偶然に見た、親父の「強い在り方」。
なんでそれを俺に向けて名乗るのかと、激昂するのは一瞬。
気が付いたらあれよあれよと取り押さえられて、出て行った姉貴の家に押し込められる始末。
挙句の果てに「回復しないうちに逃げ出そうとしたら、アヤトくんがトーカちゃんの元去った理由を教えるから」とか脅迫までしてきやがった。
あのジジィは相変わらず何考えてるかわからないし、オッサンはでかいし、トーカは何か色ボケてるし。
おまけにあの、ヒナとか言ってたか? 何で俺が、普通のアニキみたいな感じで気にかけてやんなきゃならんのか。
体調の回復と同時に、脱兎のごとく逃げたのは当然の話。
そしてアオギリに戻った時、一番驚いたのは特にお咎めが全然重くなかったことだ。今までより最前線に駆り出される頻度が増えただけ。
そして――親父から生み出されたろう武器と再会したのが、ついこの間。
あわや殺されかけるところまで行った時、俺を拾って帰って来たらしいのがエトだった。
ただそのエトいわく。
『カネキくんに感謝しなよー? 彼が庇ってくれてなかったら、私間に合わなかったと思うし』
それを聞いて、俺が不満に思わないわけはなかった。
結局、その時のダメージが原因で、外から来た連中とごちゃごちゃやったりするのに参加することもできず(タタラいわく、ナキが大活躍だったらしい)、大人しくふてくされているしかなかった。
エトの診療室、病室、研究室の混じったような部屋には、一応ベッドのようなものがある。奥にあるのはパソコンと原稿用紙? 何に使っていやがるのか。
ベッドから億劫に起き上がり、ふらっと思いだす。そういえばエトのやつ、手前の冷蔵庫に血、保存してたっけか……。前に狸寝入りしていたとき、こっそり一人で晩酌しているのを覗いたコトがあった。腐ってないから酔わないという、俺としては結構良い情報があったりもする。
思えば鯱に手合わせを頼んだりしている時も、眼帯ヤローの面倒見てた時も、いつもいつだってエトは俺を小馬鹿にしてきた。これくらいの意趣返しはしてもバチは当たらないだろう。
そう思って起き上がり、冷蔵庫を開ける。戸を少しだけ開けた瞬間、妙にネットリとした空気が漂った。
そういえば……、エトのやつが行く前に「何が合ってもベッドから出ないことをオススメしておくよ~」とか言っていたような、言ってなかったような……。
だけど、そんなこと思い出しながらも俺の手は冷蔵庫を開けつつ――。
「――はぁい《●》《●》」
「――ッ!?」
冷蔵庫の中に、喰種が一人入っていた。青白い顔にベロをんべ、とだし、瞼のない目でこっちを見てそんな一言を言う。ありていに言って、超キモい。
でろんと出てきた奴はそのまま立ち上がり、唐突に俺の顔面に顔を近づけてきた。
「くんかくんか、くしくしくし……ワオ☟」
キモすぎて思わず殴りつけるも、頭が360度回転してまた俺の方を見た。
「ぶるぅあっ!?」
その様はもはや喰種だの何だのという次元じゃない。もっと別な、おどろおどろしい何かようだった。ゾンビとか、そういう感じだ。
漂う腐臭は、どこかノロのそれも思いださせる。
「同じにおいはなんとかします?」
「お前、何だ……?」
「――檻」
訳がわからない。
いや、でもおおよそ検討はついていた。またぞろエトが「改造」した喰種なんだろう。本当、ロクでもないことばっかりしやがる。
「私は、家族を保護することができませんでした。私は、それを壊しました」
唐突に、檻を名乗った喰種が続ける。
「どのようにあなたのうち?あなたは、彼を保護することができますか?」
だから言葉の意味が分からない。
まるで再翻訳でもしてるような意味不明さだ。文章からして、家族を守れるかってことか……?
「言う必要性もないし、そもそも言うまでもねぇよ」
力がないなら、いずれかならず殺される。お母さんと、親父とを見て俺が理解した一つの摂理だ。
だから、俺はアオギリに入った。人間と馴れ合って、自分を殺す危険をトーカが冒すのなら――俺は、そんなトーカを守らないといけない。
それが記憶にある仮面ライダーと……、親父との約束なのだから。
小細工も沢山しているけど、それだっていつ功を奏するかはわからない。
だからこそ、早いうちにアオギリの目標を――喰種による世界制覇を実現しなくては。
そんな俺の様子を見ながら、瞼のない目の前の黒い喰種は、どこか懐かしげに微笑んでいた。その目は、焦点がぶれてはいたが「正気だった」。
「やっぱり似てるな、トーカさんと」
もっとも、その呟きまでは聞き取れこそしなかったが。
【番外編 祭季】
AG3-M。……アラタG3-マイルド、だそうだ。
ネーミングが安直なことについては、アキラが「わかりやすさ優先だ」と断言していた。その名の通り、アラタG3の極端なダウングレード版だ。詳細については俺もまだ知らされていない。
ともあれ本日は、そんなアラタの製作に口を出していたらしいアキラの付き添いでラボラトリに来ていた。
『落ち着け滝沢。それは貴様を食わん。1号2号と違って』
『う、うるせぇ、わかってるよそんな……、ん、違って?』
ガラス張りの実験室で、政道がアキラの声にびくりと反応して声を上げていた。
その全身には、アラタG3のパーソナルカラーたる赤とガンメタリックから大きく外れる、青と銀のアーマーが装着されていた。爽やかなカラーリンクはマイルドさを表すためだろうか。装甲の基本的な傾向はアラタそのものだが、さすがにダウングレード版といったところだろう。
頭部を装甲が覆わないのは、本人の意思でオンオフができると言うのも大きな理由だろうが……、やはりこの時期、俺でさえ蒸し暑く感じるのだから、政道のその選択は正しいだろう。いくら空調が効いてるとは言え、気は引ける。
腰を見れば、こちらもまた色合いの異なるレッドエッジドライバー。やはりどこかデザインが丸く、基本機能は同じように見えるがグレードは下がっているようだ。
白衣を纏ったアキラが、キーボードを叩きながら政道に指示を出していた。レッドエッジドライバーの量産型のそれを使い、室内に入った時点で政道を「変身」させ、動作確認をしている。
そう、今日アキラは、このAG3ーMの製作協力に来ていた。
アラタG3事態は趣味に走りすぎて作られているが、元々はこの量産型を前提に作られたものであったらしい。……端的に言って、どこまで一般の捜査官が耐えられるかのテストも兼ねていたらしい。もっともその話だと俺は不適格なのではないかと確認をとれば、「通常運用している状態のもののデータが欲しかった」とのことだ。あらかた、既に一般人が使った場合のデータはとれていたらしい。
今日政道がやっているようなことを、数人の捜査官に対して行っていたのだろう。
「いやぁ、悪いですねぇ亜門一等」
わざわざご足労いただいて、と俺に声をかけてきたのは、ここの主任たる地行博士だった。研究詰めが続いているのか、ヒゲが伸ばし放題で以前見たときより珍妙な見た目になっていた。
「いえいえ。お久しぶりです。
……失礼ですが、ここのところ泊まり込みが続いていらっしゃるのでしょうか?」
「あー、ちょっと頼まれていた『超大型』が完成間近だっていうのが理由だから」
「?」
微妙に何かずれた回答をされた気がする。
「あ、いやそれはこっちの話か。
でも、一等申し訳ない。ちょっと気になることがあってね」
「気になること?」
「うん。一等の戦闘データをとっていたときに、不具合なのかな? 支給当初は確認できなかったラグみたいなのも確認できまして。
後は、追加装備クインケ『キメラX』の取扱説明書もあるから、一応目を通して置いてください」
渡された冊子を手に取り、俺は一度室外に出た。元々アキラも博士も、それなりに時間がかかると前置きされていたこともあり、一度空気の入れ替えもかねていた。
西日が差し込むのに目を細める。夏も段々と終わりが近づいているはずだが、しかし暑い……。日中だから仕方がないと割り切るべきか。
そしてそんな時だった。俺はロビーで、ありえざるものを目撃してしまった。
白いスーツに長めの髪。たくわえたヒゲはしかしむさくるしさを感じさせない。白いスーツに身を包み、目を閉じて、イヤホンで音楽を聞いている男性。
彼こそ和修。CCGのトップの一人――。
「局長!?」
「……」
局長は目を閉じ、楽しそうに音楽を聞いているようだ。一体何をやっているのだ、このヒトは……。
ふと、彼の目が開かれ、俺の方に軽く手を振った。胸元の携帯端末を操作して止め、こちらに声をかけてきた。
「やぁ亜門上等。昇任式以来かな?」
「お、お久しぶりです。局長は何故ここに……?」
「いや、レッドエッジドライバーの在庫が穿け、いや、保管庫にあるものを再利用できないかと相談に来ていてね。何でもドライバーの機構を簡略化したものを作っているらしいと聞いてね。
まぁアポまでまだまだ時間はあるから、こうして時間を潰しているのさ」
はぁ、と胡乱な答えになる俺に、彼は楽しそうに微笑んだ。
「上等は、ミュージックは聴かないのかな?」
何故音楽でなくミュージックと言うのだろうか。
「混声合唱などは、幼少の折に」
「学校で、ということではないだろうから……、そういえば元々、クリスチャンの環境下だったか。
いや、私は中々に好きなのだよ。ミュージックが。知り合いの結婚祝いにレコードの再生機を送るくらいには、ジャズとか、クラシックとかね。
そういえばだけれど花火大会とかは行くのかな? 確か日程は明日だったと思ったけれど」
「花火大会?」
局長に言われ、俺の脳裏にその話が過ぎる。仕事仕事と続いて、また私生活で極端に判断に困る事態が起こってしまったため、極力仕事以外のことを考えないようにしていたのが原因か。例年は普段通りに、真戸さんと共にパトロールに出向いていた。
今年に関しては、確かに明日、俺は有給をとっていたが、決して遊びに行くつもりがあってということではなかったのだが……?
「たまには羽根を伸ばした方が良いよ。なんだか疲れてるような顔をしているから。
丸手特等とかは新しいバイクを買いに行ったりしてストレス発散しているし」
まぁ色々あって今のは中古らしいけど、と局長は朗らかに笑った。
その話を聞いていたわけでは決してないだろうが。翌日、俺のケータイにアキラから通知が来ていた。
『――父から遊んで来いと言われた。花火大会で待つ。集合は6区の駅前』
こちらの了承をとるという発想のない連絡通達だった。
内心の困惑はともかく、アキラからの呼び出し、という部分に不思議と俺は緊張を覚える。いや、不思議とではない。張間の墓参りをした帰りに、アキラ本人から「明らかな」アプローチを受けた。決して自意識過剰なそれではなく、かなり、断定できるレベルで明確な。
そのせいもあってか、俺はアキラに対して、少し苦手意識を持っている。
アプローチが迷惑、ということではない。俺の中で、彼女との関係をどう捉えるべきかという結論が未だ出て居ないからだ。恩人の娘? 優秀な部下? それとも――。
後悔のないような選択を、と
俺の中では、張間への未練が未だ残っている。
そのままアキラを求めるということは、すなわち彼女を張間の代用品と捕らえている事になりはしないか。
重ねるなと、アキラは言い切った。だがしかし、そう簡単にこの痛みを、己から切り捨てることは適わない。
重ねるなということは、つまり彼女への想いとアキラへの感情とを重ねてはいけないということになり――。
思考が酩酊し始めた折、アキラから再度連絡が入った。
『――追記:待ち合わせには鈴屋や滝沢も来る』
これにはこう、精神的にすごく助かるものがあった。
現地に行く前に、什造から「浴衣です!」と手渡された。どうやら篠原さんの若い頃のものをもらってきたらしい。何故にそんな準備を……、と思ったら、政道も無理やり着せられていた。
謎の気の効かせようと言うべきだろうか……、まぁ確かに場にはそぐうかも知れない。
しかし、こうして6区の大花火大会に来るのも初めてだ。普段はテレビの向こうで、川を見ながら上る花火に驚かされたりもしていたが。
……どうでも良いが、からあげの屋台なるものは初めて見たな。
「ほら上等、綿菓子だ。存分に喰らうと良い」
そして「わたがし体験」なる屋台で、アキラが割り箸片手に二つ、大きめの綿菓子を作って持ってきた。片方を俺に手渡し、もう片方を政道の顔面に押し付ける。「俺の扱いどうなってんだよ!」と言う政道の気持ちはわかる。一応注意するも、何処吹く風という感じだった。
「まーまーですせいどー。たこ焼きの上に乗せられなかっただけマシです」
「火中の栗拾うような考え方嫌だぜ、おい……。あ、亜門さんりんごあめです」
「助かる」
受け取ったりんごあめを食べながら、ちらりと視線を振ると、什造が者的の前で足を止めた。
1等の……、何だあれは? 独特な形状の人形が欲しいらしい。
「亜門さんあれ欲しいです!」
「任せろ、銃器の扱いも訓練済みだ――」
……だと言ったのもつかの間。弾丸がコルクのためか軽く、また射撃の反動も低いせいか、三発全てを外すと言う失態!
政道も挑戦するが、俺同様なれない扱いだ。
「誰か! 羽赫のベテランをつれて来い!!」
「クッ、こんな時有馬さんが居れば……!!」
お前も羽赫だろう、というアキラの指摘は、政道には届いていなかった。
その後、五里と偶然合流し、彼女に射的を代理してもらったりもした。結果的に慣れて居ないながらも確保した彼女を見るに、やはり普段から使っている武器の種類は大事なのだと実感する。
そして道中、篠原さん一家ともすれ違う。娘さん二人に手を引かれる篠原さんは、本来ならそこに居たはずの、高校生くらいになる娘のことを感じさせない風だった。
ガラにもなく何を考えているのだろうと、思わなくもないが。これもまた、例年なら決して行わなかったようなことをしているせいもあるだろう。
どこかセンチメンタルな気分になっていると、空に花火が撃ち上がる。
「た~まや~、ですね」
「見事だな」
「嗚呼」
言葉もなく、俺達は空を見上げる。
誰かと一緒にいるせいか――守りたい仲間達と一緒にいるせいか。
テレビで見ているそれよりもいっそう華々しく、俺の目には映った。
一方その頃 その1
法寺「そういえば、雨止さんは行かなかったんですか? 花火大会」
雨止「私行ったら、絶対雨天中止になりますから。雨女だし……、たーまやー!」
法寺「(やっぱり本当は行きたかったんじゃないでしょうかね)」
一方その頃 その2
芳村「うん……」
入見「綺麗ね……」
古間「俺の浴衣似合って――」
入見「黙れ」
古間「ッ!?」 猛烈な勢いですねを蹴られる