「うん、特に問題はないみたいだね。いつもの薬を出しておくから」
嘉納教授は、そう言いながら僕に微笑みかける。
僕も胡乱に頷きはするが、正直に言えばその言葉を真正面から受け止める気にはならない。
移殖手術の後の定期検査。教授の総合病院にて僕は診察を受けていた。
だが、どうしてもその結果を信じられない。
喰種「リゼ」さんの内臓を移殖され。
食性が喰種に大幅に近づき。
あまつさえ特有の器官である赫子まで出る。
喰種拘束用装置「クインケドライバー」にでさえ、おそらくはそう認識されているのだ。
一般人がここまで変貌しているのに対して、他の箇所が一般的だということは絶対あり得ない。
前にトーカちゃんが言ってた話に寄れば、喰種の体内にはRC細胞というものが多いらしい。それが人間の十倍以上の濃度で検出されるらしいのだけど、そこのところを計らないというのも、またおかしな話だ。
おまけに、リゼさん。
喰種として僕より万全で、おそらく強大だったろうリゼさんが、再生する暇もなく手術を受けたという事実が、どうにも引っかかりを覚える。
「ひと月後に、また来なさい」
「先生は――」
僕は、試す。
カマをかける、というのが正解かもしれない。
「――僕
僕だけでない、リゼさんも含めての言葉。
それに一瞬目を見開いて、嘉納教授は目を閉じ、窓の向こうを見た。
「……鳥が羽ばたくためには、何が必要か知っているかい?」
「……?」
「翼があれば良い、という訳でもないのだよ。重要なのは慣れだ。それが己に出来るのならば、それが出来るということを知り、体得し、経験を積まなければ」
教授は僕の方を見て、にっこりと笑う。
「何か違和感があっても、君と彼女の臓器は適合している。今のところ拒絶反応も出ていないしね。
それに慣れるのは、時間がかかるということだ」
「……教授、あの――」
「赤子が歩きだすのもまた同じさ。誰だって最初は不慣れなもの。
我々医者は、その背中をそっと押すことが仕事さ」
それ以上、教授は僕の言葉に対する答えのようなものは言わなかった。
はぐらかされたのだろうか、今のは。
「あの、そういえば神代さんのご家族とかは、あの後……?」
「親戚の方が引き取りに来たよ。私は口も利いてもらえはしなかったが」
ただ、最後に聞いたこの情報だけは、多少なりともとっかかりになりそうなものだった。
※
あのリゼさんにも親戚……、家族か仲間かは別だけど、それに類するものがいたということか。
少なくともそれが「あんていく」でないことはわかる。あの夜、店長はリゼさんと僕を守る為に戦っていたのだから。
でも、だとするなら。遠因とはいえ彼女の死因に繋がった僕に恨みを抱いているんじゃ――。
「恨んでたんだろうなー」
「……ヒデ?」
ちょっとびっくりした。背中から嫌な汗が垂れた。
授業中だというのに、ヒデはそれなりに高いテンションで僕に話かける。まあ授業中に考え事して上の空だった僕も僕だけど……。
声大きいと言うと、悪い悪いと言いながら彼は持っていた新聞を広げる。
指差す先は、捜査官二名重態の記事。
「ここに載ってるだろ? 小さいけど。捜査官殺されでもしたら大々的にやったんだろうけど、CCGとしても痛し痒しなんじゃねーか、これ。結局未だ二十区、全然捜査官死んで無いし。小倉ちゃんそれでも特番出ずっぱりだけど」
「さり気なく今夜十時からのテレビ欄も勧めるなよって。……で、恨みって?」
続けられたヒデの言葉に、僕は言葉を失った。
「俺なりに犯人像を想像してみたんだけど、まあ、復讐かなって」
「……復讐?」
「ああ。これ、手配書な」
「何時の間に……」
いつか見たヒナミちゃんの手配書のそれを見せられ、思わず冷や汗。
「まあこれは一旦置いておくけどよ。まず重態の捜査官は二人に対して、一人は襲われて、一人は戦ってってことらしいじゃなんか。とすると、まず前者がおかしいと思わないか?
普通、危険を冒してまで襲いはしねーだろ。食糧目的って訳でもないだろうし。
で、二人目が出たわけだけど、そこからめっきり被害報告出てないし。そう考えるとこのラビットって喰種は、こっちの方が目的だったんじゃないかと」
「ふぅん……」
「返事適当だなカネキ」
「一応、両方聞いてるからね」授業の方のことだ。
「器用なマネすんなー。……で、まあコレよ。そこで考えられるのが、この手配書から見えてくるわけよ」
ヒナミちゃんの年齢や体格を指差して、ヒデは考察を続ける。
「チラシの情報で似顔絵がないってことは、まずその場から娘がすぐ逃げ去ったってことだろ。加えて親子だって断定されてるってことは、その場に単に居合わせたって訳でもないだろうし。とすると、親が子供を庇ったっていうのが、一番あり得そうじゃん?」
「……」
「で、仮に娘をラビットだとしても、辻妻は合わない。もし後々になってこんなことを出来るなら、俺なら迷わず飛びかかってるし、そもそも『母親が庇う』てシチュエーションが発生しない。庇われるまでもないってことだからな」
そう考えると、とヒデは結論づける。
「ラビットは娘本人じゃない。でも、娘の関係者ではある。また同時に復讐の代行を買って出ている事から、お金とかじゃなくてもっと個人的な繋がりが強い。
こう考えると色々辻妻は合うと思うんだけど……、まあ、これもこれで胸糞悪ぃなー」
肩をすくめて笑うヒデが、僕は正直、怖くて仕方なかった。
西尾先輩の言葉が思い出される。ヒデは危険だと。
ヒデの前で僕はボロを出すことが出来ない。きっと、そうすれば答えまでトントン拍子で気付かれてしまう。
そうなったら、きっと――。
「……で、今度は何にはまったんだ?」
「あ、バレたか」
少し照れながら、ヒデはバックから一冊の、コンビニ単行本を取り出した。喰種解体信書、と題されたそれは、専門家小倉久志の著書らしい。
江戸時代から喰種は居た? とか、本部と警察の関係とか、3区ピエロマスクとか、色々な見出しがちらほら見える。
「心理学、生物学、色んな角度から分析した謎本だぜ! こーゆーのなら俺でも読める! 例えばこの和歌山の――」
昔からヒデは、ちょっとミーハーというか、何にでもすぐ影響を受けるところがあった。
それに対して真面目に取り組み、結構良い線まで行くのがいつものヒデ。
だから、直後に謝礼目的にヒナミちゃんを探そうかと言い出しのは焦った。
「遊びじゃないんだから、そういうのは止めろって。命がいくつあっても足りないから」
「お、おう……。事故ったカネキ言うと説得力あんなー」
軽く流すように言うヒデだったけど、それでも僕は、後でヒナミちゃんに注意喚起した方が良いと思った。
一般人のヒデでさえ気付くのだから、CCGはもっと細かく筋を見極めているはずなのだから。
そんな風に自分の思考に気を取られてたからか、ヒデが一瞬僕を寂しそうな目で見ていたことに、この時は気付いていなかった。
※
カネキじゃないけど、気分があんま良く無い時は、勉強が捗るらしい。
授業中。別に進学校ってわけでもないから、教室の身の入り方は軽い。周りが世界史のことより、ワイドショーとか音楽について話してるのを聞き流しながら、私はノートをとる。
……以前よりなんだか理解が早くなってる気がするけど、断じてカネキのお陰だとは思いたくない。いや、確かに点数ちょっと上がってて、担任から褒められたけど。ピンポイントで苦手克服してたけどさ。
――死ね。私から、アキラから彼女を奪った貴様等を、貴様を、私は報復せねば――!
ぼうっとしていると、嫌でもあの捜査官の顔が思い出される。
それに気をとられていたからか、先生が私を呼んでいたのに一瞬反応が遅れ、依子に言われるまで気付かなかった。
「どーしたの? トーカちゃん。ぼーっとしちゃって。お熱?」
「そんなんじゃないから」
「別にって、変だよ? この間から元気ないし、遠い目してるし」
内心で舌打ちしながら、生理を言い訳に使おうとしたけど。どうしてか脳裏で「駄目だよトーカちゃん、女の子なんだからそういうのはもっと――」とか、躾けでも言うようなアイツの顔が浮かんできて、言葉に詰まった。
そんな内心は知りもしないだろうに、依子は何かを察したように、はっはーんと嫌な感じに笑う。
耳を寄せてきて、一言。
「ひょっとしてぇー ……、あのカレシさん関係?」
「ッ! い、言っただろ前に、アイツそんなんじゃ――」
「ええーまったまたぁ。トーカちゃん可愛い!」
否定しても本人的にはそのつもりになってしまってるので、こうなったら何をやっても焼け石に水。
気疲れを覚えながら菓子パンを開けた。
「仲良くした方がいいよー? 私、応援するから! でトーカちゃんまたジャムぱんだけ?」
「これ一番食べやすいし……」
まずいのに代わりはないけど、粉系の食事は唾液でほぐれて流しこみやすいのは事実なので、よくカモフラージュに食べていた。で、そんな食生活の偏りを見て、放置しておく依子じゃない訳で。
さっと取り出された唐揚げに対して、私は全身全霊で表情を取り繕っていた。
「どう、かな……?」
そわそわした顔がなんとなくカネキを思い出させて、私は思わずデコピンした。
「美味いから」
「あー、なんかテキトーだなー」
無邪気な依子の笑顔に、私も元気を少し貰う。そうだ、私だって奪われた側なんだ。だからといって奪って良いことにはならないけど、でも、それでも立ち向かうことくらいは、駄目じゃないはずだ。
猛烈に覚える吐き気を押さえながら、私は依子に笑いかけた。
後で隠れて水と一緒に、無理やり流し込むのは確定してるのに。
「お姉ちゃん、おかえりなさい!」
「あ、お帰りトーカちゃん」
私はズッこけた。
自宅の扉を開けたら、奥のリビングにカネキが居た。ヒナミに向かって文字でも教えていたのか、そういうのがこちらから見える。
駆け寄ってくるヒナミが変な声を上げたけど、それこそギャグ漫画みたいに私の身体はバランスを失った。
いや、失うだろこんなの。
「トーカお姉ちゃん、どうしたの?」
「いや、まぁ……」
起き上がると、変な笑いのカネキが見える。思わず睨むと、言い訳を始めた。
「いや、午前中終わりでシフトも上がってさ。少し用事があったから来たんだけど……。
居なかったらス○バとかで時間潰そうと思ってたんだけどさ、その……」
「嗚呼、わかった」
ヒナミか。そうかそうか。そりゃ一人寂しくいる時にカネキ来たら中に入れるか、そうかそうか……。カーテンは干してある下着見えるから閉めたみたいだけど、そうかそうか。
後でどうしてくれようかと思いながら、私は立ち上がった。
あの事件の後、ヒナミは本人の希望で私の家に居る。私は久しい一人じゃない生活に、アヤトの懐かしさを覚えながら色々手を焼いていた。
「で、アンタは何で来たわけ?」
「あーいや。ヒナミちゃんの部屋作りとか大変そうかなーって。店長から聞いたから。
後はまあ、ね」
「……はぁ」
苦笑いというか、微妙な笑みでこっちを見るカネキ。なんとなく考えてることがわかって、少しイラっときた。どーせヒナミが心配だったとか、そういうところなんだろうけど。ストレートに言わないのは、気を使わせたり空元気させないためか。
「……じゃあ、あっちの家具出しといて。結構重いから」
「あ、うん。……トーカちゃんも、傷、大丈夫?」
一瞬、体が固まった。
「……べ、別にそんな」
「大丈夫ならいいけどね」
さり気なくこちらの動きを気にしてたのか、いちいちその視線の先が、適確に私の
「あ、お姉ちゃん。ベランダに鳥さん」
「……ッ!?」
そして、ヒナミのその一言に私の脳味噌は真っ白にされた。
「迷子かな、怪我してるみたい」
「うーん、ちょっと待っててね?」
「いや、ちょ――」
私の静止を無視して、カネキたちはベランダを開けて、そのオウムだかインコだかを保護。
部屋の中に入れ、じっと傷の様子を見る。
「うーん、落ち着いてはいるみたいだし、元々飼われてたのかな……。トーカちゃん、救急箱とかってある?」
「……」
「……トーカちゃん?」
不思議そうにこっちを見るカネキ。
ヒナミは手元のそいつを持ちながら立ち上がり、接近してくる。
たまらず私は早足で、丁度位置的にカネキを使ってヒナミと対角線上に入った。
追いかけるヒナミと逃げる私。
「なーんーでーにーげーるーのー?」
「鳥、が、怖いッ!」
特にからかってるわけでもなさそうなその言葉に、反射的に正直に私は言った。
困ったように笑うカネキ。アンタはわかってない、と私は内心毒づく。
鳥は結構簡単に私等を裏切るんだって……。「あの日」以来、どうしても好きになれない。
結局カネキが止めて、応急処置をするまでいった。
「素人判断だから、病院はもう遅いし明日あたり行けばいいかな。僕午前中休みだし、連れて行こうか。
あとトーカちゃんがそれだと、ここでは保護できないよね……。だからと言ってここから放すのも難しいかな、この感じだと」
「知らねぇよ」
「あ、はは……」
「名前とかつけた方がいいかな?」
「そのうち飼い主現れるでしょ」
「でも……」
「……じゃあ、『カラアゲ』」
「お姉ちゃん……」「トーカちゃん……」
二人揃って残念なものを見る目でこっちを見てきた。
「とりあえずトーカちゃん、その子どっか置いとける場所あるかな?」
「……昔、金魚飼ってたケースあるから、それ」
「じゃあ、しばらくその中で寝てもらうか……。何か敷き詰めるもの、も、なさそうだし……。
鳥かごはやっぱり――」
ぶつぶつ何か検討するように言い募るカネキ。
胡乱な目で視線を振ると、期待するようなヒナミの目線。
「……わかったから。買ってくれば良いんだろ。
カネキ、あんたキャリーバッグ」
「へ? あ、はい」
ノータイム即答のカネキ。違和感ないのかと思わなくもないけど、浮かべてる表情的に「仕方ないなぁ」くらいに思われてそうだ。なんかイラッと来る。
ホームセンターで、鳥用の餌やら道具やら色々買いながら、カネキは私に色々と言ってきた。ヒナミは少し気を付けた方が良いとか、何とか。
「……まぁ、アンタの友達のはともかく、そうかもね。って言い出したら私もなんだろうけど」
「今日、帰りにCCGに寄って手配書とか見てきたけど、今の所はなさそうだったよ。トーカちゃんのは。
どうしてなんだろ」
言われれば確かにそうなんだけど。私の脳裏に、あの顔がまた思い出される。
私達との戦いの後、重態だけど一命は取りとめたはず。だったらなんで……いや、ひょっとしたら泳がされている? 何故って、店長を呼び寄せるために。
いや、考えてもわかんない。少なくとも一週間近く経って、手配されていない以上は今の私達で理由を推察するには、情報が足りなすぎるか。
でも、まあ、アレだ。イメチェンとかは考えようかな。……前髪はアレだから、伸ばすとか、ウェーブかけるとか。
「あ、それから後、個人的に思ったことなんだけどさ」
「あ?」
「目撃されたりしてないよね。トーカちゃん」
「何で……」
カネキの話は、ちょっとしたからかえる要素と共に少し嫌な考えを頭に過ぎらせてきた。
あの日、捜査官と戦ったカネキだが、実は周囲に「あんていく」通いの喰種の目撃者が居たらしい。散々褒められたり、古間さんの自慢話とかも始まり掛けたらしいけど、そこからこの結論に話をもって行くのがコイツらしいのか、何なのか。
「今更わかんないにはわかんないけど……」
「うん。でも、注意はした方がいいかもね。仮面持ち歩くとかさ」
「……マスク?」
「うん」
さ、とバッグのポケットからウタさんの作った、黒いマスクを取り出すカネキ。
「普段から仕込んでた方が、何かの拍子に出てきた方が危ないだろ」
「難しいところかな、そこ。どっちもどっちって気がするし。
そういえば、全然話変わるけど、ヒナミちゃんの髪はトーカちゃんが切ったの? 随分ハイセンスだったけど」
「そ……、そーでしょ」
視線を逸らしながら、私は答えた。変な笑いが込み上げてくるのは、あの時のヒナミの反応とか、色々思い出してのことだ。失敗しただけなんだけど、こう返されると今更言い出し辛い……。
話題をそらすためじゃないけど、私の側からカネキに聞いた。
「……ってか、アンタこそ店長と、どーだったのよ」
「?」
「私に味方する時、色々言われたんじゃないの?」
苦笑いを返すカネキに、自分の予想が当っていた事を私は直感した。店長曰く、あんていくのルールの助け合いと、みんなを犠牲に晒し兼ねない行為の自己責任とは二律背反。後者に従った私に手を貸したのなら、カネキだって何らかの話はされているはずだ。
実際店に復帰してから、店長は普通にしてくれるけどもうしばらくは顔を合わせ辛い。
でも、それに対してカネキの顔は、そこから自然な笑顔に変わった。
「……ドライバー使ったことは怒られたけどね」
「……は? ちょっと正気、アンタ」
開いた口が塞がらない感じに、マヌケな表情になってたかもしれない。カネキはそんな私に困ったように頬を搔きながら、「四方さんのお陰で何とか」と言った。
ってことは、コイツも変身できたって事か、そうか……。
「でも、感謝されたかな。曰く『人間だった僕が』『喰種を守る為に戦った』ってことに」
「……あっそ」
その言葉を聞いて、私は反応に困る。
感謝、感謝か……。確かに店長なら、そう言いそう。私としても、初めてコイツに、私が死ぬのは寂しいって言われた時――。
って、止め止め。これは、なんか考えたら駄目な気がする。
会計を終えて店を出る私達。外はもう夕方で、空も段々と暗くなりつつある。
そんなタイミングで、家のマンションの前で、鍋を持つ依子と遭遇した。
確かに家はそこまで離れてなかったけれど、お隣さんに差し入れする感覚でよく持ってきたというか……。いや、そうじゃない。現実逃避してる場合じゃない。
「わ、わ、わ、トーカちゃん!」
「へ? あ、いや、コイツ関係ないから。カネキちょっと待ってて」
相手の反応は無視して、私は依子の方に走って建物の方へ。
「うー、どしたの?」
「あー、ご、ごめんね? お邪魔だったら。急に来ちゃって」
だから違うっての。
「あのね、学校でいつもより元気がなさそうだったから、大丈夫かなーって」
「へ? いや、別にそんなことないし。アンタ心配しすぎ……」
笑って返すも、依子は首を左右に振る。
「お父さんが海外に赴任した時とか、アヤト君が家出しちゃった時みたいに、寂しそうな顔してたし」
「……」
そう言われると、私は何も返せない。確かにそうだ。あの捜査官を見た時、全然違うし、敵の側だったというのに、頭の中では「家族」のことがぐるぐると回転しっぱなしで。
それが顔にも出てたってことなんだろう。こうして友達に心配かけるくらいに。
「でも、心配なかったかな? 彼氏さんもフォローしてたのかなー」
「だから、違うって言ってるでしょーが! もうッ」
「あはは。でも良い人そうだし、そのうち紹介してね?
あー、それでなんだけど、せっかくだからこれ、二人で食べちゃって!」
さっと鍋を私に手渡し、依子は笑顔でサムズアップ。
ぐ、じゃねぇよ……。
立ち去った依子に、私は茫然と動くことは出来なかった。
「……肉じゃがかな? この臭い」
微妙な顔をしながら、その去った方向から現れるカネキ。空気を読んでたのか知らないけど、どうしたら誤解が解けるのか……。っていうか、何であんな頑ななのか――。
あ、そうか。そもそも朝のあの時間帯にカネキが家に居たことが悪いのか。それで勘違いが強くなってんのか。
だったらあの日、私の目の前で倒れたコイツが悪い。悪いのはカネキだし、説明責任もコイツだ、うん。
謎の納得を自分に言い聞かせていると「良い子だね」とカネキ。
「何か心配ごととかあったなら、僕で良ければ、話くらいは聞くよ?」
「……別にそんなんじゃ、ないから」
「なら良いけどさ。話すだけでも軽くなるものだし。
ところで、一人で大丈夫? その量」
「……うっさい」
罵倒して、私は足早に自分の部屋に向かって足を進める。背後からわたわたとカネキが付いてくるのを尻目に、最終的には依子の言ってた通りになりそうだなと思いつつ、少し天を仰いだ。
※
「何よ、アンタどこから入ってきて――っ、警察呼ぶわよ!?」
「土足で失礼。落ち着いてください、軽部さん」
マンションの四階。普通に考えたら入ってこれないだろうこの場所に、彼は平然と微笑みながら、窓から侵入して来た。
モデルのように長い足。整った顔。綺麗な声は、こんな状況じゃなかったら見惚れてしまいそうなそれだ。
いや、実際この状況でも多少ぽっとしてしまった。
「な、何で、私の名前――」
「僕もあまり、荒立てたくはない。警察程度じゃ
ねえ、駅前のカッフェで働いている、軽部美園さん」
「あ、貴方、イカれてるの……」
混乱すると人間、笑いがこぼれるって話を聞いた事はある。私のそれも、また同様。
それに対して、目の前の彼は「ファンタスティック!」とか身をうねりながら叫び声を上げた。
「気分が高揚していないと言えば、嘘になる。一目、一目見た時から見惚れていたのだから――」
わけもわからず赤くなる私を置き去りにして、彼は、さっと指を付き付けて、言った。
「――貴女のその、実際奥ゆかしいセピア色に」
次の瞬間、私の目の前は真っ黒に染まった。
「・・・ってか、アンタ食べられんのね」
「まあ、感想言ったら怒られそうだけどね。トーカちゃんこそ大丈夫?」
「・・・」
「?」
「あ、なんかゴメン」
月山スピンオフ「美食家と写真家」はじめました。よかったらそちらもどうぞ