流石に場所を移した。
「あんて」があったところの近くで店をやるっていうのは、それなりにリスクがあった。豆を売ってくれているあのオッチャンは相変わらずだけど、だからといって危険性が高いことに違いはなかった。
でも、それでも……、結局、20区は抜け出さなかった。
芳村さん達が築いてきた下地があるからか、やっぱりここが、一番落ち着いてるような気がする。
その「あんていく」もなくなって、今、一部はちょっとしたパニックになってる。今まで「あんて」で押さえられていた奴らが少し暴れだしてるらしくて、警戒しろって放送をよく聞くようになった。
依子、大丈夫かな……。
考えたところで、確認しに行く勇気もない。
ただ、それでも心配に思うのは、たぶん研に毒されたからだと思う。ニシキあたりに言ったら、きっと鼻で笑われるんだろうけど、貴未さんあたりにシバいてもらうからそれはいいとして。
店は、案外すぐ準備できた。芳村さんが元々、何かあったときのために別なロケーションの土地をとってあったらしい。四方さんがものすごくタイピングゆっくりに書類を作ってるのは中々見ごたえがあったけど、やっぱり色々と手を回してくれているのは、芳村さんらしいって思った。
店長は……、行方知れず。
古間さんや、カヤさんも情報は上がってこない。
当然、クロナや、研も。
半年くらい経った頃だったっけ。ヒナミが、店を出て行くって言った。あの時、誰からも話されず、誰からも頼られなかったのが悔しいって。万丈が心配してるのに、サムズアップして、笑顔で「行って来ます」って言ったのを、今でも覚えている。
ヒナミは……、アヤトと一緒に、マスクを付けて写真がとられていた。
どういう経緯をたどったのか、いつの間にかヒナミは「アオギリ」に入っていた。
アオギリはアオギリで、ますます勢力を拡大していっていた。なんかウチにも「月給一人分!(死体)」「ブラック企業じゃありません!」みたいな感じのアオギリのビラが入っていたりもした。これ考えた奴はきっと頭おかしい。
店長たちみたいな立ち位置になって、すごくわかったことがある。
店長は、きっと私達のことをよく見えたんだろうってことだ。お店で従業員として働いていたときは、よく色々気が付くなっておもってたけど。でも実際、立場が変わったせいか、お客さんの顔も、バイトの顔も、クソニシキがサボってるのも、よくわかるようになってきた。
だから、なおのこと思う。
喰種だって知らない人間のお客さんの笑顔が……、重い。
三晃がふらりと店に来た時に言ってた。それは危ない兆候だって。気を抜いたらすぐバレてしまうって言って、なら口くらいは聞いてあげるとか言われた。まぁあっちはあっちで「私のエンタメ君が消息絶っちゃって、ちょっと寂しいのよね」とか愚痴をこぼしてたけど。
そういえば……。小説家の、誰だっけ? 研が好きだった。あのヒトが何故か、私宛てにサイン本を一冊置いて行った。ウサギ二羽が小さいイラストで描かれていたのが、何を言いたいって感じだったけど。
何だろう、そんな他人から見ても、私は寂しがってるように見えるんだろうか。
……まぁ、否定しねぇけど。
実際、寂しいとかそういうカテゴリーじゃない。私は待つって決めたんだ。研が帰ってくるのを。生きるために私に待っていてくれって言ったんだから――私が待つのをやめたら、アイツ、帰る場所がわかんなくなっちゃうんじゃないかって思う。
ふと、カウンターの掃除を終えて視線をふると、「あんて」の跡地で拾った、割れたカップが一つ。
なんとなくそれをじっと見てから、私は表に出た。
裏口では、四方さんがなんか新しく買ったらしいバイクに、花みたいなペイントをしている。オレンジの感じの花は、ぱっと見て名前が思い浮かばないけど……。そういえば店長のバイクの改造をしていたのも、四方さんだったっけ。
「おはようございます」
「……おはよう」
「それ、何ですか?」
「(…………マシン・キンモクセー)」
「はい?」
ぼそっとしていて聞こえなかったけど、四方さんはそれ以上話してくれないらしい。
あれは、照れてるんだろうか……。不機嫌なときのアヤトよりも、考えてる事を予想するのが難しかった。
そっちの方も軽く掃除して、改めて表通りの方、つまり正面へ。
立て看板の「close」を「open」にして、私は伸びをした。
「よーし、やるか」
風が私の頬をなでる。
大通りを吹きぬける風の方角を見る。
誰がいる訳でもない。ただ、まだ朝早くのがらんどうな道が、そこにあるだけ。
ただ何となく、そこに誰かが居るような気がして――居ないはずの誰かをそこに求めて。
「……」
少しだけ微笑んで、私は髪を流して。
――トーカちゃん。
嗚呼、そんな声を投げかけてほしくって。私は店の戸を――。
―― ……トーカちゃん?
……?
―― あれ、間違ってないよね、たぶん……? 聞こえてないのかな、おっかしぃなあ。
……?
いや、ちょっと待って。
へ――ッ!!!!!!!?!?!?!?!??????!!!!?
私の感じた声は、研の声に他ならないけど。
てっきりそれは、私の願望が齎した頭の中だけに聞こえるものだと思っていたのだけれど。
でも、そういう幻? にしては、なんか、こう……。あまりにも「らしすぎる」っていうか。
恐る恐る。本当に恐る恐る、私は振り返って――。
「――あ、やっぱりトーカちゃんだ」
そこに立っていた相手を、間違えるはずはなかった。
頭はずいぶん根元を中心に黒くなって。服はスーツみたいな感じの格好で、でもネクタイ結ぶのがヘタな感じになっていて。
眼帯も外していて、でも、それでも、私は、間違えるはずはなかった。私が間違えるはずはなかった――。
気が付けば、全力で私は走りだして――。
「へぶっ!?」
両手を広げた研の顔面に、一発、渾身のアッパーを喰らわせた。
その場で転がる研に、真昼間だってのに関係なく馬乗りになって、何度も顔面をはたいて。
「いや、あの、トーカちゃん痛い、痛いから、ちょ、待って――」
「――いち、ねん……っ」
言葉が続かなかった。
私の頬には、気が付けば涙が伝っていた。
「……待たせちゃって、ごめん」
「……っ、」
研の胸を殴る力が、段々弱くなっていった。
身体が、震えて仕方がなかった。
ただあふれ出る衝動に動かされて、どうしてか私は研を殴っていた。
でも、研はそれには何も言わなかった。
ただ私の頭を撫でて、そのまま抱き寄せた。
私がこんなに、こんなに色々と、もう、感情が制御できないっていうのに、研はひどく落ち着いていて、そのまま私を優しく抱きしめていて……。
それでふと、安心してしまう自分の単純さが、ちょっと複雑だった。
「……なんでこんな、遅いのよ、ばかッ!」
「……えっと、それはですね――」
「言い訳すんな。どーせまた死にそうになったり、変な感じだったんだろーけど。
約束したから! 絶対、ただじゃ済まさないから――」
今夜はもう、
そして。
「でも……、――生きてて良かった」
研は、何も言わないで、泣き続ける私をそっと抱えて、店の中に入った。
ふと見上げると、研も泣いていた。泣きながら笑っていた。
なんとなく私は、そんな研の鼻をつまんで。
でも、逆襲に遭った。困惑してる研を見て笑っていると、今度は「研の方から」唇を重ねてきて。
慌てるしかない私に、研は、抱きしめながら言った。
「ただいま、トーカちゃん」
「……ん、お帰り」
失いながら生きていくしかないと、四方さんは私に言った。
私も、それは思う。今まで生きてきた中で、ずっと失わないでいられたものの方が少ない。お父さんも、アヤトも、依子も、あんていくも。
でも――それでも。
少しくらいは、何か残ってくれるのなら。それは幸せなことなんだろうと、私は思った。
――墓が、ある。
私はその前で、ただ淡々と、最近のことを述べた。
「……今日付けで一等捜査官だ。
キメラクインケおよび、AG3-M量産化計画の功績が認められた。それに伴い、これからは有馬特等率いる『アオギリならびに新種の喰種』対策チームに所属する」
父の墓は、何も言わない。
私はそれに、ただ淡々と述べるだけ。……出来る限り、感情が挟まらないように。
亜門のことも、滝沢のことも、つとめて思いだして、泣き出しそうな顔を父に向けないように。
「……そういえば、特等からメンターをしてくれと任されてな。
特等の話によれば、
話している最中、後ろから声をかけられた。
私の名と階級を呼び、頭を下げる彼女。茶に黒と、白とが入り混じったような独特の髪をしている。
頭を上げた彼女は、緊張したように言った。
「さっ……、佐々木
特等のご指示で明日より、真戸一等の操作技術を学ばせて頂きます」
「嗚呼」
「よ……、よろしくお願いします」
たどたどしく頭を下げる様に、聞いていた実年齢よりも幼い印象を私は受けた。
TO 「仮面ライダーハイセ RE」
※ただし番外編→中間編を経由する