仮面ライダーハイセ   作:黒兎可

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「先日、『先輩』から最新の研究が回されてね。これで安定的な運用が可能になった。
 加えて君のお父様が持っていた装置に埋め込まれた――”レッドクラウン”。これで、計画が次に移せる」
 
 嘉納の言う事を話半分に聞きながら、私は、眼前に浮かぶお父さんを見上げる。
 
 「骨」の魔法で眠ってもらって、果たしてどれくらい時間が経ったか。それでもリゼちゃんと違って穏やかな眠りなのは……、考えるの止めた。
 
 私は、つとめて道化的に振舞うよう心がけた。
 
「CCGでのテストは終了しているらしいからね。ま、こっちもダイジョブっしょ」
「喰種捜査官での実験がまず先だが、さてどうなるか。一般人よりも強靭な肉体と精神だ。
 しかし……、カネキくんが、ああも育つとは。可愛そうなことをした。
 元々クロとシロの前段階の実験ではあったが……」
「今更善人ぶる必要あるか?」
「……この感傷を無くしては、立ち向かうべき敵を見失うからね」
 
 タタラの言葉に、嘉納は苦笑いを浮かべた。
 
 私は、お父さんの顔を見る。
 
 
『…………』
 
 
 やっぱり、お父さんは微笑んで、目を閉じていた。
 
 
 
 
 
 


#086 後 /研 

 

 

 

 

 

 全部終わっても、篠原サンは眠ったままです。

 

 病室のベッドで、規則正しく呼吸機に息を吐いてるです。

 車椅子の僕を、いわっちょさんが後ろから押してくれてるです。いわっちょさんも片手だけど、でも、やっぱり力強いです。それに身を任せながら、僕は篠原サンの病室に入ったです。

 

 病室は、すごく静かで――壁には、小さい娘さんと、篠原サンと、奥サンとが、若い頃の写真があったです。篠原サンが、刑事みたいな格好してたです。

 

「……大量出血とショックにより、脳に深刻なダメージを負ってます。体内はむしろ『以前より』健康だったりしますが……、意識が戻ることは、おそらく」

「……」

 

 篠原サン、ずっと寝たままですか?

 

 廊下から「サイコふっかつじゃー! とっとと潜るじょー!」みたいな変な叫び声が聞こえるですけど、そんなの全然気にならないです。

 いわっちょさんも、僕も、じっと篠原さんのことを見ているです。

 

 そんな後ろから、おじさんが声をかけてきたです。髪が白くなっていて、右腕がなくなってるけど、見覚えが在る顔です。前に篠原さんに見せてもらった写真に居た――。

 

「利き腕じゃなくて良かったな、黒磐」

「……伊庭特等」

「元、だぜ? もう50も後半だ。

 たく……。真戸といいコイツといい、今回は上司不幸多すぎだろ、全く」

 

 バカヤロウが、と呟く声は、何か堪えるような感じで震えていたです。

 僕は……、何も、言うことが出来なかったです。

 

 失ってからはじめて気づくなんて、そんなことは言えないです。

 

 今までの僕の行動からして、それは、たぶん言っちゃいけないです。

 

 いわっちょさん達が立ち去るのを見て、まだ居させてくださいって言って。面会時間は大丈夫だって言われたので、もうしばらく、篠原サンを見てるです。

 本当に……、本当に静かです。

 でも呼吸の音が聞こえるのが、嗚呼、まだ生きてるんだと。それが、なんか、悲しいですけど、うれしいです。

 

 

「……什造くん、かしら?」

 

 奥さんが、僕に声をかけたです。

 前にお祭りの時に会って、その時以来です。

 

 僕は……、頭下げるしかできなかったです。

 

 足を切り飛ばされたのも、みんな到着するの待たないで勝手にやったからで。

 それも、篠原さんを鈍らせた理由の一つかもしれないと、今は思うです。

 警戒とか、全然してなかったです。クロナたちと戦った時みたいに、「お仕事」だけど「適当でいい」くらいに考えてたです。

 

 僕がもっとちゃんとしていればと。頭を下げるしかなかったです。 

 

 奥さんは悲しそうに笑って、僕に椅子にかけるように言ったです。

 

 食べられないですが、篠原さんの前に置いてあったりんごの皮を剥いて、僕に手渡してくれたです。

 

「捜査官の妻ですから、どんなことでも覚悟はしているものですよ。

 でも……、うん。私達、昔、喰種に子供を殺されてね? だからかしら。その子が生きてたら、丁度、あなたくらいの年なのよ」

「……」

「だから、このヒト、あなたのことね。

 自分の子供のように、大事に思ってたみたい」

 

 だから、そう泣かないでって。

 

 僕の頭をなでて。そのまま篠原さんの身体のお世話を少しして。

 奥さんは、そのまま病室から出てったです。

 

 僕は……。

 

 

「ゆっくり、お休みなさいです。

 僕があなたの分まで、しっかり働きますから。みんな、死なせないですから。

 

 ……見ててください、篠原特等」

 

 頭を撫でて。相変わらず変な髪形してるって思うですけど。でも、それさえ愛しく感じる。

 

 この感じは……ママのそれに、近いものがあったです。

 

 

 だから、そういう意味では、僕はもう、前の僕とは違うです。

 

 僕は……、喰種捜査官です。

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

 父の葬儀が終わった頃。私の元に、遺書が届けられた。 

 誰かと思って見れば……、亜門鋼太朗のものだった。手に取りはしたが、どうしても踏ん切りが付かず、それを開くのを私はためらった。

 

 先日の作戦。喰種の駆逐率は99パーセントだと発表された。……肝心の梟を逃して。

 

 父は、私にも内緒でとんでもないクインケを準備していたようだった。直にその設計書と、残骸とを見て、いかにその執念が深かったか、準備が長かったかをうかがい知ることが出来た。

 レッドエッジドライバーによる、意識のみのリンクアップ。

 文字通り、操縦者の手足がもがれようとも運転可能な、まさに巨大なアラタだ。

 

 それを、梟は一撃でバラバラにしたらしい。

 

 先日、五里美郷と話した。一緒に呑んだ。父も、亜門上等も、滝沢も、みんな一気に失ったこの状況で。女同士で話し合うにも、それくらいしかなかった。

 いつの間にか、そこには安浦特等も居た。母の同期であり、父の葬儀にも顔を出してもらっていたせいか。それともたまたま、1区で呑んでいたせいか。

 仕事中とは違い、オフの彼女はよく笑ってた。

 

「アキラちゃん残して逝くなんて……。クレオくんも、さぞびっちゃんに怒られてるんじゃないかしら」

 

 びっちゃん、というのは我が母、(かすか)のあだ名らしい。なお父によれば、母はその呼び名を、貞操観念が低そうという理由で嫌っていたそうだ。

 

「わらしは……、亜門こぉたろーを、尊敬していタッ!!!!!」

 

 酔いが回った美郷は、泣き上戸だった。

 おろおろと泣き出す彼女を、安浦特等がよしよしと宥めている。近々見合いの話が来ているらしいとも言っていた。好みのタイプが「自分を守ってくれるような男」であるからして、さぞ色々と辛いものがあるだろう。

 

 私は……、どうだろうな。

 

 言うだけは言った。やるだけ滅茶苦茶してやった。

 後は、あの男がどう返事をするかというところだった。

 

 それが……。嗚呼……。

 

 滝沢も滝沢だ。亜門鋼太朗を助けに行くと叫んで、走って。運が悪い事に、私の嫌な予感が当たってしまったらしい。現場には、ヤツの左手の平が食いちぎられて残っていたそうだ。

 死に物狂いでクインケを離さなかった左手が。

 

 ……実戦において、その姿勢は、我が父が語るまでもなく大きい。

 

 デスクワークばかりで実戦に出れなかったとしても、なお、その姿勢は貴い。そのことでずっとからかっていたことが、今は、悔やまれる。

 

「あの……、真戸さん」

「……? ああ、雨止か。準備は終わったか?」

「はい」

 

 ぼうっと色々と思いだしていた私に、雨止が声をかけた。軽く謝ってから、彼女のデスク周りに忘れ物、落とし物がないか一緒にチェックする。

 

 雨止は、どうやらまた別な区に配属になるらしい。今回の作戦で開いた穴を、無理やり埋めるために移動となるそうだ。終始、20区局内で待機状態だったからこそ、私達の現場に参加できなかったことに誰より悔しい思いをしてるのは、きっと彼女だろう。

 見送り際、彼女は私に言った。

 

「そういえば、亜門上等からもらってましたか? プレゼント」

「……?」

「なんだか前、篠原特等に教わりながらラッピングとかしていたので、もしかしたらと思っていたのですが」

 

 それは、初耳だった。

 そして不意に、脳裏を過ぎるのは亜門鋼太朗からの遺書だった。大きめの茶封筒で、その中には何か、箱のようなものが入っていたような……。

 

 不思議と気がすすまないが。

 

 それでも、自宅に帰ってから、私は封筒を開けた。

 マリステラ(飼い猫)が見守る中、一枚の便箋と一緒に出てきた包装された箱に、私はなぜか、いたたまれなくなった。

 

 便箋を開いて読もうとした。 

 ……どうしても、躊躇してしまった。

 

 視線を逸らした先に、父の遺影がある。不敵に微笑むそれが、まるで「怖がるようなものではないぞ? アキラ」と、さとされているようにさえ私には感じられた。

 

 深呼吸をして、マリステラを三十分くらいモフモフして、便箋を手に取り、また躊躇してマリステラと戯れて一時間。

 ようやく手に取り、私は目を通した。

 

 

 ――まず、これがお前のところに行っているだろうことを謝りたい。 

 

 

 そんな一文に、ばつの悪そうな表情をするあの男の顔が浮かんだ。

 どうやら遺書となるとあの男、渡せる相手がいないらしい。神父か我が父か、となるところだったそうだが、どうやら父が私に宛てるようにすすめたそうだ。

 

 ――書ける事もあまり多くなくて、すまない。

 

 だったら書くなと、思わず言いたくなって。そして、続く一文に、私は目を見開いた。

 

 

 ――俺はきっと、お前の想いに答えることが出来ない。

 

「何を馬鹿な」

 

 ――もし、俺がお前と「そういう関係」になった時。……何かの拍子でお前を失った時。俺はきっと、もう、俺を保つ事は出来なくなるだろう。

 

 ――自分の知らない奴のことを重ねるなと、お前は言った。だが、どうしても俺はお前に張間を重ねてしまう。

 

「……想像はつくが、説明を入れろ、説明を。関係がわからんぞ、お前と、そいつの」

 

 ――あいつが死んだとき。俺は、捜査官など度外視にして、喰種に憎悪を抱いた。それまで以上に。

 ――その感情は、決して間違いだとは思わない。だが……、きっとそれでは、俺には守れないものがあると思う。

 

「…………」

 

 ――だから……、これがもし君の元に行っているのなら。

 

 ――どうか、俺の事は忘れてくれ。

 

 

「……」

 

 

 ――追伸:以前、お前にプレゼントしようと買ったものを同封しておく。俺は、お前の飼い猫に似ていると思う。

 

 

 包装紙を破り、リボンをはがし。……挙動が乱雑になってしまうのは、仕方ないだろう。中にあった小さな箱を開けると、そこには、猫のようなキャラクターのストラップがあった。堂々とこちらを見てたたずむ様は、確かにマリステラの知的なおもさしを連想させる。

 

 だが……、なぁ、亜門鋼太朗。

 

 

「阿呆だな……。こんなもの、いつでも渡せたろうに……」

 

 

 自然と、あの男のマヌケさに私は笑みがこぼれて……、涙が止まらなかった。

 

 愚かだよ、お前は。亜門鋼太朗。

 そういうところがすごく良くって……。だから、私は。

 

 

「……」

 

 

 安浦特等が、独身を貫く理由が、なんとなく分かるような気がした。確かにこれは、重い。物心つく前になくした母のそれよりも、はるかに。

 

 私は、ストラップを握りながら……。

 堪えようとして、でも、結局、泣いた。

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

 建物が、建て替えられる。

 張り紙を見る限り、どうやらここにはケータイショップとかが立つらしい。 

 

 周りを見渡す。ほんの数ヶ月前に、ここで、多くの血が流れたのを思わせないくらいに。

 

 ――古間さんに以前、聞いた事があった。「あんて」の、あんていくの、意味について。

 

 カヤさんは「ステキな意味」だって言ってたけど、正直、よくわかんない。 

 

 告白して、一応付き合ってるってことになった後で研に聞くと、なんとなくわかってるような感じだったのがなんとなくイラっときた。

 

 私だけわかってない感じで、それはそれで、こう。

 でも単に教えてもらうだけっていうのも、癪だし。

 

 

 ――あの喫茶店、喰主がやってたらしいぜ?

 ――マジ? 入ったら食い殺されてたかもなぁ。

 

 

 野次馬の声が聞こえる。ふとそっちの方を見ると、白い服を着た黒い髪の、ヒゲを生やしたオッサンが、レコードを一枚置いてった。もしかしたら、店長の知り合いだったのかもしれないと、なんとなく私は思った。

 ぽん、と四方さんが私の肩を叩く。

 

「行くぞ」

「うん」

 

 言いながら、私は四方さんの後に続いた。

 

 ……クロナに渡していたケータイは、四方さんのコンテナの中に置いてあったらしい。そこには一文「金木くん助けにいってくる」とだけ打ち込まれていた。

 

 研が、帰って来ない。研を助けに行ったクロナが、帰って来ない。

 

 …………。希望のあることを、抱けるような、私は子供じゃない。

 自ずと、それが示す答えは一つだった。

 

 歩く私に、四方さんは言った。後追いでもするんじゃないかと、心配していたらしい。

 それに対して、私は苦笑いして、首を左右に振った。

 

 

「約束したから。帰ってくるって」

「……」

「私にとって……、私達にとって、アイツも居場所みたいなものだけど。

 でも、だったらアイツの居場所が、ないとね」

 

 少しだけ微笑んで、ふと空を見上げる。依子にも、黙っていきなり出ていったから、もう、何も残ってはいないのだけれども。

 

 でも、それでも――。

 

 

 

「私は、信じることにしたから――」

 

 

 

 

 ――アイツは、私達のところに帰ってきてくれるって。

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 次回、√B最終回

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