仮面ライダーハイセ   作:黒兎可

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我ながら何なんだろうこのサブタイトル。間違ってはいないんだけど・・・


#012 真戸/真戸

 

 

 

 

 

 1区:CCG管理下の病院にて――

 

 

「――しかし、あの真戸さんがあそこまでやられるとは……」

「まァー、あれで本人が元気そうだから始末に終えねぇ」

 

 病院の廊下を、スーツ姿の男達が歩く。

 多くは厳つく、肉体スペックがある程度極まっていることが理解できる。

 

 その中のうち、二人が会話をしていた。

 

 うち一人は、俺達に指示を出していた丸出さんだろう。

 

「捜査官の資質はクインケ(おもちゃ)じゃない。

 常に前線に居ても、収集癖ばっか執着するからあんなんに――」

「ご家族の前でそんなこと言うから追い出されるんですよ」

 

 会話しているメンバーは、おそらく特等捜査官の面々。

 

 それを聞きつつあの時の報告書をまとめながら、俺はそれを病院のロビーで聞いていた。

 

「……やあ」

「……有馬、特等!?」

 

 不意に声をかけられ、俺は思わず身体が硬直する。

 

 メガネ姿の青年は、CCGが誇る「死神」。

 久しぶり、と言いながら、彼は立ち上がる俺を制した。

 

「一課に配属させた時以来かな」

「そう、ですね。お久しぶりです。有馬さんは……」

「お見舞。無駄足になったけど」

 

 彼の手には、文庫サイズの「効率的なリハビリ」「リハビリに必要な十三か条」という本が握られていた。

 

「いらないって言われた。篠原さんも苦笑いしてた」

「それは……」

「気にはしてない。どうせ自分でも読むからね」

 

 ところでこれが報告書か、と特等は俺の手元を覗きこむ。

 

「……眼帯、か」

「はい」

「うん。…………、これ、まだ下書き?」

「は、はい、そのつもりですが」

 

 ふうん、と言いながら、彼は「眼帯の喰種」についてのページを置く。

 

「……クインケドライバーか」

「……特等?」

 

 一言だけ言い残して、彼は俺に背を向け手を軽く振る。

 

 それを見送りながら、ふと、その背中が真戸さんの歩きとだぶった。

 

 

 

   ※

 

 

 

 俺がアカデミーを卒業し、CCGに配属された時。

 二等捜査官としてスタートした俺が一番最初に組まされた相手こそ、真戸さんだった。

 

 周囲からの評判は、大変に宜しく無い。

 通称は、クインケマニア。

 

 倒した喰種をクインケにし、収集することに執念を燃やしている。時に常軌を逸しているとさえ言われるその有様。丸出さんが上に居たこともあってか、二人は戦闘に対する主義の違いから反目しあっていたこともあったのだろう。

 

 配属先の一課の先輩方は、振り回されないようにと俺に言った。

 

「真戸呉緒だ。よろしく」

 

 やせこけた頬。色の抜けた髪。ぎょろりと見開かれた目に浮かぶ微笑はどこか挑戦的。

 死者を連想し、同時にある種の不吉さを覚らせられた。

 

 新人捜査官は、ベテランの捜査官と組むか教導されることが多い。無論、捜査の実践を学ぶためだ。所謂OJT。そして、そうであっても命をかけることでより俺達はベテランに近づく。

 

「――私の現在の担当は17区でねぇ。名を『アップルヘッド』と言う」

「アップルヘッド?」

「知っているかい? まあマスク装着時のそれから、我々側で呼んでいる名前なのだがね。時折、アオギリに居る喰種のように自ら名を名乗るものもいるが、大体はこれだ。

 この喰種は、マスク装着時が赤いリンゴのようであったらしい。これが似顔絵だ」

 

 提示されたモンタージュは、文字通りジグソーパズルのように、顔面の皮を切り張りしたようなもの。

 

「こいつは、一年足らずで五十件以上捕食している、狂暴な喰種だ。一体での捕食数にしては大食いすぎるがね。

 おまけになかなか足取りも掴めないときている。それで三週間前に、本部側に討伐以来がきたと言うわけだ」

「一年で五十、ですか……?」

「赫子の分泌液と、付着していたRc細胞の型から調べたから、まず間違いはないだろう」

 

 モンタージュは色が白黒だが、きっとそれは真っ赤に血塗られているのだろう。

 怒りに思考が一瞬沸騰したが、あくまで俺は冷静に努めた。

 

「被疑者の目星はどうなんでしょう」

「…… 一応、私は付けている」

 

 写真こそなかったが、真戸さんは捜査資料を俺に見せてきた。

 

――村松キエ、68歳。

 事件当日に現場をうろついていて、CCGに事情聴取と血液検査を受ける。

 

「老人の喰種が居るのがおかしいかね?」

「あ、い、いえ……」

「くはは、君はなかなか顔に出ると言われたことはないかね。まあ構わないさ。

 しかし、食欲旺盛な老婆の喰種だ。

 長く生きていると言う事は、それだけ賢しく隠れてきたか、あるいはそれだけの強さを持っているかだ。

 良いクインケになりそうだ。……おそらく、ヤツで間違い無いだろう」

「それは何故……? 何か根拠があるのでしょうか」

 

 俺の言葉に、真戸さんはにやりと笑う。

 

「――勘だよ」

「……か、かん?」

 

 私のそれは馬鹿に出来ないからね、と足を進める彼に、俺は何か言葉が浮かんでこなかった。

 

 

 

   ※

 

 

 

「……真戸さん」

「やあやあ亜門君。ご無沙汰だね。調子はどうだい?」

 

 顔には書類作業のためかメガネが掛けられており、普段より受ける印象は多少温和だ。

 しかし表情こそ変わらず、真戸さんは右手をひらひらと振る。

 

 ただし、その先にはあるべき手が存在しない。

 

 左足も膝下は同様に欠損しており、ベッドの横には車椅子が備え付けてあった。

 

 

 そして、彼の横に見慣れない女性が一人。

 俺より年下か。なんとなく、アカデミーで講義をしたことのある滝沢あたりを思い出す。

 

 彼女は一瞬俺を半眼で見た後、ふん、と息をついた。

 

「……」

「えっと……」

「無愛想で悪いね。紹介しよう。愛娘の(アキラ)だ」

「ッ!? む、娘さんですか!」

 

 思わず跳び上がり、頭を下げる。そうだ、見舞に来ていて何ら不思議はない。

 容姿としては女性らしく丸みをもっている。が髪の具合や視線の鋭さ、何より周囲を威圧する雰囲気などはそっくりだった。

 

「……アカデミーの真戸アキラだ。

 亜門 鋼太朗――ひとまず、礼を言っておく」

 

 彼女は俺のように慌てる事もなく、淡々と頭を下げた。

 

「結果から言えば、お前が駆けつけなければ失血多量で父は死んでいた。そのことに関してだけ(ヽヽ)は感謝する」

 

 では失礼、と彼女は俺を振り返らず出て行った。

 真戸さんは、呆気に取られる俺を見て笑った。

 

「すまないねぇ。あの子もなかなか難しいところだ。私から言い聞かせても、本人が納得できなければ難しい。

 私譲りで勘も鋭く、なかなか聡いこともあって、手を焼いたものだよ」

 

 この状況であっても、真戸さんは普段の調子を崩していなかった。

 

「それにしても全く、聞いてくれたまえ。この間カレーのような何かが出たのだが、全然味が足りなくてねぇ。

 言いつけたのだが全く聞き入れてくれやしないのだ。アキラに持って来てもらったレトルトも先ほど取り上げられるし、どうしたものか」

「……真戸さん」

 

 俺は、思わず頭を下げる。

 

「俺の、力不足のせいで――」

「そうは言ってくれるな。私もまた未熟だったということだ。

 さっき丸出から散々いびられたものだ。同時に憤慨もしていたが」

 

 あれで「能力」の計算は出来る男だからねぇ、と真戸さんは続ける。

 

「まあ、私なりに健闘はしたのだ。その結果、手足をもがれて戦っても、この現状というのは、全く度し難いほど屈辱的だねぇ」

「……何故、敵は生かしたのでしょうか」

「それは、もちろん計算に入れてのことだろう」

 

 真戸さんの言わんとしているところが、俺には理解できない。

 

「我々現場はともかく、上層部は区の危険度を『捜査官の死亡人数』で計算している節がある。

 丸出がああして軽く扱っているあたりで、おおよそ想像はつくからねぇ。まだアレ(ヽヽ)の報告も時期尚早だ」

「あれ……?」

「少しずつ話そうか。まず、私がこの20区について考えた範囲だが……」

 

 続く真戸さんの言葉に、俺は目を見開いた。

 

 

 

 

 

「――SレートかSSレートか、それに類する喰種がこの区を仕切っていると見て良い」

「……ッ!」

 

 

 

 それは、簡単に聞き流せるような言葉ではなかった。

 齎された破壊力があまりにも大きかった。

 

 かつての20区の話だが、と彼は前置きする。

 

「隻眼の喰種……、梟と呼ばれる喰種がここに居た」

「……存じ上げております」

「その討伐戦で大きな被害を負い、我々もまた大打撃を喰らった。

 また、今あるアオギリという組織もまた、隻眼の喰種に統率されていると聞く」

 

 その上で、真戸さんは言う。

 

「私がラビットと戦っていた時、乱入して来た喰種だが――その姿が多少違ったが、その梟に酷似していたと言えばどうだね?」

「……老いた、ということでしょうか」

 

 時間の経過をふまえて考えた俺の一言を、彼は笑いながら違うと言う。

 

「あれは、違う。

 相対した感触が違う。何より、もっと大きな部分で、我々に対して向ける感情が違うと言えば良いか……。どこか、”骸拾い”も連想させられた。

 ともかく、かつての梟に匹敵するかもしれない喰種がここに居るという前提で話を聞いてくれたまえ」

「……はい」

「その喰種によって、他の喰種が人間を襲う数も制限されている。

 また我々捜査官に対する攻撃方法なども制限されている、と考えれば、現状のこれがよく分かるのではないかね?」

 

 魔猿やブラックドーベルなども、粛清されたか取り込まれたか。

 

「いずれにせよ、危険分子が多く潜んでおり、そのうちのいくらかが開花しないでバランスを保っていると考えれば、確かにある種の安全さはそこにあるかもねぇ」

「安全、ですか」

「ここの様な本部直轄を除いた一桁など、あるだろう? あるいは24区か。

 その酷さから考えてみれば、人間にとっても喰種にとってもある意味安全だ。」

「……安全ですか?」

 

 真戸さんらしくもないようなことを言っているが、同時に彼の表情は普段通り獰猛な笑みだ。

 

「度し難いことだが、クズなりに考えて生存を計った結果だろう。捜査官も少なく、ある程度安全さを確保して人間を喰らえる。また人間側からしても、おもちゃのように嬲られること事態少ないだろう。

 良くも悪くも、バランスがとれてしまっている。

 よって、ラビットをこれ以上追うのは無駄だろう。手がかりが現状それだけでも」

「……ッ」

 

 だがだからこそ。

 

「我々は、潜む危険から目を逸らしてはならない。今レポートを書いているが、完成するのはおそらく半年以上先の話だろうがね。いずれは会議で私の話を目にすることもあるだろう」

「……半年?」

 

 真戸さんは、残った左手を俺に差し出す。握手しろと言われ、その手をとり、気付いた。

 握り返す握力が、ほとんどなかったことに。

 

「……真戸さん」

「これもまた度し難いが、どうも相対した時にやられた左腕で、神経がいかれたらしくてね。黒磐ほど腕力があればまた別だが、私はどうにも向かんね、こうなってしまうと。

 この調子だと、クインケどころかペンすら握れないらしい。これではクインケの義足や義手を付けても、戦うまでに復帰するのに時間がかかるところだ」

 

 いや残念だ。

 軽いように言うが、その声音には憤怒が宿る。

 

「私にとって何が一番大事だと? 決まっている――人間だ、人間の生活だ!

 家族の平穏だ! それを失わせるのなら、私は何度だって立ち向かってやろう。何度だってくびり殺し、武器として集め、そしていつか、アイツの仇を――ッ」

 

 ぐぅ、と真戸さんは右腕を押さえ、暴れた。

 俺は彼の背に手をやり、ベッドのへりに頭をぶつけ掛けたのを止める。

 

「……済まんね、亜門君。

 リハビリは続けるが、ひょっとしたらもう前線には戻れないかもしれない」

「真戸さん……」

「しばらくは後進の教鞭でもとろうかね? それと同時に、より20区に関するレポートを強くするために裏づけをとろう。なーに、この程度大した話じゃない。

 それから、私のクインケ(オモチャ)で、前に言ったのがあったろう。それを君に譲ろう。

 大事に使いたまえ。君なら使いこなせる」

 

 微笑む真戸さんを見て、血の色が普段よりも失せている彼を見て、俺は言葉がでない。

 誰よりも、誰よりも喰種を憎んでいるこの人が、前線に復帰できないという状態まで追いやられてしまった。

 

 音を立てて罅の入ったガラスのように、今のこの人のバランスはぎりぎりだ。

 

 そのことが分かるからこそ、俺は、息を呑み、拳を強く握った。

 

 

 

   ※

 

 

 

 アップルヘッドの容疑者の下へ行った時、正直に言えばこの人で大丈夫なのかと俺は心配になっていた。

 事情聴取の際にとったRc値検査では基準値を超えて居ないと出ていた。

 

 それをしてなお彼女を喰種と断定し、警戒する真戸さんに俺は怒りをぶつけたくらいだ。

 

 ふざけて居るようにしか見えなかったのもある。本局の人間がアレで大丈夫なのかと心配したのもある。

 

 だが、その評価は後に大きく覆った。

 

「有馬特等のように、心から尊敬できる方と仕事をしたいものだ……?」

 

 独り言を呟きながら歩いていると、目の前には村松さん。真戸さんが喰種だと断定した老婆。

 横断歩道付近で荷物を運ぶのに四苦八苦しているらしく、視界にはいったこともあって俺は手伝うと言った。

 

「本当? 助かるわぁ。

 あたしの孫も、貴方みたいだったら良かった」

「……」

 

 こんな人が疑うなんて、どうかしている。

 平和に笑う老婆に、俺は全く疑念を持って居なかった。

 

 だが、荷物を見下ろした瞬間。トンネルにさしかかった時点でそれは揺らいだ。

 

 世間話として荷物の重さについてふれた瞬間。バッグから染み出た血を、俺は見逃さなかった。

 

 そして咄嗟に振り返ると、既に遅い。

 頭をかするギリギリで避けはしたが、相手は完全に戦闘体勢に入っていた。

 

「上手い事引っかかったな小僧……、にしてもババァ扱いしてんじゃねーぞ!

 こちとらまだピッチピチじゃあッ!」

「ッ」

 

 攻撃を受けた瞬間、アタッシュケースで受けて俺はスイッチを押した。

 

『――ツナギ・(ランス)!』

 

 制御装置の赫眼が光り、ケースが槍状に変形。

 それを向けた瞬間、老婆は一気に腰を抜かした。

 

「か、勘弁しとくれ、殺すのだけは……」

「な……ッ」

 

 一瞬判断が遅れた。だが、その隙を目の前の敵は見逃しはしなかった。

 

 すぐさま攻撃に転じられ、俺は反撃する暇もなく――。

 

 そんな時、真戸さんは来たのだ。

 

 

『――じゃばら・1/3(ア・サード)!』

 

 

 クインケを起動させ、彼はアップルヘッドの首を躊躇なく刎ねた。

 

「駄目だねぇ亜門くん。クズを前に躊躇すれば、自分が肉片になるぞォ?」

「真戸、さん……」

 

 俺は、言葉がなかった。結局彼の勘が当り、俺の常識的な考え方が破れた。

 その結果命を救われ、それ以前に自分の身を危険に晒していたのだ。

 

 マヌケさや、自分の居たらなさに不甲斐なくなってくる。

 

 だが、彼は笑うばかり。

 

「構わない。君のその未熟さや、直情的なところも含めての作戦だ。

 あー、そうそう。ちなみにあの村松の診断書だがね。偽装なのだよ。盗んだ物を利用していた」

 

 何故それをわかっていて野放しにしたのか。

 俺の言葉に、彼は楽しそうにアップルヘッドの胴体を転がして言った。

 

赫子(しっぽ)は出さないと、武器にできないからね」

 

 具合を確かめてから近隣の捜査局に通報し、アップルヘッドの頭を手に取る。

 ぽろり、とそれから零れた頭は、シルエットの全く違う女性の顔。

 

「おお、こっちの方が仮面だったか。通りでなかなか見つからない訳だ」

 

 職人の喰種も侮れないと言いながら、真戸さんは、俺に指を立てる。

 

「君のその真っ直ぐな性格と熱意、私は高く買おう。だが一つだけ、覚えておきたまえ。

 捜査官によっては違うことを言われるかもしれないが、少なくとも私はコンビを組んだ相手にはこう教えている――」

 

――手足を捥がれても戦え。

 

「それがプロというものだ、亜門くん」

 

 

 

   ※

 

 

 

「……まーた変なタイミングで来ちゃったみたいだな。

 おう! 泣き虫亜門」

「ッ!? し、篠原さん!」

 

 背後から声をかけられ、俺は飛び上がり後ろを振り向いた。

 そこには、髪を刈り上げた俺よりも大きな体格。

 

 篠原特等。真戸さんの初代パートナーでもあり、アカデミー時代の恩師の一人でもある。

 

「さっきは丸出が悪かったなぁ。ほれ、差し入れのリンゴだ」

「それはこの間の、何と言ったかな。ラビットに襲撃された彼にでも渡したまえ。私は今、カレーの気分だ」

「カレーにだってリンゴは入ってると思うんだけどなぁ……」

 

 笑いながら横の椅子に座る篠原さん。

 真戸さんも痛みが落ち着いたのか、起き上がって笑う。

 

「さっき、アッキーラがすんごい顔して通り過ぎて行ったけど、そうか……、だよなぁ……」

「あ、あっき……?」

「あーいや、こっちの話だ。

 ちなみに言っておくと彼女、首席なんだぞ? 名実共に出来の良いお前の後輩だ。まあ、そのうち仕事一緒にこなす時もあるだろうが、仲良くしてやれよ」

 

 ははは、と笑いながら俺の肩を叩く篠原さん。真戸さんもニヤニヤと笑みを浮かべていて、俺は恐縮しっぱなしである。

 

 と、そんなタイミングで部屋の扉がノックされる。

 

「誰かね。構わんよ?」

「あ、失礼します。……あー、篠原さん、ジューゾーなんですけど……」

 

 入ってきた捜査官の言葉を聞いて、篠原さんは「あ゛、また何かやったの!?」と変な声を出した。

 

「……現場に戻られたんですか?」

「少し前から超~色々ある子と組んでいてネ。もー大変さぁ真戸」

「何故私を見て言うのかね」

「他意はないよ」

「含みしかないだろうに」

 

 くつくつと肩を揺らす真戸さんに、「まあ、苦労はお互い様だよ」と言って篠原さんは立ち上がった。

 

「じゃあ、亜門またな」

「はい」

 

 立ち去るその背中を、俺と真戸さんは見送り。

 真戸さんは、唐突にベッドの脇の棚の引き出しを開けた。

 

「あー、そうだ。亜門くんにこれを渡そうと思っていたのだ」

「? それは……」

 

 取り出されたものは、手袋。

 

「私が使っていた手袋だ。摩擦力が強い。重量系の場合は破損も多いかもしれないが、まあ、使い慣れないタイプを手にしたらオススメしておこう。

 『捜査官としての私』からの、ある種の餞別だと思ってくれ」

「真戸さん……」

 

 亜門くん――。

 

「私は何度か、色々な捜査官と共に戦ってきた。篠原を始め何度も繰り返して、うち殉職者も一定数居るが――その中で、君ほど真っ直ぐな捜査官は居なかったと思う」

「……」

「君のような人間が、いずれ我々の上に立つ者になってくれることを願うよ。

 君を、私は誇りに思うよ」

 

 その言葉を聞いて、俺は、一瞬思考が真っ白になり。

 

 でも、涙ぐみながら、言葉を返した。

 

「……俺も、真戸さんは、俺の誇りです」

 

 妙に照れるねぇと言って、真戸さんは俺の言葉に笑った。

 

 

 


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