「誰か来た、か。――蒸着」
『――ナルカミ! リンクアップ!』
場所や、立場や、状況は大きく異なる。だがこうして、相見えることになると、否応にでも俺は真戸さんの元に向かった際、ハイセに止められたことの記憶が思い起こされた。
もっとも、あの時とは立場は逆だ。
ハイセが向かう側で、俺が止める側。
皮肉な縁を感じ、思わず俺は苦笑いが浮かんだ。
――行かせてはくれませんよね。
そう確認をとる彼に、俺は、当たり前のように答えた。だが、本来なら答えるまでもなかったろう。合い見え、こうして顔を合わせてよくわかる。俺達は、立つ立場が異なっている。だからこそ、その立場においての「矜持」で決して譲れないものがあるのだ。
一定時間が経ち、アラタのリコンストラクションが解除され、バイク状態に戻る。
対峙する俺とハイセ。背後の隊に「待て」と手で指示を出し、俺は彼と向かい合い続けた。
言葉は、やはり交さない――。
「……行かせては、くれませんか」
「……出来ない相談だ」
ハイセは、不意に口を開いた。だが、その望みをかなえてやる事は俺には決してできない。
「今、僕の周りから、奪われようとしています」
「……お前達を放置しておけば、俺も、そして誰かからも、また奪われる」
俺は誓ったのだ。守るべきもののために、立ち上がり、力を振るうと。例え俺の中にどれだけ迷いが残っていたとしても、その根本が変わる事だけは決してないのだと。
ハイセはしばらく押し黙り、すっと、左手に何かを持って、こちらを睨んだ。
「――――わかりました」
そして取り出した、赤いダイヤルの付いた装置――以前俺が、暴走する奴に付けたその装置を、己のバックルの左サイドに接続した。
ダイヤルのナンバーは、1。
すかさず、俺もアラタのレバーを一度開き。
「「――ー―変身!」ッ!」
『――鱗・赫!』『ゲット1!』
『――アラタG3! リンクアップ』
響く電子音に合わせ変化するハイセの姿は、いつか見た赤と紫のパーカーコートを羽織ったような姿に変貌した。
対する俺は、もう着慣れはじめて来ているアラタを、いつものように身にまとう。
「アラタ……?」
一瞬、ハイセがこちらの電子音を聞いて、その目を大きくした。だが「……そっか」と呟いて、頭を左右に振ると、その驚いた様子がまるで嘘のように、恐ろしげな表情をしていた。
走り出すハイセに、俺はクラを起動し、構える。
片方のクラを投げると、ハイセはそれを腕で受け流す。赫子の相性のせいもあるだろうが、クラは刺さることもなくすんなりと彼にかわされた。
そんな彼目掛けて、袈裟から切るようにもう片方のクラを振り下ろす。二段構えの一撃。
ハイセは、これを正面から四つの赫子で受けた。背部から出現した、人間の手のようなそれが、クラの先端、俺の手元付近とを左右から白羽鳥する形で防ぐ。
そのまま、ハイセのドロップキックが俺の脚に――ッ。
ライドチャージを使用すれば、かわすことなど一瞬だ。だがそれをこの時点でして、もし時間が切れたらと考えれば、自ずと使う気にはならない。
必然、見た目からは想像もつかない威力の蹴りであったとしても、俺は無理やり踏ん張る必要があった。この程度で折れるわけにはいかない。……痛覚からすれば、アラタを通じてこの威力なのだから、おそらく直撃すれば骨折は必須だろう。
倒れなかった俺を見、少し驚いた様子のハイセ。
そんな彼に、こちらも意図的に蹴りを、腹に見舞う。
「――ッ」
弾き飛ばされたハイセは、空中で体勢を立て直すと上手いように着地し、俺から距離をとった。あちらもあちらで、全身に張りついたような赫子の上から更に赫子をまとっているせいか、手ごたえが薄かった。
気を抜けばジリ貧になるな、これでは――。
『――羽・赫ッ!』
「ッ」
分析をしていた俺目掛けて、ハイセはドライバーを操作して急接近してきた。その速度はさっきのようなものではなく、まるで俺がライドチャージしている時のような「不自然な」速さと言って良い。
そしてそのまま、ハイセは俺の手首を狙い、赫子を――より正確には「クラを持っている手から落とそうと」、攻撃をしかけた。
……舐めるな!
この期に及んで無力化が前提であるというのは、予想はしていた。だがだからこそ、本当に殺さないつもりなのだろうからこそ、俺も決して手は抜かない。
ハイセに攻撃を受けた、腕を覆うアラタの装甲。あえてハイセの攻撃を受け俺はクラを手放し、奴の腕を掴む。
「な――っ」
『おおおおおおおッ!』
この距離ならば、追加装備も関係あるまい。
俺は今度こそハイセの腹部に、力強く一撃。握った拳で奴の腹を殴り、腰の筋肉の全運動で奴の身体を遠くに飛ばした。
転がりかけたハイセ。そのまま落下するかと思われたところを、赫子を使って無理やりビルの壁でバランスをとり、こちらを見下ろしていた。
『行かせはしない』
状況は互角。一見すれば俺の方が優勢に見えるかもしれないが、そもそも「アラタを使って互角」という時点で、底が知れている。間違いなく、ハイセのレートはA以上からSS並だろう。
そんなコイツを、行かせるわけにはいかない。俺の後ろには、五里や、滝沢や、真戸さんも、アキラもいる。
その奥に居るだろう梟の元へ行こうものなら……、おそらく戦局は変わる。変えられてしまう。たった一人の乱入によって。
『お前一人のせいで、多くの悲劇が見逃されることになるのだとすれば――』
だからこそー―例え
『例えそれを阻むものが――仮面ライダーであったとしても!』
『――リコンストラクション!
アラタG3! フルスタンプ!』
俺の身体から、アラタが一度剥離し、空中でガジェットモードになる。
その途端、ガジェットモードの側面が烈火のごとく染まり――。アラタを地面に突き立て、輝く側面をハイセに向けた。
――途端、ガジェットモードのアラタの側面から、幾重にも、ワイヤーのような赫子が射出される。
「ッ!」
相性的には鱗赫を出しているハイセに対し、こちらの方が優勢ではある。だがそれも、あくまで数の問題だ。
突然の攻撃に、ハイセは対応が一瞬遅れる。赫子の手がアラタのワイヤーを打ち落としはするが、まだまだ時間が掛かっている。必然、数発はハイセの胴体を貫く。赫子の、しかも甲赫のワイヤーだ。もはや相性も関係ない常態において、いくら喰種といえど並大抵の腕力でそこから逃れるコトは適うまい。
だが――。
「はああああああああああッ!」
『――鱗・赫ゥ!
蹴りではなく。ハイセは己に刺さった胴体のアラタに対して、ベルトを操作した。
その結果、傷口から赫子が爆発するように、アラタのワイヤーを分断する。無論、彼も無傷ではない。だが高速状態を解除したことが、彼にとっては重要であったようだ。
「強いな……、アラタさんは」
「……知り合い、だったのか?」
少しだけですけど、とハイセは肩をすくめる。
ハイセはそれ以降、黙ったまま、動かない。まるで俺がアラタを着るのを待っているかのように。
「……ッ、変身!」
再度アラタを装着。装着中も、当たり前のようにハイセは動かなかった。
クラの半分を手に取り、俺は、ハイセに向かい――。
「――ッ!?」
そして、ハイセの赫子の手は、クラのもう片方を握っていた。俺の握っていたクラと奴が持つクラが、共にぶつかり合う。
手に走る痺れに、一瞬俺の動きが鈍る。
それを見越してか、ハイセは俺の右腕を蹴り上げた。空中を舞うクラに、ハイセの赫子が深々と刺さる――。
「……まだだ!」
クラがなくなろうとも、例え手足をもがれたとしても。戦えと、俺は偉大なる先人に教わった。
だが――体格の問題もあるだろう。ハイセは俺の腕の動きに合わせて背中をこちらに向け、左肘を「アラタの隙間」目掛けて叩きこんだ。
アバラの折れる感覚は、久々に味わう――。
それでも威力を調節されたのか、肺には刺さってないらしい。
膝を付くと、いつの間にかハイセの赫子がドライバーをいじり、俺の変身を無理やり解除していた。
痛みに呻く俺を、ハイセは振り返るように見下ろす。
「終わりです」
「……ッ」
言いながら、次第に距離がとられていく。その遠ざかる背中に俺は無力だった記憶が思い起こされた。
――張間を、止めることができなかったこと。
――真戸さんの元へ、向かうことが出来なかったこと。
――ドナートの凶行に気づくことができなかったこと。
――仮面ライダーに、結局お礼を言えなかったこと。
様々な感情が廻り、視界がにじむ。それでも
「――亜門、上等~~~~!!」
そんな状況に、地行博士の声が響く。
足を止めちらりとこちらを確認するハイセ。俺は、思わず博士の方を見た。
車から投げられたのは、アタッシュが二つ。一つは白い、見覚えの在るアタッシュ。そしてもう一つは、青に銀で「X」と書かれたそれ。
「お待たせしました、前に言っていたドウジマの改良型と、アラタG3拡張ガジェット! その名もキメラ - X!
付属の制御装置をアラタG3のものと交換して、さぁ変身だ!」
「!」
「戦局がヤバいっていうのはアキラちゃんから聞いた! 出来たてでテストもまだだが――使ってくれ!」
とっさに俺は言われた通り、キメラXの制御装置とアラタG3の制御装置を付けかえ。展開されたレッドエッジドライバーに、キメラXの制御装置を装てん。
立ち上がり、双方のハンドルを手で押さえ、勢い良く閉じた――!
「――変……、身ッ!」
『――アップグレード!
アラタG3-X! リンクアップ!』
瞬間、再度展開されたアラタに、キメラXが絡み付くように展開していく。通常のアラタの装備をより機能的に、スマートにしたような姿に変化したそれ。胸の中央にはアラタの制御装置と、肩にかけて縦横断する「X」の模様――。
「その姿……っ」
『……これなら、いける!』
ドウジマのアタッシュを拾い上げ、俺はハイセに向かって走る。
新しいドウジマに、制御装置はない。キメラXに使われている制御装置に組み込まれているからだ。
だからこそこの変身した状態で、ドウジマのアタッシュについてるナンバースイッチを押す。
『――ドウジマ・ケルベロス!』
「おおおおお――――!」
変形したドウジマの姿は、もはや以前のそれとは大きく異なる。展開時にランス状になったそれが、更に変化。途中で折れ、ランスの先端が分割。腰に抱えるガトリングのような形に変化。弾装は一つか。
それを走りながら、俺は射撃――。
『――羽・赫ッ!』
ハイセは赫を切り替えて、再び移動速度を上げようとした。だが、今回に限ってそれは下策だった。
羽赫同士なら激突しようともある程度耐久できると考えたのだろうがー―だからこそ、ドウジマの一撃を喰らい、ハイセはその場で足を抱えた。
「……ッ、まさか、甲――」
その通りだ。射撃するクインケの大半が羽赫である中。ドウジマに追加された射撃モードの機能は、つまり甲赫の弾丸を射出する機能だった。
弾切れだ。だが、それでも十分効果はあった。
『――リビルド! ドウジマ・ランス!』
形状を変化させた上で、俺は再度、ドライバーのスイッチを押した上でハンドルを閉じなおす。
ハイセは、その状態でレバーを操作した。
「『おおおおおおおおおおおお――ッ!』」
『――ゲット1!『鱗・赫ゥ!
『――マキシマム・リコンストラクション!
アラタG3-X! ドウジマ・ランス! ゼロスティング!』
走る俺とハイセ。真っ向から対峙し、共に、攻撃の態勢をとる。
両足に装着された独特な三角の装置が変形し、踏み込みの一歩が何倍にも強化されている。そのせいで、俺自身の認識よりも加速してハイセに接近する。
対するハイセは、空中で飛び上がり、丁寧に回転。
蹴りの体勢に入るハイセ。その両足めがけて、背部の赫子がドリルのように集まる。俺は先端が「渦を巻く」ように展開しているドウジマを、奴の身体から「少しだけ逸らして」――。
――ハイセの蹴りは、俺のドライバーに当たった。
――俺の突きは、そのままハイセの腹部を大きく抉った。
ハイセの最後の動きは、どこか、躊躇したものであった。瞬間的に視線が交差したからこそ、俺には理解できた。
戦っていた時の彼の視線は、おおむね鋭い状態で固定されたいた。だがしかし、蹴りをかまそうとしたその時だけは、どうしても、どうしてもというように、あの時、語り合った金木研そのものの目をしていた。
……嗚呼、やっぱり君は仮面ライダーということか。
人間である俺を殺すのに、躊躇があったということか。
そしてそれが、結果的に状況を大きく左右した。
レッドエッジドライバーの破損で、アラタの変身が解除される。
欠損した腹部を押さえながら、ハイセは這うように、歩こうとしていた。
あの状態でも、まだ、まだ戦おうというのか、君は――。
「早く、行かないと――」
勝敗で見るなら、大きく俺に傾いて決着がついたと言える。
背後で部隊から、駆除するなら今だと声があがる程度には、今のハイセは満身創痍だった。だが――。
「僕が……、僕じゃなくても、いいから……。
誰でもイイから……、店長を、古間さん達を――ッ」
泣き声の混じったような。
時折血反吐を吐くような。
そんな声を上げながら、なお前進しようとしているハイセ――金木研。
「帰るんだ、みんなで――ッ!」
「君は……、強いな」
この状況でも、なお。あの重症でもなお、彼は、彼自身を失ってはいなかった。その目は焦燥こそあれど、あくまでも、根底は正気を失ってはいないらしい。
そんな彼に、俺は――。
「通すわけにはいかない」
ハイセの隣に行き、そして、彼にだけ聞こえるように――。
「……金木君。君は――もう休んでくれ」
……見ていられなかった。
思わず口から漏れた言葉に――破損したマスクから覗く顔に。今にもくしゃくしゃに、何もかも決壊していしまいそうなその顔に、俺は「人間として」、そんな言葉を投げかけていた。
――そして、俺の右腕が消し飛んだ。
あんていくに入って、一月くらい。
東洋史のレポートをかき終えた僕は、あんてくに向かっていた。シフトがある訳ではないのだけれど、強いて言えば何となく寄りたくなったからだ。
そして、トーカちゃんがお皿を割る瞬間に遭遇した。
……気まずい。
「……何見てんだよ、帰れっ」
「ま、まぁまぁ……」
「…………何よその目。皿割った上に八つ当たりしてるんじゃねぇって感じの」
「い、いや、そう荒々しくはないと思うんだけどなぁ」
「あ゛? って、大体アンタだって割るときは割ってるでしょーがッ!」
「ごもっとも。あー、じゃあせっかくだし、片付け手伝うよ」
「へ? ……あ、うん」
困惑したように、トーカちゃんは頷いた。
この状況のままはお客さんの邪魔にもなるし、早いうちに片付けよう。
奥から掃除用具を持ってくるトーカちゃん。それを受け取って、二人で皿とカップの破片をはいて集める。
流石に二人でやったからか、そう時間はかからなかった。
「……よし、もう破片ないわよね!」
「たぶん」
「何で断定しないのよ」
「いや、僕、研修中だし」
「クソカネキ……。って、何しに来たわけ? そういえば」
「あーえっと……」
そこでふと、僕はある約束を思いだした。
「……珈琲、一杯ご馳走してもらおうかなって思って」
「あ゛?」
「ほら、前に言ってたような……? 夜、家まで送って行ったとき」
「……嗚呼、」
アンタがまだ人間の時にか、とトーカちゃんは納得したように頷いた。
あの時のトーカちゃんは、敬語で礼儀正しくって、しっかりしていそうという印象が強かったっけ……。今はそれに加えて、ちょっと荒っぽくって意地っ張りというのが追加されているけど。
しぶしぶという風ではあったけど、トーカちゃんは一杯いれてくれるらしい。
そしてふと、僕は店内を見回して思った。トーカちゃんに、僕も時折お皿を割るけど、これって結構一枚あたり高い食器だったような記憶があるから……?
あれ、あんていくってどのくらい儲かってるんだろう。
お皿割っちゃって、お店の経営にダメージないのかな?
そんな話を、珈琲を入れて来てくれたトーカちゃんにすると、彼女もまた首をかしげた。
「そーいえば確かに不思議っていうか……。ねー店長、あんてって黒字?」
「……ふふ。そうだね。まぁ皆が助けてくれるから、成り立ってるかな」
ぼんやりとした回答に、僕もトーカちゃんも煙に巻かれたような感じがしていた。
「まぁ、難しいことはもう少し大きくなってから考えなさい。今は目の前のことに集中してよう。そうすれば、いつかそれが、次の何かにつながるさ」
店長の言葉の意味は未だによくわかるような、わからないような。
でも――沢山失敗しているらしいトーカちゃんが入れた一杯は、店長のとは味が違ったけど、美味しいコトに変わりはなかった。