真戸さんのレポートに加え、黒磐特等の証言などから、梟が二体いるという推測は成り立った。
それに加え民間からの証言をもとに、丸手特等が覆面面捜査官で調査を行った結果が、この20区大規模作戦――梟討伐につながった。
指揮を取るのは、和修吉時局長。
白服を身に纏い、ゆったりと右手を上げる。
夜の20区、駅前周辺。通行止めにより換算とした光景は、嵐の前の静けさを予感させる。
並ぶ捜査官の数は圧倒的。SSSレートを確実に処置するためには、万全を期する必要があるためだ。
自然、俺も息を呑む。ちらりと視線がアキラの方を向いてしまうのは、否が応でも張間のことを思いだしてしまうからか。アキラ本人からは重ねるなと言われたが――いや、今は目の前のことに集中しよう。
「――」
できることならこの場で、会いたくはない。だがしかし――ジェイルの一軒のみならず、11区の目的状況を考えても、ほぼ間違いないだろう。
その予感を胸にしながら、俺は、バイクモードのアラタを操作する。リンクアップ、と電子音が響き、それとほぼ同時に、局長の手が振り下ろされた。
『――これより、作戦を決行する』
大勢の捜査官が走りだす。それぞれがそれぞれの持ち場に。俺は今回、一部の指揮官を任されていることもあり、通信は多く入ってくる。無論、アキラたちの状況も。
そしてそれは当然、今回の作戦の執着地点――喫茶店「あんていく」の音も。
『『――いらっしゃいませ』』
不気味に響く、くぐもった音。マスクの内側から聞こえるような男女のそれ。
それが集音された直後、悲鳴と血しぶきとがマイクの向こう側で撒き散らされた。
『――第二、第三隊はそれぞれの喰種の追撃! 敵は複数、組織だって動いている!
指揮系統は丸手特等に!
第四以下で四方を封鎖、決して市民に被害を出すな!』
局長の指示に合わせ、俺達もまた動き始めた。
※
古間くんとカヤちゃんは、私が逃げろと言っても、逃げるつもりはないようだった。
なにせかつて率いていた魔猿や、ブラックドーベルが動き出しているのがその証拠だ。やっと、やっと人間の社会に溶け込み始めたと言うのに、それでも彼らは今一度、喰種として集った。
ほかならぬ、私のために。
それがたまらなく申し訳なく――そしてそれでも、
「ライダー ……変、身」
『――羽・赫ッ!
フードを被り、彼らの前にこうして姿を現すのは幾度目か。願わくばこれで最後でありたいが、その最後が必ずしも「次」のある最後なのかは、はなはだ疑問だ。
大通りの交差点を占有し、私と、彼らとは対面する。
こちらに向けられる視線は、畏れか、あるいは興奮か。
『――正義とは、悪とは何か、誰が決めるのか。
そんなもの、私は決まるまでもないと考える』
ヒトとは――人間も、喰種も。
等しく生れ落ちた時より、その命は奪うことを運命付けられている。
己が周囲、その全て。生きるために何を奪い、何を失い、何を喰らうのか――。
『すなわち、命とは、度し難いほどに「悪」だ。
命在る限り、戦い、奪い続けるのだから――その雄たけびに、正義はない。原罪は、消えることはあるまい』
私の言葉に、近くの捜査官は数人、言葉を失っているようだった。この姿の威圧感に恐怖を抱いているのか。はたまた、私の言葉から何をしようとしているのかを考えているのか。
だがね……私は約束してしまったのだよ。
その言葉に合わせて言うのなら――何があっても、私は悪であり、彼の人もまた悪なのだと。
『私は「悪」だと自覚する。君達も「悪」だと自覚する。
ならば、答えは決まっているだろう?』
「、う、う、うああああああああああああ――ッ!」
数人の捜査官が、勢いに任せて発砲した。だがそれに対して、私は特に態度を変えるつもりはない。否「代えてはいけない」。それは私に、この名を渡した彼に対する裏切りであり、また私が繋いだ次の彼に対して、背中から撃つことになりかねない。
だから、嗚呼、私は名乗ろう。
『
……、ライダースパーク』
赫子を展開し、放射状に射撃する。一撃一撃の威力は致命傷にはなりえないが、だからこそそれが、彼らの継戦力に打撃を与えうる。
命までは奪うまい。
腕や、足の一本や二本――意識の一つや二つ、覚悟こそしてもらうが。
前線の捜査官たちは狂騒状態になる。その奥に佇む「嘘つき」を、私は遠くから睨んだ。
『……』
「そんな怖い顔しないでくれ。……仕事だ」
いつかのように、彼はそう言って微笑むばかりだった。
※
「っ――――」
『――緊急速報です! これより20区の××××区画には大規模な警戒網が張られ、立ち入り禁止区域に指定され――』
『――対象は、20区にある喫茶店で、喰種の巣窟である可能性が――』
大丈夫なの?
これやべぇんじゃねえか?
俺、家、帰れねぇよ……。
ここも危ないんじゃないの?
マジかよ、立ち入り禁止って。
※
『――繰り返します! これより20区の××××区画には大規模な警戒網が張られ、立ち入り禁止区域に――』
「嗚呼~ ……、感動の再会とはいかないか。『お父さん』」
※
「ぅ――――」
「へ、ヘタ、ヘタレックスッ」
『――対象は、20区にある喫茶店で、喰種の巣窟である可能性が――』
※
やれやれ全く、こちとら損な役周りが多いんじゃないですかねぇ、芳村さん。
まぁ、それもこれもこの魔猿様を信頼してのご鞭撻なんでしょうけど。
『いくぜお前ら、腕訛ってねぇだろナ?』
『――あなた達、私のために死になさい』
おぉ、怖ッ!
俺の言葉に「
しっかしあっちの中にはマスク越しとはいえ、懐かしい顔もちらほら居たりして不思議な感じだ。
ほんの十年だかちょっとそこら前くらいまで殺しあっていた俺達が、今じゃ一緒に心中しようってんだから、世の中何がおこるかわかったもんじゃねぇけどな。
さて、と。
きっと芳村さんは、アラタの坊ちゃんのせいで「殺すことが出来ない」。だったらその負担を軽減してあげるのが、出来るお供ってものだぜ。そこのところはカヤもわかっているのか、俺と同様、全員、一切の躊躇なく「殺していた」。
芳村さんのスタンスは、「助け合い」だけど、あくまで細かい裁量は「個人に任せる」ものだ。
だから俺達が殺したって、特に何か言うこともない。強いて言えば、あのヒトもこの状況下であって、なお殺さないっていうスタンスを持ち続ける事の歪さを理解しちゃいるんだ。
でも、それでも曲げないのはきっと信念か。あるいは矜持か。
ま、俺もカヤも手下根性っていうか、お供みたいな気位が育つには十分な年数、あんていくに居た訳だ。今更そこに何か言うこともない。結構楽しかったからな。あれはあれで。
いや、カヤに関しちゃ黒犬(狗だっけ?)「二代目」リーダーだし、元々そういうのはあったか。
さて、お供としてやるからには、こちとらプロ根性見せないといけねぇよな――。
「16、17小隊全滅!?」
「相手は梟だけじゃなかったのか? 奴ら一体――」
おいおい、なんだもう十年そこら顔見せしなかっただけで、俺らエテ公共の顔を忘れちまうってか、人間様たちは。
仕方ない、こりゃ最後に伝説残すしかねぇかな?
首もいで転がすだけの簡単なお仕事だ。じゃんじゃか逝こうじゃねぇか、てめぇら――!
『――ほいっと!
さぁ、次――』
――ハイアー、
『――ハイアーマ』「マ――――――――――――――――――――――――――――――――――――インドッッッ!!!!!!!!!!!!!!!」
『おわっと!』
なんじゃこりゃ、ビーム? ビームなのかッ!?
男心くすぐられる砲撃は、もちろんクインケから放たれたモンだ。それに巻き込まれて、どっかの料理店で副店長まで上り詰めた部下の一人が、粉々になって吹っ飛んだ。それだってぇのに仮面の下は笑ってて、口の端っこにケチャップの跡みたいなのがくっついてるのが今更ながら笑えるぜ。
そうさな……。伝説残すんだ。涙なんざ、似合わねぇよな。
気が付けば
『オイオイオイ、随分カッコイイんじゃねぇノ……?』
俺の軽口に、当然と言わんばかりにヒゲの捜査官はのっそのっそと歩いてきた。しっかし何だろうねぇ、濃いぜオッサン。ちょっと髪型とかが自意識過剰な気もするが、あえて何も言うまい。
「近頃、害獣が多くて困るねぇ……」
ごう、とでも鳴るようなものすんご鼻呼吸。
「――――とっととお山にお帰りなさい、
『――――生憎、コンクリートジャングルが故郷なもンでねぇ』
こっちだと、俺は地下鉄の方に目の前の相手を誘導する。
特に理由がある訳でもないが、単に長年の戦カンだ。
まぁ強いて言えば、カヤとかの方に爆散しちまったら邪魔だろうとい、この魔猿様の配慮ってこともあるがな。
おう褒めてくれ。褒めてくれても良いんだぜ?
誰にともなく心中吐露せども、俺の頭は目の前の相手をどう仕留めるかに集中していた。
『――ハイアーマイン』「マ――――――――――――――――――――――――――――――――――インドッ!」
『おいおいオッサン、電子音に被らせるの止めてやれいや』
何とかモードって言ってるのは聞きとれっけど、何モードなのかてんでわかんねぇよそれじゃ。
っていうか前から思ってたけど、漫画か何かか? 武器どころか人間さえ、叫んで攻撃してるしねぇ。
そんなことを言うと、ヒゲの捜査官はふふんと笑った。
「おおマンキー、これはコミックショーだ! 娯楽喜劇だ!
我ら正義の人間様が、害獣共を圧倒的に蹴散らし、平和が戻ってハッピーエ――――――――――――――ンド!」
『もはやマインド関係ねぇじゃねえか』
えーんど、とか言いながらまーたビーム撃ってきやがる捜査官。
しっかし遠距離じゃらちがあかねぇな。そう考えて接近すれば、目の前で明らかに、真っ赤な光の膨張ときた。
遠距離はマーインドビームに、近距離はマーインドグレネードってか?
さっすが特等、伝説残すに不足ねぇな。
だが! この魔猿、勝機見たり!
「なんと我が『ささやき』をかわすとは――」
『ささやきってレベルじゃねぇよ! かっけーけど!』
しっかし問題はカヤだな。現状、俺は割と余裕っぽいが……、お前、俺より弱っちぃから心配だぜ、オイ。
地下から心配を向けたところで、その先たる地上のことなんて、てんでわかりはしなかった。
「――君達は、無益に捜査官と争っている。何かしら因縁がある訳でもないそれは、きっと必ず、意図しない形で悲劇を生む。止めなさい」
「――俺様を魔猿だと、知ってケンカ売ってるんだよな、ああ゛!?」
思えば、芳村さんと交した最初の会話なんて、こんな酷いモンだったように思う。
この粋がったエテ公に用意されていたのは、あっけないくらい簡単な敗北だった。
まぁ、こんなもんかとも思った。今まで所構わず、猿なのに狂犬みたいに牙向いて、襲いかかって。挙句の末路がこんなクッソ下らないオチっていうのも、まぁ俺らしいかねぇと思って、気取って。
でも、いつまで経っても最後の一撃は振り下ろされなかった。
――少し、ゆっくり話をしてみないかい?
そんな言葉で、俺は芳村さんの店……、まだ開店したばかりの頃の「あんていく」に連れて行かれた。中では「憤ッ!」とか言いながら和服の喰種が、家財道具なんかをトンカチで組み立てていたりもしたっけか。
「私は……、人間の世界で生きてみたいのだよ」
「人間の世界で……? そんなに、力があんのに」
「力はあるさ。だが力だけで守れないものもある。守れないものも、あった。
……だから、その術を知るべきだ。我々はきっと。そして初めて、君のその渇望するような戦いへの執着も、決着するのではないかと思う」
特に理由はなかった。強いて言えば、長年の戦カンだ。
このヒトの目指すものが見て見たいと、俺は直感的に感じた。だからこそ、芳村さんの差し伸べた手をあの日、俺はとった。
――楽しかったよな、あんていく。
俺の言葉に、カヤは「ええ」と微笑んだ。