月山さんに連れられた店は、レンガ張りの壁面が眩しい、おしゃれな感じだった。あんていくとは少し毛色が違う感じの、女性が好きそうな感じの。私的には暖かさが足りないけど。
「ここさ!
懐かしいねぇ。以前はカネキくんと二人で来たものさ……。今でも僕は、ホリとたまーに来るけれどね。エンカウント率が高いとも言う」
「えんか……?」
「よく会うって意味」
「へぇ~」
「あの時のカネキくんは、それはそれはモアモアソフトリィだった……。いと懐かしきかな、本当に。
今は以前にも増して、ハードコーティングだからね!」
とりあえず、このヒトの言語が高槻泉よりひどいってことは理解した。
「ところで、君の名前は何だっけ? 聞いた覚えがなかった」
「……クロナ」
「ほぅ! じゃあさしずめ、ノアールガールといったところかな?
まぁ付いて来たまえ」
慣れたように店内に入って、アイスコーヒーを注文する月山さん。ちらりと壁を見ると、見覚えのあるサイン色紙が一枚。高槻泉とあったそれには、なんだか小さく変なイラストが書いてあった。なんだろう、行きつけのお店か何かなのかな……?
私と同じように視線が固定されてるヒナミちゃんに、月山さんはウィンクして話しかけた。
「さて、リトルヒナミ? カネキくんが一体何をしていたのか、だったかね?」
「う、うん。お姉ちゃんたち、全然教えてくれないし……」
表情が暗くなるヒナミちゃん。不意に月山さんの視線が一瞬鋭くなりこちらを見たけど、肩をすくめて微笑んだ。まるで「カネキくんが何も言わないなら、僕も君には何も言うまい」とでもジェスチャーされてるようにさえ感じられた。
「カネキくんは……
「ファースト? らぶって、えっと……」
ヒナミちゃんがぱたぱたと、手で顔を仰ぐ。顔が赤いのが可愛い。おおむね意味合いは理解したみたいだけど、そんな月山さんの言葉に、それが違うんじゃないかなと思ってる私は、黙っている。
考えてみれば、神代リゼと川上さんは、ちょっと似てるような気もする。そういう意味では、神代リゼはお兄ちゃんの好み度ストライクだった可能性は高い。
ただ私がその話をしようとする前に、月山さんは話を続けていた。
「そぉう! 彼女を助け出すため、来る日も来る日も僕と彼と、バンジョイと愉快な仲間達は東へ西へ右往左往さ! カネキくんも大学があったから毎日という訳でもなかったが」
「じゃあ、いつだったの?」
「インミッドナイト」
深夜……、そういえば再会したときもそうだったっけ。
不意に胸に頭を埋められたのを思いだしたので、咳払いしてコーヒーを一口。ストローで飲むそれは、ちょっとドライというか辛口というか……、って、苦! ガムシロ入れるの忘れてた。
「だが、今や目的を達成したカネキくんは、どこか意気消沈しているようでね。僕のカンでは、どうも彼の思い描いた通りの再会とはいかなかったようだ。霧嶋さんや四方氏たち『あんていく』のメンバーで色々手を回しているようだが、僕やバンジョイくんも、何かしてあげられないものかと思ってね」
ちなみに、ヒナミちゃんは「神代リゼ」という喰種を今かくまっている、ということは知っているけど、それがどんな喰種かまでは教えられてなかった。
だから興味の主体は、月山さんの話どおりに「お兄ちゃんを元気付ける」方にシフトしていった。
「ボーイ・リオ……、リオくんのことを引きずったままこちらに臨んでいたのが、良くなかったのだと僕は思うのだよ」
そして、ここでやっぱり私に聞き慣れない名前が出てきた。聞いた事は何度かあったけど、人柄も何も知らないその相手。
「それは、えっと……」
「uh , 君は知らないのかノアールガール。リオくんは、少しカネキくんに似た男の子さ。年は十五ほどで、霧嶋さんに色々教わっていたのが懐かしい」
「リオお兄ちゃんは、いいヒトだったよ?」
ヒナミちゃんのそれは褒め言葉なのかどうか、一瞬判断に迷う私はちょっと薄汚れているのだろうか。
「だが最後には全て、自分の過去に飲まれてしまった。全く、惜しいボーイだったよ」
肩をすくめる月山さん。言ってる事の意味はよくわからないけど、言葉にはこちらに納得を強要するだけの何かがあった。ヒナミちゃんが何も言わずうつむいているのは、きっとその言葉が大きく外れてはいないということなんだろう。
「『君は一人じゃない』と。せめてのも僕からのメッセージさ。彼は、あんていくを居場所と定めていたそうだからね」
「……ルピナス?」
「ほぅ、知ってるのかい?」
「『多くの仲間』『貴方は私の幸せ』とか。……窓際の花を選んだのって、月山さんだったんだ?」
「嗚呼。カネキくんの心情にあわせられればと思ってね。詳しいのだね君」
「そんなにはだけど、これは覚えてた」
「?」
首を傾げるヒナミちゃんに、「花言葉さ」と月山さんは笑った。
「花には必ず、想いや願いが込められているのさ。一つだけではない。そういったものを花言葉と呼ぶのさ。
例えば金木犀なら、『謙虚』『気高き人』とかね」
「……なんだか、お兄ちゃんみたい」
「ふふ、そうだね。それから――『初恋』?」
その言葉に、私とヒナミちゃんは言葉に詰まった。
「『変わらぬ魅力』『思い出の輝き』それから……、『真実の愛』」
「「……」」
「ふふ、ちょっと失礼するよ二人とも。少々お花を摘みに行かせてもらうよ」
私達の反応を楽しそうに見て、月山さんはその場から一旦立ち去った。
私もヒナミちゃんも、少し顔を見合わせて、言葉が続かなかった。……なんとなくだけど、お互いがお互いに「嗚呼そうなんだ」みたいな、そんな空気が漂っていた。
「……クロナお姉ちゃんも、お兄ちゃんのこと、好き?」
そしてこの空気の中で切りこんでくるヒナミちゃんは、かなり勇者だった。
こっちの方が動揺する。基本、私はヘタレだからこういうストレートなのには弱い……。
「……ヒナミちゃんは、どうして?」
「うーん……。お兄ちゃんがね? 字、教えてくれたの」
言いながら、ヒナミちゃんは楽しそうに私に言う。そこに他意はないのだけれど、どうしてか無邪気なその顔は、私にはまぶしかった。
「字が、読み方がきれいだって。そういうのって、ヒナミ、全然知らなかったから。そういうのを教えてもらって、それで……、お母さんが殺されて、お姉ちゃんと一緒に守ってくれて……」
「……そうなんだ」
「クロナお姉ちゃんは?」
「……思いださせてくれたからかな。自分が避けてたことを。逃げてたことを。捨てたものを。
ちょっと、少し境遇に共感できるところがあったのが切っ掛けなんだけど」
ヒナミちゃんとだと、不思議とすんなりと話すことができる。お互い恋バナみたいな感じになってるけど、険悪な感じにはならなかった。ここにトーカちゃんがいるだけでガラリと変わるのは仕方ないところなのかな、きっと。
詳しくは知らないけど、でも――トーカちゃんはきっと、私より孤独に強い。だからこそ、逆に求めてしまうのかもしれない。
そんなことを考えながらコーヒーを飲んで話し合っていたら。
「……およ、クロナちゃんにヒナミちゃん?」
名を呼ぶ声に聞き覚えがあって、振り返ったらまたびっくり。前より綺麗な格好をした、高槻泉がそこに居た。メガネをくいっと上げて、前より知的に見える。
ヒナミちゃんは明らかに感激した声を上げた。
「なんで、なんでここに!?」
「なんでと聞かれたら答えざるをえないなぁ。お姉さんの行きつけなのだ。アイムヒア。
今日は二人でティータムぞな?」
「お兄ちゃんのお友達に連れてきてもらった」
「へぇ、中々良い趣味していらっしゃるようじゃのぉご友人……。あ、すいませーん団子パフェ大盛りで!」
当たり前のように月山さんの座っていた椅子に着席する高槻泉。パフェを待ちながら、私達を見回してにんまりと笑った。
「いやー、まさかまたちゃんヒナたちに会うとはねぇ。らっきぃだねぼかぁ」
「わ、わたしも嬉しいです」
「おう、光栄だねぇ。あれクロナちゃん、私の顔に何かついてる?」
「べ、別に……」
「さては甘いの苦手だねぇ? いやーごめんよ、私もたまーにしか食べないから、ついつい大きいの頼んじゃってねぇ」
確かに、自分がもう食べられないようなものを頼まれるのがちょっと嫌だったというのはあるかもしれない(お団子は特に好きだったし)。でも謝りつつも、目の前の相手はあっけらかんとしていた。
パフェの到着を余裕を持って待ちながら、彼女はヒナミちゃんをちらっと見て言った。
「何かお悩みかな?」
「へ? あ、いいえ――」
「ヒナちゃん、何か思い詰めるときに手を重ねるくせあるよねー。この間からちょっと引っかかってさ。
少し専門書あさってきたテキトー知識だけど、それって防御姿勢らしいんよね。あの時も名前聞いたら視線泳いだりとかしてたから……、何か秘密というか、話せないことがあるんじゃないかなーと。
これでもお姉さん、ヒナちゃんより一回りくらいは年上だから……、あれ? 一回りであってるかな? そこまでババァじゃないと思うんだけど……、と、とにかくお姉さん色々生きてきて、酸いも甘いも経験してるから、多少はお悩み相談できるよん?」
新聞の投稿欄のところは編集から止めろって止められたけど、と高槻泉はけらけら笑った。
ヒナミちゃんが何か悩んでる、というのは、私は言われてから初めて気づいた。否定せずうつむいて、何か思い詰めるようなその姿勢を見ると図星なんだろう。改めて、自分の察しの悪さと言うか、周囲をあまり見て居ないことを思い知らされる。
ただ、ヒナミちゃんもすぐには口を開かなかった。
「……お姉さんじゃ、へなちょこさんかな?」
「……ヒナミが、へなちょこだなって思ってるの」
そして、ヒナミちゃんは話し始めた。
「カネキお兄ちゃんが、辛そうな横顔してても、力になりたくても、ヒナミはなんにも出来ないから……。お姉ちゃんみたいに、何か言うことも思いつかない」
「……」
奇しくもその悩みは、どこか私の抱いている思いと少し近い物があった。
高槻泉は「ほむほむ」と頷きながら、届いたパフェの団子を一口。
「もちゃもちゃ……。お兄ちゃんのこと、好きなんだねぇヒナミちゃんは。やっぱりハーレムじゃないか(驚愕)」
「?」
「いや何でもないさ、忘れてくれぇ。んん……、でもそうだな。お姉さん、そういうのは相手を決して子ども扱いとかしないで言うから、ちょっとキツかったらごめんね。
ヒナミちゃんには……、そっちのクロナちゃんなら、少しわかるんじゃないかな?
たぶん、何もできないと思うよ?」
「…………」
…………? 私ならわかるって、何が――。
「たった十何年の人生だけどさ。生き方って結構、差が出るのよ。ほんわかしてそうでも『どっかで抜け落ちてる』とか『何かがおかしい』っていうのはさ。大体そういうヒトって、ぼっちになりがちだったりするけど。
でもヒナミちゃんは、そういうのがないと思うのよねん。ぽわぽわーっとしてて、ほんわかしてるヒナミちゃんだから。きっと周りからも、親からも、愛情たっぷりに育ったんだろうなーって。
でも――カネキお兄ちゃんは違う」
それは――。
「カネキさんは――カネキ
その言葉を聞いて、私はふと、腑に落ちた感じがした。
なんとなく抱いていた違和感の正体がわかったような、そんな感じが。
私でも、トーカちゃんでも、それからヒナミちゃんでも。向けられてるだろう感情から身を引いているというか、そもそも「感知出来ていない」ような、それが。
……パフェを掻き込みながら言わなければ、もっとそれっぽく聞こえたかもしれないけど。
「んぐ……。うん。危ない危ない詰まるところだった。
で、カネキお兄ちゃんの話しか。うん。なんとなくぴーんと来るものがあったかな? 強い目をしてるけど孤独に怯えてる。でもそれを埋める方法がさっぱりわからないって、そんな感じの目をしてるんだよね、彼。自分なりに折り合いをつけて、『こういうものだろう』って振る舞いをしてそれをした気になってるけど、どこかでズレが生じてるわけよん。
だからどこかで『噛み合っていない』わけさ。ヒナちゃんとは、人種がちょっと違うんだよね」
「……」
「ちなみにクロナちゃんとも、ちょっと違いそうかな? それは。
「!」
このヒト、本当何なんだろう。ずばずば物怖じせず言ってくる姿勢はどこか一度体験したことのある感覚だけど、そこじゃなくて洞察力というか……。何だろうこの観察力は。その言葉には、ある程度の自信がありそうだというのが、ちょっとすごい。
「傷ついたらごめんね。でも、お姉さんフェアプレイ精神だから。濁すのは駄目だと思うから」
「……ううん」
「今のままじゃ、きっとどうにも出来ないと思う。んま、そんな訳で。
たったらたったったー! 激レア名刺(名刺自体滅多に作らない的な意味で)」
服の前面のポケットから、すっと取り出した一枚の名刺。「高槻泉」と名前がかかれ、メールアドレスと電話番号、オフィスの住所が記載されていた。
ヒナミちゃんはそれを驚いた顔で受け取った。
「クロナちゃんの分も用意できてれば良かったけど、ごめんね、持ち合わせなくって。二人で共有して……あ、でも不用意に撒き散らさないどいてね。色々面倒だから」
「こ、これ……」
「ま、さっきも言った通りお姉さんは年上だしぃ? 多少のことなら力になってあげるよん、的な感じで」
「……どうしてそこまで」
私の言葉に、高槻泉は少し遠い目をした。
「――自分の力だけで解決できないような、そういう感じにぐるぐる落ち込んでる相手って見てると、助けてあげたくなっちゃうんだよねー。私にも昔、そういう時があったから。
だから、何かあったら連絡してん? 打ち合わせとか原稿締め切り三日前とかじゃなければ、たぶん出れるから」
にこにこわらって手を振って、そして1万円札を置いて、彼女はその場から離れた。肩に下げたバッグの中から何かを取り出して、確認しているように見える。
私は――衝動的に、その後を追った。何故かそうしないといけないような、そんな直感があって。
店を出て追ってきた私に気づいて、高槻泉は振り返った。
「およ? 何か忘れ物でもしたん?」
「……聞きたい事が、出来たから」
「何かなん? クロナ
高槻泉はそういって笑う。ヒナミちゃんからすればそうなる、みたいな言い回しなんだろうけど、何故か彼女の言い方は、酷く自分が「ナシロの姉」であると思いださせられるような、そんな錯覚があった。
それを振り払い、私は勤めて真剣に質問した。
「さっき、あなたは言ってた。自分の力だけで解決できないような、そんな時が自分にもあったと」
「んー、まぁまとめるとそなるね。で、どないしたん?」
「そういう時――貴方はどうしてたの?」
お兄ちゃんのおかしい所を見抜いたと。トーカちゃんでさえ理解してるか怪しいその部分を見抜いたのだとするのなら、答えは二つあるはず。このヒトの周りにそういう人間が居たか、もしくはこのヒト自身がそういった人間か、だ。
だったら、この質問はかなり、今後の私の身の振り方において重要なそれになるかもしれない。
「クロナちゃんは、どしたいんだい?」
でも、彼女は最初に質問に質問を返してきた。
「君が何を求めているのか、ちょっとわからないからね。それ次第で回答を変えるさ」
「私は……、お兄ちゃんのために、命を燃やす」
「……へヴぃ」
うんでもわかった、とすぐに言うのが、やっぱりこのヒトは凄いと思わせられる。
「うん、なんか……(思ったより面白い感じの方向になっちゃったみたいだけどそれはそれとしてだ)。
まぁ、そうだね。君は――行動に結果が伴わなくても、耐えられるかな?」
――お姉ちゃん、私を――。
不意に、シロの最期の言葉が脳裏を過ぎる。
「命を燃やすっていうのは行動であって結果じゃない。そのことを忘れなければ、ひょっとしたらひょっとするかもね。私は、結局それが出来なかったから。
だから今でももがいてるのさ――生き汚くもね」
それだけ言って、高槻泉は今度こそ立ち去った。
私は彼女の言葉を反芻して――。
「私達」が今の身体になった理由を思いだして。
お兄ちゃんのお陰で再認識した「
どうすることも出来ず、その場でただ呆然としていた。
一方その頃、男子トイレでは・・・
月山「キンモクセイ、最後の花言葉は――陶・酔ッ!!!!!!!!!! むっはぁッ!」
そして外
高槻「……!?」行きつけの店なのに何か不自然な寒気を感じる