仮面ライダーハイセ   作:黒兎可

103 / 145
四方「……」

アラタ『……なら、守ってみせます。人間の矜持も――喰種の本能も!』
カネキ『……だったら、分からせます。人間として――喰種としてッ!』

四方「……」回想しながら血酒を一口


#066 線路/消灯/愚善

 

 

 

 

 

 深夜。僕のノックに、ウタさんは気軽に「開いてるよ」答えた。

 artマスクショップ「hysy」の扉を開けると、そこにはウタさんと、四方さんが居た。四方さんは机の上で、まるで酔い潰れたかのように突っ伏していた。足元を見れば、ウィスキーボトルのようなものが転がっている。

 

「……こんばんは、ウタさん」

「やぁカネキくん。……マスク壊れた?」

「少し、お時間良いですか?」

 

 いいよ、と言ってウタさんは、図面を引くのを中断した。

 

「机は蓮示くんが占領しちゃってるけど、大丈夫?」

「あ、はい。むしろ好都合と言えば好都合でした」

「ふぅん? まあいいよ。それで、どうしたのかな」

 

 すすめられた椅子に座り、僕はウタさんと対面に座る。

 微笑む彼に一瞬ためらいながらも、僕は口火を切った。

 

「……どうしたら良いのか、少し、考えてるところなんです」

「うん」

「僕が今の僕になるきっかけの、リゼさんを助けて。彼女を悪用されないようにして……。店長が、アオギリと浅からぬ関係にあることも知りました」

 

 嘉納先生は、クロナちゃん達にはその手の話を全然していなかったようだけれども。それでも、齎された情報は決して信じられないというものでもなく。以前タタラが言っていたように、店長が僕を拾ったのには、何か裏があったのではないかと思う。

 ただ、それでも店長を信頼したいのだと僕は思ったから。

 

「だから、僕は知りたい。『あんていく』のことも、四方さんのことも、店長のことも。

 本人から聞くだけではなくて」

「……ぼくはお店やってるから、お客さんの詳しいことは話せないよ。

 でも、何か力になってあげたって思うんだ」

 

 ウタさんはそう言いながら、手元で目玉をごろごろと転がした。

 

「安定しようとして、ふらふらと揺れて。だからみんな、ついつい目で追っちゃうんだよ。つまずかないよう願うヒトも、躓く瞬間を願うヒトも。

 ……芳村さんのことについては、あんまり知らないかな。10年くらい前に20区に来て『あんていく』を立ち上げて。それから20区を仕切ってるってことくらいだね。

 でも蓮示くんのことなら、いくらか話せるよ」

 

 そこで潰れてるところ悪いけれど、とウタさんは四方さんの方に言ってから、話し始めた。

 

 

 

   ※

  

 

 

 ぼくは元々、今の芳村さんみたいに仕切りをやってたんだ。4区のね。

 進んで申し出た訳じゃなかったけど、他になれるようなヒト居なかったからね。戦うのも嫌いじゃなかったし、ぼくも今よりは荒れてたからね。

 

 で、そんな風に面倒なまとめ役なんかやってるときに、ふらりふらりと現れたのが蓮示くん。

 

 一人孤独な流れ喰種(ワタリガラス)。なんとなくマスクのイメージが思い浮かんだっけなぁ。

 ともかく、そんな蓮示くんが冷蔵庫漁っててさ。仲間たちが止めに入ると殴りかかったらしくって。たぶん言葉が上手に表現できなかったからなんだろうけど。当時から蓮示くん、そんな感じだったんだよね。 

 

 で、そんな蓮示くんとハジメテ話して……、嗚呼、サングラス馬鹿にされてケンカしたんだよ。懐かしいなぁ。蓮示くん、割と物知らなかったし。

 

 最初はそうだったんだけど、何度注意しても何もかも無視して喰場荒らして果ては「共喰い」。説き伏せようと出向いても、腕っ節強くってさ。

 本気でやると二人ともたぶん死んじゃうから、お互いそこそこのところで手を引いてたんだ。

 

 何度か顔を合わせてるうちに、僕の方が興味を持ったんだ。この相手は一体何を考えてるんだろうか、てさ。

 

 名前を知るのもちょっと一苦労だったんだけど、でもようやく教えてもらえてね。なんで暴れまわってたのかまでは教えてくれなかったけど、少しだけ、どこかの拳法家の元で修行したりして、合わなかったらしくて抜け出したりしたんだって。

 

 そんな風にテキトーな感じに、段々と僕らも打ち解けていったんだ。

 でも、四区に来てたのは彼だけじゃなかった。

 

 気が付くと、こっちを潰す勢いで白鳩が動き出していたんだ。被害も少なくなくて。しかもそれが、ほぼ一人の捜査官によって引き起こされてるって話でさ。びっくりしたよ。

 

 その名前を、蓮示くんが教えてくれた。――有馬貴将。当時は准特等捜査官。こっちでも結構名前の通ってる、CCGの「死神」。当時から今まで、引き分けこそ数件あるものの未だ無敵の喰種捜査官。

 

 すさまじく強いらしくて、実際強かったんだけど。彼を殺すから手を貸せって、珍しく蓮示くんから言ってきたんだよね。

 

 興味があったから話を聞いて、しばらく時間をかけて理由を聞いてね。

 ぼくらならよくある話だよ。家族が殺された。蓮示くんの場合、たった一人の姉が殺された。蓮示くんには、他に誰も居なかった。

 

 蓮示くんは、家族想いだった。

 だから、ぼくも手伝うことにした。ぼくは家族って居なかったけど、仲間とか、友達とかは大切にしたいから、そういう気持ちは分かったし。それに、蓮示くんも友達だったから。

 

 

『――俺は、貴様を赦さない……! 貴様が、死んでもッ!!!』

『……蒸着』

『――IXA! リンクアップ!』

 

 

 それにしても、死神は強かったよ。

 蓮示くんの攻撃なんてものともしなかったし。

 

『見覚えがあるね。その赫子……。

 復讐かな?』

『――ナルカミ・レールガン!』

 

 部下の教育まで一緒にしちゃうくらいには、余裕があったみたいでね。どうしようもなかったよ。

 僕らも下手に動けないで、助けに入れない状態だったんだけど。そこで現れたのが――芳村さんさ。お陰であいつらの目も4区から逸れて、手が緩まった。何を追うべきか話し合いでも始まったんだろうね。

 

 でも、有馬貴将のすごいところは。

 

『封じるよ』

『――羽・赫ッ!』

 

 持ってきていたクインケドライバーを、とっさに芳村さんの腰に取りつけたことだよ。お陰で最初は芳村さんが優勢だったのが、一気に引き分けに持ち込まれてね。

 

 まぁともかく、芳村さんは蓮示くんを保護して、色々鍛え上げたみたい。もともとお姉さんの復讐のためにがむしゃらだったんだろうけど、段々とそんな険もとれていって。

 実は一瞬だけど、あんていくのウェイターもやってたんだよ? 向いてないって言って止めたけど。信じられる――?

 

 

 ウタさんの話に、少しだけ僕は微笑んだ。前に一度、四方さんから珈琲を淹れてもらったことがあった。あの時の味は、なるほどその頃に培われたものだったか。

 

 ウタさんは自分の首元のタトゥーを少しだけなぞってから言った。

 

「みんな色々なこと考えて生きてるから、なかなか難しいよね。分かりあうって。

 じゃあ、ぼくの番は終わりかな」

 

 言われてふと見れば、四方さんがぐらぐらしながらも起き上がってこっちを見ていた。

 その表情はいつものような険しさはなく、寝ぼけているような独特な、薄目を開けたものだった。

 

「研……こうして顔を合わせて話すのも久しぶりな気がするけれど、しかし考えて見れば良い機会なのかもしれないな。

 俺はなんだかんだで口べたで頭がもじゃもじゃだから上手くは話せないけれども、それでも精一杯頑張ってるんだ。それはともかくとして最近トーカとはどうなんだ? 俺としてもお前達のことを見ていると、姉のことを思いだして少しほっこりと……違うそうじゃないな。

 そうじゃないな。リオの時もそうだったが、お前はやっぱり誰かの背中を押してる時が楽しそうに見える。あの拾ってきたクロナとかいうのをふまえてみても――」

 

「……」

 

 今日は、なんだかすっごいしゃべってた。

 どうしたのだろうか、という視線を振ると、ウタさんは足元を指差した。転がっていたボトルからは、ほのかに甘い血の匂い。以前、イトリさんにかけられた「腐った血」の匂いだった。

 

「蓮示くん、酔っ払うと口数が多くなるんだ。普段は胸の底に隠してるようなこともぽろぽろぽろぽろ出てくるから、見てて飽きないよ」

「ちょっとびっくりしました」

「慣れれば可愛いものだよ。例えば……、蓮示くん、トーカちゃんってお母さんに似てるよね」

「あの無鉄砲なところは確かに姉さん似だな。もっともああいうのっは本来、家族を守るために突っ走るってところから来ていると、守られていた俺からすれば思うんだけれど、そこのところどうだろう……」

「知らないよ」

「!」

 

  そして、放たれたその一言に僕は大きく驚かされた。

 四方さんの姉というのはちらっと以前聞いた事はあったけど、こうして言われた情報は、ハジメテ知るそれはかなり衝撃的な事実だった。

 

 つまりまとめると、四方さんはトーカちゃんの叔父にあたるということかだ。

 でもトーカちゃんが、それを知っている素振りはない。……ということは、四方さんが隠している情報ということなんだろうけど、僕なんかが知って良いものなのだろうか。

 

「それで、何か聞きたいことがあるのか? 普段あまり力になれていないから、とんと話してくれ……」

 

 そう語る四方さんは、ぐらぐらとしててはっきりしてるのかしていないのかもよく分からなかったけれど、でもそのうつらうつらした表情がなんとなく、ばつが悪くなったときのトーカちゃんの表情を思い起こさせた。

 

 ちょっと席を外すよと、ウタさんは店の奥に行った。

 

 店長について伺いたいと。さっきウタさんにしていたのと同様の話をすると、四方さんは少しだけ悩む素振りをした。

 

「芳村さんか……。研は、仮面ライダーを名乗っていたな……」

「あ、はい」

「なつかしいな……、仮面ライダー。アラタの奴がそう呼ばれて、自らもそう名乗ったのが切っ掛けだったが、気が付けば研で三人目か……。

 嗚呼違うな、この話じゃないか。まぁだから要するに、芳村さんについて色々話を聞きたい。聞いて芳村さんを自分が信頼できるか確認した意図いうことか。どこまで力になれるかわからないが……。

 芳村さんの変身した姿は、見たことがあるな?」

「あ、はい」

「あの姿は、CCGでは『隻眼の梟』と呼ばれている。隻眼の梟はかつてCCGで大きな被害を齎した喰種だ」

「隻眼の……」

 

 アオギリの主は隻眼の王である――。そんなことを聞いた事のある僕からすれば、その隻眼というフレーズは嫌でも、ニコから教えられたあの情報と混じり合ってしまう。

 隻眼の王。ひいては隻眼の梟。アオギリを作った存在であり、現在もアオギリで王として君臨していると。僕自身一度も見たことはなかったものの、その存在自体は知っていた。

 

 四方さんは一度咳払いをしてから続けた。

 

「芳村さんは梟を、本当の梟を庇っている。あのヒトは家族思いだ。あんていくの家族たちを大事にしているのは、お前も知っているはずだ。だから梟を庇う」

「……本物の梟を庇ってる?」

「お前は頭が良いから、すぐ分かるだろう。

 ……そもそも芳村さんは隻眼じゃない。その上で何故あのヒトが『隻眼の梟』を庇うのか。そしてなおかつ『変身した姿が梟に似ているのか』」

 

 そして僕自身、その答えに行きつくのに時間はそうかからなかった。

 

 ニコは言った。隻眼の王は、アオギリでドクターをしていたエトかもしれないと。

 そして覚えているエトの様子は、明らかにクインケドライバーの扱いに手馴れているそれであって。

 

 なおかつ二人の姿が似通っているのだとすれば……、導き出される結論は、そう多くない。

 

「リゼのことも多くは話せない。……ただ、『最後の切り札』らしい」

「切り札?」

「後は……、すまない思いつかない。適当に聞いてくれ……」

 

 項垂れる四方さん。かなり落ち込んでいるように見えて、なんだか申し訳なく思えた。ひょっとしたらあの無愛想の下では、こんな風な豊かな感情があるのかもしれないけれど、それだったら僕の仮面とかよりよっぽど四方さんの素面の方が仮面だ。

 

 だからふと、僕は四方さんに聞いた。

 

「……トーカちゃんの両親って、えっと、四方さんのお姉さんと、アラタさんって、どんなヒト達でしたか?」

 

 酔うと饒舌になっていた四方さんだったけど、この質問だけは一瞬答えが詰まった。

 

「……希望に添えるかわからないが、こう、何だろうな。俺は姉を取られたと言う感覚が結構強い。姉さんについては色々言えるが、アラタについては難しい。

 俺は……、最後の最後でアイツに当り散らしてしまったから」

「当り散らした……?」

「姉さんと俺は、ずっと二人で過ごしてきていた。性格は、トーカを少し丸くした感じか……。でも根は荒れてたか。

 一時期姉さんがCCGに捕まって、その時に助けたのがアラタとの出会いだったらしい。

 三年も経たずに『好きな奴できた』とか『子供できた』とか言われたときはびっくりした。アラタの性格じゃそういうことはしないだろうし、たぶん姉さんから攻めたんだろうな……。言い方は悪いがトーカもあれくらい攻められれば……」

「?」

「ともかく、夫婦としては良い夫婦だったんだと思う。アラタは……、少し、お前に似ている」

 

 トーカちゃんからも言われたようなことを、四方さんは僕に言った。

  

「色々話さないで抱え込みがちな奴だって、わかっていた。わかっていたが……、それでもあの時、俺は怒鳴ってしまた。姉さんを助けられなかったのは、お前のせいだって。姉さんが知ったら、間違いなくぶっ飛ばされるのに」

 

 後悔するように言う四方さんは、そこで区切って、僕の方を見た。

 

「時々、お前の言ってる事は本当にアラタと被ることがある。だから、どうしても遠くから見守ることしか出来ない。気を抜いたらきっと、またアラタの時の二の舞になってしまう気がする。多くを語って助言できるほど、俺は出来た奴じゃない。トーカたちも、遠くから見守ってるだけで精一杯だ」

「……」

「俺は古間のように気さくでも入見のように器用でもない。だから、変なコトを聞いたら済まない。

 ――研は、トーカのことが好きか?」

 

 瞬間、むせた自分に四方さんは何も言わなかった。

 

「えっと……」

「俺はトーカやアヤトに、姉さんの二の鉄を踏ませたくない。昔のツケを清算させられるような、そんな生き方はして欲しくない。だから、その上で聞く」

「……つまり、えっと、『そういう意味で』ってことですよね」

「……俺は、結構お似合いだと思ってる」

 

 参ったな、としか正直言いようがなかった。

 そこの整理は、正直言ってまだ付けてはいなかった。付けたらきっと、取り返しがつかないような気がして。きっとそういった理由を見つけてしまったら、「愛されたがり」の僕はきっと、躊躇いがなくなってしまうから。

 

 それは、嫌だ。

 トーカちゃんが不幸になるようなことは、例え一人にしないでくれと言われたのだとしても、僕は許容できない。

 

 質問に対して、僕は即答することが出来なかった。四方さんはそれでも待ってくれて、その上でこう言った。

 

「……言わなくても良い。ただ、できればアイツを笑顔でいさせてやってくれ」

 

 その言葉に、やっぱり僕は返事を返すことが出来なかった。

 

 

 

 

 




二年後のヒナミ「解 せ ぬ」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。