仮面ライダーハイセ   作:黒兎可

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今回はずっとクロナのターン!(視点的な意味合いで)
そして知らぬは仏なトーカちゃん


#064 吊人

 

 

 

 

 

「終わ、った」

 

 お兄ちゃん(カネキケン)が、そんなことを言いながら机に突っ伏していた。ものすごく疲れたような声に聞こえたのは、たぶん気のせいじゃないと思う。

 病院の帰り、何かの事件っぽいのに巻き込まれた後、二日くらい足の回復に時間をかけて、間を置かずテスト。それまでも何か忙しかったみたいで、その疲れが抜けないまま(勉強も中途半端のまま)テストを受けていたみたいで、「珍しく一夜漬けとかやったよ……」と赫眼でもないのに目を赤くしていた。

 

 そして今日は、間を置かずに「あんていく」で私の指導をしていて……。端的に言って疲れていそうだった。

 一応、午前で私達そろって上がりなんだけど、休憩室で着替える余裕もなさそうだった。頭のカツラもずれているのを直す余力さえ残ってなさそう。なんとなく、そんなお兄ちゃんの頭のカツラを引っ張って、机の上に置いた。

 

 そして、机の上には本が一冊。

 

「……あれ? これって――」

「……? 嗚呼、本だよね。『吊るしビトのマクガフィン』。高槻泉の新作」

 

 試験始まっちゃったからやっと読めたよ、とお兄ちゃんは力なく笑った。

 高槻泉か……。小説家だっていうのは知ってるけど、そんなに詳しくない。

 

「どんな話なの?」

「オムニバス形式のホラー作品だよ。サスペンス色が強いけど、怖がらせることが目的みたいだから」

 

 お……、オムニ?

 

「えっとね、単体で短編として成り立っている作品を、いくつかまとめて一つの作品とするっていうものだよ。例えばこの作品だと、死刑囚が収監されている『監獄マンション』を舞台に、人物たちそれぞれの独白が混じってるっていうような」

「へぇ……?」

「読んでみる? わかると思うけど」

「え、遠慮しておく」

 

 シロと一緒だった頃ならともかく、今は一人じゃ夜トイレに行けなくなるのは恥ずかしい。っていうより、あんなチェーンソー振り回すようなのを見てキープスマイリングできたシロがおかしいんだ。うん。

 

「一応これで9作目なんだけどね、高槻先生。……でも、そっか、高月先生か」

 

 思えば「黒山羊の卵」が切っ掛けだったっけ、と。私にはよくわからないようなことを、遠い目をして呟いた。どこか懐かしんでいるというような感じじゃなく、むしろ嘆いているように見えたのは気のせいじゃないと思う。

 

 そんなお兄ちゃんが見て居られなくて、私はつい、こんなことを言った。

 

「……デートでもする?」

「何で急に!?」

 

 がばっと起き上がり、お兄ちゃんは珍獣でも見るような目でこっちを見た。何だろうその視線は、失敬な。

 

「気分転換でも何でも、出かければ良いと思う」

「気分転換ねぇ」

「じゃあ、わ、私の水着とか選んで?」

「直球だなぁ……」

 

 というかクロナちゃんとの距離感がわからないよ、と、お兄ちゃんは困惑してるようだった。さっきの表情よりは明るくなっているから、私的にはちょっと成功だった。

 でも。

 

「水着は……、トーカちゃんと一緒に買いに行ったっけ、そういえば」

「……」

 

 ガンガン攻めてるじゃん、トーカちゃん。

 やっぱり一年近くのアドバンテージはそう簡単に覆せないか。

 

 ならばと思い次の案を出そうとしたタイミングで、休憩室の扉がノックされた。恐る恐るといった様子で開けた相手は、ヒナミちゃんだった。チェックのワンピースが可愛い。

 

「お兄ちゃん、クロナお姉ちゃん?」

「あ、ヒナミちゃ――」

 

 お兄ちゃんが続ける前に、ヒナミちゃんが「あっ!」と言って本を指差した。

 

「お兄ちゃんも読んだの? つるしビトの……?」

「マクガフィンね。ってことはヒナミちゃんも?」

「うん。なんか、ポストに入ってたって。お姉ちゃん、たぶんアヤトくんだろうって」

「それはまた……。いい加減、完全に帰るっていうのも難しいのかな?」

 

 アヤトくんについて私は全く知らないので、コメントが出来ない。

 

「マクガフィンってなんだろ?」

「お話の動機付けになる小道具のことだよ。えっと……、大泥棒が盗むお宝だったり、スパイが狙う秘密情報とか。この本だと、一番最初の部屋のヒトのやつって言うと分かりやすいかな?」

「へぇ~」

 

 ヒナミちゃん、楽しそうだな。

 

「で、お兄ちゃん。これ」

 

 そしてヒナミちゃんが取り出したチラシを見て、私とお兄ちゃんは顔を合わせた。

 20区のビルの一角で、サイン会があるというお知らせだった。……高槻泉の。どこかの書店の中のチラシといった感じのものだった。

 

「お兄ちゃん、なんかここのところ気が晴れてなさそうだし、一緒に行ってこいってお姉ちゃんが」

 

 そしてお兄ちゃんの状況をこれでもかと把握しているあたり、やっぱりトーカちゃんとのアドバンテージの開きが大きい。実際にお兄ちゃんが、私とのデートはそうでもなさそうなのに、こっちには目を少しだけ輝かせていた。

 

「トーカちゃんは?」

「調べてたから行きたかったんだと思うけど、かきこうしゅう? とか、もし? やるって」

「嗚呼、それは仕方ないな。

 うーん、そっか……。じゃあ、行こうかな」

 

 トーカちゃん、きっとものすごい顔をしての苦渋の決断だったろう。

 

 こう考えると、私はお兄ちゃんについて何も知らないと言って良いのかもしれない。

 おおまかなプロフィールとか簡単な人物像とかは、看護師の田口さんが書いた報告書とか、嘉納から見せられたお兄ちゃんの経歴とかでわかってはいたつもりだったけど。

 

「……私も、着いて行っていい?」

 

 断られるかもしれないと思いながらも、ついそんなことを確認して。

 ヒナミちゃんはそれに「いいよ!」と笑顔で答えた。

 

 こうして出かけるのも、なんだか久しぶりな気がする。人ごみは苦手じゃないけど、そこまで得意という訳じゃない。心細いのは、やっぱり仕方ないけれど……。自分の「眼帯をしていない方の目を」気にしながら、私はお兄ちゃんの後に続く。

 お兄ちゃんの手を「はぐれそうだから」と握るヒナミちゃんがちょっと役得っぽい。

 

「……? ど、どうしたの?」

「……なんとなく」

 

 だから私も、なんとなくヒナミちゃんとは反対側の腕に手を絡めた。

 ヒナミちゃんが少しきょとんとしているけれど、だったら手を繋いだのは無意識にということなんだろうか。いやいや、幼そうに見えてヒナミちゃんも14歳だし、これくらいなら普通かな。

 私的には、なんとなく育ちが育ちなら、魔性の女とかになってたんじゃないかと思う、この子は……。

 

 20区の駅前のビルは、全体的にそれほど高くはない。南口の方に回って百貨店の上の方に上ると、改装中の本屋の隣にあるスペースでサイン会の準備が出来ていた。長蛇の行列だ。ヒナミちゃんが「ほわぁ」みたいな声を上げていた。

 

「みんな同じ本持ってる。ふしぎ……」

「サイン会だからね」

「?」

「本にサインしてもらうの」

 

 私が例の、マクガフィン? の本を開いて、白地のところを指差すと「へぇ~」としきりに何度も頷くヒナミちゃん。

 でも、行列に並んでも中々前に進まない。肝心の高槻泉が来ていないようだ。

 

「遅れてるみたいだね」

「高槻さんってどんなヒト?」

「ん~ ……、インタビュー記事があったけど、綺麗なヒトだよ。作品ファンというより、本人のファンってヒトもいるくらいだから」

「へぇ~」

 

 そしてそうこう話していると、私達の隣を、髪の長い女性が走って行った。ぜいぜい言いながら、髪も全然セットできていないというか。明らかに急いでいるそれは、遅刻ギリギリの校門に走って入るそれに近い。

 そして奥の椅子に座りながら、彼女は手を合わせた。

 

 書店のヒトっぽいスーツ姿の男性たちに謝りながら、彼女は頭を下げた。 

 

 簡単なインタビューみたいなものが終わってから、サイン会が始まった。行列に並んだヒトは、四列でおおよそ四十人くらい。一人ひとりを処理しながらで、私達は後の方なのでまだまだ先だった。

 そして、言動がなんだか珍妙だった

 

「高槻先生の書かれる文章は詩的で、本当繊細で……。なのに読んでて重厚っていうか、とにかく大好きです!」

「いえいえいえ、全然ですがな。冗長なだけだって昔っから担当に言われてますがな~。突然ポエティックになるとか。

 松山さんへ、と……。ほな、まいど~、」

 

「『黒山羊の卵』が特に好きで、何度も何度もそれはもう穴が開くように」

「穴開けちゃだめだよ~、売れなくなっちゃうからねぇ。としても君、今日講義あったんだって? 大学は出といた方が良いぞ、ちゃんと~。私みたいに変な苦労背負い込む必要もないしのぉ」

 

「デビュー作からのファンです! 『拝啓カフカ』からずっとです!」

「あれちょっと実験作というかね~。どうやったら視点誘導が出来るか、みたいな挑戦もあったから、そこら辺を気に入ってくれてるってヒトも多いんよね~」

 

「『詩集/檻の夢』は少し毛色が違ったように思うのですが、あれは一体……?」

「嗚呼、いっそ開き直ってポエム集出そうかって塩……、担当に提案したんだけど、まさかそれが新聞連載で通っちゃってねー。私本来の作風出すと、とてもじゃないけどヤバいじゃん? だから『必要なメッセージ』だけまとめて見ると分かるように調整したのさぁ」

 

「わたくし看守長のオオタのあの残虐性が大好物でしてですね、ハイ。今回もまた一段とトンだヒトが出てきたなぁと、ハイ」

「あーウンウンあいつはヒドイ奴だぁ。若干深夜のテンション入ってからなおのことだったかな? 私もまだまだ書き方にムラあるかんらねぇ~。ちなみに――」

「先生、お時間が――」

「オオタと言うと――」

「せんせぇー? ちょっと、怒られるのボクなんですから……」

 

 それでも時間が押してる中、出来る限りファンにコメントを残しているのはヒトが良いのかプロらしいというべきなのか。写真駄目って言われてるのを無視して、さらっと携帯端末を手に取って写真とってあげたり、ファンサービスもそこそこみたい。

 聞こえてる声だけでも、テキトーにだけどある程度ファンたちに応えていた。

 

 そして、私達が呼ばれる。

  

「お?

 ほほぅ? こりゃまた可愛らしいハーレムですな。軽く犯罪臭がしますぞ?」

「い、いえ、別にそういう訳では……」

「はーれむ?」

「ヒナミちゃんは知らなくて良いよ?」

「あと何人か居る」

「クロナちゃん!?」

「はっはっは、私もあやかりたいものですなぁ」

 

 はははと笑いながら、彼女はペンを手に取った。

 

「お名前、何て入れましょうか?」

「ふぇ? ひ、ヒナミ」

Feghii(フェヒ)、ヒナミ?」

「ひ、ヒナミ! ……です」

「はっはっは、ジョーダンだよん。ヒナミちゃん、と。……おいくつ?」

「じゅ、14です」

「あんらまぁ、こんなに若い読者さん居てお姉さんびっくりだわねぇ。髪飾りめんこいし。

 割とエグいところ多いと思うんだけど、ダイジョブ?」

「だ、だいじょうぶです。お、お母さんが読んでたので……」

「ほぅほぅほぅ、中々どうしてな趣味してまんがなー」

 

 ……口調が滅茶苦茶だった。

 なんだろう、なんとなくだけど何かこう、既視感みたいなものがある。

 

「で、そっちの眼帯兄妹(ブラザーズ)わん?」

「わたし、つきそいだから別に……」

「はっはっは、シャイガールなようですな」

「あー、えっと、一応二人分。カネキケンと、カネキクロナで。字は――」

 

 お兄ちゃんの説明を聞いて、高槻さんはお兄ちゃんの顔をじっと見た。

 

「名前に一貫性がないというのが珍しいような、そうでもないような。

 それにしてもカネキって言うと……、太宰治の出身のと同じ字?」

「あ、はい! そういえばそうですね」

「いいですねぇ! 文章と縁があって。ひょっとして、お兄さん白秋とか読む?」

「あ、はい! 『老いしアイヌの歌』とか好きです」

「いいねぇいいねぇ文学青年よぉ。私お友達とかみぃんな読まなくて嘆いていてさぁ! ねぇ!

 ちなみに今日遅れたの、ちょっと白秋の文庫本に寄稿する解説の締め切りが迫っててねぇ……。寝坊」

「お、お疲れ様です」

 

 ……?

 なんだろう、お兄ちゃんと話している高槻さんの声、トーンが少し高いような、そうでもないような。

 

「いつから読んでくださってますか?」

「あ、はい。『拝啓カフカ』から。『檻の夢』も、掲載時から追ってました。ちなみにですけど、『詩集』の中から『檻の夢』をタイトルにピックアップした理由は?」

「あー、あれは実体験がちょっとあってねぇ。少しプライベートなメッセージなんよぉ」

 

 ……気のせいじゃない、さっきまでと明らかに声の高さが違う。

 そして、明らかにさっきまでより時間を押してる気がする。

 

 話してる途中で、お兄ちゃんは「あ、そういえば」と何かを思いだしたように言った。

 

「そういえばですけど、『吊るしビトのマクガフィン』に出てくるオオタ看守長、『塩とアヘン』に出てくるタニザキ捜査官の叔父ですよね?」

「お? ほぅほぅ、そこに気づくとは、やりますなぁ」

「あれって思って、時系列と家族構成を見直してみたら一致していたので。とすると、オオタ看守長のあれって……」

「そうそう、逆転現象なんですよねぇ」

 

 ヒナミちゃんと私は、そろって楽しそうに会話するお兄ちゃんたちに「?」を浮かべていた。

 

 そして、そろそろ時間も押してると言われて、私達の番も切り上げに入った。

 

「じゃあねん、ヒナミちゃん?」

「にゅっ」

 

 ほっぺをつつかれたりして、ちょっと困惑してるヒナミちゃん。

 ありがとうございました、というお兄ちゃんに「またキテネ!」と楽しそうに高槻さんは手を振った。

 

 ……さり気にサイン本一冊サービスしてもらった形になり、私たちは一人それぞれ一冊ずつ持っているようになった。

 

「なんだか、明るいお姉さんだったね」

「だね」

「……お兄ちゃん、高槻さんのこと、好き?」

「なにその質問……」

 

 困惑したようなお兄ちゃんだったけど、ヒナミちゃんのその質問は、割と本気だったように思う。

 それくらい、話している間の二人は中むつまじいというか、すごく楽しそうと言うか……。一歩間違えると、いちゃいちゃしてる感じに見えなくもない。

 ちなみに後で知る事になるんだけど、お兄ちゃんの好みのタイプは、知的なお姉さん系だったらしい。……なんという。

 まぁこの時は知らなかったから、私の感想はこんな感じだった。

 

「でも、良いヒトそうだった」

「うん。イメージとちょっと違ったけど」

 

 確かに風変わりと言えば風変わりな相手だったように思う。それに、たぶん偶然だと思うけれど……。

 ちらりと自分のサインされた本を開いて見ると。

 

 

 ――サインと一緒に私のデフォルメっぽいキャラクターの絵が描かれていて。その隣に髪の色を反転させた、まるでナシロのようなキャラクターの絵も描かれていた。

 

 

 

 

 




高「お名前は?」
ヒデ「あー、ダチのプレゼント用なんでそっちの名前で。カネキケンです」
高「およ、さっき来てたよ?」
ヒデ「ファ!?」

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