100回目なのに全然そんな感じがしないのは、きっと劇場版のせいでしょう。
※23日少し修正
日も落ちかけた時間帯。目の前で青年を襲う喰種。
彼の悲鳴を聞いて、思わず反射的に僕は変身して、相手を蹴り飛ばした。
重原河川の下流、相対する僕と喰種。
背後で足を抱えた青年は、丁度、今日見た事のあった顔だった。
「だ、誰?」
背後の言葉に答えず、僕は正面に向き直る。
目の前の喰種は、身体に大きな切り傷が二つ。首からはギターとかの弦みたいなものが垂れている。目は赫眼が開きっぱなしになっていて、明らかに憔悴していた。
まるで、何かから逃げようとしているかのように。
「俺は……、やらなきゃいけないんだ……、死ぬわけにはいかないんだ……ッ」
「……ひょっとして川村さん?」
「!? 何で、テメェ――」
当たりか。そして明らかに、その態度がより慌てたものになった。
現状、落ち着いて話が出来る状態じゃない。周囲を見計らって、僕は「あんていく」からの「肉」を取り出し、千切って彼の方に差し出した。
「毒とかは入ってないですから」
「……あ、あ?」
「とりあえず、話しましょう。今の状態だと、それどころじゃなさそうだし」
しばらく警戒しているようだったので、千切った肉の一部を更に千切り、僕は一口。
それを見て多少安心したのか、彼はしぶしぶといった風に、肉を受け取った。
川村さんが食べている間に、背後の彼に向き直り、手を差し伸べた。
「か……、仮面ライダー?」
「……まぁ、一応はそのつもりだけど」
「つもり?」
「うん。初代とか、そういう訳でもないし」
僕の手を取りながら、今日病院で会った髪で目元まで隠れた彼は、困惑した様子だった。
「どうしたの?」
「……ぼ、僕、聞きたい事があって――」
そして話そうとしている最中、背後で巨大な振動音が響く。
振り返れば川村さんの腕が、宙を舞った。
ひぃ、という青年の声が聞こえる。僕はその腕を捕まえ、川村さんに一撃与えた相手に向けて、走った。
『――甲・赫!』
「フン」
川村さんの腕を切断した相手もまた喰種だった。スーツにサングラス。赤いワイシャツに眉間に寄った皺が攻撃的な印象を与える。
腕に纏った赫子の手甲を、その喰種は案外、易々と受けた。
「……ッ」
「ほぅ? クインケドライバーか。……ということは、グリーンクラウンには慣れてるのか」
そんなことを言いながら、彼は赫子を僕に向ける。両手をあわせて盾のようにし、その攻撃を防いだ。赫子の連続攻撃が止んだ瞬間、ドライバーを操作して鱗赫に合わせ、”手”で一撃。
それを、驚いたことに「踏みつけて」交し、相手は距離を取った。
「くそ……ッ」
腕を押さえる彼に、切り飛ばされた腕を投げて、僕は眼前を睨む。
「……貴方は?」
「覚える必要はない。
その様子なら……、成果は期待できないようだな、川村」
「キュウ、さん……」
「まぁ良い。はじめから期待はしていなかった。使えないなら殺してやるつもりだったが……」
サングラスを少しずらして、目の前の喰種はこちらを嗤った。
「 ……なんだ。お前は、
「! な、なんでその名前を――」
驚かされる僕に、しかし「まぁ良い」と相手は肩をすくめた。
「アオギリもロクに使えんと判った。我らの目的は、どうやらまだ達成に時間がかかるようだ。
気分は最悪だったが……、面白いものと出会えた。川村、お前は見逃してやろう。
覚えておけ、アラタの後釜。我ら”
「楽園?」
「――我々の手で、人類を支配するとうところか」
にやりと笑い、サングラスの喰種は両手を広げた。
「もう誰も、人間達の手で傷つけられることもない。
もう誰も、人間達に隠れてこそこそ暮らす必要もない。
これからは――俺達の手で、人間たちを飼いならす。『番人』など目もくれず」
「……貴方の言ってる事は、よくわかりません。でも」
くつくつと嗤う彼を、僕は、目一杯睨み付ける。
「その楽園は、人間の居場所がないんでしょう」
「だったら?」
「それは……、悲劇だ。歪んだままだ。
僕は――」
一歩足を引き、手を構えて、そして改めて宣言する。
「――人間と喰種の、自由と共存のために戦っています。……そのために戦いたいと、思っています」
あんていくを。トーカちゃんを。ヒデを。そして僕自身を。
今ある全てを守りたいから、だから僕はベルトを手に取って、変身している。
今思えば、アオギリと戦ったのも。あの時、暴走したリオくんと戦ったのも。それらをまとめれば、そこに集約されるだろう。
「だから、貴方の言ってることを認めるわけにはいかない」
「……言うだけなら、誰だって出来るが?」
言いながら、キュウと呼ばれた喰種は赫子を集め始めた。一見して鱗赫のようだったけど、あれは、羽赫……? ひょっとしたら、複合なのかもしれない。
あの赤い装置のことが脳裏を過ぎったものの、あれは今、あんていくの中にある。……前にリオくんが使っていた、あの場所に置いてある。今この状況では使えない。
止む無く、ドライバーのレバーを二度操作した。
『――鱗・赫ゥ!
爆発寸前の状態を維持しながら、相手の動きを伺う。
サングラスを外して、目の前の喰種は不敵な笑みを浮かべた。
「――FIRE」
「ッ、はああああッ!」
放たれた球状の赫子を、空中で回し蹴りをするように僕は蹴り飛ばした。
右足のブレイクバーストの慣れた痛み以上に、がりがりと、骨まで削られるような、そんな感覚が走る。
それをしてなお、無理やり僕は、相手の方に蹴り飛ばした。
キュウは、自分の別な赫子を使ってそれを受け止める。……受け止めると同時に、赫子もまた抉り取られ、爆発した。まるでブレイクバーストのそれと、同じ様なものに見えた。
「……なるほど。お前、名前は?」
「……ハイセ」
「ハイセか。覚えておこう」
それだけ言うと、キュウはサングラスを掛け直し、こちらに背を向けて去って行った。
追おうと足を動かせば、右足のバランスがとれずにその場で崩れる。見れば本当に、骨が露出する程に表面の赫子と肉とが抉り取られていた。
痛みは我慢できない程じゃない。
でも、相手を追いかけてなお戦えるという状態でもない。
潜在的な敵を残したままの状態を良しとするか否とするか。むしろ問題は、そういうところに決着する。
「……痛し痒しだな」
「……あ、あの、大丈夫、ですか……?」
足を抱える僕に、病院で見た少年が、心配そうに声をかけてきた。
一応は、と答えながら周囲を見れば、川村さんの姿は既にない。キュウに見逃してやる、と言われた時点で、ひょっとしたら逃げてしまったのかもしれない。
再度ベルトのレバーを落とし、表面上だけでも右足を修復して、僕は立ち上がった。
最近物騒だから気を付けて、と言って立ち去ろうとすると、何故か呼び止められた。
「? どうしたの?」
「……僕は、貴方に聞きたい事があったんです。
でも、それはもういい。一つだけ聞かせてください」
――人間と喰種の、自由と共存のために戦うと言った。
――それが本気なら、貴方は、一体何なんですか?
その言葉に、僕は少しだけ笑いながら答えた。
「人間で、喰種で、仮面ライダーだよ」
「……はい?」
「うん。分からないとは思う。それで正解だよ。
だけど、言葉は本気だから。僕は、人間と、喰種の間に居るから」
「……人間も、喰種も?」
うん、と頷きながら、僕の脳裏にはトーカちゃんのふてくされたような表情と、胸を張って笑うヒデの顔が浮かんだ。
「どっちも好きだから。どっちも捨て去りたくはないから、かな?」
「……好き、だから?」
「うん」
僕の言葉に、彼は、何か意外なものを見たような目をした。
「僕は……」
「……何か悩みがあるのかもしれないけれど。だったらせめて、自分に後腐れがないような方が良いんじゃないかな」
「……ありがとうございました」
礼を言った彼の表情は、決して晴れ晴れとしたものではなかったけれど。
でも、それでも何かを掴んだような、そんな顔だった。
※
本来ならば資料整理と報告書をまとめなければならないのだが、今日はようやくアポイントメントをとることに成功した。アキラと雨止に後を任せて、俺は今、1区に居た。
表向きの理由は、先日、海外勢力の一派と思われる喰種に襲われたことについて、何か心当たりがないかという確認だ。無論1区の方でもとっているだろうが、こちら側で目撃情報があった以上、別途に調査をしても構わないと篠原さんから許可は頂いた。
本部の1階、俺の姿を見とめると、安浦特等は丁寧に頭を下げた。
「待っていました、亜門上等。立ち話も難ですし……、あ、でも会議室はとってないし――」
意外なことに、特等は案外行き当たりばったりなことを言い出した。結局、近場の喫茶店に入る事になった。
「では、改めて。亜門鋼太朗、上等捜査官です。これからいくつか確認を――」
「あ、その前に。先日は三ちゃんがどうも、お世話になりました」
「……あ、はい」
特等は、突如マイペースに話題を切り変えた。少しご機嫌そうに、彼女はくすくす笑う。
「なんだかこの間帰ってきてから、ちゃんと病院に入院するって言ってね? 『しっかりやりたい事を見据えたい』って、なんだか張り切った感じになっちゃって。
後、なんだか釣りの本を買い始めて」
「釣りですか?」
「ええ。小学校以来かしら、あの子がそういうのに興味持つの。
思えば三ちゃんが勉強できるようになったのって、釣りを止めてからだったし……、って、あら? ひょっとして三ちゃんの成績がピンチ?」
あらいやだどうしよう、と頭を軽く押さえる彼女に、むしろこっちの方が頭を押さえた。
「……ま、まぁそれはともかく、確認作業に戻させて頂けると――」
「別に構わないけど、亜門上等。貴方が聞きたいのは、そこではないでしょう?」
「……」
見透かされていると言うべきか。押し黙った俺に、彼女はくすくすと笑った。
「貴方が”彼”とどんな因縁があるのか、私は知らないけれど。でもまぁ、不思議なものよねぇ」
「……では、手短に。調書は調書で後でとりますが、その前に確認だけ。
特等は、仮面ライダーとどういった関係で?」
安浦特等は、どこか遠い目をして話し始めた。
「二十年くらい前だったかしら……? 私もまだアラサーで、びっちゃ……、真戸ちゃんと競ってたりした頃だから。
あの頃に、ものすごく強くて、ものすごくビリビリしてる感じの喰種の子が居てね。その子をコクリアに送る途中で、彼は来たの」
「……?」
「彼は――仮面ライダーは、喰種よ」
――また皮肉な状況のようだなぁ。
――お前の記憶の奥底にあるものを、お前自身が滅多刺しにしているということに。
不意に、俺の脳裏であの男の言葉が再生された。
「バイクに乗って、首にマフラーを巻いて、ライダースーツを来て。言動はちょっとなよっとしてたけど、でもがーっと襲い掛かって、その子だけ奪い取って、そのままどっかに行っちゃったわ?」
「……それが、仮面ライダー?」
「それ以前から、たまに噂にはあったのよ。そんな格好をしたのが喰種と戦ってるーとか。捜査官との戦闘の報告もあったけど、それまで赫子らしい赫子を出してなかったから、本当に喰種だったのか怪しかったんだけど。
もっとも、上に申告しても眉唾扱いされたんだけど」
特等の言葉の一つ一つが、俺の中で組み合わさっていく。
それと同時に今まで俺の見知ったことが――納得できなかったことが、否応にでも納得させられた。
「言ってたのよ。変なコトを。
――『人間と喰種の、自由と共存をさせるために戦う』とか」
嗚呼そうか。喰種が付けていたドライバー。梟やハイセが付けていたあのベルトが、喰種を拘束するための道具であって、喰種しか付けることが出来ないものであったこと。記憶の中の仮面ライダーが、そのベルトを付けていたこと。
無関係だろうに、ハイセが何故「仮面ライダー」を名乗っていた理由も、おぼろげながら察しがついた。
だとすれば。
だとするのなら、俺は――。
聴取が終わり、1区から帰還する最中。
レッドエッジドライバーとアラタG3をちらりと見て。それでも、結局このもやもやは晴れなかった。
※
「あ、あはは……、ごめんトーカちゃん」
「気にすんなって。というより早くちゃんと食えって。テストあんのに学校行けないんじゃ、話なんねーだろ」
あんていくの休憩室で、
いや、いちゃついてる訳じゃない。この間病院から私が帰ってきた後、お兄ちゃんが右足に傷を負った時。私がなにかするよりも早くトーカちゃんが動いて、お兄ちゃんの頭にチョップを入れたのはびっくりしたけど。すぐさま手当てを始めたのを見て、少し愕然とした。
また変な無茶をしたお兄ちゃんを怒りながら、それでもきちんと手当てをしてるトーカちゃんが、なんだかまるで自分とは別な生き物を見ているような、そんな感覚に陥った。
注文を取りながらも、お兄ちゃんがぐらりと来たタイミングで、ここぞというところでトーカちゃんがサポートに回っているのが、なんだかものすごいものを見ているような気分になった。
お兄ちゃんは、前に言った。自分で胸を張れる、そういう生き方を見つけた方が楽しいと。
トーカちゃんは、きっとそれがお兄ちゃんなんだろう。いやお兄ちゃんだけじゃないかもしれない。ヒナミちゃんから前に聞いた、アヤトくんとか。
つまりトーカちゃんにとっては、家族とか仲間とか、そういう相手を大事にしたいと。そうすることに胸を張っているんだろう。
お兄ちゃんも、きっとそこから大きくはずれていないと思う。誰かに愛されたいと言ってはいたけど、でも愛されるために、最終的に行きつく先は、愛してくれる人達を守るというところだろうから。
私は……だったら、私はどうなんだろう。
ナシロは言った。もう再生できないからと。死ぬのなら、せめて私と一緒に連れて行ってくれと。――私の「一部にしてくれ」と。
そんな言葉、お姉ちゃんは言わせたくなかった。言って欲しくなかった。でも、それでも私を一人にしたくないと。
『クロナ――キープスマイリン、グ……』
今際の言葉がそれで良かったのかと思わないでもないけれど、それでもナシロは、最後には笑ってた。
それは、きっと私達が望んだ生き方で。そしてナシロが居なくなってしまって、私はどうしたら良いか、わからなくなってしまって。
「ナシロと一緒に居る」今だって、もう、自分がわからなくって。
だからお兄ちゃんに頼った。……誰からも愛されているようなお兄ちゃんなら、そばに行けば何かわかる気がして。
そして思い知った。自分たちが捨てたものの大きさを。パパに、嘉納に、例え仮初でも家族の愛を求めた結果、失ったものの大きさを。人間として生きる、当たり前のような生き方というものを。
だから、それを思い知ったからなお、お兄ちゃんには感謝と、ちょっとの恨みがある。自覚したくなかったことを自覚させられた恨みと、それでも自覚したそれが、思ったよりも楽しかったということと。
でもそれだって、結局私が勝手にお兄ちゃんを頼ったから得たものであって……。
……でも、それでも。
からかうように思ってたことだったけど。でも、もうそういう感じじゃなくなってきていた。
最初にお兄ちゃんに助けられて、それでちょっとだけいいかなーって思って。嘉納から彼の身の上を聞いて、なんとなく共感できるところがあって。
セクハラっぽいことされたのにはびっくりしたけど、でも不思議と嫌悪感はなくって。だから逆にシロと一緒にセクハラ返したりもしたけれど。
でも、そういうことじゃないんだ。
嗚呼、なんだろう―ー――。
私は、姉として、ナシロを救えなかった私は。
せめて、妹として、カネキさんを助けたい。
お兄ちゃんのために、命を燃やしたい。
エト『さーって、準備準備・・・』