#001 喜劇
食物連鎖の頂点とされるヒトの天敵がいる。ヒトを食料として狩る存在が居る。
屍肉を漁るバケモノたちは、それにちなんでこう呼ばれる。
「おっかねーなー。アクアビルディングって結構近いぞ」
ヒデはそう言って肩をすくめる。テレビのニュース映像を見て、喰種が出たといわれているそれを見て。
「カネキなんかあっという間に喰われるだろーな。もやしだし、よくわからん本ばっか読んでるし」
「よくわからんとは何だ……。ヒデはもっと字を読むべきだ」
「五秒ももたねー」
思わず反論する僕に、ヒデは脱力するようにテーブルに上半身を乗せた。
「……本当にいるのかな、喰種って」
テレビで事件を色々と批評する小説家をみながら、僕は珈琲を飲む。「いるだろ普通に。CCGとか対策組織あるし」と言うヒデは、やっぱりどこか脱力したものだった。生憎と僕は見たことがないからイマイチ信じられないけど、こういった話には詳しいヒデだ。店内を見回して、僕も多少、夜道とかに気を付けようと思った。
「つーかカネキ、それはおいといて。例の可愛い子ってどれ? あ、もしかしてあのバイトの子?」
「いや、そうじゃなくて。僕が言ってるのはお店にくる人だから」
確かにバイトの子は可愛い。片目を隠すような感じのショートカット。なんとなく高校生くらいに見える。
ヒデが大声で彼女を呼び、珈琲の追加を頼む。それに合わせて名前を聞いて、両手をつかみ「恋人はいるんですか!」とか言っていたので、思わず引っ張った。
「ヒデェ、止めろよお前! すみません、こいつ」
「い、い、いえ……。あの、霧嶋トーカです」
それだけ言うと、彼女は走り去ってしまった。少し赤くなったりしていたけど、でもアレはたぶん引いていたろう。
よく利用する喫茶店なんだから、あんまりナンパすんなよーと一応言っておく。
そうこうしてるうちに、いつの間にか夕方。今日は彼女、来ないらしい。肩を落していると、一緒に帰路についていたヒデが「ドンマイ!」とすごく良い笑顔を向けた。ちょっと殴りたかった。
ヒデとわかれた後。なんとなく図書館の周りを歩いていると、驚いた。メガネをかけた彼女が居た。
両手に本をかかえて歩いていた。よろよろとしていて、ちょっと足取りが心配だ。
「きゃっ!」
「うわっ」
案の定、転びかけて手に持っていた本が飛ぶ。こちらの方にも飛んできたので、僕も拾うのを手伝う。
「あ、高槻泉の本……」
僕が彼女に惹かれた理由に、これがある。容姿もすごく可愛いんだけど、僕が敬愛してやまない。中でも僕が拾ったこれは、偶然にも現在僕が読みすすめている「黒山羊の卵」! 殺人鬼の母親を嫌悪しながらも次第に自分もその衝動が芽生えて行く事に気付いていく、残酷表現と心理描写が絡み合う作品だ。
「すみません…… 拾ってもらっちゃって」
「あ、いえ……。あ、あの」
「はい?」
せっかくだ。僕は勇気を出して、言葉を続けた。
「高槻泉、好きなんですか?」
彼女はにこりと笑った。「ええ。特にミステリーが好きで」
「ぼ、僕もです!」
この後、気が付いたらファーストフード店でなんだかんだ話しこんで、結局夜になってしまった。
「読書の趣向も似てますし、年齢も同じだし……、なんだか共通点が多いですね。使ってる喫茶店も同じだし」
天使みたいに微笑む彼女、神代リゼさんはすごく綺麗だった。話せば話すほど、どんどん僕は彼女に惹かれて行くのを感じた。
後日いっしょに遊びに行く約束をして、僕はら別れた。すごくいいことがあった。感動した。思わずヒデに連絡をとったら「本屋デートのどこら辺が楽しいかわかんねーけど、ま楽しんでこいよな!」と太鼓判を押された
その日の深夜。なんとなく空腹感を覚えてコンビに行く。
肉まんを買っていると、背後から声をかけられた。
「あれ、霧嶋さん?」
「こんばんわ。奇遇ですね?」
喫茶店「あんていく」のバイトの子だ。思った通り高校生だったようで、制服姿だった。
店を出た後、思わず注意をした。
「駄目だよ? 高校生がこんな時間に外にいちゃ」
「へ? あ、ごめんなさい……。ちょっと友達と話しこんじゃって……」
彼女、霧嶋さんは言う。どうやら仲の良い友人の家で勉強をしていたら、気が付くとこの時間帯だったようだ。
「危ないな……。補導されちゃうよ? 泊まったりはできかった?」
「あんまり迷惑かけたくなかったですし……」
「ご両親は?」
「……まあ、一人で頑張ってます」
なんとなく、しっかりしてる子だなぁと思った。と唐突にヒデとの喰種の話を思い出して、僕は言う。
「んー、もし気にならなければだけど、途中まで送ろうか?」
「へ?」
「あー……! あ、いや、でも何かされそうとか、そう言う風に思うなら別にいいんだ。ちょっと、最近何かと物騒だし、ほら、”喰種”とか」
思いもよらなかった、みたいな顔をされて少し傷つく。まあ彼女のその感情は正しいから、単なるおせっかいで言ってるだけなんだけど、それで送り狼を疑われたら本末転倒だ。彼女からしたら見知らぬ男なわけだし、この反応も当たり前といえば当たり前か。
しばらく悩むと、霧嶋さんはにっこり笑って言った。
「……そうですね。カネキさん、でしたよね?」
「へ?」
「あれだけ大声で話してたら、嫌でも聞こえますって。バイトとしちゃ色々駄目なんでしょうけど、でも、カネキさん真面目そーだし。じゃあお願いします」
にこりと笑う彼女は、リゼさんに負けないくらいそれはそれは可愛かった。
なんとなく気恥ずかしくなったけど、彼女は気にせず僕のとなりにならんだ。
その後、特に会話もなく歩く。どうせなので肉まんを二つにして「食べる?」と言うと「ダイエット中なので」と遠慮された。見た目かなり痩せてるようにみえるのに、女の子は色々と複雑なんだろう。
「あ、ここまででいいです」
「そう? なら気を付けてね」
「はい。送ってくれてありがとうございました。今度珈琲サービスしときますね!」
とあるマンションの近くで、僕は彼女と別れた。てっきりここの近くなのかな、と思ってたらまっすぐマンションに走って行ってた。ちょっと無用心すぎないだろうか、これは。
そう思いながら手を振る霧嶋さんに返していると、背後からまたもや声をかけられた。
「見ましたよ~カネキさん!」
「り、リゼさん!?」
突如背後から僕を抱きしめてきたのは、神代リゼさんだった。案外着やせするのか、背中が色々と幸せな事になっていたけど、それはともかく。
「コンビニ出たあたりで女子高生と一緒にいたので何かなーって思ってたんですけど……、なんだか本当にいい人ですよね、カネキさんは」
頭の中が色々とショートするのを感じる。高槻作品を読んで恍惚としている時以上の嬉しさとか、気恥ずかしさとかがこみ上げてきて、顔が暑い。
そんな僕を見ながら、リゼさんは「ふふっ」と微笑んだ。
「で、一つ頼みがあるんですけど……」
「はい?」
「私も送ってもらえませんか? カネキさんの後をつけてたら、時間がその……」
「あー! はい、もちろんですとも! あ、いやすみません」
思わずテンションが上がって彼女の手をとってしまったけど、リゼさんは気にすることなくふふっと微笑んだ。
なんとなく気恥ずかしくなった僕は、手元のビニール袋に目を向けた。
「……あ、そういえばリゼさん、肉まん食べます?」
「ダイエット中なので、遠慮します」
やっぱり女の子はよくわからない。
※
「あ、店長? 私です。……はい、もう家ですけど。あの、さっき見かけたので。……はい、一般人が一緒でした。もしかすると……、はい、わかりました。お願いします」
※
リゼさんは、どうやら喰種の事件が起こったあたりに住んでたらしい。そのことでなおのこと、一人で帰るのが怖いといっていた。
僕はといえばそんな彼女の気を紛らわせるために、色々とヒデとか僕とかの話をしていた。昔の話だったり、雑談だったり。あとは高槻泉の話とか。
「でも不思議ですね。高槻さんの本がきっかけで、こうしてカネキさんと一緒にいるって……」
「へ? ……! あ、あの、リゼさん!?」
唐突に僕にだきついてくるリゼさん。人生経験の浅い身としては、どうしていいかわからない。
いや、でも、何か色々と唐突というか急展開すぎませんか!? これはアレ? 霧嶋さんを送ったから神様とかが与えてくれたラッキー?
混乱しながらそんなことを考えて居ると、リゼさんが僕の耳下でささやく。
「実はですね。気付いてたんですよ? 私、
彼女の言葉が耳をくすぐるたび、心臓の音がどんどん大きくなる。
「私も実は――」
その香りと、くすぐる心地よさに身をまかせようとして――。
「あ な た を み て た の よ?」
次の瞬間、首筋に激痛が走った。ぐちゅり、という音が僕の耳を打つ。
思わず彼女を突き飛ばすと、リゼさんがものすごく恍惚とした表情で、何か赤いものを咀嚼していた。痛みの正体は、たぶんそれだろう。わけがわからなかった。
リゼさんの目は、黒く、そして赤く光っていた。
「嗚呼おいしい……。カネキさん、その表情素敵ですよ? ふふ、ゾクゾクしちゃう。思わなかったでしょ。まさか私が――喰種だなんて」
腰をぬかしかけている僕に、リゼさんは微笑む。背中から触手のようなものを出しながら。そして彼女のこめかみのあたりからは――その触手のようなものに似た、山羊の角のようなものが生えていた。
「ゾクゾクさせてぇ?」
思わず叫び、僕は走った。
何だ、あれ。何あれ、なにあれッ…… 彼女は何ていった?
転ぶ。足をとられた。どうやらリゼさんの背中、腰のあたりから生えた触手につかまれたようだった。
「
――今日の収穫は、どっちが美味しいかしらぁ」
僕は馬鹿だった。喰種であるリゼさんに踊らされていたらしい。今日たまたまタイミングが良かったから襲われたものだが、たぶん本当は後日予定してたデートで襲うつもりだったのだろう。
このままじゃ死ぬ。そう思ってむりやり立ち上がって逃げようとすると――鈍痛が腹を焼いた。
「ふふ? 私、貴方みたいなヒト大好きですよぉ?」
リゼさんの足音が、死神の足音が僕に近づいてくる。
そんな時だった。
「とうっ!」
救いの主が現れた。
姿はよくわからない。タキシードみたいな格好をした長身のシルエット。声は壮年のようだ。
リゼさんに飛び蹴りをかまし、僕らの間に立つそのヒト。彼女は彼を見て、舌打ちをした。
「ちっ、どうして貴方が――」
「リゼくん。君は少々、やりすぎだ。言わなかったかい? 我々の理念を」
その腰に、リゼさんの背中から生えているような触手で構成されたベルトのようなものが現れる。
「――変身」
そう言った瞬間、彼の全身は一変した。全身をズタボロのフードのようなものに覆われ、体格が一回り大きくなり。顔面には、どこかフクロウを思わせるような隻眼の仮面が。
「仮面ライダー……」
リゼさんは、心底いやそうな声を出した。
リゼさんが舌打ちをし、触手を彼に向けた。しかし、ライダーと呼ばれた彼の両腕には、剣のように変質した触手がからんでおり、一振りでリゼさんのそれらを切り飛ばした。
接近するライダー。肉弾戦に切り替えられると、リゼさんは不利なようだった。それでも地面にヒビを入れるライダーの蹴りを受けて平然としているあたり、やっぱり彼女は喰種なんだろう。
『――ライダーパンチ』
触手が五つまとまって拳のようになり、ライダーはそれでリゼさんを殴り飛ばした。吹き飛ぶ彼女のメガネは割れ、角は片方折れていた。
『まだ続けるかな? それとも20区を去るか』
「どっちも御免よ? だって、もっと――ゾクゾクしたいじゃないっ。せっかく
そう言った瞬間、彼女はライダーへ向かって走った。単なる突進というわけでもないのだろうけど、でも、ライダーはそれをかわさない。どうやら背後にいる僕をかばってくれていたようだ。
でも、それが仇になった。彼女はライダーを通過して触手を伸ばし、僕の背後、工事現場の壁につきさした。
次の瞬間、ライダーも反応できない速度で、僕の上にリゼさんが居た。
「ひ、ひいッ!」
「さあ、ちょっとだけ、いただきまぁす――」
ところが、だ。リゼさんがそう言った瞬間――上から、鉄骨が降ってきた。
たぶん事故か何かだろう。あるいは偶然か。
「なんでッ……、あなた、がっ……」
そう言いながら、リゼさんはたぶん死んだ。そして彼女の返り血が跳ねると、僕の意識も遠くなっていく――。
最後の瞬間、どこか優しげな仮面ライダーの、フクロウのような仮面が僕を見ていたような気がした。
※
金木研は小説の主人公でも何でもない。どこにでもいそうな、読書好きの大学生だ。
――ご家族の方とも連絡がつきません!
――このまま見殺しにはできん、他に方法はない! 私がすべての責任をとる!
だけれど、もし仮に僕を主人公に小説を書くのだとすれば。
――彼女の臓器を、彼に!
それは――それはきっと。
――脈拍安定……、成功だ!
ただの”
※ピエロフラグじゃありません