キャスター討伐後。
タマモはセイバーもランサーもそっちのけで気を失った子ども達を介抱していた。
その様子は隙だらけで、取ろうと思えば何時でも取れそうな程に警戒心がなかった。
(ここで奴を討つことが出来れば、我が主への忠義を果たす事は出来る…………だが)
ランサーは葛藤していた。
正面から闘えば負けるのは自明の理。
ともすれば、このように自らに背後を見せ、隙だらけのその時に必殺の一撃を持って、命を刈り取るほかない。
何より、此度の聖杯戦争における最大の障害をここで討ち取ることができるのであれば、不仲であるケイネスにも忠義を示すことができ、信頼を得ることは出来る。
だが、それをランサーの騎士としての誇りが許さない。
敵を討ち取るならば、正面から堂々と。
主君が望み、命令をしたのであれば、その限りではないものの、自らの意思で背を向けている敵を討つということはランサーには出来なかった。
そしてそれはセイバーにも当てはまる。
確かにセイバーは聖杯を望み、此度の聖杯戦争に参戦した。
マスターである切嗣は手段を選ばず、常に結果だけを求め、非人道的な行為に手を染めているが、自らの主である以上、それを諌める事など出来はしない。ましてや、騎士道を謳う自らもまた過去自らの統べる国を救う為に少数の人々を犠牲にした事もある。
真の目的のために手段を選ばなかったのは自身もまた同じだった。
だがそれでも、騎士としての誇りを捨てる事は出来ない。
あれは王としての選択だった。騎士としての選択ではない。
その葛藤がセイバーの意志を鈍らせていた。
そしてその二人の騎士道精神を知っているタマモはわかっていて、背中を向けていた。
近くには子どももいて、戦意もなく背を向けている相手に対して、二人が手出ししてこないのは倉庫街での二人の言動からわかっていたことだ。
(まぁ、ぶっちゃけ襲われても対処できますけど)
相手から仕掛けてきた以上、子どもが犠牲になろうとも雁夜はそれを責めないだろう。今回の自身の目的は子ども達を救済する事だが、十数人の子どもを背負ってサーヴァント二体を相手にするのはタマモでも些か以上に厳しいものがある。
三人の間を微妙な空気が流れていたその時、ランサーがハッとしてアインツベルン城のある方角を向いた。
「ランサー?」
「……我が主が危機に瀕している」
「……行くがいい、ランサー。貴方も私も、その様な決着は望んでいない」
「感謝する。セイバー……ッ⁉︎」
ランサーがアインツベルン城へ向かおうとしたその時、その前にタマモが立ち塞がった。
「良い感じに話をつけるのは良いんですけど、私は許しませんよ?ご主人様の所へ行かせるなんて」
「クッ……!」
「第一、あなた方の目的は私の足止めですよね?わざわざ分かった上でいてあげてるんですから、大人しくしていましょうよ。それでも行きたいと言うのならご自由に。もっとも、私とあなた方、何方が早くマスターのいる場所へ辿り着けるか、結果は見えてますけどね」
セイバーの敏捷値は『A』。ランサーの敏捷値は『A+』に対して、タマモの敏捷値は『EX』。
同じ地点から同じ場所を目指すにはあまりにも結果は目に見えていた。
セイバーのように風王結界を駆使した加速を用いたとしても、タマモと競争するにしては無謀であり、ランサーは十中八九振り切られる。
ならばランサーがケイネスの元に向かうまでセイバーが足止めを出来るかと言われればノーだ。
一度距離を置かれれば結果は変わらない。
ましてや、片腕を負傷している以上、ランサーがケイネスの元に到着した頃にはセイバーが討ち取られている可能性すらある。それでは意味がないのだ。
令呪での強制転移ならばその限りではないものの、ケイネスは今意識のない状態であり、彼等の知らぬところではあるが、文字通り停められているため、令呪による呼び出しも出来なくなっていた。
「安心してください。ご主人様はマスターを殺すつもりなんて露ほどもありませんよ。そりゃあ、命の危険があるなら殺しちゃうとは思いますけど、ご主人様を殺せるような人間がこの聖杯戦争に参加してるとは思いませんし、多分捕まってるだけだと思いますよ?」
「ッ⁉︎それは我が主に対する侮辱だと捉えるぞ、獣のサーヴァント」
「侮辱じゃありません、事実ですよ。私のマスターと貴方のマスター。闘う前から結果なんて見えています。それは私とあなた方のステータスの差を考えればわかるでしょう?マスターが優秀な程に、召喚された英霊は生前のステータスに近づく。私の場合はどれ程優秀な魔術師が召喚しようとも、例外なく、最低のステータスで現界するはずだった。なのに、このステータスです。私のご主人様はそこらの魔術師とは住む世界が違うんですよ」
(それ程までに優秀な魔術師なのか。このサーヴァントのマスターは)
タマモの言葉にセイバーは歯噛みする。
ここに来る前、マスターである切嗣は自身がタマモのマスターである雁夜の相手をするから、セイバーにはタマモの足止めを頼むと命を受けた。
この聖杯戦争が始まって初めての会話であったが、その命がタマモの言葉によって、明らかな愚行であることを悟らされた。
切嗣は優秀だ。戦争を勝つ為の準備を怠らず、何より手段を選ばない以上、騎士として許せない行いこそあれ、聖杯に近いというのは感じていた。
だが、そこまでともなれば、切嗣といえど雁夜を倒せる保証はないどころか、ケイネス同様に捕らえられてしまう可能性も大いにあった。
何としてもマスターの所に向かい、この場から一刻も早く立ち去らねば。
セイバーが剣を握る手に力を込めたのを見たタマモが口元を歪める。
「やりますか?構いませんよ、私は。ご主人様はマスターを殺す事は快く思っていませんが、サーヴァントを殺すのは肯定的です。だって、聖杯戦争ですからね。そうやって割り切っているところも大好きです」
拳を握りしめ、セイバーとランサーと対峙するタマモ。
一触即発の空気が流れ、今まさに闘いが始まろうとしていた時。
タマモの後方、アインツベルン城のある方角で爆発が起きた。
side out
「よっこらせっと」
無力化したケイネスを担ぎ上げた雁夜はここからどうしたものかと考えていた。
ケイネスを打倒したまでは良いものの、気を失った程度では契約は切れない。
かといって、右腕のみを消し飛ばすというのもなかなかに難しい作業であり、ねじ切ることはできるが、それは雁夜自身が嫌なのでつまるところ、持て余していた。
この場で放置してしまえば、切嗣を追うことに専念出来るが、ここを再度切嗣が通った時、彼はケイネスを見逃す事はないだろう。蜂の巣にされて終わりだ。
(つっても、ケイネス担いだままってのは辛いな)
悩みに悩んだ末、雁夜はケイネスに対して、自身と同じように補助魔法をかけてその場に放置。
切嗣追跡の為にアインツベルン城内を奔走する。
(弱ったな。ケイネスの相手をするので一分間見逃した。闇討ちされると辛いものがあるし、何より不意打ちでゼロ距離からコンテンダー喰らったら流石に頭が吹き飛ぶぞ………まぁブリンクかけてるから関係ないか)
雁夜が走り回るたび、城内に仕掛けられたトラップが発動し、轟音に揺れるが、雁夜自身は全くの無傷。この光景を見れば、誰しもが雁夜を人間とは思わないだろう。
(何回もブリンクかけてるせいで三分の一も使っちまったな。半分切らなかったのは、やっぱりタマモが本気出してないからだよな)
そんなことを思いながら、雁夜が曲がり角を曲がると、通路の数メートル先、探し求めていた人物は身を隠すこともせず、佇んでいた。
(何か企んでるのか?こいつに限って、自暴自棄になったとは考えにくいし……)
そう考え、足を止める雁夜に対し、切嗣は左手に握りしめたキャリコを雁夜へと向け、引き金を引く。
案の定、キャリコの弾丸は雁夜に直撃すると音を立てて弾かれるが、それは先程確認済みであり、分かりきっている結果であった。
その間、雁夜がこちらの動きを見えないこともだ。
キャリコの弾丸をばら撒きながら、切嗣は懐から自身の切り札ーートンプソン・コンテンダーを取り出す。
彼の切り札であり、一般の魔術師とは大きく異なる魔術礼装であるコンテンダーはその破壊力もさることながら、本命はその弾丸にある。
『起源弾』と呼ばれる弾丸は切嗣自身の第十二肋骨をすり潰して造られた魔弾だ。
切嗣自身の起源。『切断』と『結合』を相手に発現させる代物だ。
この弾丸で穿たれた傷は即座に「結合」され、血が出ることもなくまるで古傷のように変化する。ただ、「結合」であって「修復」ではないため、「結合」されたところの元の機能は失われてしまう。
この弾丸は相手が魔術を行使した時にこそ、真価を発揮し、弾丸の効果は魔術回路にも及ぶ。
魔術回路はズタズタにされ、魔術師としての機能を完全に失うことになる。
トンプソン・コンテンダーの引き金が引かれようとした時、雁夜が動いた。
「闇に生まれし精霊の吐息の、凍てつく風の刃に散れ!
「ッ⁉︎」
引き金を引く直前、頭上に現れた氷塊が降り注ぎ、切嗣は一旦その場から飛び退き、体勢を立て直した後、再度雁夜に向けて銃口を向ける。
だが、その時、既に雁夜はその距離を半分に詰めていた。
(速い!この速度、僕の固有時制御と同じ類の魔術か⁉︎)
けれど、まだ距離は十分にあり、切嗣は混乱しながらも引き金を引く。
コンテンダーから放たれた弾丸は吸い込まれるように雁夜の額に直撃………通過した。
(突っ込む前にブリンクかけ直して正解だった。あれ食らうと洒落にならん)
(すり抜けた⁉︎一体どんな魔術を行使したんだ⁉︎)
リロードするためにコンテンダーを開き、空になった薬莢を捨て、新しいものを入れる。
だが、その頃には雁夜は目と鼻の先まで接近していた。
顔面へと向けて放たれる拳。
アッパー気味に放たれた拳は凄まじい速さで切嗣へと襲いかかる。
「
切嗣はそれを体内の時間を二倍に加速させることで回避し、そのままバック転する事で距離を取りつつ、追撃を防ぐために残されたキャリコの弾丸をばら撒く。
(どういう魔術かは皆目見当もつかないが、起源弾を躱された)
銃口を雁夜に向けながらも、切嗣は歯噛みする。
起源弾はそれ程数が多くない。
合計にして六十六発。それ以上は手に入らない。
今のものを除いて三十七発を聖杯戦争より以前に使用してきたが、一度たりとて仕留め損ねることなどなかった。
それは切嗣が常に万全を期したタイミングで撃っていた事や、相手が魔術師としての常識に囚われていたということもある。
(起源弾を躱し、キャリコを躱さないのには意味があるはずだ。いや、躱せないという方が正しいのかもしれない。どちらにしても、キャリコの残弾はゼロでカートリッジの交換が必要。コンテンダーは再装填はしているが、躱される可能性が極めて高い。この状況で同じような手段に出るのは得策じゃない)
(やれやれ。殴り倒そうなんて浅はかすぎたか)
聖杯戦争始める前は腹を括ってたが、いざしようとなると後一歩が踏み出せない。
雁夜は自身の心の弱さを少しばかり嘆いていたが、それは人として重要な部分ではある。
切嗣のように、心と指先を引き離して動かせる人間というのは少なく、大部分は数十回、数百回にも及ぶ苦悩と葛藤の末に身につける技術だ。決めたから、すぐに実行に移せるという事はない。
(こちらが二倍の速さで動くのは相手も理解している。ならば……)
(何れにしろ、切嗣はコンテンダーで仕掛けてくるはずだ。それ以外の攻撃は効かないからな)
「
切嗣が雁夜に仕掛けようとしたその時。
バリィンッ!
「「ッ⁉︎」」
切嗣の背後の窓ガラスが割れ、黒い影が転がり込んできた。
割れた窓ガラスから射し込む月明かりに照らされたのは神父服に身を包んだ一人の男の姿。
「見つけたぞ。衛宮切嗣………そして、間桐雁夜」
「言峰……綺礼ッ!」
本来この場に来るはずのない人物がそこにはいた。