七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
過去の天龍と龍田の衝突。
二人の間に深い亀裂が






第八十七話「あんた、龍田のこと何にもわかってないのね」

 

「天龍、何故呼び出されたのかわかるか?」

「さぁね」

 

 執務室に座る筋骨隆々の日に焼けた肌色をした男の呆れたような声に俺は同じく呆れたような声で返した。

 

「いい加減、その協調性のなさはどうにかならないのか?」

「いい加減、その諦めの悪さはどうにかなんねぇのかよ、おっさん。俺にいくら説教しようが、無駄だってもうわかってんだろ?」

「おっさんじゃあない! 提督と呼べ! ていうかそんな老けて見えるか!?」

 

 毎度毎度、出撃で俺が命令違反をする度に俺は目の前の男――舞鶴鎮守府の提督――に説教をされるのが通例であった。

 何を言われようとこのスタンスを変えるつもりはないと何度も言った筈なのだが、まだ俺を矯正するつもりでいるらしい。

 面倒くさいおっさんだ。

 

「あのな、お前は――――」

「実力はあるんだからそれを自分だけでなく艦隊にも活かせ、だろ? もう耳にたこができるぜ」

「はぁ……実はな、他の艦娘から抗議の声があがっている。お前を追い出すべきだってな」

「心中お察しするぜ」

「じゃあ、直せよ!」

 

 頭をぼりぼりと掻きながら反省の色の見えぬ俺に深いため息をつく提督。この男もわからない奴だ。俺がいて迷惑だと思うのならばさっさと追い出してしまえば良いのに。

 俺一人のあげてくる戦果が消えた所でこの鎮守府ならば成績はそこまで悪化しない筈だ。

 

「まぁ、安心しろ。お前を追い出すつもりは一切ないからな!」

「はぁ……わかんねぇ人だな、あんた。まぁ、礼は言うがよ」

「恩義を感じるなら態度で示せ」

「じゃあ、別にいいや」

「全く……今は俺と協力してくれる艦娘で抑えてはいるが、このままお前が変わらないようならば、いつまでも庇えないぞ!」

 

 意外だった。提督はともかくとして艦娘側にも俺を庇おうとする者が多少はいるとは思わなかったからだ。

 

「まぁ、協力者といっても一人だけなんだがな! 本当に人望ないな、お前!」

「なんでわざわざ言った」

「いや、今ごまかしても真実を知った時にお前がより傷つくんだけなんじゃないかと」

「いらねぇ気遣ってんじゃねぇよ」

 

 一人だけか。おそらくは叢雲だろう。

 

「心配すんなよ、潮時だと思ったら普通にここ出ていくからよ」

「寂しいことを言うもんじゃないぞ、天龍!」

 

 暑苦しい。これ以上この空間にいるのが耐えられず、俺は黙って扉に向かって歩き始めた。

 

「おい、天龍、話は終わってないぞ!」

「俺はもう話すことはねぇ。話を聞く気もねぇ。お互い時間の無駄だぜ、おっさん」

「おっさんじゃない! 俺はまだ20代前半――――おい、待て、天龍ッ!」

 

 背中に提督の声を浴びながら扉を開けて俺は執務室を後にした。

 そろそろ頃合いなのだろう。これ以上、この鎮守府に居座れば何が起こるとも知れない。それに――――

 

「――ったく、何で今、龍田の顔なんざ思い出してたんだよ、俺は」

 

 

「天龍! ここであったが百年目ッ! 今日こそ私の前に平伏しなさ――――ぬぐぉ!?」

「はぁ、お前は毎日毎日元気だな」

 

 翌日。食堂で朝食を食べていた俺に、暁が挨拶代わりと言わんばかりにタックルを仕掛けてきたので、その頭を掴んで止めた。

 こいつの頭は手によくフィットして掴みやすいのだ。

 

「人の頭を掴むなんて、レディじゃないわ!」

「朝から人に向かってタックルしてくる奴に言われたかねぇよ」

「ん? 何よ、あんたその朝食。麦飯だけじゃない。おかずはどうしたのよ?」

「……チッ」

「何その舌打ち!?」

 

 言い難いことをズバズバと聞いてくる奴だ。

 周りの艦娘が暁の発言に対し、どこか気まずそうに視線を逸らしていくのがわかった。

 

「知ってんだろ、俺が嫌われてんの」

「知ってるわよ、私も嫌いだし!」

「だからだよ」

「だからだよって……?」

「っ! だから! いけすかねぇ俺に食わせる飯はねぇって嫌がらせ受けてんだよ! 察しろ、ちんちくりん!」

 

 朝食はその時間中に食堂のカウンターに並び、その日の配膳係からプレートを受け取っていく方式だが、俺に配られたプレートには麦飯の茶碗が載せられているだけだった。

 抗議の声を挙げても無視され、周りもまるで無反応。要は、ほぼ全員がグルというわけだ。

 配膳係の胸倉を掴んで投げ飛ばしてやっても良かったが、それでは根本的な解決にならないどころか、相手の思う壺だ。

 別にここで問題を起こして追い出されるのは構わないが、こいつらの思い通りに事が運ぶのは気に入らない。

 仕方なく、怒りを抑えながら震える手で俺は麦飯だけが載せられたプレートを持って席についたと言う訳だ。

 

「……はぁ? ったく、仕方ないわね。ちょっと待ってなさい!」

 

 事情を察した暁は俺の手を振り払って食堂の方に歩いていくと、しばらくして二人分の朝食を持って隣の席に座った。

 

「はい、あんたの分」

「……なんの真似だ」

「覚えておきなさい、朝食を軽んじる奴は痛い目を見るのよ!」

 

 みそ汁と鮭の塩焼き、だし巻き卵、ほうれん草のおひたしを俺の目の前に置くと、暁はそそくさと自分の朝食を食べ始める。

 

「情けをかけたつもりか?」

「は? そんなわけないでしょ? 朝食を食べなかったせいで、力がでなかったじゃこっちが迷惑すんのよ。今日も出撃あるの忘れてんじゃないでしょうね?」

「……ちんちくりん」

「暁よ」

 

 暁はそこまで言うと一旦箸を止めて食堂中に聞こえる声で言った。

 

「誰が首謀者か知らないけど、こういうことは金輪際止めてよね。喧嘩くらい直接売りなさい。全く、情けない――――レディじゃないわ」

 

 暁の言葉に、返答はなかった。

 だが、すっかり俯いて委縮してしまっている艦娘達を見るに、それなりに効果はあったらしい。

 

「礼は言わねぇぞ」

「いらないわよ、別にあんたのためにやったんじゃないし。あんた如きに皆何を怖がってるのかって不思議だっただけよ。あとちんちくりん言うな」

「…………」

「何よ、なんか少し元気ない?」

「別に」

「え、何、そんなに辛かったの!? 陰湿ないじめに傷ついちゃったの天龍ちゃん!? 可愛いわね~、暁お姉さんがよしよししてあげましょうか~? ん?」

「ははっ、なんだよ、また床に刺さりてぇのか、お前? 上等だよ」

「――おはよ~、ちょっと寝坊しちゃったわ~」

 

 手が出る寸前、食堂に入ってきた龍田の声に昨日の出来事がフラッシュバックして体が跳ね、素早く、何事もなかったかのように食事に戻る。

 

「あ、龍田おはよう。今日は少しお寝坊さんね、珍しい」

「ちょっと、昨日遅くまで作戦資料に目を通していてね~……じゃ、私行くわね」

「え!? 隣空いてるわよ? ここで食べればいいじゃない!」

 

 暁に声をかけられ、恥ずかしそうに頬を掻いていた龍田だが、俺の姿が隣にあるのを確認するや否や逃げるようにその場を離れていってしまった。

 その様子を見て、何か察したのか、暁は俺に向き直る。

 

「あんた、龍田に何したのよ」

「……別に」

「いや絶対なんかあったでしょ、でなきゃ龍田があんな態度とる訳ないじゃない! あ、もしかしてあんたが微妙に元気ないのも関係ある!?」

「うっせぇな」

「やっぱり! 目逸らしたもん! 絶対そうじゃない、図星じゃない!」

 

 どうやら一切合切話すまで逃がしてくれなさそうな様子に、仕方なく俺は昨日の出来事をかいつまんで話すことになった。

 

 

「――はっ! 笑止! 実に笑止と言わざるを得ないわね! マジ笑止!」

「ふざけてんなら、ぶっ飛ばすぞ」

 

 気が付けば食堂は俺と暁以外は誰もいなくなっていた。

 暁は話を聞き終えるや否や俺を鼻で笑い、見下すように――というかテーブルに仁王立ちして実際見下していた。

 

「でも、ごめんなさい。私、話を聞く前、ひょっとしたら天龍が悪いんじゃないかって疑ってたの」

「だよな、やっぱこの件に関して俺に落ち度は――――」

「疑うまでもなく、あんたが悪いに決まってたわ」

 

 なんだとこの野郎。

 再び食堂の床に穴が開くことを避けられたのは、暁の続けざまに出た言葉によって俺の思考が止まったおかげであった。

 

「あんた、龍田のこと何にもわかってないのね」

「……あ?」

 

 それだけ言うと、暁は呆れたように席を立ち、どこかへと歩き去ってしまった。

 

 

「あら、あなた今日は出撃があるんじゃなかった?」

「はっ、知るかよ。サボりだ、サボり。どうせ、俺なんていない方があいつらも任務が捗るだろうしな」

「ふぅん、昨日龍田と何かあったのかしら?」

 

 苦笑いを浮かべる叢雲に俺は言った。

 

「そういう訳だからよ、叢雲。お前が言ってた第一艦隊に入るための任務って奴、詳細を聞かせてくれねぇかな」

 

 その言葉と同時に、叢雲は満面の笑みに変わって頷いた。

 

「あなたならそう言ってくれるって思ってたわ」

 

 叢雲と俺は他の艦娘に話を聞かれないように場所を移動した。

 叢雲はどこからか海図を持ってくると、その一か所に赤鉛筆で印を付けた。大分遠い。かなり深海棲艦の支配領域に近いほとんど前線の位置だ。

 

「あなたには、単独でここに向かって欲しいの」

「ここは?」

「ここは以前、泊地だった場所。数ヶ月に深海棲艦に襲われて壊滅、以降は奴らの巣窟になってるわ」

 

 珍しい話じゃない。戦争をしている以上、こっちの被害がゼロな筈はなく、深海棲艦との戦いに敗れ、凄惨な死を迎える者は少なくない。

 

「具体的にはここの予備電源を起動して欲しいのよ」

「予備電源? 何のために?」

「通信機器類を再起動させて、その泊地の戦闘データ、戦略情報諸々を回収するためよ」

 

 成程、泊地が壊滅したことでデータベースにアップロードされ損ねた情報を回収できればそれは著しい戦果と言える。

 それらは鎮守府しいてはこの国にとっての利益となり得るだろう。

 

「予備電源さえ入れてくれれば後はこっちでハッキングする準備ができてる」

「そんな大事な任務を俺に、しかもたった一人でやらせる気かよ」

 

 何が俺の実力なら問題ない任務、だ。深海棲艦の巣窟に一人で突入などほとんど自殺行為ではないか。

 

「艦隊を組んでいけばすぐに索敵に引っかかるし、そもそも戦力差が違いすぎて戦闘になったらひとたまりもないわ。つまり、この任務は『見つかって』はいけないのよ。だからこそ、戦闘能力の高い精鋭による単独潜入が効果的なの」

「成程、納得したぜ」

「心配しなくとも潜入ルートも確保してあるわ。こっちの指示に従ってくれれば上手くいく筈だし、あなたならこの程度はこなせる実力がある筈でしょう?」

 

 叢雲はそう言って笑う。俺もそこまで言われては引けない。

 すぐに装備を整え、俺は叢雲に言われた泊地跡へと出撃したのだった。

 

『天龍、聞こえているかしら?』

「おう、問題ねぇ、良好だ」

『そう、じゃあ、索敵網の薄い所から潜入を開始しましょう。ルートはこっちから誘導するわ』

 

 叢雲の指示通りに、何度か迂回を繰り返しながら泊地跡に静かに近づいていく。

 彼女の指示はかなり無茶苦茶で並大抵の艦娘がこなせるような要求とは思えなかったが、それでもそのおかげか道中深海棲艦の影も見ないまま、あっさり俺は半壊した泊地跡へと辿り着いた。

 

『よし、事前に渡した泊地内の地図は持ってきてるわよね? それを頼りに予備電源に向かって』

「了解した。まぁ、この分なら楽勝だな」

『ええ、もう少し時間がかかるかと思っていたのだけれど、流石天龍ね』

 

 心なしか叢雲の声も弾んでいるように聞こえる。

 俺の運が良いのか、それとも深海棲艦の警戒が甘いのか、巣窟という言葉が嘘のように自分以外の気配がなかった。

 途中、何度か瓦礫に阻まれて時間はかかったものの、やはり戦闘になることもなく俺はあっさりと予備電源設備のある区画へと辿り着いてしまった。

 

「このブレーカーを上げればいいのか?」

『ええ、それだけで施設内の機器は再起動が始まるようになっている筈よ』

「これで、任務完了と」

 

 錆びついた赤いレバーを力任せに持ち上げるとガコンと、泊地内の各所で機械音が響き渡り、薄暗い室内にぽつぽつと電気が灯り始める。

 それと同時だった。

 泊地の周りから、数多の水音と共に地獄の底から響いてくるようなおぞましい雄叫びが聞こえてきたのは。

 

「――っ! 気づかれた!? 畜生、こいつのせいか!」

 

 予備電源が入れば、泊地内の生きている機器類の全てが自動的に再起動する。ならば、それは深海棲艦にも視覚的に、聴覚的に異常を知らせるものになり得ると何故気付かなかったのか。自分の浅慮が苛立たしい。

 よりにもよって泊地の真ん中。最悪の位置で自分の存在が露見した。

 流石にこの状況がいかに絶望的かは俺にもすぐにわかった。

 

「叢雲! おい聞こえるか!? 任務は達成した! でも奴らに気付かれた、悪いが援軍を頼む!」

 

 不穏な空気が流れ始める泊地内を走りながら、無線機になんとか救助を要請できないか訴える。

 しかし、聞こえて来たのは叢雲の能天気な声だった。

 

『助かったわ。今丁度泊地のデータベースに入りこめたの。凄い情報量、しかもウチの鎮守府に活かせる有用なものばかり』

「いや! それはわかったからよ! とりあえずこの危機的な状況を乗り切る案をくれねぇかな!?」

『……大丈夫よ、天龍。きっとあなたは英雄として語り継がれる。誰にもあなたを卑下させないわ』

「は? いや、だから――――」

『だから、安心して死になさい』

 

 その叢雲の言葉は俺の思考を一瞬で真っ白にし、その足を止めた。

 

「おいおい、笑えねぇ冗談だな、おい」

『冗談じゃないわよ? だって、ここまでが作戦だもの』

「は?」

 

 駄目だ。叢雲が何を言っているのかさっぱり理解できない。

 

『そりゃそうでしょう。予備電源を入れればその時点でどう足掻いても深海棲艦に気付かれるのは必然。そして、気付かれればもう生きて帰れるわけがないわ』

「そりゃ、どういう意味だよ……」

『やっぱりあなたは私の見込んだ通り、素晴らしい艦娘だったわ。私のあの指示通りに動けるというだけでも一流だけれども、更にはこんなに早く予備電源区画に辿り着いてくれるなんてね』

「おい、答えろ、叢雲! どういう意味だ!」

『この作戦のためにね、私どうしても欲しかったのよ』

 

 それまで弾んでいた叢雲の声が途端に冷たくなった。

 

『死んでもいい、優秀な艦娘っていう道具が』

「……なんだ、そりゃ」

『この作戦を成功させるには二つの必要条件がある。一つは私の指示通りに動き、索敵網を抜けられる程度に優秀であること、もう一つは、最終的に死んでも構わない、ということ』

 

 つまりはこういうことだ。

 この作戦は元々誰かを犠牲にすることが前提条件の作戦だったという訳だ。

 そして、その生贄として選ばれたのが、俺なのだ。

 

『あなたはこの作戦にぴったりの艦娘だった。個人としての能力は申し分ないトップクラス。それなのに、協調性が皆無で命令無視が当たり前の暴れ馬。艦隊単位で見れば排除すべき因子。だから、私はあなたに近づいたの』

 

 俺を、利用するために。

 

『色々と手間をかけたわ。他の艦娘を煽ってあなたが孤立するよう誘導し、龍田とあなたの間に亀裂が生まれるよう印象操作し、そして私だけが周りとは正反対にあなたを評価し、取り入った。まぁ、全部お膳立ては勝手にされていたから、私は少し後押ししただけなのだけれど』

 

 最近の艦娘達からの嫌がらせが頻発していたことは叢雲が原因だった。

 昨日、龍田との言い合いになった原因に、寸前叢雲から聞いていた龍田の話があった。

 俺はいつの間にか叢雲の話を鵜呑みにするようになっていた。

 

「なんで、だよ……」

『私ね、実は他所の鎮守府から舞鶴に初期艦として移ってきた艦娘なのよ。その元いた鎮守府の提督から教わったの。自分以外の全ては己の目的を達成するための道具として使えって。私、我ながら上手にあなたを使えたんじゃないかしら』

「……はは、じゃあ、なんだよ。提督と一緒に俺を庇ってくれてたってのも俺の信用を得るための演技か?」

『ん? それは知らないわね。私以外の誰かじゃないの? モノ好きな子もいるのね』

 

 腐ってる。

 俺は無線機を握りつぶしそうになるのをこらえながら歩き始める。

 

「覚悟しろよ、叢雲。俺は、絶対にテメェを殺す」

『あら、素晴らしい心がけね。そうね、そこであなたがなるべく頑張ってくれた方が鎮守府としての戦果も上がるもの。ありがとう、期待しているわ』

 

 俺は無線機を投げ捨てた。

 そして、腰の刀を抜くと、適当な窓をぶち破り、海に降り立つ。

 着地してすぐに、駆逐イ級が待ち構えていたとばかりに大口を開けて襲いかかってくる。

 それを一振りにて真横に両断し、俺は地平線まで続いているのではないかと錯覚するほどに視界を埋め尽くす深海棲艦の群れを睨んだ。

 

「俺は今、虫の居所が悪ぃんだ……どけ、雑魚共ッ!」

 

 怒りのままに絶望的な戦力差に突っ込んでいく俺は文字通り正気ではないのだろう。

 だが、狂気に身を任せても状況は変わらない。

 憤怒に身を委ねても劇的に強くはならない。

 この世界は、どこまでも無慈悲で公平だ。強い奴が勝ち、弱い奴が負ける。そこに感情が関与する余地はなく、既に俺の敗北は決定事項だった。

 

「――はぁ、はぁ……」

 

 50隻は斬っただろうか。だが、いまだ視界を埋め尽くす深海棲艦に変化はなく、また、俺の体力も限界に近づいていた。

 未だ損傷は中破に留まり、辛うじて動けることが唯一の救いだろう。

 あと、30隻は斬ってから沈んでやる。

 俺は、目が霞む中、気力で刀を構える。その背後に近づく、戦艦タ級の影にも気が付かず。

 

「え?」

 

 気付いた時には、タ級の砲口が振り返った俺の眼前にあった。

 絶対不可避の必中領域。ここからできることと言えば、死なないように祈ることだけだ。

 それも多分厳しいだろうが。

 

「畜生……畜生……ッ!」

 

 死に直面した俺の口から洩れ出たのは情けない、涙声だった。

 悔しい、情けない、辛い、哀しい、色々な感情が一瞬の間に俺の内側を流れていく。これも一種の走馬燈と言えるのかもしれない。

 そして、砲口の奥から死の炎が噴き出さんとしたその時だった。

 

「――まだ、生きてるわねぇ?」

 

 タ級の横腹を音速で飛んできた大型の薙刀が貫く。

 その身体は叫び声をあげる暇もなく、砕け散り、海の底へと落ちていった。

 

「お前、何で、ここに……」

「当然、出撃時刻になっても集合場所に来ない不良娘に説教しにきたのよぉ」

 

 両手に薙刀を構え、不敵に笑う龍田は、俺の目には輝いて映っていた。

 

 




久々にまともに深海棲艦が出てきた気がする。

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