七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
天龍VS日向
プリンツVS那珂ちゃん
磯風VS浦風
大和VS伊勢




第五十八話「勝ったッ! 磯風編、完!」

「チッ!」

「どうした? 逃げていても仕方がないぞ、天龍!」

 

 刀を一振りする度に海が割れたかのような水柱が立つ。

 日向のその一振りを受けられるはずもなく、天龍は未だ鞘から刀を抜かぬままに逃げ回るばかりであった。

 

「なんて力任せな剣だ。技術もクソもあったもんじゃねぇな」

「違うな。私の剣はこの力こそ技術なのだ。今の世に必要なのは、一撃で全てを破砕する剣。見た目ばかり綺麗なだけの小手先の剣術など役には立たないッ!」

「……まぁ、そういう考え方もあるか」

 

 天龍は海上でバックステップを踏みながらジグザグに距離を取り、再び構える。

 剣は鞘の中、しかし、手は柄にかかり鯉口は切られている。

 その構えに、日向は珍しがるように声を洩らした。

 

「居合、か」

「俺はこう見えて真っ向から斬り合ったり、鍔迫り合いしたりするような血の気の多いチャンバラは趣味じゃねぇんだ。もっと、スマートに行かせてもらうぜ」

「力では敵わずと見て速さで勝負という訳か。まぁ、そうなるな」

 

 日向は上段に刀を構えると、ゆっくりと間合いを測るように天龍に近づいていく。

 互いの間合いが重なった時が勝負だ。

 間合いを見誤った方、判断の遅れた方がやられる。

 二人の間は呼吸音すらはばかられるような緊迫した静寂で包み込まれていた。

 

「…………」

「…………」

 

 両者の額に汗が滲んでいる。

 互いの距離が2 mを切った時、日向が足を止めた。

 そして、次の瞬間、勢いよく一歩を踏みだすと同時に、それまで天を突く様に掲げられていた刀が動いた。

 

「はぁああああああああああああッ!」

 

 自身の間合いのギリギリ外までゆっくり接近し、タイミングを見計らって一歩踏み込み斬撃を放つ。

 間合いの取り合いでは日向が先行した。

 そう見えた。

 

「――ふっ!」

 

 最初に日向に見えたのは弧を描いて輝く銀色の線。次に聞こえたのは、金属と金属を強く打ち合わせたような音。

 そして、最後に感じたのは、自分の身体が、後方にバランスを崩しながら吹き飛ばされる感覚。

 

「ぬ、ぬおおおおおおお!?」

 

 すんでの所で浮き上がった右足を強引に、後ろに突き刺すようにして軸足とし、後ろに吹き飛ばされながらも、なんとか姿勢だけは保つ。

 前方で、振り切った刀を再び鞘に戻す天龍の姿が日向の目に映った。

 

「馬鹿な、あれでこちらが遅れるのか……!?」

 

 間合い取りは完璧だった。

 ゆっくりと間合いを縮め、あと一歩で間合いに入るというところで、足を止め、『ずらし』を入れて踏み込む。

 下手をすれば相手は剣を抜ききることもなく一刀両断されてもおかしくない程に完璧なタイミングだったはずだ。

 しかし、結果はむしろこちらが剣を振り下ろす前に天龍の剣に弾き飛ばされた。

 先手を取ったにも関わらず、それ以上の反応速度と剣速で逆に圧倒された。

 文字通り後の先を取られたことに日向は驚きを隠せなかった。

 

「ああ、見えていたからな」

「見えていただと!?」

 

 日向の声がより大きくなる。

 彼女の斬り落としは刀の重量を利用した重力加速と戦艦の腕力が相まって瞬間的には音速近くにまで達する。

 ましてやこの暗闇の中での戦い。

 いっそ殺気を感知して反応した、と言われるよりも信じがたい言葉だった。

 

「テメェの剣先の動き、掴み、腕と足の筋肉の脈動、腰の落とし具合、体重移動、視線、瞳孔、呼吸リズム、全部俺には視えてる。だから、いくら『ずらし』を入れられようと釣られねぇし、剣先が動く前に体の微小な脈動で斬りこみを察知できる。少し特別なんだよ、俺の目は」

「……! ああ、そうか、まさかお前、『天眼』か? いや、『暴れ天龍』と呼んだ方がいいか?」

「…………」

「かの『軍神』は艦隊指揮と戦術、戦略の達人だった。彼女を群の極みとするならば、『暴れ天龍』はそれとは正反対の個の極み。戦艦レ級以外で一人連合艦隊と言えば貴方のことだ。そうだろう?」

「はっ、聞いてもいねぇことをペラペラと」

「否定はしないのだな」

 

 天龍は苦虫を噛み潰したような顔になって日向を睨みつける。

 その反応に日向は大いに満足したように笑みを見せた。

 

「いや、すまない。私としたことが感激のあまりいつになく饒舌になってしまった。実はファンなんだ、貴方の。まさか『暴れ天龍』本人に会える日が来ようとは夢にも見なかった」

「そいつは、どうも」

「貴方の武勲はいくつも聞き及んでいるが、かの『舞鶴の百隻斬り』は当時の私の胸を震わせたぞ? なぁ、教えてくれ、斬った百隻の中に一隻『艦娘』が紛れていたという噂は真実なのか?」

「――おい、テメェ、ちとお喋りが過ぎるんじゃねぇのか?」

「む!」

 

 途端に、居合の構えを取ったまま、急速に間合いを詰めて来た天龍に素早く反応し、日向は再び距離を取って薄ら笑いを浮かべる。

 

「俺にはテメェとお喋りしてる暇なんざねぇんだよ。戦う気がねぇんならさっさと斬られろ」

「ふふ、口が過ぎたな。かの暴れ天龍が相手ならば、こちらも全力でいかせてもらおう!」

 

 日向の声と同時に、それまで甲冑のように彼女の身体を包み込んでいた航空甲板が動き始める。

 

「――瑞雲、全機発艦ッ!」

 

 

「――――皆聞いてくれてありがとー! 『恋の2-4-11』、二番も張り切って歌うよー!」

「もおおおおおおお! なんであんなふざけた歌とダンスしながら全部避けてるのぉ!?」

 

 苛立ちも有頂天のプリンツは楽しそうに見えない観客に向けて二番を歌い始めた那珂に向かってひたすらに砲撃を繰り返しながら叫んだ。

 しかし、その砲撃はことごとく避けられてしまう。那珂のダンスと歌にイラつかされてプリンツが集中力を欠いているせいもあるが、何よりも那珂の動きが変則的過ぎてまったく次の動きが読めない。

 やがて、疲れ切ってプリンツが砲撃を止めた所で勝ち誇ったかのように那珂は彼女の目の前で腰に手を当てて得意げな笑みを浮かべてみせた。

 

「ふっふっふ! 甘い! 甘いよ! 生まれ持った容姿に甘えて歌とダンスのレッスンを怠った! あなたの敗因はそこにある!」

「絶対違うッ!」

「認められないならいいよ。那珂ちゃんはあなたがそこで足踏みしている間にもっと先に行くだけだから! 可哀そうだけど、アイドルの世界は実力主義! 残酷な弱肉強食の世界なんだよ……!」

「これ見よがしなウソ泣きやめて! 見えてるから! 目薬見えてるから!」

「あれ? ばれちゃったー? チャン那珂、まだ演技とかは甘いからそっち方面はまだセンキューノーの方向でシクヨロなんだよねー」

「変な業界用語もやめて! 腹立つから!」

「きゃは!」

「死ねッ!」

 

 しかし、プリンツが無駄に輝いた笑顔の那珂めがけて撃った砲弾はまたも彼女の華麗なターンで躱されてしまう。

 それにますますプリンツの顔は怒りに歪んでいくのだ。

 

「ほーら、笑顔!」

「うるさい!」

「それにしても、歌とダンスに夢中になってる間に随分遠くまで離れちゃったなー? 観客一人もいないよー!」

「うう、もうやだぁ……帰ってお姉さまにセクハラしたい……お姉さまに全力でふざけて突っ込まれたい……」

「ちょっと! もしかしてたった一曲でへばっちゃったの!? ライブはまだまだこれからでしょ!? 観客がいるかどうかなんて関係ない! プロなら最後までやりきらなきゃ! ほら、立って! 私がついてるから!」

「励まさないでよ! なんなの、さっきからそのスタンス? 敵なの? 味方なの? いや、敵だよね?」

「じゃあ、『恋の2-4-11 with プリンツ』いっくよー!」

「いかないよ!?」

「ほーら、笑顔!」

「うっさい!」

 

 再びダンスと歌を始めようとする那珂を見ながら、呆れつつも、プリンツは彼女の実力自体は内心で認めていた。

 ふざけた歌とダンスだが、あれだけ海上を縦横無尽に動き回っておいて、本人は汗一つかかずにケロリとしている。那珂が砲撃をしてこなかったためにほとんど回避運動を取らずに砲撃だけをしていたプリンツでさえ肩で息をするほどなのにその何倍も動き回ってあの余裕は並大抵の体力ではない。

 それに、砲撃の回避運動もダンスに隠されてはいるが、かなりキレがいい。むしろ、ダンスに組み込むことによって変則的になり、相手に次の手を読ませないように工夫が凝らされている。

 決してふざけている訳ではない。ふざけているように見えても、それが彼女の戦い方なのだ。

 

「きゃは!」

「…………チッ」

 

 ふざけているわけではないのである。

 性格が元々ふざけた奴なだけなのである。

 

「どうしたの? なんだか機嫌悪そうだね? 今は別にいいけど、ファンの前では笑顔、だよ?」

「それだよ! その意識高めなアイドルみたいな言動のせいで調子乱されてイラついてるの!」

「な、何があったのか知らないけれど落ち着いて、深呼吸だよ」

「何があったか今説明したよね!?」

「隙あり!」

「きゃあ!?」

 

 那珂の終始ふざけた態度に掴みかかろうと近づいたプリンツの目の前に唐突に那珂の連装砲が現れる。

 あまりに唐突で反応すらできず、プリンツは真正面から那珂の砲撃を食らってしまう。

 

「駄目だぞ! 私達は敵同士! いくら相手が馴れ馴れしいからって敵に不用意に近づいちゃいい的だよ!? 私達はアイドルである以前に艦娘なんだからね!」

「…………」

 

 所詮は軽巡洋艦の砲撃。重巡洋艦のプリンツがその一撃で戦闘不能に追い込まれるようなことは万が一にもない。

 僅かに艤装防御膜をすり抜けて頬に降りかかったススを腕で拭いながら、プリンツは無言だった。

 

「あれ? もしかして顔に直撃だった? きゃは! ごめーん! わざとじゃないよ! 顔はアイドルの命! 絶対狙ったりしないもん! でも、プリンツもアイドルならどんな時でも顔だけは絶対ガードしなくちゃだ・め・だ・よ!」

「…………」

「ほーら、笑顔!」

「…………あー、もう、完っ全にキレちゃったよ」

 

 プリンツはゆっくりと首を左右に回して辺りを確認する。

 目の前の那珂以外誰も見当たらない。本当に随分遠くまで離れてしまったらしい。

 しかし、むしろ好都合だとプリンツはニタリと邪悪な笑みを浮かべた。

 

「な、なにその笑顔!? だ、ダメだよ、アイドルがそんな顔しちゃ……」

「全砲門、魚雷管、開放」

「わっ、わっ!」

 

 プリンツの全砲門と魚雷管が作動し始めたところで那珂は次に彼女が何をする気なのか察知し、慌てて距離を取る。

 

「――全砲門(Voll)一斉射(Feuel)ッ!」

 

 プリンツの怒号と同時に、砲門から火が噴き、彼女の足元から大量の魚雷が所構わず射出される。

 狙いなどまったくつけていない、滅茶苦茶な砲撃。しかし、その密度には那珂も反撃するほどの余裕はなく回避に専念しなければならなかった。

 

「マジ切れからのフルファイアなんて、中々情熱的だけれど、那珂ちゃんから見れば甘いよ! 全然、那珂ちゃんはヨユーの笑顔なんだから!」

 

 華麗なターンとステップで次々と砲撃を回避する那珂。

 一斉射など永遠に続けられるわけではない。プリンツの残弾数を考慮しても後30秒もすれば弾薬が尽きる。

 那珂はそれを待っていた。

 

(そんな必死の形相じゃダメダメ。勝者っていうのは常に笑顔なの。自暴自棄になったら、艦娘もアイドルもおしまいなんだから! もう勝負あっ――――)

 

 那珂が内心で己の勝利を確信したその時だった。

 

「ぎゃぷ!」

 

 砲撃をターンで避けた先に偶然、魚雷が差し迫り、回避が間に合わなかった。

 

「ぐ、これだけ滅茶苦茶に撃ってたら偶にはいい位置にいく時もあるよね。私の動きを読める筈ないんだから、今のは偶然――――きゃああ!?」

 

 再び同じように被弾した。

 今度は魚雷を回避した先に砲撃が飛んでくる。

 重巡洋艦の魚雷と砲撃を受け、那珂の走行は早くも中破してしまう。

 那珂の顔から笑顔が消えた。

 

「う、嘘!? こ、こんなラッキーパンチが重なることって……まさか、本当に私の動きを……!? まさか、『恋の2-4-11』一曲だけのダンスを見て私の動きを見切って……!」

 

 その後は、一方的だった。

 プリンツの弾薬が切れる残り十数秒の間、那珂はまるで砲弾と魚雷に吸い寄せられるようことごとく被弾し、ようやくプリンツの弾薬が切れた時には既に大破。

 ほとんど戦闘不能状態に陥っていた。

 

「う、嘘だ……あれだけ練習した那珂ちゃんのダンスをそんな簡単に見切れられるなんて……」

「別に、見切ってないよ」

「ひっ!」

 

 海面にへたれこむ那珂の目の前に笑顔のプリンツが彼女を見下ろしていた。

 しかし、その目はまったく笑っていない。

 

「私はね、ラッキーなの。どんなに滅茶苦茶に撃とうが、直感に任せようが、不思議と敵に砲撃が当たっちゃう。私の場合、距離とか船速とか計算して理詰めで撃つよりも今みたいにやった方が命中率いいんだよねぇ。特に、あなたみたいな滅茶苦茶な相手には、ね?」

「あ、あは、あはははは! い、いやぁ、すごいなぁ! 那珂ちゃんの完敗だよ! いや、でも本当にいい勝負だったよね、うん、なんてゆーか、ライバル同士お互いを高め合えたっていうか、絆を深め合えたっていうか! うん! この戦いを通して私達の間には深い友情が芽生えた――――」

「――とでも思うのぉ?」

「で、ですよねー」

 

 泣き笑いの表情の那珂にプリンツは満足げに頷いた。

 

「でもぉ、私もう弾なくなっちゃったからねぇ」

「そ、そうだよね。だから、もうこれ以上戦うことはできないね! これで解散だね! うん、お仕事終わり! 打ち上げだよ!」

「うん、だから、トドメは私の拳でいくね?」

「ふ、ふぇええええ!」

 

 笑顔で骨を鳴らしながら拳を固めるプリンツに那珂は悲鳴を上げる。

 そんな彼女にプリンツは満面の笑みで囁く。

 

「ほーら、笑顔!」

「か、顔はやめてぇーっ!」

 

 ゴン、という鈍い音と共にプリンツの腰の入った右ストレートが那珂の顔面に直撃した。

 那珂は鼻から真っ赤な血液を噴き出しながら、そのまま、数センチ後ろに吹っ飛んで海面に仰向けに倒れた。

 

「か、顔はやめてって……言ったのに…………がくっ」

 

 その言葉を最後に那珂の意識は途切れた。

 鼻血を垂らしながら海面に浮かぶ那珂を見て、プリンツは大きくガッツポーズを決めた。

 

「勝ったッ! 磯風編、完!」

 

 

 一方、その頃。

 

「ぐ……」

「はぁ、はぁ……やっぱりだ。やっぱり――――」

 

 大和と伊勢の決着は依然ついていなかった。

 しかし、数刻前と状況は違う。

 大和は伊勢の砲撃を受けて、既に中破になっていた。

 そんな彼女を見ながら、伊勢は怯えながらも確信めいた声で言った。

 

「や、やっぱり、あなた、艦娘が撃てない、のね……?」

 

 

 




プリンツが喜びのあまりとち狂ってますが、まだ終わりません。


※著作権侵害にあたるため歌詞を削除いたしました 2016/12/4



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