七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
全ては犬見の手のひらの上。




第五十五話「ウチはどいつもこいつも友達少ないからな」

 

「へー、あなた艦娘なのね! 私と友達になろうよ! 私は、――――っていうの!」

 

 今は名前も思い出せないが、少女はそう言って私に話しかけてきた。

 

「……あっち行って欲しいでち」

「あなた、いつも一人でいるよね?」

 

 人と話すことが苦手だった。

 そんな性格のせいで、この鎮守府に来てから二年程が経った今でも、私には友人と呼べるような存在はおらず、すっかり孤立していたのだ。

 

「私みたいなのと話しているとお前も友達減るでちよ」

「心配してくれてるの? 優しいね! まずます友達になりたいな!」

「…………う、ぐすっ」

「え、何で泣いてるの!? ごめん! なんか、ごめんなさい!」

 

 輝かんばかりの笑顔を見せながら、こんな私に友達になりたいと手を差し伸べてくれた少女を見て、それまでため込んでいた色んな思いが急に湧き上がってきた私は耐え切れず涙を流してしまったのだ。

 

「――伊58、いつも私達を守ってくれてありがとう! 今日もお疲れ様!」

 

 その日から、私が任務を終えると少女に会いに行くのが日課になった。

 会いに行く度に彼女は私に労いの言葉をかけてくれて、私はその度に舞い上がっていたものだ。

 そうして二人で会ってやることと言えば、適当に街を歩いたり、とりとめのない話題で談笑したり。

 私は話が上手くなかったので大体の場合、少女が色んな話題を提供しては二人で盛り上がることがほとんどだった。

 少女にとってはどうということのない日常なのかもしれないが、私にとってその日々はそれまでの人生の中で一番幸せと言って過言のないものであった。

 

「これからも、すっと私達を守ってね、約束だよ!」

 

 いつか、そんなことを彼女に言われた。

 私は当然だ、と二つ返事で指切りをした。私自身、彼女を特別に想っていたのだと思う。命を賭けてでも彼女を守ろうと本気で思っていた。

 

「私達、ずっと友達だよ!」

 

 彼女の笑みは私には眩しくて、その笑顔の裏に隠れた醜悪な笑みなど欠片も見えていなかった。

 それだけ私にとってあの日々は夢のように素晴らしく幸せな時間だったのだ。

 しかし、数年後、爆撃音と町を埋め尽くす炎と逃げ惑い倒れてゆく人々の最中にその時間は終わった。

 鎮守府が深海棲艦の奇襲を受けたのだ。

 

「――なんで、なんでもっと早く来てくれなかったの!? お父さんとお母さんが……私達を守ってくれるって約束したのに……!」

 

 燃え盛る彼女の家の前で、体中を擦り傷や火傷、打撲痕で埋め尽くす少女は私に怒鳴った。

 その日の私は遠征任務で鎮守府への奇襲時にはいなかったため、救助に向かうまでに時間がかかったのだ。

 私は彼女に誠心誠意泣いて謝り続けた。しかし、彼女の口から許しの言葉が出ることはなく、むしろ徐々にその怒鳴り声は大きくなっていくばかりだった。

 

「艦娘は深海棲艦から人間を守るための兵器でしょ!? だったらなんでお父さんとお母さんを守ってくれなかったのよ! この役立たず!」

 

 兵器。彼女の口から私を代名する単語としてそれが発せられた時、私は長い夢から覚めたような気分だった。

 

「これじゃ、わざわざあんたを友達にしてやった意味がないじゃない! こんなことならもっと強い艦娘と友達になっておくべきだった!」

 

 少女の叫ぶ『友達』の意味が決してそのままのものではないことを私は理解した。

 

「お前のせいでお父さんとお母さんが死んだんだ! お前が、お前が殺したんだ!」

 

 既に彼女の声は耳には届いていなかった。

 この少女は私と友達になりたかったわけじゃない。私という友達(兵器)を近くに置いて安全を確保しておきたかっただけなのだ。

 そのために、私に近づき、取り入ったのだ。

 有事の際には自分を贔屓して守ってくれるように。

 

「お前なんか、友達じゃない!」

 

 友達だと思っていたのは、私だけだった。裏切られた、と思った。

 世界の見え方が180°変わった。あれだけ眩しい笑顔を向けていた彼女は、今や歪んだ醜い表情しか見せてくれない。

 大きな喪失感に包まれ、私が膝から崩れ落ちたその時、彼は現れた。

 

「――道具に責任はない。道具の不始末は総じて使用者の能力不足だ」

「え?」

 

 現れたのはこの爆撃の炎が蔓延する中、不自然に傷一つない白い軍服を着て不敵に笑う男だった。

 少女はその姿を見て一目で救助にかけつけてくれた軍人と認識したのか、私を捨て置いて一目散に男に駆け寄った。

 

「軍の兵隊さんですか!? 助けてください! お父さんとお母さんも死んでしまって、逃げ場もなくて、私どうしたらいいか不安で不安で――――」

 

 突然、パン、と乾いた音が響いて、少女は胸から血を流して倒れた。

 見れば、男の手には黒い拳銃が握られていた。

 

「安心していい、私は君の鎮守府の提督から救助の要請を受けてやって来た。もっとも、完全に手遅れのようだが。まぁ、とにかく君には危害を加えるつもりはない」

 

 目の前で唐突に行われた殺人に身を震わせながら彼を見つめる私に男はそう言って拳銃を懐にしまった。

 

「救助に来たというなら、な、何故、彼女を……?」

「生かす理由がなかったからね」

 

 当然のように男は言った。

 

「両親も失い、行く当てもなく、年端もいかない。しかも、君に逆恨みをしていた。生かしたところで幸せにはなれないし、もしかしたら君に危害を加える可能性もある。これはもう使い物にならないよ」

 

 少女が私を兵器としてしか見ていなかったのと同じように、男も少女をまるで壊れた道具のように扱っていた。

 改めて動かなくなった少女の顔を見る。自分を裏切った彼女に私はやはり怒りを覚えられなかった。ただ、深い悲壮感だけが胸の内を支配していた。

 

「全く、そうやって無意味に傷ついて、不必要に苦しんで、何か楽しいのかい? そんな無駄なことはやめてしまいなさい」

「そんなこと言っても……」

 

 私の様子に呆れたように口を挟む男は続けた。

 

「道具でありなさい、伊58。そうすれば、こんな下らないことで傷つかずに済むから」

「道具……」

 

 訝し気な表情の私に男は笑いながら言った。

 

「教えてあげよう、君に道具として扱われることの幸せというものを」

 

 顔を上げると、男は私に手を差し伸べていた。

 

「あなたは、私を裏切らない、でちか?」

「私は使える道具を捨てるつもりはないよ。心配せずとも、壊れるまで大事に使ってあげよう」

 

 そして、一拍おいて伸ばしかけた私の手を取った。

 

「私は、(道具)を裏切らない」

 

 これが、犬見提督との初めての出会いだった。

 自分以外のものを道具かゴミとしか扱わず、己の利益のみを追求する彼は紛れもない極悪人だ。

 しかし、あの少女と違ってその腹の内を臆面もなく晒すことのできる生粋の悪。

 だから、私は彼の言葉を信じることにした。

 嘘で塗り固めて綺麗に取り繕われた濁った言葉よりも、自己中心的で利を追求する純粋な暴言の方が、私には心地よく聞こえたのだ。

 他の色の介在の余地などない程に純粋な漆黒。だからこそ、犬見提督は信じられる。故に、私は彼の『道具』になった。

 

――もう二度と裏切られたくないから、もう二度とあんな思いはしたくないから。

 

 

「――これで、私の話は終わりだ」

「…………で? だから、どうしたって言うんでちか?」

 

 私は自らの凄惨な過去を語り終えた磯風に冷たく言い放った。

 

「確かに提督のせいで相当に辛い思いをしてお前が今ここにいるってことは痛いほどわかったでち。ご愁傷様でちね。でも、提督が文字通り人を人とも思わない悪人だってことぐらいこっちは百も承知でち! わかっていて、それでも私は提督の道具になってるんでち! そんな話で私が心変わりすると思ったら大間違いでちよ、なめんな!」

「…………」

 

 一通りまくし立てて、一旦言葉を切るも、磯風は薄っすらと笑みを浮かべたまま無言で私を見つめているだけだった。

 

「何とか言えでち!」

「伊58、人と仲良くするのは怖いか?」

「…………!」 

 

 虚を突かれた思いだった。

 

「お前を見ていてな、思ったよ。なんでお前は皆と話していると楽しそうにしているのに、距離が近づくと、途端に自分が敵であることを強調して遠ざけようとするんだろうなって」

「だ、だって、普通に考えておかしいでち。敵と仲良くするだなんて」

「だが、お前の立場からすれば、それは好都合の筈だろう? あえて自分が敵であることを主張して警戒させるようなこと、しなくていいはずだ」

 

 嫌な感覚だった。

 まるで、自分の心の内を見透かされているような。気色悪い感覚を磯風に覚えていた。

 

「お前は――――」

「――やめろっ!」

 

 思わず磯風の胸倉を掴んでいた。怒りではなく、焦燥からだった。

 

「犬見に救われるということは同時に何かを失うということだ。私はあの孤児院から救われた代償に、家族同然の親友達を失った」

 

 磯風はまっすぐに私の目を見つめて尋ねた。

 

「お前は、あの男に救われて、何を失った?」

「私は……」

 

 裏切られたくない、捨てられたくない。何より傷つきたくない。

 だから、私は提督の道具になることでその理想を手に入れた。

 裏切られないし、捨てられないし、むやみに傷つくこともなくなった。

 だが、私はいつの間にか提督以外の誰とも仲良くできなくなった。他人に近づくことを恐れて止め、近づいてくるものは遠ざけるようになっていた。

 

『君が私の命令通りに動くうちは、私には君が必要だ』

 

 私は提督に依存することで、他の誰かを信じられなくなっていた?

 

『あなた達、気持ち悪いでち』

 

『――おい! おい、どうした? 大丈夫か? なんか苦しそうだぞ?』

『――っ! 触るなッ!』

『うお!?』

 

『違う……私は、そんな下らない理由で磯風ちゃんと友達になったんじゃない……! なんで、そんな酷いこと言うの……?』

 

「……違う、私は、何も奪われてなんて、いない、でち」

「そうか、わかった」

 

 目を伏せながら自分に言い聞かせるように答える私に、磯風は優しく微笑んだ。

 そして、そのまま私の手をゆっくりと振りほどいて部屋を出ていこうとする彼女に私は思わず尋ねた。

 

「なんで、私に自分の過去を話したんでちか? お前自身、話してて気持ちの良い話でもなかった筈でち」

「いや、なんとなくだ」

「は、はぁ?」

「強いて言えば、お前に私のことを知ってもらいたかった、かな?」

「何のために?」

「おいおい、決まってるだろう? お前と仲良くなるためだよ」

「何で、お前達は皆、そうやって……!」

 

 むやみに、ひたすらに、何の躊躇もなく、何の恐怖もなく、誰かに近づくことができるのだ。

 表情を歪めた私に向き直り、磯風は笑って言った。

 

「ウチはどいつもこいつも友達少ないからな」

 

 

「――美海、ずっと部屋の前にいたのか?」

 

 部屋を出ると、ドアのすぐ横でしゃがみ込んでいる美海の姿があった。

 磯風が声をかけると顔を上げて泣きはらした跡の見える赤くなった目が見えた。

 

「磯風ちゃん、私決めたよ!」

 

 磯風を見るなり、立ち上がった美海は目元をこすって声を大にして叫んだ。

 

「もう頭来たよ! こうなったら、意地でも伊58さんと友達になってやる! どんなに嫌がられてでも! 逃げられたって地の果てまで追い詰める所存だよ!」

「はは、それでこそ美海だ」

「そう! プリンツさんの如く!」

「それはやめろ」

 

 プリンツの生き方は子供の教育によろしくない。

 

「何? 呼んだぁ?」

「うお!? なんだ、皆してどうしたんだ?」

 

 噂をしていればプリンツの声が聞こえてきたのでギョッとして磯風が振り向くとそこには磯風を除く残りの七丈島艦隊の面々全員が集合していた。

 

「いや、伊58の奴、様子おかしかったからやっぱ心配でな」

「皆で見に来たってわけよ、皆で、ね?」

「私は伊58じゃなくてあなた達が何かしでかさないか心配でついて来たのよ。勘違いしないでもらえる?」

「まぁまぁ、それで、伊58は大丈夫そうなんですか?」

「ああ、そうだな。私達が今してやれることは何もなさそうだ」

 

 そう答えてから磯風は不敵な笑みを浮かべて続けた。

 

「今、はな」

 

 

「――もしもし、提督でちか? 伊58でち」

『ついさっき経過報告は聞いたが?』

「はい、状況が変わりまして、任務完了の報告をするでち」

『……ほう』

「五日後に七丈島鎮守府提督の毒殺が完了するでち。これから後処理をして標的の死亡前にいち早く離脱し、鎮守府に帰投する予定でち」

『了解した。では護衛艦隊を派遣するから三日後の夜に七丈島で合流し、共に帰投せよ』

「了解でち」

『伊58、任務ご苦労だった。流石は私の道具だ』

「はい、ありがとうございますでち」

 

 私は通信機を切り、小さく息を吐いた。

 

「悪いでちな、七丈島艦隊。これで永遠におさらばでち」

 

 




七丈島艦隊には友達が少ない(既視感)

やったね、大和! 八話ぶりの出番だよ!(なお一言のみ)



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