七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
鎮守府の真実。
間宮さんの告白。




第五十三話「どうして、何一つうまくいかないんだ」

 

「――という訳だ」

『ふむ……コカイン、か……』

 

 私はこっそり鎮守府から抜け出して近場の電話ボックスから中将にこれまでの顛末を話した。

 電話口から帰ってくる中将の声はやはり暗い。

 

「中将、正直に答えてくれ。この場合、全てが終わった後、私達はどう処分される?」

『……なんとか、依存度の低い艦娘は儂が引き取ってでも助けてやりたいが、おそらくは薬の摂取が断たれれば大半は使い物にならなくなるじゃろうな。そうなった時は、すまぬが…………』

「いや、謝らなくていい。間宮さんからもその話をされたから確認したかっただけだ」

 

 それを覚悟で、私はやると決意したのだ。今更、中将に話が違うじゃないかなどとまくし立てる気など一切ないし、そんなことをしても虚しいだけであることも重々承知している。

 

「明日の夜、証拠を持って中将の鎮守府に出発するつもりだ」

『わかった、川内達を待たせて保護しよう。それで、証拠というのは?』

「コカインの入った袋、取引先と輸入ルートの資料、そして、薬の売買を証明する領収書だ」

『うむ、十分じゃ。川内達はそちらの鎮守府哨戒海域ギリギリまで近づけておく。ランデブーポイントは――――』

 

 鎮守府にはある一定の哨戒海域が設定されている。これはその海域内の管理管轄をその鎮守府が担うという取り決めで、同時にその海域に担当鎮守府以外の艦娘が緊急時を除き、無断で立ち入ることは許されていない、一種の領海のようなものでもある。

 戦果というもので鎮守府同士の競争を図る以上、鎮守府間でトラブルを避けるためにもある程度区分というものが必要になるのだ。

 そういった点から、どうしても私は単独である程度の距離を航行することを覚悟せねばならなかった。

 途中、運が悪ければはぐれ深海棲艦に出会うかもしれないし、犬見に勘付かれれば数多の追手が迫ってくることだろう。

 そういったあらゆる状況を考慮すると、駆逐艦一隻でランデブーポイントまで辿り着くのは決して容易ではない。

 

『すまぬが、なんとか逃げ切ってくれ。最悪、ダメだと思ったら照明弾を撃て。海域侵犯してでも助けにいかせる』

「わかった。少し長電話し過ぎた、そろそろ切るぞ」

『うむ、頼むぞ、磯風』

 

 私は受話器を戻して電話ボックスを出ると鎮守府の裏口へと走った。

 

 

 翌日。その日の演習を終わらせると私は間宮さんに食堂に呼び出された。

 

「どうしたんだ、先生?」

「今日の夜よね」

「ああ」

 

 昼時を過ぎた食堂には他に人の気配はなく、厨房は完全に私と間宮さんの二人きりだ。

 間宮さんは台所の上に、厚手の布の巻物のようなものを置いた。

 

「磯風ちゃん、これを」

「ん? 先生、これは……三徳包丁? しかも、凄い業物じゃないか!」

 

 彼女が丁寧に巻物の紐を解くと、その内から丁寧に手入れが行き届いた様子の三徳包丁が姿を現した。

 それは、いつも間宮さんが料理に使っていた業物。美しい流形の波紋を持つそれは、ただそこにあるだけである種の威圧感さえ感じてしまう。

 

「磯風ちゃん、私はもう先生ではないわ。もうあなたに教えられることはない……というかもう私には教えることはできないというか……とにかく、これはその餞別よ」

「ありがとう、先生! でも、いいのか、本当に?」

 

 包丁は料理人にとっての命。易々と渡せるものである筈がない。しかし、間宮さんは躊躇いなく頷いて言った。

 

「その包丁は良い料理人が使うべきよ。私なんかじゃない、磯風ちゃんのような料理人に」

「そんな、私にとっては先生こそ最高の料理人だ」

「私は料理人なんかじゃないわ」

 

 私の言葉に間宮さんは首を振って笑った。

 

「あの粉を鍋の中に入れた時、私は料理人を辞めたのよ」

「…………」

「だから、どうかそれは磯風ちゃんが使って」

「……絶対に、大切にする」

「ありがとう」

 

 間宮さんの声は涙声になっていた。

 彼女も長いこと苦しんでいた。自分では終わりたいと思いながら、ずっと薬への依存と薬がなくなった後の不安と恐怖で終わり切れないでいたのだ。

 そして、この包丁。

 これを私に餞別として渡すということは、すなわち覚悟なのだ。犬見と向き合い、この鎮守府の終わりを見届ける覚悟。

 私は、彼女のそれに応えねばならない。

 

 

「あ」

「あ……」

 

 食堂から包丁ケースを持って出た所で、昼食の食器を下げに来たらしい浜風とばったり遭遇した。

 唐突な遭遇に私も浜風もしばらく固まっていたが、やがてゆっくりと私は扉の前から体を避け、浜風も軽く会釈すると、体で扉を押し開けて食堂の中に入っていった。

 

「……仲直り、しなくちゃな」

 

 川内の言葉を思い出して、私は、落ち着きなくその場で浜風が出てくるのを待つこととなった。

 今日を逃せばもしかしたら再び私達が話す機会はないかもしれない。

 だからせめて、わだかまりは解いておきたい。

 

「浜風」

「……わざわざ、待ってたんですか」

 

 食堂から再び出てきた浜風はそこで待っていた私を見て目を大きくして驚いている様子だった。

 

「その、この前のことなんだが、その……すまなかった!」

「…………」

 

 仲直りなどしたこともないので、どうすればいいのかなどわからなかった。だから、私は謝った。

 あの時、私が言ったことは明らかに浜風を傷つけた。そのことに関しては絶対に謝らなければならないと思ったのだ。

 浜風は頭を下げる私をしばらく無言のまま見つめていた様子だったが、やがて笑い声をもらした。

 

「な、なんだ?」

「いえ、すみません。少し、拍子抜けしてしまって。きっとまだ怒っていると思っていたので」

「浜風こそ、怒っているんじゃないのか?」

 

 私がそう尋ねると、浜風は困った風に笑って同じように頭を下げた。

 

「いえ、私もあの時は言い過ぎたと後悔しています。本当に、ごめんなさい」

「あ、ああ」

 

 こうして、悩んでいた時間の割にあっさりと、ものの数十秒で私達は仲直りを果たしたのであった。

 

「浦風と谷風にも謝らないとな」

「浦風は昨日から遠方の作戦海域に出ているので帰ってくるのは明後日くらいになるらしいですよ。谷風は、今日も夜遅くまで遠征ですね」

「そう、か」

「浦風が帰ってきたらささやかですが、四人集まって食堂でご飯でも食べましょう。その時、二人にも謝れば大丈夫ですよ、きっと」

「…………」

 

 駄目だ。それじゃ遅すぎる。

 この鎮守府は今日で終わるんだから。

 私が苦い顔をしていると、浜風が不思議そうに顔を覗き込んでくる。

 

「どうしたんですか、磯風?」

「い、いや」

 

 待て。今、いっそのこと浜風に全て打ち明けてしまうのはどうだ。

 一人では川内達と合流するのは厳しい。ならば、浜風や谷風に話して協力してもらえばいいんじゃないか。

 

「浜風、実は――――」

 

 この鎮守府の真実を話そうと口を開いた所で、一つの最悪の未来が見え、胸中に不安が湧き出てきた私は言葉を切った。

 

――もしも、浜風が私の提案を拒否したら?

 

 この鎮守府の非道な行いを訴えても尚、浜風が犬見側についたら、どうなるのか。

 そんなことはないと信じたい。信じたいが、私と浜風の喧嘩の原因は犬見の思想への賛否が元々の原因だ。

 もしかしたら、浜風がまた犬見を庇いたて、私に協力してくれないかもしれない。それに、この鎮守府がなくなれば、大半の艦娘はおそらく処分されてしまうというリスクがある。

 それを聞いて浜風がどう思うか。

 私はそれでも犬見を止めるべきと選択したが、もし、浜風が私とは違う選択をしたのならば、きっと作戦決行の夜を待たず、私は犬見に拘束され、全てが水泡に帰す。

 私の視線は右手に持った包丁ケース、しいては中の三徳包丁に向けられる。

 もし、作戦が失敗すれば、意を決して協力してくれた間宮さんの覚悟まで踏みにじることになる。

 それだけは駄目だ。

 

 

「どうしたんですか? なんだか、様子がおかしいですけど……?」

「い、いや。すまない、なんでもない」

「え、気になるんですけれど」

「すまない、全部終わったらきっと話すから」

「そうですか……? あ、もう私戻らないといけないので、すみませんが、ここで!」

「あ、ああ」

「では、また後で!」

 

 浜風は廊下を駆けていきながら私の方を振り向いて笑顔で手を振っていた。

 私は手を振り返しながら、遠ざかっていく彼女を罪悪感に苛まれながら見つめていた。

 

「すまない。もう、後はないんだ」

 

 全部終わってから話せばきっとわかってもらえる。

 私はそうして、作戦決行の夜を待った。

 

 

 その夜。私はドックから事前に朝一で整備してもらいたいという口実で置いておいてもらった自分の艤装を装着し、地下室へと急いだ。

 この鎮守府における地下室とは主に遠征や出撃で得た資源の一時保存、あるいは艦娘を介して輸出入された物資を保管してある場所だ。

 世界中の制海権が深海棲艦によって奪われた現在、海運の仕事は主に艦娘の携わるものとなっている。

 故に、この地下室には所狭しと、輸出品、輸入品、一時保管品など数種類に区分された様々な物品が並んでおり、その全ての把握は提督ですら難しい。

 例え、見慣れぬドラム缶が一つ増えていたところでその差異に気付く者などいないのだ。

 

「これが、先生が用意してくれた証拠品か」

 

 一見すれば普通の輸送用ドラム缶だが、中身には昨日彼女に手配したありとあらゆるこの鎮守府の違法取引の証拠品が詰まっている。

 保存のため密封状態にしておく必要のある物品もあるということで中を見て確認することはできないが、ドラム缶の蓋に、間宮さんが指示した通りの貨物番号があるので、間違いはない。

 

「……よし、行くか」

 

 ドラム缶を持って私は再度ドックへ戻ると、アンカーでドラム缶と艤装を接続し、出撃用のシャッターを開き、海面に浮かぶ。

 その時だった。

 

「――こんな夜に散歩かい? 磯風?」

「……提督か」

 

 銃を片手に構え、銃口を私に向けてほほ笑む犬見の姿がそこにあった。

 しかし、私には少しも焦りはない。

 

「すまないが、お前のやっていることを見過ごすことはできない。皆は解放させてもらう」

「やめておけ。正義感で動いてもろくなことにはならないぞ」

「動かなくてもろくな結末は待ってないだろ?」

「ふふ、そうか、全て知ってしまったか」

 

 犬見はそう言うと二、三発、私に向けて引き金を引く。

 真夜中のドックに銃声が響き渡り、私の周りに三つ程小石が落ちたかのような水音と波紋が立っていた。

 私に当たった銃弾がひしゃげて海に落ちたことによるものだ。

 

「無駄だ。艤装を付けた艦娘にそんなものは通用しない」

「ああ、知っているとも」

 

 艦娘は艤装を付けた瞬間に皮膚の表面に薄い透明の膜のようなものが張られる。それは、あらゆるダメージを艤装や着用している衣服などに分散させ、母体の身体を守ってくれるバリアのようなものだ。

 勿論、ダメージが超過すれば艤装や衣服に分散しきれないダメージは本体に届くし、艤装が損傷するとそのバリアの効果は弱まっていく。

 しかし、少なくとも拳銃やアサルトライフルをどれだけ撃たれようが、艦娘には毛ほどのダメージも与えられないのだ。

 

「磯風、最後のチャンスだ。命令だ、『今すぐこちら側へ戻ってこい』」

「断る」

「そうか。私の命令に逆らうということがどういうことかは、以前にも教えたね?」

 

『――――ゆめゆめ忘れるな、裏を返せば、私の命令に逆らうことは、破滅に繋がるぞ』

 

 犬見が以前私に言った言葉が脳裏をよぎる。

 

「そうだな、私はきっと破滅する。だが、その時はお前も一緒だ」

「そうか、覚悟の上か。ならば止めないよ。磯風、お前はもう、いらない」

 

 そう言って、犬見は私に背を向けてドックから出て行った。

 恐らくは追撃隊を出して私が川内達と合流する前に沈めるつもりなのだろう。私は足早にランデブーポイントへ出発した。

 

 

「――はぁっ! はぁっ!」

 

 ドラム缶を引っ張りながら夜の海を一人走り続けるというのは存外体力を奪われる。何しろ、陸と違って街灯なんて一つもない。

 探照灯で前方を目いっぱいに照らし、コンパスと電探で方位と敵影を確認しながら常に気を張った状態で走り続ける。それは精神的にもキツイのだ。

 

「――っ! 電探に反応……後ろから、二隻! ついに追いつかれたか……!」

 

 電探が後ろから私を追ってくる艦を二隻補足したところで、状況は一変した。

 私は探照灯を消し、より航行速度を上げて、追手を巻こうとするが、距離は離れるどころかどんどん近づいてくる。

 

「……戦うしか、なさそうだな」

 

 私は、航行速度を落として、ドラム缶と繋がっているアンカーを外すと、息を整えて臨戦態勢に入った。

 少なからず戦闘になることは予期していたので、弾薬は十分に積んできている。

 そう時間はかからず、私の耳にも艦娘の艤装の稼働音が近づき、次の瞬間、私の視界一面を強烈な光が包み込んだ。

 

「……見つけたよ」

「まさか、本当に……」

 

 探照灯の光に目がくらみ、よく姿が見えない。

 しかし、その声を聴いて私はすぐに追手の二人が誰なのかを理解した。

 

「谷風……浜風……!」

 

 よりによって、この二人を私に差し向けるのか。

 今は姿の見えぬ犬見に対し、歯ぎしりをしながら、悲しそうに私を見つめる浜風と谷風に口を開いた。

 

「すまないが、見逃してくれ」

「そいつはできないよ、磯風」

「なんで、こんなことをするんですか? 提督を裏切るような真似……」

「聞いてくれ、二人とも! あの提督はお前たちの思っているような人間じゃないんだ!」

 

 それから数分間、私の口からはまるで決壊したダムのように絶えず言葉が流れ出した。これまでの犬見の言動に感じたこと、中将と出会ってわかったこと、間宮さんから聞いたこの鎮守府の非人道的な違法行為、そして、何より私達は犬見にとって、ただの道具にすぎないこと。

 一通りすべて話し終えると、思い出したように私はむせ返る。

 呼吸も忘れて言葉を吐き出し続けた。昼の時は言えなかった自分の思いを全てぶつけた。これで、きっと二人も理解して協力してくれる。

 そう、信じていた。

 

「もう、やめてください」

 

 しかし、私に向けられたのは差し伸べられる二人の手ではなく、その手に装着された連装砲の砲塔であった。

 

「え?」

 

 私は訳が分からないと言わんばかりに疑問をぶつけた。しかし、二人からは苦渋にまみれた表情が返ってくるばかり。

 

「やっぱり、提督の話は本当だったみたいだね」

「は? 提督の話? なんだ、それ?」

「提督から話は聞きました。あなたと間宮さんが、裏でこの鎮守府への反逆を企てていると」

 

 なんだ、その下らないホラ話は。そんなの嘘に決まっているだろう。まさか、そんな話を二人は信じたのか?

 

「先刻、間宮さんを拘束し、営倉に収監しました。磯風、あなたは騙されてたんですよ。あの女に」

「お、お前達……本気で言っているのか?」

 

 声が震えた。

 体が熱くなった。

 私は、体の奥底で沸々と煮えたぎる憤怒を必死で抑え込むのに必死だった。

 

「さぁ、磯風。もう帰ろう。提督も磯風は間宮に洗脳された被害者だから罰は与えないって言っていたよ」

「やめろ」

「昼に様子がおかしかったのはこれのせいだったんですね? 相談してくれればその場で正気に戻してあげられたかもしれないのに」

「やめてくれ」

 

 これ以上、声を聞いていると私はお前達が嫌いになりそうだ。

 

「さ、馬鹿なことやってないで、とっとと帰ろうよ! 私、遠征から帰ったばかりで駆り出されてもうくたくただよ!」

「そうですね、これ以上は明日に支障がでますし……ほら、磯風、いきましょう?」

「ふざけるな」

 

 浜風が差し伸べた手を私は振り払った。

 

「なんで、そんなことが言えるんだ……あの間宮さんが、お前達も散々お世話になっていただろう? そんなあの人が、本当に悪人だと思っているのか!?」

「いや、そりゃ私だって信じたくはないけどさぁ。けど、事実なんだよ――――」

「私もとても残念です。今でも信じられません。でも、信じるしかないでしょう――――」

 

「――――提督がそう言ったんだから」

「――――提督がそう仰られたんですから」

 

 その時の私の心情は筆舌しがたい。

 体が焼けるように熱く、心臓の鼓動は高鳴り、呼吸は荒く、視界が朦朧としかけていた。悲しくて、苦しくて、許せなくて、信じたくなくて、耳を塞いでしまいたかった、これ以上目を開けていたくなかった。

 私の心はあらゆる負の感情に満ち満ちてしまっていた。

 寸前まで私の胸中に渦めいていた言葉はこうだ。

 

――どうして、何一つうまくいってくれないのだ。

 

 しかし、二人のこの言葉を聞いた瞬間、急に、そういった感情が一気に消えた。

 消えた、というより冷めたという方が正しいのかもしれない。

 まるで、浴槽に満杯まで溜まっていたお湯が排水溝の蓋を開けた途端、あっという間に引いていく感じ。

 そして、私は谷風に連装砲を向けてその引き金を引いていた。

 

「――ぐわっ!?」

 

 この時のことはよく覚えている。

 感情に任せて思わず撃ったとか、気が付いたら引き金を引いていたとか、そんな可愛らしいものではない。

 むしろ、この時の私は、自分でもゾッとするほど冷静に、照準を合わせ、艤装の脆い箇所に当てることを念頭に、一切の躊躇なく谷風に砲撃を行っていたのだ。

 おかげで、彼女はこの一発で艤装が中破してしまっていた。

 何故谷風に砲撃したのかと問われれば、私の連装砲が右手についており、向かって右側に立っていた彼女の方が狙いやすかった程度の理由しかない。

 この時の私は、まるで機械のような殺意を二人に向けていた。

 

「磯風! 何てことを!」

「洗脳されているのはお前達の方だよ、谷風、浜風」

 

 私はすぐに砲塔を浜風に向けてもう一発砲撃を行う。

 今度は躱されてしまったしまったが、狼狽した浜風と谷風の表情を見て、依然、優位はこちらにあることを確信した。

 

「どうして、何一つうまくいかないんだ」

 

 私の言葉には怒りはない。その言葉は嘆きだった。

 私は続けて数発、谷風と浜風を狙いながら交互に砲撃を続けた。

 

「や、やめてください! 磯風! 落ち着いてください!」

「私は落ち着いているよ」

「駄目だよ、浜風! こいつ、もう手遅れだ! くそ! 間宮め、よくも磯風を!」

 

 もう、彼女達の誤解を解いてやる気にもなれない。

 私の中で、半ば諦めにも近い残酷な覚悟が決まっているのだ。

 

「谷風、浜風。逃げるのなら早く逃げてくれ。私はわざわざお前達を追うことはない」

 

 そうしてくれるなら、それが一番いい。

 

「……谷風、仕方ないです」

「ああ、わかってるよ。私だって覚悟決めたさ! こうなったら仕方ない。提督の命令通り、せめて私達の手で楽にしてやるんだ……! 畜生めッ!」

「そうか」

 

 ああ、やっぱりうまくいかないのか。

 でも、もういい。諦めたよ。

 仕方ない。もう、仕方ないんだ。

 

「じゃあ、私はお前達を殺すよ」

 

 さようならだ、私の親友達。

 

 

 




次話、過去編終了(もしかしたらもう一話使うかも)


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