七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
七丈島鎮守府提督暗殺計画。

※今話には冒涜的なキャラ崩壊、救いようのない下ネタが散見されすぎています。
注意されたし。




第四十三話「一体なんの話でちかあああああああああああああッ!」

 

「な、なんだって……!?」

 

 私は薄暗い鎮守府の廊下、その曲がり角の壁際に体を寄せながら思わず小さな声を洩らしてしまい、慌てて口を手で塞ぐ。

 私の名前は磯風。

 この七丈島鎮守府に在籍している艦娘の一人であり、そして、唯一提督の危機を図らずも知ってしまった艦娘である。

 

「磯風ちゃん、どうしたの? 急にそんな火曜サスペンスの第一発見者みたいな顔して」

「そんな顔をしていたのか、私」

 

 まぁ、状況的にはあながち間違ってもいないかもしれないが。

 

「美海には聞こえなかったか?」

「伊51さんが何か独り言呟いてたのはわかったけど、内容は全然」

「そうか。あと伊51じゃなくて伊58だぞ、美海」

「どうする? そろそろ声かける?」

「……いや、もう少し様子を見よう」

 

 美海には聞こえていなかった。だとすれば、ますます提督に迫りくる危険に先んじて対処を講じることができるとすれば、それは私だけ。

 私は今、確かに聞いた。

 おそらくはこの曲がり角の先にいるであろう伊58の声を。

 

『七――――――府。提督――――私が潰し――――でち』

 

 そう、伊58はこう言っていた。それもとんでもない怒りを秘めた声で。

 最初の方は少し聞き取りにくい部分もあったが、ここまで聞けば私でもわかる。

 『伊58』、『提督』、おそらくは『潰す』というワード。これだけでも十分に物騒な雰囲気は十二分に伝わってくる。

 しかし、これを私がかつて瑞鳳とプリンツに教えてもらったある知識とつなげることでその真の恐ろしさが露わになる。

 そう、あれは大和が来る数か月前の出来事だった。

 

『――はー、ただいまー、全く疲れちゃうわ』

『おかえり、瑞鳳。三か月ぶりの帰宅だな』

 

 両手に貢がせた――本人は貰ったと言っていたが――お土産らしき高級スイーツが一杯に詰め込まれた袋を持って瑞鳳が鎮守府でいつも通り料理の修行に明け暮れる私の前に現れた。

 

『ん、磯風、久しぶりね』

『またデートか?』

『そーよ』

『凄いな、どうやったらそんなに男の人にモテるようになるんだ?』

『ズバリ、男の弱点を知ることね、ズバリ』

『男の弱点?』

『あ、瑞鳳がいるぅ、珍しー』

 

 私と瑞鳳が話している声を聞きつけたのか、プリンツも会話に入ってくる。

 

『あら、プリンツ、久しぶり。今、磯風に男の弱点について教えていたのよ』

『男の弱点? あー、そんなの簡単だよ』

『男の弱点……大人な響きだな! 一体それはなんなんだ?』

『チ●ポだよ』

『チ●ポよ』

『……え?』

 

 一瞬、私の脳内でビッグバンがイメージとして現れる。

私にとってそれほどの衝撃を与える単語が二人の口から一斉に放たれたのだった。

 

『え、と……』

『いい? 男なんて所詮はケダモノ。扱い方を誤れば筋力的に劣る私達は明らかに不利。しかし、アソコさえ掌握してしまえば理性なき獣が支配者たる私達に触れることは決してできないのよ』

 

 あまりの衝撃に私がろくに喋れないでいると、頼んでもいないのに瑞鳳が熱弁を始めた。改めて瑞鳳は凄いなと思った。しかし何故だろう、微塵も尊敬できる気がしない。

 こんな大人になりたいと一切思わせない所がまた凄いと思う。

 

『うんうん、男はアソコに一撃入れれば下手をすると命を落とすらしいからねぇ』

『そ、そうだったのか……!』

『うん、男性として死ぬんだよぉ』

『ん? 男性として、死ぬ? よくわからないが、まぁいいか……!』

 

 何を言っているのか高度すぎて理解できないし、理解してはいけない気がした私はそこで考えるのをやめた。

とりあえず男の弱点というものを知ったことで、あの時私はまた一つ大人の階段を一段上ったのだ。

 今思うとむしろ踏み外していたかもしれない。

 

「――うん、今思い出すと大和が来る前の七丈島鎮守府はヤバいな」

 

 他所に見せていいものではないな、あれは。世間一般的な瑞鳳とプリンツのイメージが汚されていけない。

 大和がいたら何回ツッコミが入ったかわからない。

 

「さっきから様子がおかしいけど、どうしたの?」

「いや、なんでもないよ…………美海は、どうかそのままでいてくれ」

「何、急に?」

 

 それはともかくとして、だ。

 伊58が提督に受けたセクハラ、伊58のあの怒りよう。そして、『提督』の何かしらを『潰す』というワード。

 導き出される結論は――――

 

『七丈島鎮守府。提督のチ●ポは私が潰してやるでち』

 

 そう、伊58はこう言っていたに違いない。

 奴め、なんて恐ろしいことを考え付くのだ。

 そんなことをしたら提督はどうなってしまうんだ。というか、潰された場合、あれを失ってしまった提督はどうなるんだ、性別的に。

 男なのか、女なのか。

 ああ、そうか、これが男性的に死ぬという意味――――

 

「ああ、理解したくなかったのにッ! クソッ!」

「磯風ちゃん!? なんで急に顔を壁に叩きつけるの!?」

 

 また一つ階段を踏み外した気がする。

 

「大丈夫だ、安心してくれ。私は怪我一つないぞ、艦娘だからな」

「私、磯風ちゃんの体よりも心の方が心配だよ!」

 

 いたずらに美海の不安を駆り立ててしまった。

 あともう少し大和(ツッコミ)が早く来てくれていれば何か違ったかもしれない。

 

「――そこで隠れているのは誰でち!」

「バカな、見つかった!? 完全に私達は奴の死角にいるはずなのに!?」

「あんなダイナミックに壁に顔叩きつけたら音でバレるよ!」

 

 美海も中々キレのいいツッコミをする。

 将来有望だな。

 

 

「――理解したくなかったのにッ! クソッ!」

「でち!?」

 

 背後から突如聞こえた声に、私は思わず柄にもない声をだしてしまう。

 しまった、まさか人がいるとは思わなかった。

 何せ、七丈島艦隊の奴らも提督も今は食堂で揉めていると思っていたからだ。

 食堂を出ていく時の様子ではまだ落ち着きを取り戻すには時間がかかると思ったが。矢矧とかいう艦娘は人を殺しそうな目をしていたし。

 

「そこで隠れているのは誰でち!」

 

 私は背後の、おそらくは曲がり角の陰に潜んでいるであろう何者かに勇んで怒鳴り声を上げた。

 ここで怯んだり逃げることはありえない。そんなことをすれば、確実に無用な『疑念』と『警戒』を呼ぶ。

 無防備な記憶喪失の少女を演じ、図らずもあの変態提督のおかげで私はか弱い少女のポジションに加え、被害者としてのポジションをも得た。

 今の状況が、一番誰にも怪しまれず、警戒されず、かつ自由に動き回れるポジションなのだ。そう易々とは手放さない。

 確実にバレたと判断できるまではポジションを保持する。

 

「あ、あの、そのすまない、隠れるつもりはなかったのだが」

「私達、伊28さんが心配で……」

「ふん、さっきの友達ごっこの奴らでちか……ん? 今数が足りてなかったような?」

「どうしたんですか、伊58さん」

「…………まぁ、いいでち」

 

 提督との会話を聞かれたかもしれない。

 今重要なのはここだ。

 まずはその事実確認からだ。結果的に聞かれていようが聞かれていまいが、この事実確認をしない内には私には逃げるという選択肢はない。

 

「で、隠れて何してたんでち?」

 

 かつ、高圧的に真っ向からぶつかる。こちらにはやましいことはない、そういう主張を態度で示すのだ。

 もし、相手が私の声を完全に聞き取れていなかったとすれば、こちらが強気にさえ出ていれば勘違いで押し切れる。

 そして、私が居た場所から曲がり角までの距離、そして最低限の声量で話していたことを考えれば完璧に聞かれたという方が不自然。

 大丈夫、私の正体はバレていない筈。

 

「すまない、その……本当にそんなつもりはなかったんだが……聞いてしまったんだ」

 

 なんだと。

 私の頬を冷や汗が伝わる。

 いや、落ち着け。まだ焦るような時間じゃない。

 

「な、何を聞いたっていうんでち?」

「磯風ちゃん、聞こえてたんだ。それでさっきから様子がおかしかったんだね」

「様子が、おかしかったでちと?」

 

 それはつまり動揺していたということ。さらに言えば、内容が聞こえていたということじゃないか。

 まさか、本当に。

 膝がかすかに震え始めた。

 

「いや、でも、これは……言っていいものか……」

「言えって言ってんでち!」

 

 確実にバレたと判断できるまでは私は――――

 

「……伊56、お前が提督を、(男性的に)殺すって」

「伊58でち! って、え!?」

 

 やばい、完全にバレている。

 こういう場合、どうすれば。

 いっそ、ここで二人とも――――

 

「まぁ、だが、仕方ないのかもしれないな」

「え!?」

 

 何を言っているんだこの艦娘は。

 自分の提督が殺されると知っていながらそれを仕方ないで割り切るなんて。あまり情報はなかったが、あの提督はどうやらここの艦娘に嫌われているようだ。

 それならむしろ協力関係も築けるか。

 

「伊57に出合い頭にセクハラしちゃったからな。うん、(男性的に)殺されても仕方ない」

「お前の中の命、あまりに軽すぎないでちか? あと伊58でち」

 

 セクハラしたら情状酌量の余地なしの死刑宣告なんて聞いたことがない。

 想像を絶する嫌われようだな、あの提督。私が殺しに行かなくても待っていれば勝手に殺されていたのではないか。

 

「磯風ちゃん、流石にそれはちょっとあまりに酷すぎじゃないかな……」

「そうかな? でもペットとかも同じようにするだろう?」

「お前、ちょっと倫理観とか色々考え直した方がいいでちよ」

「うん、私もそう思う」

「そ、そうか……」

(おかしいな、飼い犬や飼い猫とかも発情期になると去勢すると聞いたんだが……)

 

 流石、犯罪者の巣窟だ。可愛い顔してなんて猟奇的な思考をしているのだ、この艦娘。

 私も長居すると逆にこいつらに殺されてしまうかもしれない。

 とにかく、ここは慎重に、荒波を立てないように穏便に話し合いで解決するべきだ。

 

「じゃ、じゃあ、お前は私が提督を(生物的に)殺すことに文句はないんでちね……?」

「んー、まぁ、大丈夫だろう、提督なら。(男性的に)死んでも誰も困らないだろうしな」

「お前、マジで提督嫌いなんでちな」

「何言ってるんだ、大好きに決まってるだろう!」

「お前は何を言ってるんでち!?」

 

 目の前の磯風が何を考えているのかさっぱり理解できない。なんだ、こいつ。

 

「まぁ、提督が(男性的に)死んでしまうことは悲しいことだが、あの提督のことだ、きっと全てが終わった後にはまた笑ってくれるさ」

「怖ッ! 死んだ後に笑うんでちか!?」

「なんだ、笑うことも許さないのか!? 提督だって人間なんだ、笑うくらいするだろう!」

「普通は笑わないでちよ!?」

 

 死んだ後に笑うとかそれ普通に心霊現象である。

 何よりそれをさも当然のことのように語る磯風が一番怖い。

 

「お前、本当に頭大丈夫でちか? 提督を殺すって言われてそこまで平然としているなんて信じられないでち」

「なに、大丈夫だ。だって店長と同じようになるだけだろう?」

「店長って誰でち!?」

「美海の父親だ!」

「お父さんは死んでないよ! ちょっと旅に出てるだけだよ!」

「でも、(男性的に)死んだからああなったんじゃないのか?」

「私のお父さんがオカマだからってそれは酷いよ、磯風ちゃん!」

 

 美海と磯風が勝手に二人で言い合いを始めてしまった。

 なんとなくだが、おそらく美海の父親は実際死んでいて、それを受け入れられない彼女は未だ父は旅に出ていると思い込んでいる。そんな所だろう。

 戦争中であるこの国では珍しい話でもない。

磯風がああやって説得しても美海は聞く耳持たず、という訳だ。

ここは私も彼女に一言声をかけてやらねばなるまい。

 

「美海っていったでちか?」

「何!? あなたも私のお父さんがオカマだからってバカにするの!?」

「ご愁傷さまでち」

「余計なお世話だよ! 憐れまないでよ!」

「わかってるでち、わかってるでち」

「伊48にお父さんの何がわかる!」

「伊58でち!」

 

 怒らせてしまった。仕方ない、まだ子供なのだ。これから時間をかけて向き合っていくしかないだろう。

 

「そもそも!」

 

ここで美海が私と磯風の間に割り込んで声を上げる。

 

「なんか、さっきからおかしいよ? 二人とも明らかに話噛み合ってない!」

「何を言ってるんだ、私達はさっきから提督を(男性的に)殺す話をしていたんだろう?」

「そうでち、私が提督を(生物的に)殺すという話でち。まぁ、まさか磯風が賛同してくれるとは思わなかったでちが」

「そう、そこなんだよ。いいの、磯風ちゃん? 提督が死んじゃうんだよ?」

「まぁ、いいとは思わないが……しかし非は提督にあるしなぁ」

 

 そこで美海が何か気付いたかのように小さく「ああ」と声を洩らすと、今度は私の方に向き直って尋ねる。

 

「伊108さん。提督を殺すって言ったけれど具体的にはどういう風にするの?」

「お前、それワザとでちな? 具体的には? まぁ、心臓をナイフで一突き、でちかねぇ」

「な、なんだと!? それじゃ本当に死んでしまうじゃないか!?」

「だから、さっきからそう言ってるでち!」

 

 本当に何を言っているのだ、こいつは。

 しかし、焦った表情を見せたのも束の間、磯風は何かを納得したように頷くと笑みを浮かべる。

 なんというか、少し見下されたように感じて腹が立つ。そんな笑みだった。

 

「さては伊59は知らないな? 男の弱点がどこにあるのかを」

「お前もわかっててわざとやってるでちな! 男の弱点? なんでち、それ?」

「心臓じゃないぞ。提督のチ●ポは股間についているんだぞ」

「一体なんの話でちかあああああああああああああッ!」

 

 自分でも顔全体に血が上っているのがわかる。

 美海の方も同じく顔を真っ赤にしてプルプルと震えて口を覆っている。

 

「え? え?」

 

 そこでようやく磯風は自分の話がずれていることに気が付いたらしい。

 こいつ、ぶん殴りたい。

 

 

「――成程、つまり、全ては私と伊88の間で殺すの意味が異なっていたと」

「そうみたいでちね。なんでちか、男性的に殺すって。あとそろそろ名前いい加減にしろでち」

「いや、だってプリンツが」

「私のお父さんは死んでないからねッ! あと男性的にも死んでないからねッ!」

「あ、ああ」

「わ、わかったでち」

 

 取りあえず数分の話し合いの後、私と磯風の間の誤解は解けた。

 

「で、伊58。お前は提督を殺そうとしていると。命を奪うという意味で」

「あ、はいでち……」

 

 そして、私の目的も自動的にバレた。

 今度こそバレた。

 

「い、一応聞くけど、勿論あれだよね? よく友達とかに冗談で言ったりする方の殺す、だよね……?」

「そ、それは勿論でち……本当に殺すわけないでち……ムカついたから冗談で、言っただけ……でち」

 

 少し怯えた表情で美海が出してくれた助け舟にそのまま便乗する。

 正直、先刻あれだけ口を滑らせておいて冗談も何もないが、きっと美海はその現実を突きつけられるのが怖いのだ。

 それはそうだろう。殺人を計画しているなどと言っている奴と関わり合いになんてなりたい筈がない。

 丁度いい、こちらも逃げ道ができて万々歳というものだ。

 

「――いや、冗談なんかじゃないだろう、伊58」

「い、いやいや冗談でちよ」

「さっきのお前の目は冗談で言っている目じゃなかったよ」

「でち……」

 

 磯風の鋭い目線に私は思わず視線を外すように顔を背けた。

 私はバカだ。冗談で通るわけがない。

 わかっていた筈だろう。ここは犯罪者の巣窟だ。

 人殺しだって経験しているだろう。そんな『先輩』から見れば、私が冗談で殺すと言ったのかそうでないかなんて見抜かれるに決まっている。

 

「だったらどうするでちか? 他の仲間や提督に言うでちか?」

「…………」

「磯風ちゃん……?」

「言わないよ」

「は……?」

 

 そう言うと、磯風は私に背を向けて歩き去ろうとする。

 

「な、ちょっと待つでち!」

「言わない、本当だ」

「それが本当だとしても、そうする理由がわからないでち!」

「お前がどうして会ったばかりの提督を殺そうとしているのか知らないが、好きにすればいい。絶対にお前は提督を殺せない」

「それは私を――――」

 

 馬鹿にしているのか。そう続けようとした口が突然凍り付いたように動かなくなった。

 磯風の射殺すような視線に、あまりに冷たい目に、金縛りにあったように動けなくなった。

 動いたら、殺される。そんな気がした。

 

「――殺せないよ。だが、それでも、万が一にでも、お前が提督を殺せたなら、その時は私がお前を殺す」

 

 今度は勘違いではない。

 命を奪うという意味で、彼女は『殺す』言ったのだ。そう、一瞬で理解できた。

 

 





伊58って名前言いにくいと思う(唐突)

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