ババ抜きって楽しいよね!
磯風ハンバーグを賭けて始まった
席替えの結果、席順はこうなった。
瑞鳳、プリンツ、大和、天龍、磯風。
「じゃ、カードを配るわ」
全員が一度ずつシャッフルを終えると瑞鳳がカードを配り始める。
この席順を見て、天龍は既に一つの策を思いついていた。
(この席順なら……ジョーカーの場所によってはいけるかもしれねぇ)
天龍は手札が配られる間、目を瞑って何かしばらく真剣に考えていたかと思うと、最後の一枚が配り終わったのと同時にゆっくりと目を開けた。
その時の天龍の意味深な笑みに気付いた者は瑞鳳とプリンツだけであった。
(何か、企んでいるわね)
(なんにせよ、絶対にお姉様には負けさせない!)
そして、全員が配られた手札を開くと同時に天龍は天眼を発動した。
(いくら天眼を封じようとも、この瞬間だけは手札を見ざるを得ねぇ!)
最初に手札で既にペアになっているカードを場に出す作業。この時だけは絶対に手札を見る必要がある。
つまり、この時、天龍は全員の手札を天眼で盗み見ることが可能なのである。
(とは言っても、俺は瑞鳳みてぇにできた頭は持ってねぇからな。この場で全員の手札を覚えるのなんざ不可能。だから、まずはジョーカーの所在! 次にプリンツの手札だ!)
天龍はそれぞれの手札を見てジョーカーのありかをさぐる。
(成程、ジョーカーは磯風の所に行ったか。よし、上々だ。次にプリンツの手札!)
プリンツの手札は相変わらずの幸運によって大体のカードは最初に捨てられる。なので、彼女の手札を覚えるのは天龍でも容易い作業であった。
(プリンツの手札で残るカードは……9、5、6か)
現在の手札の状態はこのような状況であった。
瑞鳳 : 2 4 5 8 9
プリンツ: 5 6 9
大和 : 2 4 7 8 10 J
天龍 : 5 6 7 8 K
磯風 : 5 8 10 J K ジョーカー
「じゃ、私から行くわよ」
瑞鳳はプリンツのカードを一枚引く。カードは6。
次にプリンツは大和の手札から2を引く。大和の手札にプリンツの有効札がないため、適当なカードが引かれている様子である。
「じゃ、私が天龍から引きますね」
(ここだ。まずはプリンツの有効札を大和に流さねぇためにここで5を死守する!)
天龍は扇形に手札を開いて大和に向ける。
この時、誰が天龍の手札の枚数が5枚から4枚に減ったことに気が付いただろう。
天龍は手札を広げると同時に5のカードだけを扇の裏に隠すようにスライドしたのである。実際は5枚目のカードが扇形に開かれた手札の裏にあるが、大和からは4枚しか見えない。つまりは、自然とその4枚の中から選んでしまうよう仕向けられる。
「あ! 7が揃いました!」
(よし、これでいい)
大和が7のペアを捨てた所で、再び磯風に対し、天眼を発動する。
天龍の天眼封じを行っているのは瑞鳳とプリンツだけで磯風と大和は常に自分の手札を開いているのでいつでも盗み見ることができる。
(磯風の手札は5 8 10 J K ジョーカーだ。ここで5を引く)
「おし! 5が揃ったぜ!」
天龍はペアになった5を場に出す。これでプリンツの有効札がプリンツに流れる事はなくなった。
「む、私は駄目だったか」
(ここじゃなかったか……全員の挙動を見た所ジョーカーは磯風。早いとこ磯風をジョーカー単騎にして天龍に引かせたいんだけれど)
磯風が瑞鳳から6を引き、一巡目は終了。
瑞鳳 : 2 4 5 8 9
プリンツ: 2 5 9
大和 : 4 8 10 J
天龍 : 6 8 K
磯風 : 6 8 10 J K ジョーカー
「ん、今度は私も揃ったわ」
続いて二巡目、瑞鳳がプリンツから2を引き入れ、カードを消費。
以前、大和に有効札がないため、Jを引いてプリンツは終了。
「じゃあ、私ですね!」
(まぁ、この三枚のどれを引かれようが磯風の手札に片割れがいる。問題ねぇ)
大和は6を引き、終了。
そして、天龍は天眼を発動、ここで思わぬ行動に出る。
「よし、こいつだ」
「え?」
天龍の引いたカードに磯風が驚愕の声を上げた。
天龍と磯風以外の三人は何が起こったのかと二人に視線を送るが、天龍の手札からカードが場に出ることはない。
つまりは特にペアはできていない。しかし、それで何故磯風があそこまえ驚いたのか、大和とプリンツにはわからなかった。
その可能性に辿り着いたのは唯一人、瑞鳳。
(まさか……こいつ、ジョーカーを引いた!? 何のために!?)
瑞鳳は磯風の元にジョーカーがあることを知っている。その上で、天龍が引いた磯風が驚くようなカードと言えば、まずジョーカーしかない。
(天眼で好きなカードを引ける天龍が何故わざわざジョーカーを……いや、これは、まさか!)
(気が付いたか。流石は瑞鳳だぜ。だが、気付いた所でもう遅い。お前の位置からはどうすることもできねぇ!)
最後に磯風が瑞鳳から4を引き、二巡目が終了。
瑞鳳 : 5 8 9
プリンツ: 5 9 J
大和 : 4 6 8 10
天龍 : 8 K ジョーカー
磯風 : 4 6 8 10 J K
そして、三巡目。天龍の目論見が明らかになる。
「……5がペアになった」
「うぅ、全然ペアにならないよぉ」
「な、なんかごめんなさい、プリンツ。あ、8がペアになりました」
「じゃ、俺の番だな」
天龍は自分の手札からKを投げ捨てると、磯風の手札中のKを引いて上に叩き付ける。
「悪いな、Kのペアが揃った。同時に、アガリ確定だ」
「え!?」
「嘘!」
「成程、そういうことか……!」
「…………ッ!」
手札に一枚残ったカードを見せつけるように目元で揺らしながら、天龍は大きな笑みを浮かべた。
そう、これで天龍は大和にジョーカーを渡すと同時にアガることになる。
これが天龍の立てた戦略であった。
「ふぃ~、やっぱ頭脳労働は俺には向いてないぜ。一気に疲れてきやがった」
「く、その笑み、ムカつくわね!」
瑞鳳が悔しそうに天龍を睨み付けていた。
無理もないだろう。瑞鳳にはわかっていたのだ。この結果が。わかっていて止められない。彼女には屈辱であったに違いない。
益々、天龍はニヤツくばかりである。
(せめて磯風に天眼のタネを教えておけばこんな腹立つことにはならなかったのに……!)
磯風は天龍が何かしらの方法で手札のカードを知る事ができるという所までは勘付きつつある。しかし、そのタネがわかっていないためにわかっていても防ぎようがない。
一つ前のゲームでプリンツと天龍がやって見せたカードを伏せる方法で磯風が勘付いてくれれば大いに助かったのだが、結局そんなことはなかった。
そこまでの点も含め、今回は天龍の作戦勝ちと言えるだろう。
「む、私も8が揃った」
(これで私のカードは9のみ! 天龍のアガリ抜けはもう防ぎようがないわ。だから、大和にいったジョーカーをなんとかしなくちゃならない!)
三巡目が終わり、それぞれの手札はこうなった。
瑞鳳 : 9
プリンツ: 6 9 J
大和 : 4 10
天龍 : ジョーカー
磯風 : 4 6 10 J
「プリンツ、まさか私の待ちカード持ってないわよね?」
「わかんないよぉ」
今後の事を考えると、ここで瑞鳳がアガってしまうのはなんとしても避けなければならなかった。
瑞鳳は慎重に手を伸ばし、プリンツの手札の真ん中のカードを抜き取る。
しかし、そのカードは奇しくも――――。
「9、アガったわ……」
「うう! ごめんなさい!」
アガッた。というより、アガッてしまったと言わざるを得ない。
「むぅ! また揃ってない!」
「本当にごめんなさい」
やはり大和の手札中に有効札は来ない。
そして、天龍から大和へとジョーカーが受け渡される。
「ほらよ。んで、アガりだ」
「ええ!? やっぱりこのカードですか!? それはないですよ!」
「はっはっは! 精々足掻くんだな」
高笑いする天龍。今更絶望的な声を上げる大和にワンテンポ遅い、と内心瑞鳳が苛立っていたのは知る由もない。
「じゃあ、次は私がプリンツからカードを引くって事でいいのか?」
「ああ、そうだな」
「よし、む、揃ったな10だ」
これにて四巡目が終了。
瑞鳳 : アガリ
プリンツ: 6 J
大和 : 4 ジョーカー
天龍 : アガリ
磯風 : 6 4 J
「せぇい!」
プリンツが大和の手札を引き抜く。ここでジョーカーを引けなければ大和の敗北が近づいて来てしまう。
しかし、引けない。
「やっぱり、引けない……!」
「そりゃ、ジョーカーなんて引かねぇよ。あのラッキーガールはな」
プリンツの幸運は確かに脅威である。しかし、その力は逆には作用しない。ジョーカーを引こうと思ってもそれはできない。
プリンツも運気に波はあるので、落ち目の時であれば引けたかも知れないが、そんな操作は利かないし、今のプリンツはとても落ち目ではない。
プリンツはジョーカーを引かないのではなく、引けないのである。
「うまく幸運を利用したわね……あれじゃ、大和は詰みじゃない」
大和の手札はジョーカーと数字のカードの計二枚の手札。しかし、プリンツがその幸運で必ずジョーカーを避けてしまうので、いつまで経っても大和はペアができない。
三人の中で大和だけが足踏みを続ける状態。
「このままじゃアガれないですって!」
「プリンツが先にアガればまだ希望はあるけどな」
「でも、残ったカードはジョーカーを除くと4、6、Jの三種類よ」
「そんでもって、磯風は自分の手札2枚とプリンツの手札3枚の中でペア作れば勝ちだ」
「磯風は3分の2の確率でアガリが確定する。無理よ。大体こうなっちゃうわよ」
「――む、6が揃った。私もアガリ確定だな」
そして、第3ゲームは最終局面を迎えた。
プリンツ: 4 J
大和 : 4 ジョーカー
磯風 : J
「今度こそ!」
プリンツが引いたのは4。当然だ。4はプリンツの有効札である。幸運によってどう足掻こうと引かされてしまう。
「そ、揃っちゃったよ」
「じゃあ、私はこれを大和に渡せばいいんだな?」
「い、一騎打ちですね」
大和の手中にはJとジョーカー。プリンツはJ。
次プリンツがJを引いてしまえばゲーム終了。大和の罰ゲームが決定する。
「う、うう!」
「さぁ、プリンツ! 運命の一枚です! 心して引いてください!」
「お姉様、ちょっと黙ってて!」
「ええ!?」
プリンツがジョーカーを引きたくて困っていることを大和は知らない。
(お姉様に磯風ハンバーグを食べさせる訳にはいかない! 絶対に私がここでジョーカーを引かなくちゃならない! 妹の名にかけて!)
しかし、どうしてもわからない。どちらがジョーカーなのか。
どちらを選ぼうと、幸運という運命力でジョーカーを引けないのではないだろうか。運命という壁が今プリンツに牙を剥いて襲い掛かっていた。
プリンツの頭が真っ白になりかけたその時、耳に聞こえてきたのは机を指で叩く音だった。
――トントン……トン………………トン……トントン……トントン
「おい、うるせぇぞ、瑞鳳」
「うるさいわね、落ち着かないのよ」
「瑞鳳…………あ!」
机を叩く瑞鳳とプリンツの視線が交差し、その時、プリンツは瑞鳳の意図に気付いた。
「引くのは『右』!」
プリンツは確信をもって自分から見て右のカードを引く。
「……プリンツ、やっちゃいましたね! それジョーカーです!」
「良かったあああああ!」
「え、何で!?」
驚く大和を他所に、ジョーカーを手札に加え、そのままプリンツは大和の目の前に差し出す。
「どうぞ、お姉様」
「あの、シャッフルしなくていいんですか? そのままだと、もろバレ――――」
「いいですから、早く!」
「ええ!?」
困惑しつつ、大和がJを引き、大和の二敗は免れた。プリンツが大きくうなだれる中、天龍が瑞鳳を睨み付けた。
「チッ、気付くのが遅れたぜ。さっきの机を叩く仕草、モールス信号か!」
「あんた如きが私を出し抜くなんて百年早いわ、脳筋」
瑞鳳はさっきの仕返しとばかりに瑞鳳はドヤ顔を見せつける。
「さぁ、次行きましょう!」
大和がトランプを整理しなおしながら高らかに声を上げる。こうして、なんとか最大の危機を乗り越え、ゲームは4ゲーム目へと持ち越されるのであった。
☆
4ゲーム目の席順はこのようになった。
大和、プリンツ、磯風、瑞鳳、天龍。その後、一人ずつシャッフルを終え、大和にシャッフルされた山札が渡されようとしたその時。
「おっと!」
「危ない!」
天龍がトランプを手放した位置に大和の右手はなく、トランプはそのまま床に落ちていく。
しかし、大和がテーブル下まで慌てて潜り込んでいったかと思うと、すぐに少し崩れた山札を鷲掴みにした左手を見せた。
「ふぅ、なんとか大丈夫でした」
「天龍、あんた今わざと落としてジョーカーの位置を確認しようとしたんじゃないわよね?」
「おいおい、俺がそんな器用な事出来ると思うか?」
嫌疑の目が天龍に向く。天龍の天眼ならば不可能ではない事を瑞鳳とプリンツは知っている。
しかし、天龍ははっきりと言い放った。
「おいおい、もし仮に俺がそれをやったとしても、それはバレなきゃイカサマじゃないんだぜ?」
「…………」
険悪な雰囲気を感じ取ってか大和が両者の間に入った。
「まぁまぁ、こうして山札も無事でしたし、いいじゃないですか!」
「まぁ、それもそうね」
一悶着ありながらも、取り敢えずは無事何事もなく山札のカードは全て配り終えられ、全員が手札を開いた。
「…………え? なにこれ?」
「…………あれー?」
「これは、びっくりだな」
「おいおい、なんだよこいつは!」
「珍しいこともあるものですねぇ」
手札を開いたまま、全員が固まっていた。
しばらくして、プリンツと瑞鳳が手札の全てを場に出した。
「あ、アガってるわ」
「わ、私も……」
「私も残り一枚だ」
「俺もだ」
「私もです」
信じられないことにゲーム開始よりも前に、既に二人のアガリが出た。しかも、残った三人の手札もそれぞれ残り一枚。
この時点で最初にカードを引かれる事になる磯風はアガリ確定。
実質天龍と大和の一騎打ちという図になっていた。
「おいおい、誰だ。こんなことしでかしやがったのは……ありえねぇだろ、こんなもん!」
「何万か何億分の確率なら一回はあるんじゃないかな……?」
「天文学的な数字になりそうで計算するのも嫌になるわね」
「あの、ハンバーグを温めなおさなくちゃなりませんし、取り敢えずこのまま決着つけちゃいません?」
「あ、ああ、まぁそうだな」
「それじゃ、磯風は準備お願いします」
「了解した」
取り敢えず、このババ抜きには時間もかかり過ぎていることもあり、想定外の事態だが、このまま進める事に誰からも異論はなかった。
「もう、分かってると思いますけれど――――」
磯風の最後のカードに手を伸ばしながら、大和は自分の手札を表向きに見せて言った。
「――私がジョーカー持ちです。引いてしまったら負けると思ってください」
自信満々に大和はそう言い切った。
(なんだこいつ……さっきまではまるで素人同然のカモだった癖に……急に嫌な感じだぜ)
天龍は自分の手に握られたスペードのAを見る。
大和の持つ二枚の内、どちらか一枚がジョーカー。
(なら、天眼で!)
「駄目ですよ」
「な!?」
大和は手札を裏向きにして机の下に隠してしまった。どうやら机の下でシャッフルしているようである。
「覗き見されそうですからね。こうやってシャッフルさせてもらいます」
「……おう、好きにしな」
天龍は椅子に腰を掛けなおす。
しかし、天眼による盗み見を諦めた訳ではない。
(甘いぜ! 俺の天眼は筋肉の動きまでもを捉える! 机の下でシャッフルしようが腕さえ見えてればその筋肉の動きで何回シャッフルしたかわかる)
最初に大和が持っていたカードがジョーカーである事をさっき大和本人から見せて貰って分かっている。
ならば、あとはそのジョーカーの動きをシャッフル回数から追うだけ。
「お待たせしました。どうぞ」
大和は二枚の手札をそれぞれ裏向きで机の上に置く。
「……悪いな、大和。この勝負、もらった!」
天龍は勝利を確信した笑みを浮かべ、迷いなく左のカードを手に取った。
「こいつで、アガ――――リ!?」
その笑みが驚きと焦燥に変わると同時に、大和の口角が吊り上がるのが見えた。
「残念。そっちはジョーカーです」
「え……嘘……そんな筈は!?」
何度見ても柄はジョーカーである。天龍は信じられないと言う顔でカードを急ぎシャッフルし始める。
(嘘だろ!? 俺の目が見間違えるはずがねぇ! いや、しかし、実際に……! くそ、今は考えるな! 次だ! 次で確実に仕留める!)
入念にシャッフルを繰り返し、天龍は大和と同じように裏向きの二枚の手札を机の上に置いた。
「さぁ、当ててみやがれ!」
「天龍、知ってますか?」
「ん?」
伏せられた二枚のカードを見つめながら大和は唐突に口を開いた。
「今ここに伏せられているのはジョーカーと『スペードのエース』なんですよ」
「そんなの知ってるが?」
「スペードのエースって他のカードと違ってすごく柄が書き込まれて複雑ですよね? なんでも偽造防止のためらしいんですけど」
「それがどうしたんだ?」
「そのせいで、スペードのAだけはインクの量が他のカードより全然多いんです。すると、スペードのAは少しだけ他のカードよりも重くなるとは思いませんか?」
大和は裏向きの二枚のトランプを重さを比べるように両手に持った。
「そんな微細な重さの変化なんて誰にわかるんだよ!?」
「私には、わかります」
瞬間、大和は右手に乗せていたカードを表向きにして机に置いた。
それは間違いなく、スペードのエースであった。
「嘘、だろ……!?」
「私の勝ちですね」
その瞬間、天龍の二敗が決定し、激闘の末、
「ほら、お待たせ。熱いうちにおあがりよ」
「――――!」
未だに敗北を信じられない様子の天龍の前に、間髪入れずに湯気を立ち昇らせたハンバーグプレートが置かれる。
普段ならば、一目散に食いつく天龍も流石に手を付けないまま冷や汗を流し続けている。そこに磯風がやって来て、ハンバーグを一欠片フォークで突き刺すと天龍の口元に持っていく。
「ほら、今度こそはきっと大丈夫だ。安心して食べるといい」
「い、いやだあああああああああああああ!」
「私はトランプ片付けてきますね」
「お姉様! 私も一緒に!」
「プリンツは数秒後に倒れる天龍をお願いします。瑞鳳と磯風じゃ荷が重いでしょうから」
「倒れる前提ですか、お姉様!?」
散らかったトランプを手際よく箱にしまうと、大和は食堂の扉を開けて出て行った。
「ほら、怖くない怖くない」
「くっ! もはやこれまで! ――――くわぁッ!?」
「あぁ! 天龍が死んだ! この人でなし!」
「ああ、やっぱり駄目だったかぁ」
「やっぱりって……磯風、あんたねぇ」
☆
「――あら? 大和じゃない? 食堂から出てきたってことは、昼食はもう食べたの?」
「あ、矢矧! 秘書艦、お疲れ様です」
食堂を出ると、少し先を歩いて来た矢矧と出会った。
私は、丁度いいとポケットから今使っていたトランプを『二組』取り出し、矢矧に手渡した。
「これ、ありがとうございました!」
「ああ、この前貸したトランプ……もう一組の方は?」
「たった今
「ああ、成程、どうだった? 初めての
「はい、矢矧に聞いた話が参考になりましたよ」
実は、私は決闘のことを以前、矢矧から既に聞き及んでいた。
その中で天龍の持つ天眼や、プリンツの幸運、瑞鳳のプロファイルなどについても詳しい説明を受けていた。
しかし、私は敢えて何も知らないフリを通した。何故なら、初心者を装った方が何かと都合のいい方向に物事を操作しやすいからだ。
例えば、決闘内容をババ抜きにしたり。
まぁ、厳密にはババ抜きである必要はないのだ。何かしらのトランプゲームであれば、ここぞという時に私が隠し持っていた二組目のトランプが使えるのだから。
「全く、こうしてイカサマの証拠隠滅って訳ね?」
「いやいや、イカサマなんてしていませんよ」
今回は3ゲーム目までは全て様子見であった。何もしなかったし、天龍にはやらせたい放題でもあった。
そして、完全に誰もが私を素人だとみくびった4ゲーム目。私は一気に勝負を付けるべく動いた。
わざと天龍から山札を受け取り損ねて床に落としかける。
そうしてテーブルの死角に入った隙に仕掛けを施した二組目のトランプを取り出してすり替える。山札を持つ手が右から左に変わっても皆中々気付かないものだ。
そうしてトランプのすり替えが終われば後はもう独壇場である。
五人に一枚ずつ配れば、手札が全てペアになるよう並びを細工し、天龍と一騎打ちの図式を作り、後はスペードのエースで仕留めるだけ。
ちなみにあの時、テーブルの下で私が手札をシャッフルしていた時、手札は二枚ともジョーカーにすり替えていたので、どちらを選ぼうが天龍がジョーカーを引く事は決まっていた。
そして、スペードのエースには――――。
「ちょっと、大和。こっちのトランプのスペードのエース、傷ついてるじゃない」
「あ、本当ですね。でも、それくらいなら大丈夫じゃないですか?」
「駄目よ。触れば感触があるもの。目印にされるわ。というか、これもあなたの仕業でしょ?」
こうやって軽く傷でもつけておけばいいのだ。
後は、重さがどうたらとか適当な話をしながらさりげなくカードに触れば一発である。
こうして、天龍は負けるべくして負けたのである。
「全く、イカサマで勝つのは感心しないわね」
「磯風の料理を食べるかどうかの瀬戸際だったんです! 命が掛かってたんです!」
「まぁ、それは同情しなくもないけど」
「それに、私はイカサマなんてしてませんよ?」
私はさっきの天龍の言葉を脳裏に浮かべて言った。
「バレなきゃ、イカサマじゃないんですよ?」
さて、区切りが良いので次回からこの作品初の長編に入ろうと思います。
長編は主に七丈島艦隊のメンバーの一人を主軸にあてたストーリーとなります。
同時に、その艦娘の過去編も入れていこうと思っているので、全体的にシリアスとギャグの比率が逆転します。(まぁ数話はギャグ回で終わるのもあり得ますが)
初の長編では監察艦こと矢矧のストーリーになります。
どうぞお楽しみに!