一カ月遅れの歓迎パーティー。
七丈小島に住まう妖精さんの元へ行くのは私、大和のウィークリー任務となっている。
「――標的補足。全主砲、薙ぎ払え!」
『オッケー、きょうはこれにてしゅーりょー!』
標的を全て撃ち抜き、燃料と弾薬の尽きた私はドックへと戻って来た。
ドックに戻ると、データを取っていたらしい学者のような白衣の妖精さんが大勢集まってきている。
「いいねーいいねー、今日もすごくよかったよー」
「いよっ、にっぽんいち!」
「きみならもっとうえをめざせる」
「そ、そうですか? そこまで褒められると照れますね」
「ゆにばーすとか!」
上ってそっちか。宇宙か。やっぱり私を宇宙戦艦にするつもりか。
私は溜息をつきながらいつものように艤装と兵装を外し、妖精さん達に預ける。
すると、いつもとは違い、私に群がる妖精さんの群れの中から突然おにぎりを持った手が伸びてきた。妖精さんには余りに大きすぎるおにぎりは私に向けて差し出されているようだった。
「これ、私にくれるんですか?」
おにぎりを受け取って引き上げてやると、一緒におにぎりを持っていた妖精もぶら下がってついて来た。
「さしいれどーぞです」
給糧艦、間宮に似た格好をした妖精さんは私が足場として差し出した左手の掌に着地すると、そう言った。
「これは、わざわざどうも」
おにぎりを一口頬張ると、口の中に何とも言えぬ加減の塩味とふっくらとしたお米の食感が広がる。
おいしい。あっという間に私の手にあったおにぎりは私の口の中に消えていった。
「すごくおいしい!」
「それはよかったです」
私は率直に、ストレートに称賛を伝えたつもりだったが、何故か妖精さんの顔は暗い。いや、妖精さんの表情なんてかなり適当だから勘違いかもしれないが。
「いいんですか? こんなおいしいおにぎり貰っちゃって」
「べつに、たいりょうにあまってるのでいくらでもー」
ああ、あからさまに妖精さんの周りに黒いもやが。
妖精さんは感情が表情に出にくいが、感情によってその身体の周辺に謎の現象が発生する。具体的に言えば、漫画とかで見る『漫符』がでる。
いわゆる、漫画でキャラが怒っている時に頭から出てくるコック帽のようなマークや、がっかりしているときに頭部に引かれている数本の縦線。寝ている時に出る謎のZZZマークなど。
何故かこれらが現実に現れる。妖精さんは本当に謎の多い生き物なのである。
「どうしたんですか? 何でそんなに落ち込んでるんですか?」
「じぶんがしゃかいにもとめられているきがしないです」
思いの外ナーバスだった。
「そ、そんなことないですよ! こんなに美味しいおにぎりを作れるんだから!」
「そうおもっていたじきが、わたしにもあったです」
「ああっ!? 妖精さんの頭部に縦線が!」
元気づけようとしたつもりが益々落ち込ませてしまった。
どうしようかあたふたする私の前に、何人かの妖精さん達と共に見知った顔が現れた。
「あら? 大和じゃない? ちゃんと来てるのね。感心、感心」
「瑞鳳! 助けて!」
「何、急に!?」
取り敢えず瑞鳳の提案で私と瑞鳳と妖精さんは小さな一室で落ち着いて話をすることにした。
「それで、一体どうしたっていうのよ」
「この妖精さんなんですけど……」
「いきるって、つかれるです……」
まずい、さっきよりも悪化している。
「あー、この子ね」
「何か知ってるんですか、瑞鳳?」
机の上でだらけて転がり回る妖精さんを見て、瑞鳳は苦笑いを浮かべた。
「この子は戦闘糧食妖精っていうんだけど」
「戦闘糧食、妖精? なんですかその美味しそうな響きは」
「まぁ、あなたには朗報かも知れないわね」
瑞鳳曰く。この妖精さんは戦闘糧食妖精といい、戦闘糧食という最近生まれた新アイテムを作った妖精さんだという。
その戦闘糧食とは文字通り戦闘中に食べる事の出来るアイテムで、出撃中に一定の確率で艦娘が戦闘糧食を食べるとその艦娘とその付近にいた艦娘に戦意高揚効果を付与するという。
「へぇ、結構便利じゃないですか?」
「まぁ、当初は大本営もあなたと同じような意見で取り敢えず全鎮守府と泊地にこれを配布してみたのよ。だけどね――――」
『おう、○○鎮守府の』
『よお、××泊地の。士官学校以来じゃねぇか』
『あのさ、最近大本営から配られてきた戦闘糧食ってあるだろ? あれってどうしてる?』
『あ……あー、あれな。まぁ、いくつかは使ってみたけど……正直あんまし』
『だよなぁ、俺も倉庫溜めちゃってさ。もう鎮守府の倉庫一杯だぜ』
『ていうか、聞いてくれよ。俺は響に一個持たせてやったら、出撃中に大破しちゃってさ。すぐさま護衛退避させたんだけどさ、帰ってきてみたらあいつ、退避中に食べちゃっててよ』
『で、無駄にしちまったと。だけど、なんかそれ可愛いな、おい』
『ああ、なんか想像したら和むよな』
『でも結局のところいまいちだよなぁ』
『装備一つ省いてまで持たせるかと言われるとなぁ』
『なんだかなぁ』
「――って感じよ」
「まるで見て来たかのような生々しさですね」
「まぁ、そんな訳で案外持て余してる提督が多いのよ。あ、ちなみにウチには来てないわよ? 私達出撃しないし」
「え? じゃあ、この子はどこから来たんですか?」
「この子はどっかの鎮守府からか流れてきたわ」
「流れてきたんですか!?」
流石妖精さんである。
「わたしなんてテレホンカードていどのそんざいです」
「微妙に使えないわね」
「最近は公衆電話なんてほとんど見なくなりましたからねぇ」
ますます戦闘糧食妖精さんは元気がなくなって無気力になっていく。
「わたし、いらない子です?」
「そ、そんなことないですよ! いつか皆が戦闘糧食妖精さんの有用性に気付く日がきっと来ます!」
「いつか? きっと? いつかっていつです? きっとってどれくらいのパーセンテージです? ぐたいてきなすうじもとむです」
「励ましがいがないんですど!」
人が励ましているのにこの態度である。流石は妖精さんである。
「はぁ、しょうがないわね。だったら、皆があなたを必要とするように変わればいいんじゃない?」
「チェンジです? いえす、うぃー、きゃん、です?」
「May beね」
「ゆめもきぼうもみえぬです」
「夢も希望も見るものじゃなくて掴むものよ。ほら、早速案を考えるわ。大和、あなたも責任もって考えて貰うからね」
「まぁ、戦闘糧食妖精さんのためですし、出来うる限りは協力しましょう」
こうして、私達の『戦闘糧食改計画会議』が始まった。
数分後、私達は各々の考えをフリップに書きだす。妖精さんにも小さめのフリップを渡しておいた。
「全員書けた?」
何故か、議長は瑞鳳になっている。何やかんや言ってこの会議に一番積極的に参加しているのではないだろうか。男たらしのどうしようもない彼女だが、妖精さん達からの懐かれ具合も見ると案外面倒見はいいのかもしれない。
「はい、大丈夫です」
「でけたー」
「それじゃあ、大和から見ていきましょうか」
「はい! 結構自信ありますよ?」
私はフリップを裏返して二人に見せた。
『戦闘糧食(おかか)』
「…………」
「…………」
「いや、なんか言ってくださいよ」
「よくもそんな平凡の極みのような意見をドヤ顔で出せたわね、この能無し」
「罵倒は期待してなかったんですけれど!」
「まったく、これだからトーシロはいやになるです」
「二人して全否定ですか!?」
なんということだ。自信のあった意見がこうも真っ向から叩き折られるとは。
いや、もしかしたら説明が足りてなかったのかもしれない。
「これは、つまり戦闘糧食に具を入れてみようというアイデアで――――」
「そんなの見ればわかるわよ! このすっとこどっこい!」
「すっとこどっこい!?」
その言葉使う人初めて見た。
「ええ!? だって戦闘糧食に具が入ってれば好きな物選べて楽しくないですか!?」
「そんなの気にするのあなたとどっかの正規空母くらいよ! この愚か者!」
「愚か者!?」
そんな古風な言い回しで罵倒されるのも初めてだ。
「えー、でも取り敢えずこの案もう少し掘り下げましょうよ。きっとプラスにはなりますよ」
「……まぁ、こういう平凡な意見も平凡な奴らには受けるかもしれないし、一応もう少し考えてみる?」
「いいよー」
「なんか腹立つ言い方ですけど、まぁ、今はいいでしょう。じゃあ、具を入れるとして妖精さんどんな具入れたいですか?」
「えー、べつにこれといってとくには」
とことん非協力的である。流石は妖精さんである。
「そう言わずに何かありませんか? 妖精さんの好きな物とか!」
「じゃーねー、おむらいす」
「ごめんなさい、それ既に米入ってます。米の中にさらに米入れる感じになってます」
「じゃあ、ちゃーはん」
「より、米オンリーになってるじゃないですか!? 考える気ないですよね!?」
「まぁまぁ、オムライスもチャーハンもそれ自体をおにぎりにすればいい話だし、悪くはないかもしれないわ」
「ああ、成程、その手がありましたね」
確かにオムおにぎりやチャーハンおにぎりは現実に商品として出ているものだ。確かに具を入れるよりもそっちの方が見た目も変わってより面白いかもしれない。
意外とこれは艦娘に好評になるんじゃなかろうか。
「ほら、結構私の意見良くないですか? これなら艦娘達にもきっと好評ですよ!」
「何言ってるの? 考えが甘いわよ、この……えーと……馬鹿チンがぁ!」
「既に罵倒のボキャブラリー尽きかけてるじゃないですか。金●先生みたいになってますよ」
瑞鳳は一度咳払いをすると、フリップを裏返す前にホワイトボードに何かを書き始めた。
どうやら提督と艦娘と戦闘糧食のイラストのようである。
そして、最後に戦闘糧食の絵の下に『戦闘糧食(おかか)』と書く。
「確かに、大和の意見を掘り下げていけば戦闘糧食が魅力的に変わって艦娘達は惹かれるかもしれないわ。そりゃ、実際戦闘糧食を食べるのは彼女達なんだからそれが美味しそうなら艦娘の支持は増すかもしれない」
そう言って、艦娘の絵から戦闘糧食(おかか)に矢印を引いて、その上にハートマークを描く。
「しかし! それはあくまで艦娘だけの支持。大和の意見では肝心の提督の興味は惹けないのよ!」
そう言って、提督と戦闘糧食の間に矢印を引いて、今度は滅茶苦茶にバツマークで矢印を塗りつぶしていく。
そこまでやると、提督が戦闘糧食に興味ないどころか大嫌いみたいに見える。
「結局、どの装備を使うか決めるのは提督! 艦娘に装備を与えるのも提督! 提督にこの戦闘糧食を使いたいって思わせられなきゃ意味がないのよ!」
「た、確かにそれはそうですけれど……」
「戦闘糧食(おかか)って見て提督はこのアイテムを装備スロット一つ埋めてでも使いたいって思う? 思わないわよね?」
確かに別に提督自身が戦闘糧食を食べる訳ではないから、具のバリエーションがいくら増えた所で提督の興味は惹けないかもしれない。
「だから、私は考えたわ! 提督が思わずこれは使えるって思えるような、そんな戦闘糧食を!」
「おおー」
流石の妖精さんも瑞鳳の煽り文句には興味を示したらしく、期待に満ちた表情で瑞鳳を見ている。
「まさに、劇的ビフォーアフターと言えるわ!」
「随分とハードルを上げますね」
「あなたみたいな凡夫な意見とは格が違うのよ、格が」
「そこまで言うなら見せてください! その提督が思わず使いたくなる戦闘糧食を!」
「わくてか」
「これが! 革新的な戦闘糧食よ!」
瑞鳳は勢いよくフリップを裏返した。
『戦闘糧食(友永隊)』
「なんということでしょうッ!?」
叫ばずにはいられなかった。
「これぞ、ネームド戦闘糧食ッ!」
「いや、おにぎりの中になんてもん入れようとしてるんですか!?」
「でも、なんか強そうじゃない?」
「強そうですけど!」
すると、瑞鳳が何か思いついたかのようンもう一度フリップを取って何か書き直している。
「今はこっちの方が旬かな?」
『戦闘糧食一二型(村田隊)』
「いや、そういう問題じゃないです! 一二型ってなんですか!?」
「九七式戦闘糧食(村田隊)を米種変更することでゲットできるわ」
「米種変更!?」
「米種変更するとスーパーで安売りしてる三等米から一等米のコシヒカリに変わるのよ」
なんか、ここまで聞くと段々良い案に聞こえてくるネームド戦闘糧食。
「でも、結局これ兵装じゃないですし、村田隊がおにぎりの中に入ってても別に何かが変化する訳じゃないじゃないですか」
「何言ってるの? 村田隊長を舐めて貰っては困るわ! なんといっても雷撃の神様なのよ! 雷装値+15なのよ!」
「…………え!? いやだから、なんなんですか!?」
一瞬勢いで何か納得しかけてしまった。
駄目だ。この軽空母、艦載機に憑りつかれて理論破綻してきている。一体何なのだ、その村田隊長への絶対的な信頼は。
「ねー、そろそろわたしのアイデアいーい?」
「ん、そういえば確かに妖精さんの意見は聞いてなかったわね」
「そうですね。やっぱりこの戦闘糧食について一番よく知っている妖精さんの意見は大事です」
「わたしはこうしたいっていう、ゆめときぼうをかいたです」
そう言って妖精さんはフリップを私達に向けて裏返した。
『ビフテキたべたい』
「戦闘糧食全く関係ないじゃないですか!」
妖精さん個人の夢と希望だった。
非常にどうでもよかった。
「あ、もひとつおもいついたです」
『戦闘糧食(笑)』
「いや、大喜利やってるんじゃないんですよ!」
「まぁ、妖精さんにろくな意見を期待した私達が間違ってたわね」
結局、日が暮れるまで議論し尽くしたが、その後もろくな意見が出る事はなかった。
「もう、駄目だわ。何も思いつかない」
「どうするんですか? 結局何一つ決まってませんけど……」
「やっぱり、わたしいらない子です?」
戦闘糧食妖精さんは涙ぐんでいる。
可哀想に。でも、泣くほど嫌ならもう少し真面目に意見を出して欲しかったと切に思う。
「みんなにおにぎりたくさんたべてもらいたかったです……」
「……ん?」
その時、私に電撃走る。
「あの、皆におにぎりを振る舞いたいんですよね?」
「そうですが、なにかみょうあんうかびましたです?」
「それならいい方法があります」
「何よ?」
「とりあえず、そろそろ船頭さんが迎えに来ますし帰りましょうか。戦闘糧食妖精さんも一緒に、ね」
☆
「うぃーっす! 腹減ったー! つってもまだ晩飯には早えーか!」
「おなかすいてるなら、このおにぎりたべるです?」
「うおっ!? 妖精さん!? 久々に見たぜ、妖精さんなんて……」
「どうぞです」
「お、いいのか? 悪いな! おお、うめー! こんな旨い握り飯食ったことないぜ!」
食堂で天龍が戦闘糧食妖精からおにぎりを受け取っているのを影から見て、私と瑞鳳は小さくハイタッチを交わしていた。
私達はそもそもの所を見誤っていたのだ。
戦闘糧食妖精さんは別に戦闘糧食が役に立たないと思われていることを悲しんでいた訳ではない。
ただ単純に自分の作った戦闘糧食を食べて貰えない事が悲しかっただけなのだ。
私達はついそこの所を勘違いして戦闘糧食の有用性を追求していたが、それは必要ない。こうして戦闘糧食を振る舞える場を用意することこそ妖精さんの望みだったのである。
「なんとか大丈夫そうね」
「ええ、これからも間食、軽食担当で七丈島鎮守府に末永く居座って貰いましょう」
朝昼夜の三食だけでは時には足りない時がある。
夜中にお腹が空くことだってあるし、中途半端な時間に小腹が空く事だってある。しかし、この鎮守府の食事は決められた時間での当番制でそれ以外は自分で何かを作らなければならない。
私は前々からこの現状に良い解決策がないか探していたのだ。そして、今日、戦闘糧食妖精さんと出会い、ピンと来た。
これは、使える、と。
「どうですか? いい所でしょ? ここでしばらくおにぎりを存分に振る舞うと良いですよ」
「ありがとです!」
おお、妖精さんの身体が輝いている。
「でも、いいの? 向こうの七丈小島には仲間がたくさんいるけれど、ここには妖精さんはいないわよ?」
「もんだいないです。きっとそんなさびしさ、すぐふきとぶです」
戦闘糧食妖精さんは満面の笑みを見せて言った。
「せんきゃくばんらい、ですからー!」
こうして、新たに間食当番として戦闘糧食妖精さんは七丈島鎮守府に住み着いたのであった。
次回引き続きタイムリーネタ
『秋祭り』