七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
プリンツ、連れ去られる。




第百十六話「待っててください……すぐに迎えに行きます!」

 

 TASC(トラーゲンアレス・シッピング・カンパニー)による七丈島襲撃事件から数日前。

 横須賀鎮守府。

 第一作戦会議室。通称『虎の間』。

 

「皆、よくぞ集まった」

 

 薄暗い室内、元帥は円卓に座る四人とそれぞれの後ろに控える補佐艦にそう言った。

 

「……いえ」

「『いえ、閣下からの緊急のお呼び出しとあらば馳せ参じぬ理由がありません』と提督は仰っています」

 

 そう短く返答した漆黒の鬼を模した鉄仮面を装着した男性は、ブイン基地の白鯨大将。

 その背後から彼の言葉を再度伝え直すのは補佐艦の吹雪である。

 

「はっはっは、気にすることはないぞ、元帥。私は基本やることがなくて暇だからな!」

「提督、閣下に対しそのような態度はいささかフランク過ぎるかと」

「そうです! ちょっとだけいけませんよ!」

 

 豪快な笑い声をあげる黒髪の凛々しい女性と、それを嗜めるアッシュブロンドと銀髪の少女達。

 呉鎮守府の亀有大将と補佐艦の香取、鹿島である。

 

「手短に済ませろジジイ。そこの根暗やゴリラ女と違って俺は暇じゃねぇんでな」

「すみませんっ! ウチのデブがほんっとにすみません!」

 

 軍服がはちきれそうな程大柄で恰幅の良い、熊のような男性。

 舞鶴鎮守府の姥鮫大将である。

 後ろで何度も頭を下げているのは補佐艦の山城である。

 

「相変わらず胸焼けしそうな濃ゆいメンツだぜー、海老名ちゃんもう帰りたくなってきたわ! 帰っていいかな?」

「駄目です」

 

 そして、へらへらと笑いながら軽口を叩いている女性は、佐世保鎮守府の海老名大将、その軽口を笑顔で叩き斬るのは補佐艦の鳳翔である。

 

「うむ、では早速本題に入る。緊急で四大将である諸君に集まってもらったということは、それだけの案件が舞い込んできたわけじゃ――神通」

「はい」

 

 元帥に呼ばれ、部屋の隅の闇から浮き上がるように音もなく現れた神通は、円卓に内蔵されたディスプレイを起動させる。

 すぐに大将達の目の前の液晶画面に緊急案件の概要が映し出された。

 瞬間、室内の空気が一気に張りつめる。

 

「…………成程」

「これはこれは、中々に大変な事態だな」

「こりゃ、俺ら集めるだけの緊急案件だわ、確かに」

「はぁ!? え、ちょ、これマジ!? はぁ!?」

 

 最も取り乱したのは海老名であった。

 

「嘘でしょ!? あのドイツが壊滅の危機って!? ええ!?」

 

  液晶画面に映し出されたファイルの見出しには、『ドイツ壊滅阻止を目的とする遠征艦隊の緊急編成』と書かれていた。

 

「いささか信じられぬが、事実じゃ。つい昨日、国家機密回線にて救援を乞う旨の連絡があった。余程状況が切迫していると見える」

「あの艦娘大国のドイツがそうそう壊滅させられるかねぇ……罠じゃねぇの?」

 

 姥鮫提督は眉をひそめながらその太い腕で窮屈そうに肩肘を付いて言った。

 

「一応、衛星画像で状況を確認したが、どうやら事実のようじゃ」

「深海棲艦はどんな大群で押し寄せているのだ? 数千か? あるいは数万か?」

 

 今度は亀有大将からの質問に元帥は一度間をあけると、重々しく口を開いた。

 

「一隻じゃ」

「は?」

「なんだと?」

「む……」

「ええええ!? そりゃないでしょ!? あの鉄血大国がたった一隻の深海棲艦に何がどうなって滅ぼされかけてるわけ!?」

 

 ドイツ。日本、アメリカ、イギリスと並ぶ艦娘大国にして、現在世界一の軍事国家である。

 艦娘技術の着手については日本に遅れをとったものの、艦娘の能力を最大限発揮させる優れたドクトリンや艦娘関連技術の開発と改良により、今や日本と同等の深海棲艦制圧力を誇る大国となった。

 現在衰退気味のイギリスや、依然発展途上のイタリアを鑑みれば、今の欧州はドイツによって深海棲艦の侵略から守られていると言っても過言ではない。

 そんな国がたった一隻の深海棲艦によって壊滅の危機に瀕していると言うのだから面食らうのも仕方がない。

 

「ドイツはその深海棲艦を『魔女(HEX)』と呼称しておったわ」

「魔女……」

「そこで、我々に魔女狩りを手伝えと?」

「そういうことじゃな」

「で、実際どうすんだよ、遠征艦隊ってのにはどれくらい出すつもりなんだ?」

 

 姥鮫大将の疑問に答えるかのごとく画面が切り替わる。

 

「六隻、プラスでさらに二隻ほどかの」

「はぁ!? おいおい、そりゃあんまりだろ。近場の海に遊びに行くんじゃねぇんだぜ?」

「最低でも十二隻の連合艦隊が四つは欲しいところだ」

「…………」

「うーん? 何か理由がおありなんですかぁ?」

 

 元帥は頷くと、声のトーンを若干低くしながら言った。

 

「この件、裏で鏑木美鈴が動いている可能性がある」

「鏑木、美鈴……」

「あ? 誰だそりゃ」

「国家反逆罪を犯した大罪人だよ、一応大将なんだから知っておきなよそれくらいさー」

「うるせぇ牛」

「どういう意味だコラぁ!?」

「とにかく、この『魔女』が、ワルキューレ計画の完成品ではないかと儂は睨んでおる」

 

 ワルキューレ計画。軍の上層部の一部の人間のみがその詳細を知ることを許されている現在は完全凍結された機密計画。

 四大将は内容を知ることのできる一部に含まれている。

 

「第三世代艦娘『ワルキューレ』か……『魔女』とやらがそれだと?」

「儂は、たった一隻でドイツを陥落させうるだけの個体を深海棲艦に知らぬ」

「そんなヤバい奴ならますます六隻だけとかマズイと海老名ちゃんは思うわけなんですけれど」

「……逆だ」

「ん?」

「それだけの強大な相手だとすれば、逆にドイツに大艦隊を送り込む方がリスキーだということか」

 

 ドイツまでの道のりは過酷だ。

 大艦隊で動くとなれば、それだけの食糧、水やら弾薬、燃料やら大荷物になっていく。

 大荷物の長旅は疲弊をもたらす。

 いざドイツに到着し、『魔女』と戦うとして、長旅の後、土地勘も働かぬ地の大艦隊は果たして万全と言える状態なのか。

 そして、単騎でドイツを攻め落としかねない程の怪物に対して、万全でない大艦隊を当てることは許されるのか。

 答えは否である。

 返り討ちにされ、優秀な艦娘が多大に犠牲になれば、国の深海棲艦に対する防御力の低下に直結する。

 

「お前達にははっきり言っておこう。最悪の場合、ドイツは見捨てる」

「そんなのって!」

「魔女ってやつがドイツを単騎で滅ぼせるなら、こっちも本気で潰さにゃならねぇ。そうするためには、こっちのホームグラウンドで叩くのが一番だろうが。わざわざドイツくんだりまで行って戦うメリットがねぇって話だ」

「向かわせる六隻はドイツへの義理立てか?」

 

 元帥は首を振る。

 

「それもあるが、少し違う。主には魔女とやらの情報収集が目的じゃ」

「ドイツが滅ぼされたら次は俺らかもしれねぇもんな? せいぜいドイツ様の犠牲を無駄にしねぇようにってわけだ」

「……理には適っている」

「でも冷たいよ……海老名ちゃんはこういうの好きじゃないな」

「なんと言われようが、儂は日本の海軍元帥。ドイツよりも、この国の方が惜しい」

 

 そこで一同は沈黙する。

 それから数十秒の後、海老名が口を開いた。

 

「……それで、六隻の編成はどうやって決めるんです?」

「儂の横須賀から二隻出そう。残り四隻はおぬしらの艦隊から一隻ずつ寄越せ」

「少数精鋭の混成艦隊か。小回りと艦隊の機動力を重視し、情報収集能力と生存確率をなるべく上げると同時に、万が一全滅しても被害は少なくて済むってわけだ」

「いちいち説明してくれなくても結構だよ、イラつくなぁ」

「……選択基準は、死亡しても戦力が大きく削がれない程度に優秀な人材、か」

「死んでもいい優秀な者とは、矛盾したような選定基準だな」

「……各々抜擢する艦が決まった者から言え」

 

 また、沈黙が流れた。

 そう容易く決められるようなことではない。選出にそもそも心理的な抵抗もある。

 しかし、そういった残酷な決断は、この地位まで上り詰めたこの場の面々は悲しいほどに慣れ過ぎていた。

加えて、こういった場合の決断の速度がそのまま艦隊の生死に直結するということを身を持って知っていた。

 故に、沈黙はまたも数秒で終わった。

 

「おし、山城。お前行ってこい」

「はぁ!? 私ですか!? 私死んでもいいって思われてたんですか!? ああ不幸!」

「まぁ、お前確かに運悪いけど、悪運は強ぇからなんとかなんだろ」

「もうちょっとマシなフォローしなさいよ!」

 

 最初に声を挙げたのは姥鮫提督。

 舞鶴からは山城が選抜された。

 

「……吹雪、頼む」

「私、司令官からそんな風に思われてたんですね! 悲しいなぁ!」

「いや、そうではなくてだな……その……」

「ふふ、冗談です。私はどんな怪物からもちゃんと生きて帰ってこれるって信じてくれてるんですよね? ご期待に応えますよ」

「……なら、いい」

 

 ブイン基地からは吹雪が選抜。

 

「ふむ、そうだな。ウチからは阿武隈を出してみるか」

「大丈夫でしょうか……」

「なんなら私でも……」

「いや、そろそろあいつも修羅場の一つは潜ってもいい頃合いだ。何、心配はいらない。阿武隈は強い子だ」

 

 呉鎮守府からは阿武隈が選抜。

 

「…………くそが」

「提督、お悩みなのですか?」

「……いや、本当はさ。死んでもいい優秀な艦娘って言われた瞬間にもう答え出てた」

「提督……」

「本っ当に、自分が嫌になるわ、マジで。勝手に頭の中で損得勘定始まっちゃっててさ、感情なんかどっかいっちゃって、機械みたいに作戦内容と艦娘の能力値照らし合わせて最適解を最短で出そうとするんだよね」

「それでいいんですよ。だから私達は今日まで生き残ってこれたんです」

「……ごめん、ウチからは『この子』を出すよ」

 

 こうして、横須賀から二隻、各大将から一隻ずつ艦娘が選出され、ここに遠征艦隊が結成された。

 

 

 プリンツがTASCのアルマ・トラーゲンアレスと名乗る白人女性に連れ去られてから一夜が明けた。

 七丈島鎮守府の食堂には目の下にクマを作った面々が無言で座っていた。

 

「皆、酷い顔ですよ」

「お前が言うな」

「大和が一番酷い顔してるぞ」

「ごめん、一日考えたんだけれど……何もいい案出てこなかったわ。軍神が聞いて呆れるわ」

「仕方ないわ。一応あの後艦載機飛ばしてみたけど、見失った。追いかけようにも手詰まりよ」

 

 黙っていても気分がますます沈むばかりだと口を開いても、結局絶望的な現実を突きつけられただけであった。

 再び、食堂内を沈黙が包み込んだところで食堂の扉が開き、提督が入ってきた。

 彼もまた眼鏡の下に深いクマを隠している。

 

「……すみません、突然なのですがこれから神通さんがこちらに来るらしいです」

「神通? 横須賀の?」

「ええ、昨夜のことを報告しようと連絡したのですが、何か話があるようで」

「何かしら?」

「この状況の打開策だといいが」

「……待つしかないわね、そう信じて」

 

 神通の来訪。

 それを遅めの朝食をとりながら待つこと一時間。

 来客を告げるインターホンが鳴り、提督と矢矧が出ていき、少しして神通を伴ってまた食堂に帰ってきた。

 

「お久しぶりです」

「おう、話ってなんなんだ?」

「プリンツさんの誘拐と関係のある話かと思います」

「今は少しでも情報が欲しいわ。さっさと話して」

「その前に、もう一度確認させてください。昨夜の襲撃者はTASCのアルマ・トラーゲンアレスで間違いないんですね?」

 

 寝不足も相まって、冗長な再確認に半ば苛立ちながら頷く七丈島鎮守府の面々を見て、神通は頷くと、一緒に持ってきた鞄から資料の束を取り出し、テーブル上に広げた。

 

「実は、現在ドイツは『魔女(HEX)』と呼ばれる一隻の深海棲艦らしき敵によって壊滅の危機に瀕しています」

「はぁ!?」

「それは、本当なんですか……?」

 

 突然の衝撃事実に驚愕の声が重なり、食堂内に反響した。

 

「ドイツ軍から日本に公式に救援要請がありました。ですが、流石はドイツ軍。やることなすこと徹底的と言いますか、抜け目がないと言いますか……」

「あ? 話が見えてこねぇぞ、どういうことなんだよ!」

 

 天龍の罵声を両手で制し、静かに神通は続けた。

 

「慌てずに、順序立ててお話しましょう。まずドイツという国の話から。ドイツは今や世界一の軍事国家です。最大の特色としては深海棲艦との戦争に一般企業の参入が許されていることでしょう」

「一般企業?」

「つまりは、企業が艦娘を雇い、深海棲艦を討伐することを許しているのです。あるいは、企業で開発した兵装を直接売り込むこともあります。中には軍とパートナーシップ契約を結んでいる企業もあります」

「なにそれ……」

 

 深海棲艦と戦うのは艦娘である。

 もっと大きく言えば、海軍である。

 海軍のみが艦娘を配備し、運用する権限を持つ。それが日本におけるルールだ。

 艦娘関連の技術も一般企業ではなく、軍直轄の工廠からのみ生み出される。

 その常識から、日本とドイツは違っているのである。

 

「中でもTASCは、戦前はドイツの中小海運会社でしたが、開戦以来、特に軍事方面に注力し、海軍とのパートナーシップ契約を最も早く締結した今や国内有数の大企業です。事業内容は兵器の運送、卸売、それと傭兵派遣を主としているようです」

「そんな大企業がなんでプリンツを?」

「ドイツが『魔女』により壊滅の危機に曝され、軍がとった対策は世界最強と称される我が日本海軍への救援要請が一つ」

「一つ?」

「一の矢に慢心せず、二の矢を用意していたということです」

「その二の矢が、TASCだと?」

 

 顎に手を当てて矢矧が神通にそう尋ねると、神通は相変わらず張り付いたような笑みを浮かべながら拍手を送った。

 

「流石矢矧さん、お話が早い」

「どういうことだよ」

「ドイツ海軍は国内の企業にも『魔女』に対する打開策を求めていたようです。そこで手を挙げたのがTASCです」

「TASCには『魔女』をどうにかする策が何かあるということか」

「そして、それにプリンツが関わっている、そういうことね?」

「はい、提督さんから事の次第を聞いて、私はそう考えています」

「確かに、プリンツを誘拐しに来たタイミング的に辻褄は合うけれど……」

「ところで神通は何故そんなに向こうの事情に詳しいんだ?」

「ああ、軍部にスパイを潜り込ませているんですよ。これくらいはどこの国もやっていることでしょうが」

「なんだかブラックな世界の一面を覗いた気がするぞ……」

 

 プリンツが、ドイツを単騎で壊滅に追い込む化物を打倒する鍵になっている可能性。

 その事実に誰もが困惑に包まれる中、提督だけが一人眼鏡の奥の瞳に確信の色を覗かせていた。

 そして、それを見逃す神通でもなかった。

 

「電話でお話を伺った時も感じましたが、提督さんはもしかして何かご存じなのでは?」

「…………」

「提督? そうなのですか?」

「確かに昨日もなんか知ってるようなこと言ってたよなぁ?」

「隠し事してたのね」

「提督、どうなんだ?」

「……提督、プリンツと今回の件について知っていることがあるのならどうか教えてください」

 

 艦娘達に迫られ、提督も観念したように溜息を吐き、諸手を挙げた。

 

「わかりました。こんな状況になってしまいましたし、隠しておく方が良くないでしょうし、知っていることは全てお話します。ただ、その前にまずは神通さんのお話の方から終わらせましょう」

「お気遣いありがとうございます。では、ここまでお話したところでようやく本題に移ります。皆さん、プリンツさんを奪還する気は当然ありますよね?」

「当たり前だ!」

 

 神通の質問に天龍が大声をあげた。

 それに対し、満足げに頷き、神通はさらに続ける。

 

「TASCの輸送船は光学迷彩が搭載されているらしく、今から追跡するのは不可能でしょう。しかし、最終目的地は容易く推測できますよね?」

「『魔女』の打開策のためにプリンツを攫ったのなら、あとは戻るだけ。つまりは、ドイツに……!」

「そして、私達は現在、ドイツ軍からの救援に応え、遠征艦隊を編成中です。そこにあと二隻分、枠が残っています。いかがです? 参加する気はありませんか?」

 

 プリンツを攫ったTASCの行先はドイツ。

 そして、丁度ドイツへ向かう遠征艦隊の枠が二隻空いているという。

 プリンツ奪還には絶好の機会であり、これを逃す手はないだろう。

 ここに来て初めて七丈島艦隊の面々に笑顔が戻った。

 

「おお、いける! いけるぞ!」

「ようやく希望が見えてきましたね!」

「それで、誰が行くんだ?」

「枠は二つ、か」

「選ばなくちゃならないわね」

 

 そこで一度静寂が七丈島艦隊を包んだ。

 誰もが自分がと名乗り出たい。しかし、そんな我儘を通していい状況でもないこともわかっている。

 それ故に、誰もが口火を切れずにいた。

 そんな彼女達を見て、神通が手を挙げた。

 

「こちらとしては矢矧さんと天龍さんを希望します」

「……っ!」

「理由を聞いていいかしら?」

「単純に戦力的な理由です。軍神と元O.C.E.A.Nランキング9位の戦力は貴重ですので」

 

 神通の意見は驚くほどシンプルな正論に違いなく、天龍も矢矧も反論はしなかった。

 磯風や瑞鳳もそれに納得するように小さく頷いている。

 しかし、ただ一人、大和だけが異を唱えるように手を挙げた。

 

「どうしました、大和さん?」

「あの……私に行かせてもらえませんか?」

「なんですって?」

 

 瑞鳳が声をあげ、他の面々も大和を驚愕混じりに見つめている。

 神通は溜息をついて頭を掻いていた。

 

「大和さん。ご自分がどういう状態なのかは理解していますよね?」

「はい、確かに私は砲撃ができません」

「ドイツでは激しい戦いが予想されます。厳しいことを言わせてもらいますが、大和さんにできることはないかと思います。お気持ちはわかりますが、本当にプリンツさんを助けたいと思うのなら、より適任の方に譲るべきではないですか?」

 

 レバーブローを食らったかのような衝撃を覚える程に厳しい言葉が大和に降り注いだ。

 それでも、顔をひきつらせながらも、大和は引かなかった。

 

「私は撃てません! でも、戦えない訳じゃないです! どうか、私に行かせてもらえませんか!?」

「……大和さん、あのですね――――」

「いいんじゃねぇか?」

「いいんじゃないかしら」

 

 若干苛立ち交じりに反論しようとした神通の言葉を切ったのは天龍と矢矧の声だった。

 二人とも笑って大和の方を見つめている。

 

「そうだな、確かに、お姉さまとしてお前が迎えに行ってくんのが筋だ」

「私達の誰よりもスタミナあるからドイツまでの長旅での疲弊も少ないだろうし、案外一番戦力になるのは大和かもしれないわね」

「……撃てないのに本当に行くんですか? 私、これでもあなたのためを思って忠告しているんですよ?」

「撃てはしませんが、私は戦えます!」

 

 大和のその気迫に多少たじろいだ様子の神通は数秒逡巡し、一際大きなため息をついた。

 

「わかりました。そこまで言うのなら、天龍さんか矢矧さんのどちらかと入れ替わりで――――」

「待った、大和が行くなら私も出るわ」

「瑞鳳!?」

「ああ、もう、次から次へと」

 

 今度は瑞鳳が手をあげた。

 神通は最早やってられないといった感じに片手で頭を押さえている。

 

「何よ神通、空母は何隻いたっていいでしょ?」

「まぁ、それはそうですが、なんで突然……」

「大和のフォローと戦闘、同時に並行処理できるのは索敵、攻撃が広範囲な空母が適任でしょう?」

 

 大和のフォローに回れば、その艦娘は常時大和につきっきりになり、行動が制限される。しかし、空母ならば艦載機を使って遠隔からフォローができる。

 瑞鳳の意見に対し、神通は自分の希望した矢矧と天龍が両方入らない点について不満があるような様子ではあったが、ついに反論はせず同意を示した。

 

「確かに、大和さんが入るということならば天龍さんや矢矧さんよりも瑞鳳さんが適任かもしれませんね……わかりました、それで結構です」

「なぁ、別にいいんだが、なんで私が駄目なのかだけ聞いていいか?」

「磯風はそもそもスタミナ不足でドイツまでの長旅に耐えられそうにないもの」

「むぅ……この課題は早急に克服せねばな」

 

 こうして話はまとまった。

 ドイツ遠征艦隊には大和と瑞鳳の二隻が七丈島から参加することが決定した。

 目的はただ一つ。TASCからのプリンツの奪還。

 

「三日後の早朝6:00に佐世保港から出港予定です。準備を整え、遅れることのないよう願います」

 

 最後にそれだけ言い残し、神通は颯爽と帰って行った。

 

「海老名ちゃん提督のとこか、俺らも見送り行くぜ」

「あまり時間はないからすぐに準備に取り掛かりましょう」

「私も二人のためにお弁当を作ろう」

「あ、気持ちだけで十分です」

「よし、くよくよするのはもうおしまい! ビシバシ動くわよ!」

「皆さん、特に大和と瑞鳳。今回はこれまで以上に厳しい戦いになるかもしれません。気を引き締めてかかりましょう!」

 

 全員で円陣を組み、手を合わせる。

 必ずプリンツを連れて帰る。

 そして、皆で過ごす七丈島での日常を取り戻す。

 全員がその想いに統一されていた。

 

「待っててください……すぐに迎えに行きます!」

 

 大和の瞳は、これまでになく燃えていた。

 

 




なるべく早く投稿しようと思ってはいた(言い訳)


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