七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

1 / 119
日常編1
第一話「私の名前は、大和です!」


「――では、判決を下す。被告を前へ」

 

 法廷の中でも一際高い位置にある軍事委員席、その中央に座る海軍大将の声と共に、後ろで横並びに立つ二人の刑務官が証言台へと被告人である私を連行するべく動き出す。

 ここは、横須賀鎮守府内に設けられた軍事法廷。

 私は今、とある軍法会議にて裁かれる立場にいた。

 判決は聞く前から既にわかりきっている。

全身を拘束具で固定された私は、刑務官に背中を押されると、バランスを崩して前のめりに倒れてしまう。しかし、彼らは助け起こそうともせず、そのまま引きずるようにして私を証言台まで連れていくと、床に這いつくばらせながら判決文が読み上げられるのを待っていた。

そのぞんざいな扱いに腹が立たない訳ではなかった。しかし、それで反抗したり、不平不満を訴えた所で何が変わる訳でもなく、むしろ余計に痛い目を見るのがわかりきっていたので、私は大人しく這いつくばって判決が下されるのを待っていた。

 

「被告、戦艦大和。貴様の犯した罪は審議のしようもなく重く、まさに極刑が望ましい。判決は、死刑である」

 

 艦娘、戦艦大和。それが私の名前であった。

 そして、これから消える名前でもある。私はこれから死ぬのだから。

 死刑、その言葉を聞いて、どこか私は安堵していた。

 これでようやく終われる。やっと楽になれる。

 しかし、床に顔を埋めて小さく笑う私の耳に、突然その声は響いた。

 

「――異議あり」

 

 思わず顔を上げた。

 目の前の軍事委員席の右端。そこに座っていた眼鏡を掛けた男が立ち上がり、声を上げていたのだ。周りの法務官や他の将官達も皆一様に驚愕と困惑の入り混じった表情で立ち上がっている男を見つめている。

 しかし、眼鏡の男は周りの視線など少しも意にも介さず、静寂に包まれた法廷の中をゆっくりと歩き出し、床にひれ伏す私の目の前に膝をつくと笑ってこう言った。

 

「どうせ捨てる命。それなら私が拾い受けましょう。大和、貴方は今日から私の艦娘です」

 

 

「突然ですが、今日、我が七丈島鎮守府に新しい艦娘が着任するので、矢矧、あなたにお迎えをお願いします」

「いや、突然すぎるにも程があるでしょう」

 

 突然、提督から執務室に呼び出されたかと思えば第一声がこれであった。

 せめて、昨日に言ってくれればまだ準備もできたというのに。

 私、矢矧は目の前で嬉しそうにニコニコ笑う提督に向け、苛立ちを乗せて大きく溜息をついた。

 

「何でもっと早くに言ってくださらなかったんですか?」

「サプライズですよ、サプライズ」

 

 まぁ、提督の低能ぶりには驚かされたが。

 全く反省がないのか、笑顔を崩さない提督に私はもう一度提督に聞こえるよう溜息をつき、仕方なく話を進めることにした。

 

「それで? その新しく配属予定の娘はいつ頃ここに到着するんですか?」

「えーと、確かこの辺にその通知を置いたはず……」

「置いた……?」

 

 提督、そこゴミ箱です。しっかりしてください。

 

「あ! ありました、ありました! これですよ! いやぁ、見つかって良かった」

「グッシャグシャじゃないですか!? 重要書類ですよね、それ!?」

 

 提督がゴミ箱から取り出したそれは最早埃を被って原型を留めていなかった。

 そして、所々千切れた通知書の埃を払いながら提督は安堵の笑みと共にそれを読み上げる。

 

「えーとですね、十二時に港に着く定期便に乗ってくるらしいです」

「……ははっ、十二時ですか」

「え? どうしたんですか?」

 

 もう呆れとか、怒りを通り越して乾いた笑みしか出なかった。

 未だに自分が何を言ったのか理解していないらしい提督に、私はそれでも怒りを抑え、冷静に提督の方に詰め寄り、笑顔で言った。

 

「提督、現時刻はもう十二時半です」

「――――」

 

 しっかりしろ、提督。

 

 

「さて、定期便から降りて港に着いたはいいものの……」

 

 港に停泊した定期船からキャリーバッグと共に降りた少女は周りを見回し、もう一度手に持った紙に視線を落とした。

 

「港に着けば迎えの方がいると書いてあるんですけど……やっぱりいませんよねぇ……」

 

 もう一度、少女は港周辺を見回してみる。

 もう船から降りた人々もどっかへ歩いていったらしく、大分人気もなくなっている。しかし、そんな中、やはり少女を迎えに来ているような人影は一切見当たらなかった。

 これからどうしたものかと考えあぐねていると、大きくお腹の鳴る音が辺りに響いた。

 少女は顔を真っ赤にしてお腹を押さえながら周囲を見回し、誰にも聞かれていないことを確認すると、安堵の溜息を洩らした。

 

「そういえば、昨日から何も食べてないんですよね」

「おう、嬢ちゃん! 観光客かい?」

「うわぁ!」

 

 突然、後ろから大きな声と共に肩を叩かれ、少女は大きな声を出してしまった。

 そして、同時にまた大きなお腹の鳴る音が。

 

「…………」

「…………」

 

 少しの間沈黙が続いた。

 既に少女の顔は真っ赤に染まり、今にも火を噴きそうだった。

 

「ガッハッハッハッハ! なんだ、お嬢ちゃん腹ぁ、減ってるのかい?」

「うう、す、すいません」

「いや、一瞬、俺の腹の音かと思っちまったぜ! ガッハッハ!」

 

 港の漁師と思われる逞しい体つきをした男は、大きく笑い声を上げると、突然少女の手を引っ張ってどこかへと連れて行こうとする。

 傍から見たら犯罪臭のする画だが、周りに人がいないため、咎める者もない。

 

「えっ! ちょ、何するんですか!?」

「腹減ってんだろ? 美味いカレーを出す店知ってるから案内してやるよ!」

「え!? い、いえ、結構です!」

 

 必死に漁師の掴む手を振り解こうとする少女だが、力が強く、全く振り解ける気配がない。

 大男に年端もいかぬ少女が抵抗しながらも連れていかれる状況はやはり、傍から見たら犯罪臭がするが、やはり周りに人がいないので、咎める者もいない。

 

「なんでい、遠慮すんなって!」

「い、いや、そうじゃなくて! 私一文無しなんです! だから、お店に行ってもお金が……」

 

 それを聞くと、ようやく漁師は手を離し、少女もようやく解放される。

 

「成程、一文無しか……うーん」

 

 漁師はしばらく何かを考え込んでいると、何かを思い出したかのように手を叩き、また少女の手を掴んでどこかへと引っ張り始めた。

 

「きゃあああ! なんですか! なんなんですか!? 無言で突然引っ張るのやめてください! 怖いです!」

「んー? いや、方法があったんだよ、一文無しでも腹いっぱい食える方法がよ!」

「え、本当ですか!?」

 

 その瞬間、少女の顔が困惑の表情から一変して輝き始め、むしろ漁師を牽引するかの勢いで先行し始めた。

 

「ど、どこです! どこにいけばいいんですか!?」

「おいおい、そんなはしゃぐなって! すぐ近くだからよ。ほら、あそこだ」

 

 漁師が指さしたのは港から歩道に出てすぐ見える飲食店の並びであった。

 おそらくは島に来た観光客目当てで出来たものだろう。さっき少女と共に船に乗っていた乗客が多く見える。

 漁師はその中にある一つの店の前まで少女を案内する。

 

「……カレー専門店、『ビッグスプーン』?」

「おう! さっき言った美味いカレー食わせてくれる店ってのもここなんだけどよ。お嬢ちゃん、カレーは好きかい?」

「え? ええ大好物ですけど」

「そいつは良かった。じゃあ、大丈夫だな!」

 

 そう言うと、漁師は勢いよく店の扉を開け、店内に入っていく。

 少女も後に続いて店内へ入る。

 瞬間、濃厚なスパイスの香りが二人の嗅覚を刺激し、空腹感をさらに増長させる。

 同時に、扉についていたドア鈴の音で一人の男が厨房から顔を出し、二人の前に歩いて来た。真黒に焼けた肌と漁師に劣らぬ筋骨隆々の身体が特徴的であった。

 

「いらっしゃい。あら、珍しいじゃなぁい、あなたが女連れだなんて。嫉妬しちゃうわぁ」

「違ぇよ、店長。このお嬢ちゃんはそこの港で知り合ってな。腹減ってるみたいだから連れてきたんだよ」

「え? あの、女の方……? え? でも? あれ?」

 

 予想外の喋り方に少女は困惑を隠せなかった。

 店長は少女の前に歩み寄ると、ウインクをしながら挨拶する。

 

「初めまして、お嬢ちゃん。アタシはこの店の店長よ。身体は男だけど心は乙女よ、どうぞよろしくね!」

「えええ、えと、よ、よろしくお願いします!」

「まぁ、こんな変態出てきたらビビるよな、普通。」

「あら、変態じゃないわよ。自らのリピドーに忠実なだけよ。それで、お二人ともご注文は?」

「ああ、俺にはカツカレーの中辛特盛。んで、こいつには――――」

 

 漁師がチラリと横目で見て少女に笑いかける。

 

「――『超弩級』を頼む」

「――――!」

 

 漁師の言葉と共に、店内の空気が一瞬凍り付いた。

 店長は愚か、他の客達ですら、食事の手を止め漁師と少女の方を見ている。

 

「……あんた、本気?」

「え? 何がですか? ここに来れば無料でカレーが食べられると聞いたんですけれど……」

 

 途端に強張った表情で少女に問い詰める店長に少女は困惑しながら事の経緯を話す。

 すると、店長は、頭を掻いて無言で一旦厨房の奥に戻ると、一枚の大皿を持って帰って来た。

 

「お嬢ちゃん。確かにウチには一時間以内に完食できればお代は無料っていう特別メニューがあるわ。でもね、それはこのテーブル一つが埋まる大皿にカレーライスをタワーのように積み上げた品なの。とてもお嬢ちゃんには――――」

「――やります、それ!」

「は、はぁあ!? どんだけえええええ!?」

 

 少女の一言にまた店内がざわめき、店長は信じられないといった表情で少女を見つめている。漁師一人が愉快そうに笑みを浮かべていた。

 

「わ、わかってるの? 完食しきれなかったら一万円のお代を頂くわよ? 払えるの?」

「一文無しなので払えませんが、完食するので大丈夫です!」

「なッ!? あんたふざけてるの!? どんだけええええ!?」

「まぁまぁ、店長。完食しきれなかった時は俺がお代持つからよ。挑戦させてやってくれねぇか?」

 

 その漁師の一言で、店長の表情が変わった。

 不敵な笑みを浮かべ、その瞳にはギラギラと眼光が発せられていた。

 

「……いいだろう、そこまで言うなら挑戦させてやる。うちの特別メニュー、『超弩級盛り海軍カレー』に、なぁ!」

(あれ!? 口調が変わりましたよ!?)

「――うおおおおおおおおお!」

 

 その店長の豹変した男言葉と共に店内が完成に湧き立った。

 

「すげぇ! あのカレーに挑戦する奴が現れるなんて! 数年ぶりに見たぜ!」

「しかも挑戦者はあの嬢ちゃんか!? こいつは予想がつかんぞ!」

 

 店内の客達は立ち上がって少女に歓声を送り続けている。

 

「お嬢ちゃん、あんな啖呵切っちまったが、大丈夫かい? もう後には退けないぜ?」

「ええ、大丈夫です! お腹一杯食べられそうなのが久々なので、今からカレーが楽しみです!」

「ガッハッハ! そいつは頼もしいな!」

 

 全く物怖じしていない少女を見て、漁師は声高らかに笑った。

 緩みかけていたエプロンを再び縛り直し、店長は少女を見て言った。

 

「お嬢ちゃん、名前を、聞いておこうか?」

「私の名前は、大和です!」

 

 キャリーバッグを置き、少女は声高らかに自分の名を告げた。

 

 

 その頃、鎮守府では。

 

「ああ、もう! 既に三十分遅れ! 急いで迎えに行かないと!」

「あ、いた! 待ってください、矢矧! 重要な事を言い忘れていました!」

「何ですか、提督! この非常時に!」

「帰りにビッグスプーンでカツカレー大盛り、甘口で買ってきてください!」

「少しは反省しなさいよ! 無能!」

 

 まだ色々揉めていた。




不定期更新になりますが、完結目指して頑張ります!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。