姫騎士アイーシャの野望~愛する王子様を玉座につけるのだ!~ 作:rimaHameln
ジリジリと照りつけるような南方の太陽の下、両軍は戦いを開始した。
最初に仕掛けたのはナサール率いる討伐軍先陣であった。
暫くは互角の戦いを演じていたが、情勢は次第に討伐軍側に傾いていった。ナサール隊は名誉挽回の意気に燃え、多数の筈の反乱軍を押し込んでいった。
【アイーシャ】(思ったよりナサールは敵を押し込んでる。でも敵軍の方が数が多いし、そもそも前衛しか戦いには加わってないわ。いずれはナサールが前衛を突破して後方部隊に突っ込むでしょうけど、まだ時間がかかりそう。こんなどうでもいいお遊戯はさっさと終わらせるに限るわね)
【アイーシャ】「クルジュ様。残りの部隊も前進させましょう」
アイーシャはクルジュの方を向いた。
【クルジュ】「前進?」
【アイーシャ】「はい、そうです。前進するのです。先陣が勝っている事で我が方は今この戦いの主導権を握っています。一挙に優勢を拡大すべきです」
【クルジュ】「でも反乱軍も動くんじゃないの?」
【アイーシャ】「勿論動きます。ですがそれは"彼らが動いた"のではなく、"我々が動かした"のです。此方が本隊を動かせば、反乱軍は戦局を決定付けられないように動かざるを得ません。もし
【クルジュ】「なるほど」
なるほど納得というばかりに大きく頷くクルジュ。しかしその時もう一人の補佐者が発言した。
【ダティス】「待て、アイーシャ殿。現状でも兵力は向こうが勝っているのだぞ。推測だけで軽々に軍を動かすのは危険だ」
【アイーシャ】「その兵力差を埋める為にも果断に動くべきだと言っているの。その推測を私が外した事があって?」
【ダティス】「だが我々は決して負ける訳にはいかない。ガズナは敵の手にあるのだから、敗北は致命傷となる」
アイーシャを苛ついた。この老将の鬱陶しさにはいい加減ヘドが出る。
【アイーシャ】(本当、一々噛み付いて来るわね。大方ハリードの老いぼれ王から私が影響力を持ち過ぎないように釘を刺すよう言われてるんでしょうけど。ま、それはそれでいいけど、私が刺し返さないと思って貰っては困るわ!)
【アイーシャ】「敗北などしない。よしんば負ける事があっても、それは
【ダティス】「何だと! 私が臆病者だと言いたいのか!」
【アイーシャ】「誰も貴方の事だとは言って無いわ。でもそういう反応をする人は大抵心当たりがあるものよ」
【ダティス】「この……!」
【クルジュ】「二人とも落ち着いて!」
クルジュが割って入る。戦の緊張に加えて補佐官二人の論争が止めるという大事に冷や汗をかいている。温厚なクルジュには辛いのだろう。
【アイーシャ】(さっきのナサールの熱気に当てられてクルジュさまは凄く積極的になってる。可愛い。……じゃなくて! 戦いも待ち構えるより打って出る方に心が傾いてるわ。ダティスの慎重策にも不満を覚えてる筈。残念だったわね、爺さん)
実際、クルジュは緊張で冷や汗をかきながらもしっかりと相手を見据えている。
【クルジュ】「ダティス将軍。貴方の考えは分かる。ただ、勝利を手にするのなら手をこまねいて待っているよりも攻めるべきだと思う」
【ダティス】「……」
【クルジュ】「アイーシャは勝ちへの道筋を示して見せた。ダティス将軍は反対だというなら、対案を示せるか?」
【ダティス】「……分かりました。殿下がそう決断なされたのなら私に否やはありません。ですが、本陣を前線に向かわせるのはお止め頂きたい。何よりも殿下の御身が危険でありますし、今本陣まで動くのはナサール殿の
【クルジュ】「うむむ、それは……」
クルジュの目が泳いだ。
【アイーシャ】(クルジュさまが"危険"という言葉を聞いて少し揺らいでしまった。ナサールへの慈悲も出てる。人の言葉を良く聞くのはクルジュさまの良いところなんだけれど、今は少し具合が悪いわね……しっかり後押ししましょう)
【アイーシャ】「これはナサールの為の戦いではない、ダティス将軍。何よりも勝利を、と言ったのは貴方でしょう。ナサールの事よりも勝利を得ることが重要よ。それに危険と言うけれど、貴方はクルジュ様の勇気を疑っているのかしら?」
【クルジュ】「ダ、ダティス将軍」
ダティスを見るクルジュの目は"僕を信じていないのか"では無く、"やっぱり"僕なんかじゃダメなのかな……と言っていた。
ダティスは折れた。
【ダティス】「……いえ、殿下。貴方の勇気は疑うべくもありません。さあ、決まったとなれば二の足を踏むのは愚将の行い。軍に前進を御命じくださいます」
【クルジュ】「うん! よし、本隊も前進だ!」
クルジュの命令を各部へ伝えるべく何騎もの伝令が走り去った。クルジュの顔は紅潮し、興奮と緊張の真っ只中にあると一目で分かる。
【ダティス】(やられた……アイーシャの増長を抑えようとしたがまんまとしてやられた。私の考えを利用され、挑発に乗らされ、アイーシャでは無くクルジュ殿下に反対する立場をとらされた。そして折れざるを得なかった。殿下を支える第一の補佐が私では無くアイーシャだと、見せつけられてしまったようなものだ……クルジュ殿下はお優しいし、こういう政情には疎いから気付くことは無いだろうが、それでもアイーシャへの信頼は強くなる)
アイーシャは心でも、実際の目でも。ダティスを冷酷に勝ち誇って見下ろした。
【アイーシャ】(ざまぁないわね。わたしの勝ち! クルジュさまはわたしのクルジュさまなのよ!)
◇ ◇ ◇
両軍の前衛が激戦し繰り広げる中、王国軍の本隊が動く。戦いは次なる局面へ嫌が応にでも移らざるを得なくなったのだ。