姫騎士アイーシャの野望~愛する王子様を玉座につけるのだ!~ 作:rimaHameln
トゥラノ州の諸豪族はハリード王の攻撃で一度は屈したが、王と主力軍が去ると威勢を盛り返し瞬く間に反乱を起こした。当初は豪族達もそれぞれ単独に反乱を起こし、各個撃破されていた。
しかし、トゥラノ豪族の一人ゴンドファルネスが指導力を発揮して反乱軍や蛮族達を纏め上げると一点してその勢力は脅威といえるだけの大きさを持つように為った。
現地のバラバ王国軍は状況打開の為に打って出たがゴンドファルネス率いる反乱軍に敗れ、逼塞させられていた。州都ガズナも反乱軍の手が伸びつつ有り、予断を許さない状態になっていた。
真暦1971年6月にはクルジュ軍はトゥラノ州へと到達した。
トゥラノ州へ入ったクルジュ軍だが、反乱軍は直接には手を出さなかった。反乱軍は地理に明るいことを活かし、クルジュ軍の背後を遮断しようとしたり、食料調達部隊を妨害したり、小規模な夜襲や朝駆けを繰り返すなどゲリラ攻撃を主体にしていた。クルジュ軍の被害は小さかったが、ゲリラ攻撃を仕掛ける敵軍を撃破しきれていなかった。
アイーシャは軍勢をガズナへの道中で停止させ、ガズナに居た州の防衛指揮官を呼び出した。そしてクルジュやダティス将軍らとともに反乱軍撃破の為に軍議を行っていた。
司令官用の天幕。将軍が指揮官達全員が集まれるほど大きさがある。中には軍勢の指揮官達が勢揃いしている。軍議は始まって時間はさして経っていないにも関わらず、場の空気は熱気を帯びていた。アイーシャの提示した策が理由であった。
【ナサール】「……申し訳ないが、アイーシャ殿は今何と仰られたか」
ナサールはトゥラノ州現地軍の指揮官である。
【アイーシャ】「ガズナを放棄すると言ったの。何度も言わせないで」
【ナサール】「馬鹿な! 最重要拠点だぞ!」
【クルジュ】「ガズナは州都だよね。大丈夫なの?」
【ダティス】「一般的な兵法に照らし合わせれば、大丈夫ではありませんな」
現地指揮官のナサールは勿論だが、クルジュやダティスもアイーシャの真意を測りかねていた。
【ナサール】「ガズナはトゥラノの中心だ! みすみす譲り渡すなどゴンドファルネスが勝ったことになってしまう!」
【アイーシャ】「だからこそよ」
【ナサール】「何だと、どういうことだ」
【アイーシャ】(チッ! 何でわたしが一々アンタ何かに教えてあげなきゃならないのよ。まあ、クルジュさまも聞きたがってるみたいだから、話すけど)
【アイーシャ】「ガズナが手に入るとなればゴンドファルネスも奴が従える叛徒共も姿を表すでしょう。そしてガズナを手に入れて戦いに勝ったと思えば、今度は勝利の果実を巡って奴ら同士の争いが始まる。勝利と抵抗の立役者と言ってもゴンドファルネスは所詮豪族の筆頭程度の立場でしかないのだから、他の連中が追い落としにかかるのも不思議じゃない。そして自らの権威と立場を維持するためにゴンドファルネスはまた勝利を必要とするわ」
アイーシャの策の真意にナサールもダティスも黙って聞いている。だがもう一つの真意にはまだ気づいていなかった。
【アイーシャ】「ゴンドファルネスは勝利の為に、部下が離叛したり裏切ったりする前に兵を纏めて打って出てくる。そこを討ち取れば良い。全て打ちとってしまっても構わないし、頭目を失い敗北した賊徒何て大した事は出来ないのだから追い散らしても良いわ」
【ナサール】「貴殿の考えは分かった。仮に有効な手だとしても、それでは栄光有る王国軍、引いては国王陛下の武勇に傷を付けてしまう」
【アイーシャ】「いいえ、そうはならない。何故ならガズナは貴方が勝手に捨てるから、よ。貴方は援軍が迫っているにも関わらず、自陣の劣勢に追いつめられて撤退するのよ。我軍はここにいるから、貴方は兵を率いてここまで逃げていらっしゃい」
【ナサール】「な、何だと! それでは我が名誉、我が武功はどうなる!」
【アイーシャ】(はあ? アンタの事情なんてクソほどの価値もないのよ。そんなのも分かんないの?)
【アイーシャ】「貴方の武功? 既にゴンドファルネスに負けてるのでは無くて? 今更気に出来る名誉とやらなんて残っているのかしら?」
【ナサール】「ぐっ……」
【アイーシャ】「どうせ拭えないだけの恥は晒してるのだから重ねて上塗りしたところで何も変わらないでしょう」
余りの物言いに顔を真っ青にして怒りと屈辱に振るえるナサール。彼とて好んで負けたり苦戦したりしている訳ではない。だがそんな事はアイーシャには微塵も関係ないのだ。
【クルジュ】「ま、まあまあ。アイーシャもナサール殿も落ち着いて。取り敢えずその作戦が有効かどうか考えよう。ダティス将軍はどう思う?」
【アイーシャ】(ああもうクルジュさまったら。そんなクズの事なんかわざわざ気にかけなくったっていいのに。でもそういう優しいところがいいのよね!!)
見かねたようにクルジュが間に入り話を進めた。
【ダティス】「そうですな、軍事的には有効だと考えます。纏めて一挙に叩き潰せるならそれに越したことはありません。隠れながら戦う敵を虱潰しにするのは厄介ですから」
【クルジュ】「そうか!」
【ダティス】「飽く迄も軍事的な観点のみの話ですが」
【クルジュ】「そうか……」
幾ら戦略上有効とは言え、ナサールの名誉に大きく傷を付けかねない作戦を採用するのは躊躇われた。アイーシャ以外は。
【アイーシャ】「ダティス将軍のお墨付きも頂けた事ですし、私の作戦は採用で宜しいかしら」
【ナサール】「……」
ナサールは唇を噛み締め、アイーシャを睨みつけている。ダティス将軍も渋い顔だった。
【クルジュ】「うーん……アイーシャの考えだし、僕も一番良いんだと思う。でもナサール殿にばかり負担させるわけにはいかないよ。だから、ナサール殿の判断ではなく僕との協議で決まったという形にしよう。それと反乱軍との戦いの先陣はナサール殿に任せようと思う。どうかな?」
そういうクルジュは普段通り柔和ながらも何処か芯の通った表情をしていた。
【ナサール】「殿下……」
【ダティス】「異論御座いません」
ナサールは共に泥を被って自分を助けようとしているクルジュに強い感銘を受けている様子だった。君主が家臣と共に在る。その姿にダティスも満足気に頷いている。
【アイーシャ】「クルジュ様……」
【アイーシャ】(それじゃあクルジュさまの名前にも傷がついちゃう……けどクルジュさまが決断なされた事なのだから仕方ないわ。それに、あんなにイイ男の顔で言われちゃ何も言えないわぁ~ん)
◇ ◇ ◇
結果としてアイーシャの策が採用され、クルジュは家臣達から信頼という大きな力を得ることになった。
トゥラノ州を賊徒から取り戻す戦いの日は近い。