姫騎士アイーシャの野望~愛する王子様を玉座につけるのだ!~   作:rimaHameln

12 / 14
ものすごく久しぶりの更新になってしまった。


十二幕

 真暦1971年9月、クルジュ達がキルクーク平原で反乱軍を撃破してから早3ヶ月が経った。トゥラノ州は完全にではないにして戦火を収めて平和を取り戻しつつあり、民の暮らしにも活気が出てきていた。

 安定が早期にもたらされたのにはアイーシャや主に彼女が連れてきた行政官の尽力もそうだが、クルジュが採用した温情政策によるところも大きかった。かつての反乱軍の首魁ゴンドファルネスはクルジュに許されて幕下に加わった後、トゥラノ豪族の説得と懐柔に尽力していた。反乱に加わっていたトゥラノ豪族たちもゴンドファルネスが許されたのならと次々と降伏し忠誠を改にしていた。クルジュの決断が正しかった証左であった。

 

 州都ガズナはそれらトゥラノ再興の象徴と言え、中核都市として再び繁栄し始めていた。特にトゥラノ全域から産物が集まる市場は如実に成長を示しており、重要度は非常に高かった。

 定期的に統治者、即ち太守(サトラップ)クルジュと彼の腹心アイーシャ姫が視察に訪れる程であった。

 

【アイーシャ】(きゃーっ! 今日もクルジュさまとデートよぉ! トゥラノは埃っぽいしガズナもド田舎で何もありゃしない最低な土地だけど、これだけで来た甲斐があるというもんだわ!)

 

 ……視察に、訪れる程であった。

 

【クルジュ】「市場も人も物も増えてきたね。前は閑散としてたのに」

【アイーシャ】「そうですね。統治が上手くいっている証拠です。クルジュ様が素晴らしい君主であるからこそ、です」

【アイーシャ】(やっぱりあなたこそが王に相応しいのですよ、クルジュさま!!)

【クルジュ】「いやあ、皆のおかげだよ」

 

 クルジュは謙遜でも何でもなくそう思っていた。彼は自身の能力を良く理解していた。自分には出来ないことが沢山あると分かっていた。

 具体的な方法や実行はアイーシャやダティス、ナバールのようなより能力のある人間に任せていた。

 そのやり方は下級役人などに対しても同様で、現地民を信頼し、彼ら流のやり方を受け入れていた。クルジュ元来の慈悲深さや柔らかさも大木な助けになっていた。

 実際、数ヶ月の統治にも関わらずガズナ市民はクルジュを非常に気に入っていた。親愛の情を籠めて"若様"と呼び掛けるのが常になってさえいた。

 

【商人】「若様! 今日もお元気そうで何よりです!」

【クルジュ】「うん、ありがとう。君も息災無いか?」

【店主】「若様! うちの一押しのナツメやしです、是非どうぞ!」

【売り子娘】「若さ、あ……ク、クルジュ殿下」

【アイーシャ】「……」

 

 アイーシャの鋭い眼光に売り子娘は怯えてしまった。アイーシャはどんなに小さな相手でもクルジュの側に女がいるのが許せなかった。

 

【アイーシャ】(わたしのクルジュさまに近付くんじゃねーわよ! 町娘風情が分をわきまえろ!)

【アイーシャ】「先へ行きましょう。回らねばならない場所はまだありますから」

【クルジュ】「うん。そうだね。行こうか」

 

 市場には多種多様な商品が並んでいる。小麦や大麦、肉や野菜の様な主要食品だけでなく、農具や装飾品などの金属類や酒類もところ狭しと売りに出され、新鮮な果物すらも販売されていた。 何よりもこれらの商品を産出し、都市に運べるまでに治安が回復した事を示していた。

 

 クルジュの視線があるものに止まった。

 

【クルジュ】「あ、甜瓜(メロン)……」

【アイーシャ】「どうなさいました?」

【クルジュ】「あ、いや、マルドゥーン兄さんが好きだったなと思って。兄さん、大丈夫かなあ……」

【アイーシャ】「マルドゥーン殿下ですか。確かにご心配でしょう。ですがハリード陛下も御出陣なされた事です。きっと大丈夫でふ」

 

 トゥラノ平定と同時に行われていた北の遊牧民ナグハ族との戦いだが、大成功を収めたクルジュとは異なりマルドゥーン敗北の報告が届いていた。

 マルドゥーンは当初こそ優勢に進めていたがナグハ族の突然の奇襲で甚大な被害を被り敗走したとの事であった。

 事態を重く見たハリード王は老齢を押して自ら出陣し、王太子の失敗を挽回しようとしていた。

 世間の反応は他所に、クルジュはただ父と兄の事を案じていた。政治的思考はクルジュの持ち合わせる性質ではないのだ。

 

【クルジュ】「北の騎馬民族は勇猛だ。父上でもそう簡単には勝てないんじゃ……」

【アイーシャ】「ただの野蛮人ですよ、殿下」

【アイーシャ】(その通り。怖れるに足りませんわ、クルジュさま)

【クルジュ】「歴史的にも何度も攻めてきて、その度に我らが王土は被害を受けてきた」

【アイーシャ】「そしてその度に打ち負かして来ました。我々がです。我が軍が追い散らした西方(デュロ)人でさえ北の遊牧民には勝っているのですよ」

【アイーシャ】(ま、あっさり負けてくれるならそれはそれでいいのよね。えっ、どっちが、って? 分かるでしょ)

【クルジュ】「うーん……そうだけど不安だなあ」

【アイーシャ】「殿下。何かあったとしても、立ち向かうときはこのアイーシャが御側におりますわ」

【アイーシャ】(計画は順調に進んでいるわ。玉座への道ももう長い道程ではないわね。こちらの第二段階も進めていかなくては)

 

 アイーシャの言葉にクルジュは安心を得たようで、多少表情が和らいだ。案じているのは自分やアイーシャの身ではなく家族の安否だとは言え、慰めにはなったようだ。その事実はアイーシャに少なからぬ快感と嫉妬を覚えさせた。

 その時、一人の兵士がクルジュとアイーシャに近付いてきた。身なりから指揮官クラスの上級士官だと分かる。わざわざ士官を寄越してくるのだから大した事態なのだろうと察せられる。

 

【アイーシャ】(まあ、わたしは何なのか分かっているけどね。第二段階が来たのよ)

 

 用件はアイーシャには分かっていた。そして分かっていていても二人の時間外邪魔されたこと事態にはイラつきを覚えた。

 士官は急いでいるのか小走りである。

【士官】「殿下、アイーシャ様。巡回中申し訳ございません。火急の用件でして」

【クルジュ】「構わない。何かあったのか?」

【士官】「隣国のオドニアから使者が参っております。それも……」

【アイーシャ】「それ以上はこの場で云わなくて宜しい。大体想像はつく」

 

 アイーシャは士官の言葉を遮った。

 

【アイーシャ】「クルジュ殿下。(残念ですが!)官邸へ戻りましょう」

【クルジュ】「うん、分かった。想像はつくって言ったけど、何なの?」

 

 クルジュはまだ分かっていないらしい。ある意味でこの事は彼の本質を表している。アイーシャにはそれも含めてクルジュを愛おしく思っていた。

 アイーシャは僅かな笑みを浮かべ、クルジュ以外には決して使わない柔らかな声色で答えた。

 

【アイーシャ】「戦争ですよ、クルジュ様」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。