姫騎士アイーシャの野望~愛する王子様を玉座につけるのだ!~ 作:rimaHameln
キルクーク平原の戦いは討伐軍の勝利に終わった。反乱軍は追撃を受けて壊走、大部分が討ち取られるか捕虜になった。
反乱軍の
大敗を喫し主導者も失った反乱軍は忽ちの内に瓦解し、やっと手に入れたガズナも放り捨てて四散した。クルジュら討伐軍は州都ガズナを取り戻し、悠々と凱旋入城を果たしたのであった。
◇ ◇ ◇
勝利の後には祝賀の宴が待っている。州都といっても辺境であるために王都での宴に比べればささやかなものだが、それでも勝利を飾るには十分なものだった。
勝者にはもう一つの"宴"の権利もある。それは敗者の引見と処遇の決定、すなわち彼らの生殺与奪を弄ぶ時間だ。
勝者の主クルジュの前に次々と捕虜たちが連れられてくる。戦の虜囚なので皆傷付き、血を流している。
そして今回の戦いでは大物の捕虜がいる。ナサール隊長が捕らえた反乱軍の首領ゴンドファルネスだ。
【アイーシャ】「クルジュ殿下。真ん中の男がゴンドファルネスです」
【クルジュ】「彼が……」
ゴンドファルネスは浅黒く日焼けした肌に隆々とした肉体を持ち、こわい髭が顎一面を覆っている。敗北したとは思えない程に堂々とした武人だった。
【アイーシャ】(負け犬の癖にデカい態度してやがるわね。ひざまづいて命乞いくらいしなさいよ)
【アイーシャ】「殿下が慈悲深くも貴様らに謁見の機会を与えて下さった。発言を求める者はおるか」
ゴンドファルネスが一歩前に出た。
【ゴンドファルネス】「貴方がクルジュ王子か?」
【クルジュ】「そ、そうだ」
意外にも紳士的な声色のゴンドファルネス。初の大役にクルジュは緊張している。
【ゴンドファルネス】「それで、そちらのご婦人が噂に名高きアイーシャ姫か」
【アイーシャ】「……」
【アイーシャ】(こいつ自分の立場理解出来てないわけ? 屠殺前の豚が話しかけてくるとか)
【ゴンドファルネス】「戦場では見事な真紅の
【アイーシャ】「そんなに見たいのならばまた見せてやろう。貴様の血でな」
【ゴンドファルネス】「ふん、見た目にそぐわず猛々しい事だ。それにしてもダティス将軍やナサールならともかく、こんな少年少女達にしてやられるとは私も焼きが回ったかな」
ゴンドファルネスはやれやれとかぶりをふる。
そんな台詞がクルジュはともかく、アイーシャの癇に障らないわけがない。
【アイーシャ】「口を慎め! 下郎が!」
アイーシャは腰の剣"
【アイーシャ】「クルジュ様。この様な無法者、即刻首を刎ねるべきです」
【クルジュ】「……待って。アイーシャ。彼には僕も聞きたい事があるんだ」
【アイーシャ】「えっ?」
意外なクルジュの毅然とした発言にアイーシャはどきりとする。
【アイーシャ】(何だかいつも以上に凄く格好良いわ、クルジュさま)
言われた通りアイーシャは手を剣から放す。
【ダティス】(殿下……)
【ゴンドファルネス】「……」
今までにないクルジュの具合に自然と皆静まり、事態の成り行きを見守った。
【クルジュ】「ゴンドファルネス。何故、お前は反乱を起こしたのだ? 民の安寧を損ない、王国の平和を害するだけではないか?」
【ゴンドファルネス】「それはこちらの台詞ですな、王子」
【クルジュ】「どういう意味か?」
【ゴンドファルネス】「そもそも何故、われらの土地へ攻め込んできたのか。貴方に言ってもせんないことかもしれないが、事の発端はハリード王の行いではないか」
ゴンドファルネスは言った。
【ゴンドファルネス】「ハリード王は王国の再統一と言う大義を掲げ、このトゥラノを攻め、支配した。ハリード王は確かに敬意を示すべき武人ではあった。トゥラノもかつては王国の一部ではあった。だが、だからと言って戦争を起こしてよい理由にはならない」
【クルジュ】「トゥラノ人からしてみればバラバ王国こそが民の平和と安寧を損ねた張本人だと言うのか」
【ゴンドファルネス】「そうです。そして支配者となったハリード王は何を与えましたか」
【クルジュ】「父上、ハリード王は平和をもたらした筈だ、と思う」
回答はやや歯切れが悪い。ただそれは誤りによるというよりも、正しい答えに達しようとしているがゆえの立ち止まりの印象だ。
【ゴンドファルネス】「王国は他の地を攻める為に税と兵を奪い持って行き、その代わりに我らを監視する役人だけ置いていった。それを彼らは平和と呼びました」
【ナサール】「……」
ナサールが複雑な表情をしている。ゴンドファルネスの言う監視する役人その人なのだからやむ無しだろうか。
【ゴンドファルネス】「我らは我らの為に動いたのだ。皆がそうであったかと言われればそうでないものもいたかもしれない。だが少なくとも私はトゥラノの民の為に立ち上がったのです」
ゴンドファルネスは狼狽える事もなくはっきりと告げる。本心からそう思っているのが伝わってくるようだ。
【ゴンドファルネス】「それを自分勝手な戦いと言うのならばそれでも宜しい。私は恥じてはいません。そして、最後に言いたいのはですな、王子。支配者となった貴方はまだお若く、時間がある。だから民の事をもっと見て欲しいのです。どうか荒野を作ってそれを平和と呼ばせることの無きようお願いしたい」
ゴンドファルネスの演説は終わった。
抑圧者の言葉に場は静まり、クルジュも渋い顔をして考え込んでいる。
【アイーシャ】(ふん。随分長いこと話し続けたわね。あんたに対する答えは一つだけ。お前らのことなんざ知ったことか、よ)
ただアイーシャだけは微塵も彼らと思いを共にはしていなかった。再び手を剣に掛ける。
【アイーシャ】「言いたい事はそれだけか? もうよい。処刑場へ連れて」
【クルジュ】「アイーシャ」
クルジュはまたもアイーシャを止めた。
今度は先程以上にはっきりとした態度で、王者の風格を感じさせた。
【アイーシャ】「は、はい?」
【クルジュ】「僕はそんな命令は出していない」
【アイーシャ】「え、は、はい、クルジュさま」
【アイーシャ】(ク、クルジュさまに怒られちゃった……ああっ! でも、こんな激しいクルジュさま初めて! 凄く良いよおっ!)
心のなかでアイーシャは悶えた。
クルジュはゴンドファルネスを見据える。
【クルジュ】「ゴンドファルネス。私はやはり君らの行いは平和を損ねる反乱だと思う。現に父上の覇業によって王国からは大きな騒乱が消え、再び繁栄を取り戻しつつある」
【ゴンドファルネス】「……」
【クルジュ】「だが君らの苦しみは分かる。大業を成すまでの間には多くの犠牲が必要だが、一方的に犠牲にともされた者たちにはただの収奪だろう。その意味では父上の統治には足りないものがあったのだろうと思う」
そこで一息つき、クルジュは言葉を続ける。
【クルジュ】「だから私はこの地を治める上で、誰かをただ犠牲にして平和と繁栄を勝ち取るような事はしたくない。ただ、それは言うだけなら簡単だが、実際は難しいと思う。僕はまだ若く、経験も能力もない。ゴンドファルネス殿、どうか手を貸して欲しい」
ゴンドファルネスは少し考え、頷いた。
【ゴンドファルネス】「……ふっ、どうやら、私の前にいるのは想像以上に大したお方のようですな」
そして、すっと跪く。
【ゴンドファルネス】「この不肖ゴンドファルネス、全てを貴方に捧げましょう。如何様にでもお使いください。クルジュ殿下」
【クルジュ】「うん、頼む」
クルジュの予想外の器に皆感嘆を隠せなかった。幾人かを除いては。
【ダティス】(やはり、王子たちの中で最もハリード王に近い。クルジュ殿下こそ大器。付いてきた甲斐があった)
【アイーシャ】(クルジュさま……ああ、やっぱり王に相応しいのはクルジュさまだけよ。待っててね。必ず玉座を貴方にあげますから)
大仕事を終えたクルジュはふうと息を吐いて、ちらっと横に侍るアイーシャを見た。
【アイーシャ】「クルジュさま……」
【クルジュ】「あのさ、アイーシャ……これからも手伝ってくれる?」
さっき厳しい口調をしたのをすまなく思っているようだ。もっともアイーシャの方はクルジュが自分にすまないと思っている方が大事だった。
【アイーシャ】「も、勿論です! クルジュさま!」
【クルジュ】「うん、ありがとう」
クルジュは安心したように、年頃の若い笑みを見せた。