やはり俺のソロキャンプはまちがっている。   作:Grooki

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その8:比企谷八幡は書を捨てて町へ出、新たな書を買い込んで帰宅する。

 調理器具のコーナーは、ウェアに負けじとスペースが確保されていて、かなり見応えがありそうだった。

 

 俺が昨夜ネットで見た「ガスストーブ」も、ひとコーナー設けられていた。

 

 が…種類が色々ありすぎて、どれにどんな違いがあるか分からない…。

 

 もちろん製品ごとにデザインは違うのだが、説明書きに表示されてる火力?カロリー?もちょっとずつ違う…どれを選べばいいんだろ…火力高い方?

 

 おっ、マイクロレギュレーターって何?シルフィードマスター…って名称だけで何かグッと来るものがあるんですけど…?

 

 ガスを使うものだけでなく、中にはホワイトガソリンを使うものもあるようだ。

 

 …って、ホワイトガソリンって何だ…?おお、足元の棚にひっそりと缶入りで売ってた…これ普通のガソリンと何が違うの…?

 

 他にも、小さな薪を入れて燃やすと、その熱で電気を起こしてスマホを充電できる道具…なんてのもある。ついでにその炎で調理もできる。なにそれ(たぎ)る。

 

 うおお…あかん、分からないことが多すぎる…!!でもどれもかっこいい…!!

 

 製品自体も決して安いものじゃないし、とりあえず今日のところは保留だ。

 

 家に帰ってネットで復習しよう。分からないものを分からないまま放置するのは好きじゃない。俺はわかりたいのだ。知って安心したい。わからないことはひどく怖いことだから。

 

 っていうかホントに怖ぇよ。間違ったものを買ったら大枚(たいまい)が飛んでいく。僕は持ち金が少ない。

 

 鍋類や食器類はそれこそ、どれも同じに見えるしどれも違って見えるし、一体何が何やら分からなかった。

 

 っていうか、明らかにメーカー名がこの店と違うやつまで一緒に並べてるけど、それってこういう店じゃ普通なの?そういうもんなの?

 

 その鍋類…コッヘルとかクッカーとかいう呼び方をするらしい…は、おおよそ共通して、円筒形の深い鍋と、折りたたみ()のついたフライパンのような、フタを兼ねる浅い鍋が組み合わさっているデザインがデフォだ。

 

 いくつかは、普通の鍋ブタのついた四角い形のものもあったが、なぜ四角なのかは不明。ただなんとなく、四角い奴は個性的だし、造りも渋くて、格好いいデザインだなと思った。

 

 しかしどれも、やたらとちっちゃい。一人分のメシを調理できるくらい、って大きさだ。

 

 防災道具としてはどうなのだろう。家族で避難生活するときはそれなりの大きさが欲しいところだな…。とりあえずチェックだけしておくか。

 

 しげしげと見比べていると、どうやらそれらのクッカーには、大別してアルミ製とチタン製があるようだ。

 

 チタンの鍋やカップは、持った感じ、これまで経験したことのない薄さ、軽さだった。なにこれすげえ。銀というより灰色のマットなチタンの質感も男心をくすぐる。

 

 ただ、アルミ製のものと比べると、倍近く高い。

 

 ほかにも、2つに分割して収納できる箸や、プラスチック製で両端にそれぞれスプーンとフォークがついてるカトラリー(食事道具)などなど、これまで見たこともないような道具類が並んでいた。

 

 その隣のコーナーは、携帯食料の棚だった。

 

 おおぅ…アルファ米売ってたよ…ここで売ってたのか…しかも各種単品売りだよ…

 

 昨日の俺の送料を返せ…!!

 

 ここも珍しいものであふれていた。カップ○ードルが異様に凝縮されたようなちっちゃなレトルト風のパック。「リフィル」とか書いてた。こんなのも作ってるのね●清…。

 

 あとは輸入ものっぽいゼリーとかチョコバー的なもの、片手で開けて食えるとうたっている小さな羊羹(ようかん)、塩飴、なぜかドライマンゴーなど。

 

 後に知ったが、これらお菓子類は「行動食」という、登山の途中休憩時にちょっと食べて疲労回復する「おやつ」のようだ。

 

 片手で食えるらしい羊羹は、一個100円(税抜)だったので、試しに数本買ってみることにした。意外にも、あんこ系のお菓子で有名な☆村屋の商品だったので、味は確かだろう。

 

 小町にも一個やろう。受験モードの頭にブドウ糖をぶち込んでやるのだ…。

 

 そして最後に、テントやバックパックのコーナー。

 

 異様に小さいテントが張られて展示されていた。

 

 デザインはシンプルで格好いいけど、めっちゃ小さくね?これほんとにテント?一人寝るのがやっとじゃないの…!?

 

 もちろん、2人用、3人用などとサイズ展開があった。折りたたんで袋の中に収納すると、大きめのバックパックには十分入りそうだった。

 

 うおお高ぇ…この一人用テントで33,000円くらい…いやこれがテントの一般的な相場なの?こっちの違うタイプの一人用のは20,000円切ってるな…重さの差か?どうやら軽いほうが高いようだ。

 

 今回は無論パスだ。知識以前にこれをポンと買う金がない…。

 

 テントのすぐ横には「ペグ」という、なにやら小さな(くい)のようなものがサイズ違いで並んでいた。

 

 テントの本体に紐を何本か付けて、この「ペグ」で引っ張って地面に打ち込んで固定し、テントが風で飛ばされないようにするらしい。

 

 これも形や大きさがさまざまで、どれを選んでいいのか分からなかった。パスパス。

 

 壁一面を使って並べられていたバックパックは、容量の違い、男女の体型別、のような基準で並べられていた。容量はリットル単位だ。

 

 普段街で目にするリュックサックくらいのもの(20リットル前後)から、70リットル級になると、いわゆる海外のバックパッカーらが背負ってるようなイメージの大きな外見だった。

 

 いったいどれが俺にとって適正な容量なのか分からなかったので、これも調べてから購入を考えようと思った。値段も高いしね。パスパスパス。

 

 なんかパスパスばっか言ってるとバスケとかサッカーの授業で全然パスもらえない奴みたいだな…

 

 俺は小中学校時代の黒い記憶の扉がうっかり開きそうになるのを必死に押しとどめた。

 

 ひと通り見まわった後、俺はとりあえず羊羹数本と、メーカーオリジナルの災害時対応マニュアル(薄手の豆本で500円位だった)だけを買い、そそくさと店を出てきた。

 

 いやいや…マジで店員とエンカウントしなくてよかった…。

 

 素敵な笑顔で「何かお探しですか?」なんて聞かれようものなら、しどろもどろにウェアとか試着しちまった挙句に金がないから逃げ帰って、恥ずかしさでその後店に行きづらくなるところだった。

 

 うわー自意識だけ高きことアイガー北壁のごとし。俺きもい。

 

 だが参考書云々の金ないスマートアピールなんて、いざ本番でスラスラやれる自信もなかったしな…。

 

 … …参考書…か、ふむ…。

 

 俺はふと思いつき、次はアウトレットモールのすぐ隣、プレナ幕張へ向かうことにした。

 

×××

 

 俺の御用達、プレナ幕張の2階の書店で、俺は何冊かの雑誌を物色していた。

 

 ダメ元で探してみたら、けっこうな種類があった。

 

 登山やキャンプ関係の雑誌だ。

 

 ちょっと製本がしっかりしたムック形式のやつだと、その道の有名人が長く愛用してるキャンプ道具の紹介本、なんてものもあった。

 

 新品のカタログとは違う、しっかり使い込まれた感じやヘタレ具合、汚れ具合が、なぜか男子的にはかっこよく見えて、物欲がグングン刺激された。

 

 俺はそのムックと、定番・最新キャンプ道具の詳しい説明(メーカーのことまで詳しく)が載ってた雑誌を1冊、買い求めた。

 

 あとはまぁ、雑誌の情報をとっかかりに、ネットでも調べまくればいいか。

 

 買う本は決めたが、まだ時間もあったので、その他の本を手当たりしだいに立ち読みしていた。

 

 一冊のムックの冒頭で、一人の中年男性が、眠たそうにテントの横で歯磨きしている写真を見つけた。

 

 写真の中でその男性は、奥に雑木林が見える緩やかな斜面にたった一人でテントを張り、まるで今しがた朝を迎えてそのテントから這い出して来たかのような風情だった。

 

 口を囲む濃いヒゲと、モシャっとした髪型が印象的で、優しさとひょうきんさをあわせ持ったような細目が、いかにも自由人のようなイメージを強めていた。

 

 彼の足元には、使い込んで自分なりにカスタマイズした調理道具や、ジャケット類が雑然と置かれていた。

 

 それが、俺にはものすごくかっこよく見えた。

 

 そのムックは結局、複数人でやるおしゃれなキャンパーさん達の特集ばっかだったけどな。


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