やはり俺のソロキャンプはまちがっている。   作:Grooki

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(4)その日、由比ヶ浜結衣は十八歳選挙権について真剣に考える。(対:その37、その49)

「平塚先生、今から来るそうよ」

 

 スマホを耳から離しながら、ゆきのん(雪ノ下雪乃)が言った。

 

 あたしはその声にうなずきながら、でも視線は、両手で包むように持っていたカップに向けていた。

 

 あったかい紅茶が、カップの中でゆらゆらとゆれている。

 

 ゆきのんのいれてくれる紅茶は、いつもやさしい香りがして、大好きだ。

 

 ゆきのんはスマホをガラスのテーブルのすみにきちんと置くと、ゆっくり、自分のティーカップを手に取った。

 

「ごめんね、ゆきのん。わがまま言っちゃって……」

 

 あたしがあやまると、ゆきのんはほほえみながら、ふるふると首を振った。

 

「かまわないわ。むしろ良かった。せっかくの週末をモヤモヤしたまま過ごしたくないもの」

 

「……ありがと……!」

 

 手に感じる紅茶の温度よりも、ゆきのんの言葉の方があったかかった。

 

 

 

 

 今日はゆきのんの家にお泊りの日だ。

 

 ふたりでバスキャンドルやって、そのあとパジャマパーティで夜ふかししようって計画していたのだ。

 

 ご飯はゆきのんが作ってくれるので(あたしは台所に立つことさえ許されなかった……!)、あたしが飲み物とかお菓子をいっぱい買い込んできていた。

 

 今週はなんか、いろいろあったし、気持ちをリフレッシュするためにも、パーッとやろうと思って!

 

 

 

 

 ……ううん、違う。ウソだ。

 

 週末、ひとりでいたくなかったんだ。

 

 もちろん、家にはパパもママもサブレもいるんだけど、そういうんじゃなくて、友達と一緒に遊んでないと、また変なこと考えて、頭の中がグルグルしちゃいそうな気がしたのだ。

 

 なんか、こういうのって、家族に話したらスッキリするっていうものじゃないし。

 

 でも、優美子(三浦)とか姫菜(海老名)とかと遊ぶのは、ちょっとちがう気がした。

 

 何がちがうのか、あたしにもよくわかんない。優美子も姫菜も、あたしとすごく仲良くしてくれるし、優しいけど、でも、今は、ゆきのんと一緒にいたいって思った。

 

 ゆきのんは、あたしと一緒に、ヒッキーのこと、ずっと見てきてたから。

 

 

 

 

 今日の部活のあと、いったん家に帰って着替えてから、お泊りセットを持ってゆきのんの家(ここ)ヘ来た。あたしもゆきのんも、家が京葉線の駅の近くだから、お泊りのときはホント便利。……って、あたしばっか泊まりに来てるけど……!

 

 で、夕ご飯まではまだ時間があったから、二人でのんびりテレビ見ながらお茶してた時に、ゆきのんに電話が入ったのだ。

 

「……平塚先生からだわ。

 

 比企谷(ひきがや)くんの件、何かわかったそうよ。私たち二人に説明をしたいって。証拠も手に入れたらしいわ。

 

 明日会えないかって言ってるけど……どうする?」

 

 ゆきのんはスマホのマイクを指でふさいで、あたしにたずねた。

 

 一瞬、あたしは固まった。

 

 

 

 

 どうしよう……!

 

 ヒッキーの件……? 平塚先生、何が、どうやってわかったっていうんだろう。

 

 平塚先生が、ヒッキーに直接聞いたんだろうか。

 

 それとも逆に、ヒッキーが、平塚先生に何か、話したんだろうか……!?

 

 ……ホント、バカだなーと思うけど、一瞬、ヒッキーと平塚先生が、だれもいないところで、二人きりで向い合ってる場面を想像した。

 

 お腹の中で、ぎりっ、とイヤな感じがした。

 

 今すぐにでも聞きたい。全部ハッキリ知りたい。

 

 でも、聞きたくない。やだ、何も知りたくない。

 

 ……、

 

 ……でもっ!

 

 

 

 

「明日じゃダメ。ゆきのん、あたし、今すぐに先生の話を聞きたい……!」

 

 自分で思ったより小さい声だったけど、ゆきのんはそれを聞いて、すかさず先生に、

 

「先生。よろしければ、今日これから、私の家へおいでいただけませんか。ちょうど、由比ヶ浜さんも今、一緒にいるので……」

 

 と返答してくれた。

 

 

☆★★☆

 

 

 インターホンが鳴った。先生が着いたようだ。

 

 ゆきのんが応対して、入り口のスイッチを押した。

 

「……そういえば、こっち(マンション)に呼んじゃってよかったの? 駅前のカフェとかで会っても良かったけど……」

 

 ゆきのんに申しわけなくなって、おずおずとたずねた。

 

「かまわないわ、一応女性だし、一応教師だし。むしろ好都合。どんな話を持ってきたかはわからないけれど、ここなら、平塚先生にとってアウェーな状況が強まるから、心理面ではこちらが優位に立てる」

 

「……うん……!」

 

 ……あとで冷静に考えたら、イミわかんないけど、このとき、あたしとゆきのんは、なんか、平塚先生と対決するようなふい……雰囲気(ふんいき)になっちゃっていたのだ。

 

 

 

 

 だって! 助けるためっていっても、先生、ヒッキーにぎゅって抱きついたって!

 

 先生がさせたっていっても、ナンパ通りでヒッキーが、先生を口説(くど)いたって!!

 

 ありえなくない!? ありえないでしょ!? う――っ!!

 

 

 

 

 ゆきのんは、マリピン(マリンピア)での相談(?)のあと、「先生はシロかもしれないわね……」って言ってたけど、そんなのまだわかんないし……!

 

 しばらくして、ドアのベルが鳴った。ゆきのんちのインターホンは、同じピンポーンでも、楽器を鳴らしたみたいにキレイな音がする。

 

 ゆきのんが玄関へ行き、リビングへ平塚先生を連れてきた。

 

「…………!」

 

 平塚先生は、あっけにとられたような表情で入ってきて、リビングの中と窓からの景色をひとしきりながめていた。

 

 それはわかる。あたしも初めて来た時はボーゼンとした。

 

 ゆきのんの家は、海浜幕張駅(かいひんまくはりえき)から歩いてすぐの、すごく目立つ高層マンションの十五階にある。

 

 すっごい高そうな部屋に、一人暮らしをしているのだ。

 

 買うといくら位するのか、ぜんぜん想像できない。超セレブ!

 

「紅茶でよろしいですか?」

 

 ゆきのんがそっけなく先生にたずねる。

 

「え、あ、ああ……。これ、おみやげ……よかったら」

 

 平塚先生はゆきのんに紙袋をわたした。

 

「どうも……。どうぞ、かけて下さい」

 

 ゆきのんにすすめられて、平塚先生はあたしの横のソファに座った。

 

「やぁ、由比ヶ浜(ゆいがはま)……、今日は、泊まりに来てたのか? けっこう来るのか」

 

 気まずそうに、平塚先生はあたしに話しかけてきた。

 

「……はい、ときどき……」

 

「そうか……すごいな、ここは。……住んでみたいなぁ……! 買うかなやっぱ……!」

 

 平塚先生は、ほぅっとため息をついて、腕組みして考え始めた。

 

 ゆきのんがお茶の用意をしてもどってきた。先生の分の紅茶と、さっきもらったおみやげらしいお菓子をお皿に入れて、テーブルに置いた。

 

 タルブの「昆陽(こんよう)」だった。モチモチの皮にさつまいものあんとクリームチーズが入ってる和菓子っぽいスイーツで、甘さひかえめでおいしい。

 

 平塚先生は、ゆきのんがあたしのとなりに座ったのを見て、自分の携帯を取り出し、ポチポチしながら話し始めた。

 

「ついさっき、比企谷の妹の小町くんからメールが入った。といっても内容は……」

 

 そう言いかけて、あたしに携帯を差し出した。画面にはメールが映し出されていた。

 

「……比企谷の、親父さんからの転送メールだ。読んでみたまえ」

 

 

 

 

 ヒッキーのパパから……!?

 

 携帯を受け取って、メールを見た。すごく丁寧な、オトナな文章だった。

 

 そこには、ヒッキーが学校の先生になるために、アウトドアをパパから教えられて、今度「ソロキャンプ」っていうのをする、みたいなことが書かれていた。

 

 よくイミがわからなくて、携帯をゆきのんに回した。ゆきのんはそのメールを読むうちに、おどろいたような顔になった。

 

「比企谷くんが教職(きょうしょく)を志望……、まさか、ありえないわ」

 

「ああ、私もそう思う。おそらく高校生の身でソロキャンプをやるための方便(ほうべん)だ」

 

 そこ即座に否定しちゃうんだ……。

 

「ソロ、キャンプ……、初めて聞く言葉ですが……、『たった一人でキャンプすること』という理解でよろしいのですか?」

 

「その通りだ、雪ノ下。比企谷は今、これに夢中になっているんだよ」

 

 そう答えると、平塚先生は、ゆきのんから携帯を受け取りながら、くっくっく、とおかしそうに笑い出した。

 

 イミがぜんぜんわかんない……。あたしとゆきのんは顔を見合わせた。

 

 平塚先生は紅茶を一口飲んで、あたしたちに説明し始めた。

 

「ソロキャンプというのは……まぁ、雪ノ下が今言った通りだが、要するに、一人分のキャンプ道具や食糧を持ってキャンプ場に行き、そこで泊まりがけで、一人っきりの時間を楽しむという趣味だ。世の中にはけっこう、愛好者がいる。

 

 比企谷の性質からすると、最高に興味をそそられる遊びだろうな。

 

 ただ、キャンプ道具を買うにはカネがかかる。高校生のこづかい程度じゃ、すぐに買いそろえることは難しいだろう。

 

 それに、高校生、特に十八歳未満の者が単独で外泊となると、特別な理由がない限り、条例に引っかかるから、現地で補導されかねない。

 

 だから彼は、『大人になりたい』『稼げるようになりたい』などと口にしたんだ」

 

 ゆきのんは話を聞きながら、ふむ、と、あごに手を当てた。

 

「なるほど。『車が欲しい』というのは……行動範囲が広がるし、荷物をより多く運べて、快適なキャンプができるから、というわけですね」

 

「そういうことだろうな」

 

 平塚先生はうなずいた。

 

「……それにしても、のめり込み過ぎのような気がしますが……。目つきまで変わってしまうというのは、理解できません」

 

 ゆきのんはそう言うと、「ね?」って確認するみたいに私の方を見てきた。

 

 や、やー、そこはゆきのん……ひとのコト、言えないよ……! DVD見ながら「パンダのパンさん」のことを語ってる時のゆきのん、すごいグイグイ来るし。や、目をキラキラさせていっしょうけんめい話してて、かわいいんだけど……!

 

「ハマるというのはそういうものだよ、雪ノ下。特に比企谷の場合、はっきりした趣味を持つのは、たぶん初めてに近い経験なのかもしれないな。

 

 それに、このテの趣味は、まず『道具』にハマる。すなわち、物欲まみれになる。

 

 推測だが、彼が部活中にスマホで調べていたのは、ソロキャンプでどんな道具が必要か、どこへ行こうか、とかだったろうと思うぞ」

 

 平塚先生は腕を組んで、うむうむ、とうなずいていた。

 

 ゆきのんは「はぁ……」とあきれたような返事をした。

 

 そしてとつぜん、あ、と小さくつぶやいて、平塚先生にたずねた。

 

「先生、先ほどのメールで、比企谷くんは今週末、ソロキャンプをやる予定、と書かれていたような……つまり、明日からの土日で……?」

 

 そういえば書いてた。

 

 平塚先生はそれを聞いて、うむ、と大きくうなずきながら、自分のヒザをたたいた。

 

「そこなんだが、実はこのメールを受けた直後に、厚木先生たちから話があってな……」

 

 

 

 

 平塚先生はそこから、厚木先生たちとの話を説明してくれた。

 

 

 

 

「……というわけで、部活動でのキャンプ、ということになってしまった。

 

 だが、さすがに急な話なので、カタチだけ整えるために、明日、私ひとりで様子だけ見に行ってこようと思う。

 

 君たちには、すまないが、学校で他の先生方になにか聞かれた時、口裏だけ合わせてほし――」

 

 

 

 

「ダメです」

 

 ゆきのんがぴしっと言って、先生の言葉を止めた。

 

 

 

 

「えっ……?」

 

 平塚先生が、ゆきのんの発言にビクッとした。

 

「口裏合わせなどできません。ウソはつきたくありません。……部活動ということなら、他の部員も行く必要があると思います」

 

 ゆきのんの言葉は、まんま、あたしの考えだった。

 

 そうだよ。そんなの、認められない。

 

 ゆきのんの言葉を聞いて、平塚先生は悩むような顔になった。

 

「し、しかし、メールにもあったが、場所は枇杷ヶ浜(びわがはま)方面……館山(たてやま)の近くくらいまで行くことになる。往復でも一日仕事になるし、ヘタすれば帰りが深夜になるかも……さすがにそれは……」

 

「館山……。はぁ、なぜまた比企谷くんはそんな遠くへ……」

 

 ゆきのんはそう言って、こめかみを押さえるいつものポーズでため息をついたけど、あたしをちろっと見て、すぐに顔を上げて言った。

 

「……しかたがありません。私と先生で行きましょう。私なら一人暮らしですし。帰りは何時(なんじ)になってもかまいませんから。

 

 部長の私が見に行けば、最低限の体裁(ていさい)は整うでしょ――」

 

 

 

 

「ダメ」

 

 

 

 

 それがあたし自身の声だと気づくのに、ちょっとかかった。

 

 リビング中の空気が固まっている。ゆきのんも、平塚先生も、びっくりした顔で私を見つめてた。

 

 でも、ホントにダメ。ゆきのん、それはダメだよ。なんでそんなこと言うの?

 

 

 

 

「あたしも行きます。あたしも連れてって。あたし一人だけ残るなんて、ありえない」

 

「ゆ、由比ヶ浜さん……!?」

 

 ゆきのんがオロオロしている。ごめんねゆきのん。怒ってるわけじゃないから。

 

「し、しかし……帰ってくるのは深夜になるぞ。それに私の車、二人乗りだし……」

 

 平塚先生がキョドキョドしながら反論してくる。

 

「帰りません。あたしたちも一泊します。ホテルとかが無理なら、クルマの中で寝ればいいじゃないですか。

 

 クルマなら、ウチの、三人くらいならラクに乗れるし、貸してって家族に頼みます。ダメならレンタカーとか、なんでもいい。お金、あたしが出してもいいです。バイトして少し貯めてたし」

 

「そ……そんな無茶な……!」

 

 平塚先生の顔に、汗がにじんできた。

 

「ゆ、由比ヶ浜さん、大丈夫よ。比企谷くんのことなら、私がちゃんと見てくるから、心配しなくても……」

 

 ゆきのんが、なだめるような、やさしい声で言った。

 

「わかってる。でも違うの。それじゃあたしがダメなんだよ……!」

 

 

 

 

 たぶんあたし、平塚先生のこと、にらんでたと思う。

 

 けどこのとき、だんだん平塚先生の顔が涙でぼやけてきた。

 

 胸の中が、ぎゅーっと熱くて、痛くなった。

 

 

 

 

「あたしだけ、なんにも確かめられないなんて、嫌だ……!!」

 

 

 

 

 たぶんもっと、うまく伝えられる言い方もあったんだと思う。でも、あたしバカだから、そういうの、思いつかなかった。

 

 でも、でも、あたしの心が、絶対にダメだって言っていた。

 

 たとえゆきのんがヒッキーのことをちゃんと見てきて教えてくれても、平塚先生が無実だと証明してきてくれても。

 

 自分自身の目で、ハッキリと確かめなきゃ、いつまでもいつまでも、心のすみっこで、いろんなことを疑ったままになっちゃうって、あたしにずっと言っていた。

 

 

 

 

 平塚先生が、ハッとした顔で、あたしに話しかけてきた。

 

「由比ヶ浜……ひょ、ひょっとして、私のことをまだ疑ってるのか……? それなr」

 

「平塚先生。あたし先生のこと、大好きです」

 

「へっ!? あ、あぁ……どうも……」

 

 とつぜんのあたしの告白に、平塚先生は目を丸くして、かぁっと赤くなった。

 

「大好きなんです。大好きだから、お願いです。連れてって下さい……!」

 

「…………」

 

 

 

 

 もうグチャグチャだ。自分でもなに言ってるのかわからない。だだをこねてる子どもみたいだ。

 

 でも、これだけはハッキリ思ってた。

 

 ヒッキーが、本当は何をしているのか、だれと会ってるのか、ひとに任せないで、自分でちゃんと確かめなきゃいけない。

 

 そして、土日、平塚先生から目を離してはいけない。

 

 平塚先生、帰りは深夜になるって言ってるけど、何時に出て、何時に帰ってくるつもりなのかわからない。

 

 千葉(千葉市)から館山(館山市)なら、高速でも下道でも、クルマなら片道でだいたい二時間くらいで行ける。

 

 仮に平塚先生が、ゆきのんと二人で行くとして、様子見して戻ってきてゆきのんを家に送って、そこからふたたびヒッキーの所に行かないっていう保障は、ない。

 

 先生がその気になれば、どんなに夜中でも、次の日は日曜だし、行くことはできる。

 

 平塚先生はそんなことしないっていうのは、頭ではわかってる。ムチャクチャな想像すぎるってこともわかってる。

 

 でも、わかっているのは頭だけだ。あたしの身体の残りぜんぶと心は、ぜんぜん納得していなかった。

 

 こんなうたぐり深いあたしなんか、大ッキライだ。でも、確かめないと、自分を一生大ッキライになっちゃう。ゼッタイに。

 

 あたしが平塚先生のこと、大好きなのは本当。本当に大好き。

 

 二年の始めのころ、あたしの悩みを聞いてくれて、奉仕部に入れてくれて、ゆきのんやヒッキーに会わせてくれた。いろいろ大変なこともあったけど、それでも毎日、どんだけうれしくて楽しかったかわからない。

 

 大好きな先生だから、ずっと大好きでいたいから、だから、確かめさせてほしい。

 

 ぜんぶ、あたしの目で。

 

 

 

 

「……わかった。すまなかった、由比ヶ浜。そうだな。三人で、一緒に行こう」

 

 平塚先生は、大きく一回、深呼吸して、ほほえみながら、そう言ってくれた。

 

 ゆきのんも、笑顔でうなずいてくれた。

 

 あたしは心からほっとして、先生に深く頭を下げた。平塚先生があたしの肩に手を置いた。きれいな、あったかい手だった。

 

 

☆★★☆

 

 

「――では、由比ヶ浜はご両親へ事前に連絡しておくように。私は明日、レンタカーの手配をしてから、ここへ迎えに来ることにする」

 

「先生、そのことなのですが」

 

 明日のスケジュールをみんなで考えていたとき、ゆきのんが胸の前に手を上げて、平塚先生に言った。

 

「? なにかね」

 

「車の件、私に少し、考えがあります。……実家のキャンピングカーを貸してくれるよう、今から連絡してみます」

 

 

 

 

 ……えっ!?

 

 

 

 

「きゃ、きゃん……君のご実家、キャンピングカーも持ってるのか……!?」

 

 平塚先生とあたしは、並んでポカーンとした。

 

 どこまでセレブなの、ゆきのんちって……!?

 

「父の持ち物です。家族で乗って、どこかへ行く、ということはないんですが、たまに趣味や接待で使っているようで。ダメでもともとですが……」

 

 ゆきのんはそう答えると、自分のスマホを手に取った。

 

「……金曜だけど、つながるかしら……」

 

 小さくつぶやいたあと、ぽちぽちと画面を指でさわって、深呼吸してから、耳に当てた。

 

 ゆきのんのパパかぁ……たしか、議員さんだったよね。金曜日だし、会議とか接待とか、いろいろ忙しいんだろうなぁ。

 

 と思ってたら、ゆきのんのスマホからかすかに、低くて、落ち着いた男の人っぽい声が聞こえてきた。

 

 ゆきのんはすぐ反応して、話し始めた。なんか、緊張してる。あたしたちも緊張した。

 

「父さん? 雪乃です。こんな時間にごめんなさい……え、……ありがとう。

 

 実は、お願いがあるの。私の部に急な依頼があって、顧問の先生たちと一緒に、土日に県南(けんなん)へ行かなければならなくなって……ええ、奉仕部。泊まりがけで。

 

 いえ、行くのは全員女性よ。顧問の先生も。

 

 それで……、お願い、父さんのキャンピングカーを貸してほしいの」

 

 あたしは息をのんだ。

 

 やっぱムリかなぁ……!

 

「急なことだったから、ホテルの予約も出来なくて、困ってて……ええ、運転は顧問の先生が。大丈夫、女性だけど、スポーツカーやハーレーを乗りこなす方よ。……ふふっ、そうね……」

 

 平塚先生は赤くなって、ほっぺをコリコリかいてた。

 

 なんかスマホの向こうのゆきのんパパは、笑ってるようだった。すごくおだやかに話が続いてるみたい。

 

 どんな人なんだろ……やさしいパパなのかな? ちょっと会ってみたいかも……!

 

 

 

 

「……え……っ!?」

 

 

 

 

 とかなんとか考えていると、急にゆきのんが、スマホを持ったまま、固まった。

 

 そして急に、あたしたちの方をチラチラ見ながら、みるみる顔を真っ赤にした。

 

「ちょ、ちょっと待って……今、部員や先生も近くにいるから……!」

 

 スマホからは、穏やかな声が聞こえてくる。そのたびにゆきのんが、めっちゃアワアワしている。

 

 ……こんなゆきのん、初めて! なにを言われてるんだろ……!?

 

 

「う……、わ、わかったわ……!

 

 ……ちょっと、待ってて……!」

 

 ゆきのんはあたしたちに、ここで待って、って手でサインを送ると、ぱたぱたとリビングを出て行った。ぱたんとドアが閉まる。

 

 

 あたしと平塚先生は顔を見合わせた。どしたんだろ?

 

 平塚先生はコソコソと、リビングのドアの方へ近づいた。先生……!

 

 でもあたしも近づいちゃったり……その時だった。

 

 

 

 

『お願い、パパ……! 愛してるわ……!』

 

 

 

 

 ドアの向こうの廊下の先から、ゆきのんの声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 ( □)゜゜ ( □)゜゜

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぐ、

 

 

 

 

 ぐっ、

 

 

 

 

 ぐはぁ――――――――――――ッッッッッッッ!!!!!?

 

 

 

 

 わ――――っっ、!! わ――――っっ!!!!

 

 

 

 

 うわあぁぁぁぁ――――――――ッッッッッッッ♡♡♡♡!!!!

 

 

 

 

 あたしと平塚先生、肩をつかみ合ってガクガクゆらし合いながら、声にならない声で絶叫した。

 

 

 

 

 ゆきのんパパ――――ッッ!! グッジョ――――ブ!!!!

 

 

 

 

「……ふぅ、交渉してなんとかオーケーをもらえたわ。明日の昼ごろ持ってきてくれるそうy」

 

 ゆきのんがクールなフリしてリビングに戻ってきたところを、あたしと平塚先生はもうめちゃくちゃに抱きついてもみくちゃにした。

 

「ぐ、く、苦しい……!!」

 

「ゆきのんありがとぉ――――!! あたし、ゼッタイ選挙行く――ッ!! 十八になったらゼッタイゆきのんパパに投票するぅ――――!!」

 

「わ、私もゼッタイ入れるぞ――ッ!!」

 

「二人とも選挙区は違うでしょ……!?」

 

 千葉のみなさん!! ゆきのんパパです!! ゆきのんパパです!! つぎの選挙、きよき一票をお願いします!!!!

 

 ゆきのんスキスキスキ!! 今日もうゼッタイ抱いて寝る――ッ!!

 

 

 

 

 ウジウジしちゃってるときに決まった、女子三人キャンプだけど!

 

 

 

 

 ゆきのんの大活躍のおかげで、すっっっごく、楽しみになった!!

 

 




【いちおう解説】


平成27年6月、公職選挙法等の一部を改正する法律が成立し、公布されました。平成28年6月19日に施行され、これ以降の選挙で(国、地方自治体、最高裁判所など)、満18歳以上の人が投票、選挙運動が出来るようになります。一番近い選挙としては、2016年夏の参議院選の見込みのようです。


千葉県の県議会選挙は、直近では、2015年4月12日に行われたので、当分は選挙、ないかもです。

ちなみに、次に選挙があるときは、居住地の関係から、由比ヶ浜は稲毛区、平塚先生は花見川区にて投票することになりそうです。それぞれ違う選挙区、違う候補者です(2016年3月時点)。

ここでちょっと疑問。雪ノ下は現在、海浜幕張駅近辺(美浜区)に住んでいますが、住民票は実家から移してるんだろうか……今回の法改正で、いちおう雪ノ下も、清き一票の持ち主になるわけなので、実家(すなわち父の立つ選挙区?)に住民票を戻されるのかな……? しかし次回の県議会選挙のときには、雪ノ下は成年に達してるはずなので、それからでもいいのかな……?(頭グルグル)

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