やはり俺のソロキャンプはまちがっている。   作:Grooki

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 【傍編に関するおしらせ】

 静ちゃんにプロポーズして断られたい(断られるのかよ)、どうもGrookiです。

 しつこいようですが、傍編での女子キャラたちの行動は、

「完全な勘違いにもとづく」

 という点を踏まえてお読みいただければ、よりお楽しみいただけます……。

 が。

 今回の人物の「勘違い」は、他の二人とだいぶ性質が異なっています……!

 力を入れ過ぎちゃって分量多くなったので、二話に分けてお送りします。

 なお今回のお話では、太宰治「葉桜(はざくら)魔笛(まてき)」(1939年初出)を、タイトルの一部および本文中で引用しました。

 五〜十分くらいで読める短編小説で、名作の一つです。高校の現代文の教科書に載っていました。青空文庫で全文が読めます。


 では、どうぞ。




(3−1)あのころは、平塚静も、ほんとに、少し、おかしかったのでございます。(対:その35〜37)

 最近、自分自身の様子がおかしい。

 

 婚活パーティや合コンの情報から、少し遠ざかっている。以前は、それはもう、飢えた狼のようにその手のものにはガッついていたのだが。

 

 まったく気が乗らないのだ。

 

 別に連戦連敗でついこの間もパーティを追い出されたからって負け惜しみを言っているわけではない。

 

 ……なんだか、だんだんと、白々しく思うようになってきたのだ。あの時間と空間を。

 

 

 

 

 少し前、自宅で現代文の指導書を開いて授業計画を立てていた時に、掲載されていた太宰治の「葉桜と魔笛」を久々に読み(ふけ)り、ボロ泣きした。声を噛み殺して、本当にボロボロ泣いてしまった。

 

 初めてこれを読んだのは、私自身が高校生の頃、やはり現代文の授業でだった。

 

 作中の「妹」は、病で死に(ひん)している中、まともに恋愛をしなかったことを後悔していた。自分のからだに、こころに、授けられていたその可能性を活かさなかったことを嘆いていた。

 

「あたしの手が、指先が、髪が、可哀そう」

 

 この「妹」の一言は、当時、思春期全開だった私にとって、ほとんどトラウマといえるほどに強烈だった。

 

 幸い私は健康そのもので、さしてお悧巧(りこう)でもなかったので、その後、そこそこ恋愛は経験した。結果はどれも散々だったが……。一番最後のなんかは、別れと共に家具もあらかた奪われてしまった。あの時も泣いたなぁ……。

 

 しかし、そんなすったもんだを経て、いい大人になった今でも、ふとしたはずみで、この「妹」の言葉が私の胸の内に重く響いてくることがある。

 

 私の手は、指先は、髪は、相変わらず可哀そうだと。

 

 

 

 

 解っている。大人になった今なら、はっきりと解る。

 

 あの「妹」の言葉は、恋に恋する乙女の初心(うぶ)な嘆きなどではなかった。そんなかわいい、生やさしいものではなかったのだ。

 

 あれは、強烈な、生への渇望(かつぼう)なのだ。

 

 生きているという実感、喜び。生きていて良かったと言える充実感、満足感。

 

 彼女は「女」として、「恋愛」という媒体をもって、それをこそ得たかったのだ。

 

 愛する、愛されるという経験を通じて、それを全身全霊で感じたかったのだ。

 

 「妹」が作中で、病で死にゆく者として描かれているのは、そのことを強調するためだ。

 

 しかし。

 

 私は解っている。彼女の齢を越えて、すっかり大人になった今、知ってしまっている。

 

 恋愛すれば素晴らしい人生が手に入るわけでは、決して無い。

 

 それは、どんな男からでも与えてもらえるようなものでは、決して無い。

 

 ましてや、自分を多少なりとも偽って、装って、いろいろなことに妥協して、適当な男を引っ掛けることで獲得できるものでも、決して無い。

 

 そもそも、恋愛に、適切妥当などという概念は有り得ないはずなのだ。

 

 恋愛によって、自分の人生を素晴らしいと思えるとすれば……陳腐な言い方だが、「真実の相手」「真実の愛」。これを得ることができた時のみだ。

 

 そう、それを得なければ、意味が無いんだ……。

 

 解って、いるんだ。

 

 

 

 

 ……などと、現代文指導書の模範解答には絶対採用されないような自己投影の過ぎる解釈を展開してしまった。

 

 間違ってもこんな生々しい読書感想文は提出するなよ。私なら本気で心配して親を呼ぶぞ。

 

 

 

 

 まぁ、そんなこともあって、最近あまり婚活にも恋人探しにも、身が入らない。

 

 こういうのを他人や外の組織の提供する機会に頼ろうとすると、少なからず自分自身への「妥協」を迫られる。

 

 いや別に「結婚したければ贅沢(ぜいたく)言うな、理想は捨てろ」などと言われるわけではない。実際はもっと建設的な話をしてくれる。

 

 むしろ、いちど自分を客観的に分析してもらい、より適切な自己認識をもって、現実的な相手探しをできるようになる、という意味では、実に有意義だと思う。

 

 ちなみに当時のコンサルタント(担当相談員)によれば、私は、真っ先にタバコをやめて熱い漫画・アニメ好きなのを少し隠して休日に一日中酒飲むのを控えて料理のレシピで女子力高いものをいくつか覚えて(肉じゃがとか、と言われて笑った)自分のことばかり話さず聞き上手になって車もヴァンテージ(アストンマーチン)からラパンあたりに乗り換えれば、かなり高レベルな相手から見初(みそ)められる可能性が大いにある、とのことだった。実に建設的で有意義な助言だな。はっはっは。

 

 クソ食らえだ。

 

 ……単純な話なんじゃないのかよ。

 

 平塚静を本当に好きになってくれる人を、平塚静は本当に好きになりたいだけなのにな。

 

 

////

 

 

 というわけで、むしゃくしゃしたのでハーレーを買った。

 

 XL1200Vセブンティー・ツー。

 

 ハーレーのラインナップのうち、「スポーツスター」と呼ばれるカテゴリーの、比較的細身のモデルだ。とはいえエンジン容量は1200ccオーバーのれっきとした大型バイクである。

 

 色は赤をベースとして、贅沢にラメ(メタルフレーク)がふりかけられた「ビッグレッドフレーク」。うっとりするほど美しい塗装だ。

 

 外見上のわかりやすい特徴は、「チョッパースタイル」。カスタム(改造)したハーレーでよく見る、腕を高く持ち上げてハンドルを握って運転する、あの雰囲気をノーマル状態から持っていることだ。このスタイルは、1970年代のロサンゼルス東部で流行ったものらしい。マシン名の由来は、ロサンゼルス近郊の有名なクルージングコースである「ルート72」から。

 

 実際、ハンドル位置は肩よりも高い。ステップ(足置き)も前付きなので、乗った時には、まるでマカンコウサッポウの写真でふっ飛ばされてる奴のような(例えが悪いか?)かっこうになる。

 

 この体勢で運転すると、高速走行時には風圧で全身が後ろに流される。足も前に投げ出しているので踏ん張りが効かない。純正のシートだと小さく薄すぎて、高速で長距離を走るとお尻が痛くなる。そこで、カスタムになるが、フォルムをぎりぎり損なわない範囲で、お尻のホールド感をアップさせつつクッション性を高めるシートへと交換してもらった。ま、多少はマシくらいのものだが。

 

 後は細かいところだが、純正タイヤの内側に「ホワイトリボン」と呼ばれる、白いラインが描かれている。これがなかなかクラシックな感じでかっこいい。

 

 ……納車された時のテンションの上がり方は、やばかった。

 

 目の前に本物のハーレーのバイクだぞ。しかも、私のものなんだぞ……!!

 

 重度のバイク好きがよく使う「(バイクを)抱いて寝たい」という表現、けだし至言だ。

 

 中古とはいえ、状態のいいやつでしかもカスタムありなので、ちょっといい軽自動車を買うくらいの値段はした。しかし軽自動車では、この興奮は絶対に味わえない。

 

 買って良かった……!!

 

 いいか諸君。ラパン買うよりハーレー買え!!!!

 

 

 

 

 で、さっそく十四号(国道)を何往復か流してみた。本当はもう少し遠くへも行きたかったが、月曜だったし、さすがに手に入れたばかりだったから、今回は走り慣れている道にした。

 

 いやしかし、最高だった……! ハーレーとしては華奢(きゃしゃ)な部類に入るかも知れないが、エンジンサウンド、スピードの伸びがとても力強いのに、ハンドルの取り回しは軽く、操作性は案外悪くない。

 

 走ってると何だかだんだん愉快になってきて、ヘルメットの中でニヤニヤしながら歓声を上げたり笑いが止まらなくなったり、フルフェイスでなければ完全に不審者な状態だった。

 

 登戸(のぶと)辺りのサイゼリヤ前で信号待ちをしていると、横の車線にミニバンが止まった。

 

 後部座席から小学校高学年くらいの少女が、こちらを見ていた。三つ編みの、上品そうな雰囲気の娘だった。

 

 隣でごついバイクに乗っている私が、女だと分かったのだろう。少しびっくりしている風だった。

 

 私はヘルメットのバイザーを上げ、少女にウインクしてみせた。

 

 少女の瞳が見開かれ、頬がぱぁっと桜色に染まった。

 

 信号が青になったと同時に、そのミニバンをぶっちぎってみせた。

 

 うっはっはっは――っ!! 落としたかな!? いたいけな少女をたった今、恋に落としちゃったかな!?

 

 やっべ――、私カッコイ――!! 今日の私、完璧ィ――ッ!!

 

 

 

 

 あまりにもカッコ良すぎて腹が減ってきたので、このノリで久しぶりに千葉の「なりたけ」で超ギタでもキメるかと、ナンパ通りへと向かった。津田沼の本店でも良かったんだが、近い方を選んだ。

 

 店の看板前に乗り付けようとしたら、まさしく目の前に総武高(ウチ)の制服を着た男子生徒を発見した。

 

 猫背にアホ毛。見慣れた体格と歩き方。間違いない。彼だ。

 

 2年F組、比企谷八幡(ひきがやはちまん)。私が顧問をしている奉仕部の部員だ。

 

 エンジン音に驚いて、比企谷が立ち止まってこちらを振り返った。

 

 はて、彼の家は、確か高校からは真反対の方角だったはずだが。

 

 ……さては月曜から遊びまわっていたな? 気が合うじゃないか!(笑)

 

 進学校(づと)めの生徒指導教諭としては、こんな時間にこんな所をうろうろしてる生徒には、指導(ブリット)のひとつも食らわせるべきかも知れないが……まぁ、ハーレーオーナーになった良き日にケチを付けたくもないし、今日は特別、大目に見てやろうっ。

 

 それに……。

 

 いや、まぁ。

 

 私はハーレーのライトを(まぶ)しそうに浴びている比企谷に、声をかけた。

 

 光のせいか、彼の瞳が妙にキラキラ輝いていた。

 

 

////

 

 

 帰宅して風呂に入り、缶ビールを軽くひと缶(500ml)空けてベッドに潜り込んだ辺りで、今日の比企谷との事が、頭の中にじわじわと蘇り始めた。

 

 私は何をやってしまったんだろうか……。

 

 相手が比企谷だからと、ちょっと調子に乗りすぎてしまったかな……。

 

 

 

 

『ヘーイ、そこのイカしたカノジョ! 俺と「一蘭(いちらん)」行かなーい?』

 

 比企谷のセリフを思い出し、再びツボに入ってベッドの中でジタバタしながら笑う。

 

 ナンパしながらもぼっちを貫く姿勢を崩さないとは。アレはやられた。言ってる時、顔真っ赤だったし。

 

 

 

 

『先生……また俺と、ラーメン食べてくれませんか……? あの夏の日のように……』

 

 そして、あんなフザケたセリフの直後にこれは、……ずるい。

 

 比企谷が、今日はなぜか、キラキラした美青年にすら見えてしまって、笑ってごまかすのが大変だった。

 

 アホか私。

 

 でも、あの時は、本当にちょっとドキッとした。

 

 

 

 

 あの時とは……どっちもだ。あの夏の日も、今日も。

 

 今日は特に。

 

 

 

 

 アラサーの教師が高校生、しかも自校生徒を相手に何を考えとるか、と思われるだろうが。

 

 

 

 

 言い訳弁明自己弁護、すべてを脇にやって、ありのままの本心を語る。

 

 比企谷(かれ)との会話は、楽しい。とても、楽しい。

 

 打てば響く、という感覚を、会話で味わった相手は、これまでの人生で、実は彼が初めてだ。会話のテクニックの問題ではない。私も彼も、別に会話上手ではない。

 

 共通の趣味の話で盛り上がる、というのとも、また違う。

 

 国語教師のくせに語彙(ごい)が乏しくて情けなくなるが……「波長が合う」というのが一番しっくりくる。

 

 そういう相手は、年齢性別立場の違いなど関係なく、稀有(けう)な存在だ。私も、言ってたかだか二十七年しか生きていないが、それははっきり解る。

 

 そして。

 

 今この時、二十七歳の私が、……私の手が、指先が、髪が、

 

 最も多く触れてきた男性は、彼だ。

 

 ……まぁその、大体は指導で締め上げたり殴ったりで、なんだけれども……。

 

 ってゆっか、あ、アイツもアイツだ……! 私の目の前で無遠慮に「夢は専業主夫」などと熱く語ったりするのだもの。

 

 指導教諭だし、学校の中だから、普段は黙殺あるいは却下するしかないのだが……。

 

 私にとって、それを叶えてやることは、決して不可能なことではない。何ならすでに一度経験済みまである。

 

 彼の口からそれを聞くたび、内心、「……これ、フラグか? こいつ真正面からフラグ立てに来てるのか?」と、半ば本気で感じてしまう私がいる。

 

 十も(とし)の離れた教え子に。

 

 

 

 

 ……もし、もしも。そんな仮定など何の意味もないのだが、それでも、もしも。

 

 彼が私と同じ齢で、例えば同級生のように、何の遠慮もなく会ったり話したりできる間柄だったら。

 

 私は、

 

 

 

 

「……ばかな」

 

 くだらない、恥ずかしい、けれど少し甘い妄想を振り払うために、枕に顔をこすりつけた。

 

 私、アホになってる。

 

 結婚できないすぎて本当におかしくなってるんだ。もはや病気の域だ。

 

 明日、F組での授業がなくて、良かった。

 

 

////

 

 

 「なりたけ」の効果か、翌朝、妙にメイクのノリが良かった。

 

 いつもより少しだけ機嫌よく出勤できた。

 

 廊下で、慌ただしく駆け込んでくる生徒達と挨拶(あいさつ)を交わす。その中で、いかにも眠たそうな足取りで歩いてくる比企谷を見つけた。

 

『おはよう比企谷。ゆうべはどうも』なんて挨拶したら、また照れるかな。ふふっ。

 

 そんなことを一瞬考えていると、目が合った。

 

 

 

 

 あれ……?

 

 な、なんか、比企谷の目が、妙にキラキラして見える……!?

 

 ま、間違いなく比企谷だよな……!?

 

 どっ……、どうしたんだ、私!?

 

 一瞬混乱したが、変に沈黙すると不審がられる。と……とりあえず挨拶だ。

 

「おひゃい─ッ ……!」

 

 盛大に()んだ。ぐわぁ――っ! 恥ずっ!!

 

「……お、おはよう、比企谷……!」

 

 何とか言い直した。

 

「お……おはょざいます……」

 

 ぽかんとした顔で私を見返してくる比企谷がまたキラッキラしてて……。

 

 

 

 

 やばい。やばいやばいやばい……!

 

「ほ、HRに遅れるなよ……」

 

 かろうじてそう言って会話を打ち切り、その場を逃げ出した。 

 

 

 

 

 なんだこれ、なんだこれ!?

 

 顔から熱が引かない。胸がドキドキする。

 

 やっぱ私、病気だ……!!

 

 保健室……保健室行かなきゃ……!! っ、でも、何て言えばいい!? 「男子生徒がイケメンに見えてドキドキする」とか? 軽く職員会議ものだなこれ。私が親を呼ばれる。

 

 うううぅ……!!

 

 

////

 

 

 なんとかかんとか今日の授業を終えた頃には、朝の発作(発作という表現にしておく)のことはすっかり忘れていた。

 

 残務整理と明日の授業の用意をしていたところへ、雪ノ下(ゆきのした)由比ヶ浜(ゆいがはま)が、部室の鍵を返しに来た。

 

「先生、急で申し訳ないのですが、少しご相談したいことが……」

 

 ほう、珍しい。雪ノ下が私に相談を持ってくるとは。

 

 二人ともずいぶん深刻な顔をしている。特に由比ヶ浜の思いつめたような表情が気になった。

 

 ……これは、聞いてやらねばなるまい。厄介な依頼でもあったのだろうか。

 

 しかし、完全下校時刻以降も校舎内に残るには、事前に特別な許可が必要だ。生徒指導教諭としては、ここは徹底しなければならない。

 

 それならば……。私もちょうど、そろそろ帰ろうかと思っていたし。

 

「よし……。では、場所を変えよう」

 

 私は二人に合流場所を伝えた。

 




【いちおう解説】

①平塚先生のかつてのヒモ男との恋愛失敗談は、原作第1巻第27刷の75ページを参考にしました。ほんとに付き合ってたかは謎ですが……、先生もいい齢の大人だし、そこそこいろいろあったんだろうなぁと思います。もう俺と結婚しろよ。

②ご存知の方も多いと思いますが、平塚先生の愛車は、アストンマーチンです。つい先日まで、車種は「ヴァンキッシュ」だと思っていましたが、再度調べると、どうやら「ヴァンテージ」のようです。勘違いしてて恥ずかしい……平塚愛がまだ足りない!!(背中を自分で鞭打ちながら)

③なぜ先生にハーレーを買わせたかというと……あまり意味はありません。原作中のプロフィールで、趣味はドライブとツーリングって書いてたので、バイクも半端なものは乗っていまい、と想像してのセレクトです。ちなみに書き手はバイクの免許は持っていません。二輪は原チャしか乗れません。

 結婚できなさすぎてむしゃくしゃしてハーレーを買うという意味不明な行動ですが、恋人も結婚もできない過ぎると、人間、だいたい少しおかしくなります。ソースは俺と平塚先生。

 もうマジで俺と結婚しろよ(←)。

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