これより先の「傍編(ぼうへん)」では、一話ごとに話者である女子キャラが変わります。
本編ですでに明らかとなったとおり、これから語られる女子キャラたちの考え、行動はすべて、
「完全な勘違いにもとづく」
という点を踏まえてお読みいただくと、よりお楽しみいただけます(笑)。
では、一話目は、この娘から。
(1)由比ヶ浜結衣はなんやかんやいってよく見ている。(対:その17〜24)
さいきん、
教室ではそこまでないんだけど、
いつものヒッキーだと、ヒマなときは本ばっか読んでて、そんで読みながらたまにニヤニヤしてたりして、前は正直キモいって思ってたけど今はもう気になんないし、たまに見てると表情がコロコロ変わっていくから、ちょっとおもしろかったり……や、たまにしか見てないよ! そんなしょっちゅう見てないし!!
あ、そういえばさいきん発見してしまった。ヒッキーの座り角度の法則。
本読んでるとき、日によってヒッキー、座ってる角度がちがうんだよね。
机に片ヒジをのっけるようにして、横向きに読んでるときと、机の正面を向いて、ちょうど
あれね! たぶんね! ちょっとエッチなやつとか読むときは正面になってるんだと思う! たまに、読んでる途中に急に角度変えるときもあって、ああ、今そういうシーンのページなんだ、ってわかったり。もうね、見ててスッゴイおっかしくって(笑)。ヒッキー、ひとのことビッチとかいうけど自分とか絶対ドーテーだよね! ……ドーテーだよね……?
……あれ? えっと、なんの話だったっけ?
あ、ヒッキーの様子がおかしいって話だった。そうそう。
たぶん、何日か前に地震があって、それからくらいだと思う。
部室で本も開かず、ずっとスマホをいじりながらウンウンうなってたり、「はぁ……」って、小さなため息をよくついたりするようになった。
そして、マジメな顔でなんか悩んでたり。
で、そういうときのヒッキー、ずっとゆきのんと向い合うように、正面向いて座ってるのだ。
そう! それこそ、画面とかゼッタイ見られないように。
その日もスマホをにらんで、うーうーうなってた。
……どしたんだろ? ゲームでもしてるのかな?
ゆきのんも時々、そんなヒッキーのふいんきが気になるみたいで、たまにチラ見してたりした。
「はぁ……車と金が欲しい……」
目がつかれたのか、ヒッキーがスマホから目をはなして、ぽそっとつぶやいた。
クルマとお金!?
「え? ヒッキー、クルマの免許取りたいの?」
あたしがそう聞くとヒッキーはなんかブツブツひとりごと言ってたけど、
「……まぁ、早く大人になりたい……のかな」
って、なんか遠くを見ながら答えた。
そのときのヒッキーの目が、なんか……ちょっと、大人っぽく見えて、ドキッとした。
将来の事とか考えてるのかな。ホント急にどうしたんだろ……!?
みたいなことをちょっとつぶやいたら、ゆきのんから「私達は高校2年生だし、そういう時期ではあるのよ?」ってツッコまれた。うぅっ。
ヒッキーは、まぁ、と言って、話を続けた。
「ちょっとやりたいことがあってな。いっぱしに稼げるようにならないと難しそうなんでな」
「へー、なになに?」
「……秘密」
ヒッキーはニヤって笑って、それ以上はなにも言わなかった。
あたしは思わずゆきのんと顔を見合わせた。ゆきのんも、ヒッキーの反応をあやしがってるみたいだった。
部活が終わると、ヒッキーは行くとこがあるからって、あいさつもそこそこに、すぐに部室を出て行った。
ホント、どうしたんだろう……!?
☆★★☆
それから何日かたって、部活帰りにメイク用品買おうと思って、
百均の化粧品関係ってバカにできない。 ファンデとかリップとかはまぁ、もう高校生だし、もうちょっとがんばって、キャン○イクとかケ△トとか使ってるけど、パフとかコットンとかの使い捨て小物系は、ゼンゼン百均で間に合っちゃう。
あと、あたしは
つるつるぴかぴかに整った指先を見ると、しぜんに笑顔になって、すごく気持ちが上向きになる。表面にキズがつかないように、物を持ったりするときも、なんか、やさしい手つきになって、「やだ、あたし今、女子力高まってるかも!」とか思っちゃったりする。
でもしょっちゅうやんなきゃいけないから大変。ゆきのんの爪もキレイだけど、本人ゼンゼン意識してなくて、「美容院でやってくれるからおまかせしてる」って言うの。セレブ!!
あたしけっこうガンバってるよね!? そういうトコもっと見てほしいんだけどなヒッk……
えっと、なんの話だったっけ?
あ、そうだ百均に寄った時の話だった。そうそう。
おこづかい日の後だったので、つい色々、買い物かごに投げ込んでる時に、目の前にヒッキーがいるのを見つけた。
意外だったのでちょっとドキッとした。
しばらく見てると、なぜか台所用品のコーナーで、ちっちゃなまな板と果物ナイフを選んでいた。
家で使うんだろうけど、ヒッキーが料理道具買ってるって……なんか珍しいもの見れたかも。あ、でも専業主夫になりたいとか言ってたし、練習してんのかな?
……え、「早く大人になりたい」ってそういう……? やっぱいつものヒッキーか!?
や、でもこないだは「稼ぎたい」とか言ってたし……一人暮らしの練習??
同じコーナーにある、ちっちゃいお鍋とかフライパンを見ながら、「……コレでも良かったかもしんねえな……!」とか、なんかショック受けてたりした。うーん、謎。
そのあと、なぜか化粧小物のコーナーに行って、化粧水とかクリームとかを少し移して、旅行に持って行く用の小さな容器をいろいろ見比べて買ってた。
なんに使うんだろ、謎! 小町ちゃんとかのおつかいかな? でも小町ちゃんスッピンだしな……化粧水くらいは使ってるのかな。ていうか……スッピンであんなカワイイとか……若いっていいよね……(しみじみ )
そのうち、立ち止まって考え事し始めたので、思い切って声をかけてみたら、ヒッキー、もんのすごいビクゥっ! てなってた。ちょっとかわいかった。
「こっちで会うなんてめずらしいねー」
「お、おう……お前も買い物か?」
「あーうん、あたしんち、この近くだし、ときどき寄ってくの。ついつい買い過ぎちゃうんだけど……ヒッキーは?」
「俺は……まぁアレだ……家の用事で使うものをいろいろ、頼まれものを、な……」
ふーん、やっぱ小町ちゃんのおつかいかー。
……っと、そうだ、せっかく学校の外で会えたんだし、もうちょっとくらいおしゃべりしたいぞ……! なんかいい方向に話をもってきたい……!
せっかくだしいっしょにサイゼでドリンクバーでも……や、ダメ! いきなりすぎる。しかもサイゼって。せめてサン○ルク……!
あっ、待てよ! 切り札あった! パセラのハニトー!! 文化祭のとき約束して、けっきょくまだ行ってなかった! ……や、でも平日だし、今から千葉行っても遅くなっちゃって悪いかなァ……!?
とかなんとか一瞬でいろいろ考えてるうち、ヒッキーは「あ、じゃあな……また明日な」って言って、さっさとレジへ向かってしまった。
引き止めるのもアレだったから、そのままお店を出るまで見てるだけしかできなかったんだけど……。
やっぱ、なんかおかしい……!
☆★★☆
そしてまた、何日かあとのこと。
休み時間に教室でスマホをいじってるヒッキーの近くを通りがかったとき、
「ジョイフルか……いやロイヤルでもいいか……?」
ってつぶやいてた。
そのときはわからなかったけど、あとで思い出した。たぶんジョイフルって、なんかさいきん東京とか
ヒッキーってサイゼが好きなイメージだったから、なんか意外。
ま、サイゼってホント、駅前ちょっと歩いたらだいたいどこでもあるし、たまには他のお店にも行きたいって思ったのかもだけど。
でも……、ただファミレスを調べてただけで、放課後の部室であんなにそわそわしたりはしないと思う……!
完全下校のチャイムが鳴って、部活が終わったと同時に「じゃ、お先」とか言って、ヒッキーはまた、ささっと出てっちゃった。
むぅ……。
なんかおかしい、ホントなんかおかしい!
や、何がおかしいかって言われても、答えようがないんだけど……!
あれだ、「女のカン」ってやつ!!
「……最近、
ゆきのんが、部室のトビラにカギをかけながらつぶやいた。
「あ、ゆきのんもそう思う? さいきんヒッキー、なんか様子がヘンっていうか……、今日も教室で、なんかファミレスとか調べてたっぽいし」
「ファミレス? ……ああ、あのドリンクバー? だったかしら……とかがある……」
ゆきのんがちょっと首をかしげて、思い出すように言った。そのままなにか考えながら職員室へ歩きはじめた。あたしも並んで歩く。
ゆきのん、ホントふだんファミレスとか行かないんだろーなー。セレブ! マックとかケンタとか連れてったらどんな顔するんだろ? 超おっかなびっくりでメニューとか見たりするのかな。やだかわいい! そのうちつれてきたい!!
「でも、それを調べているのが変な様子なの?」
「や、なんか、ジョイフルとかロイホとか、あんま行かなそうなところ調べてたっぽくて」
あたしはゆきのんに、ジョイフルとロイホを簡単に説明した。
「……確かに、どちらかというと気軽に入れるお店なのだし、ただ行ってみたいだけなら、うなるほど悩んで調べることはないわよね……」
「うん、あたしもそう思う」
「……何か、必要性があったのかもしれないわね。あまり行かない、けれど自然に入店できて、価格も高すぎず、という場所を調べる必要性が……」
ふと、なにかを思いついたように、ゆきのんが細いあごに手を当ててつぶやいた。
「必要性……? た、たとえば、どんな……?」
あたしの質問に、ゆきのんはちょっと足を止めて、「ただの推理だけれど」と前置きして、
「……知り合いに見られずに、誰かと会う、……たとえば、そういう必要性が」
と、ぽつりと言った。
きゅっ、と、胸の中をつかまれたような気がした。
このときからあたしは、……まだ言葉にならないけれど、なんだかイヤな予感をずっと、胸の中に持つようになっちゃったのだ。
【いちおう解説】
①
「雰囲気」のことを「ふいんき」と言わせてるのはキャラ上の演出です。演出ですよ!
②
八幡のひとりごとの、「ジョイフルかロイヤルか」は、ファミレスではなく、銀マットを買いに行く店を「ジョイフル本田」にするか、「ホームセンター ロイヤル」にするか、を悩んでる時のものです。結局八幡は「ロイヤル」に行きました。
ちなみに九州人の私にとって、九州・大分県発祥のジョイフルは、「THE・ファミレス」というほど標準的な存在です。料理おいしいですよ。