やはり俺のソロキャンプはまちがっている。   作:Grooki

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その6:静かに、比企谷八幡はミッションを開始する。

 

 たまたま読み始めたそのページは、とある国内アウトドア用品メーカーのサイトのものだった。

 

 そのメーカーの代表は、先の2つの大震災の他、海外で起こった災害でも、率先して義援隊を立ち上げ、国内メーカー各社に協力を募って商品を無償提供したり募金活動したり、被災地の子ども支援、復興支援のための施設を作るなどの活動をしてきたという。

 

 代表はもともと有名な登山家だったらしく、社員も全員アウトドアの達人ばかりで、登山やカヤック、サイクルツーリングなど、アウトドアシーンでのツボをしっかり抑えた製品開発をしているようだった。

 

 俺はそっち方面はまったくの素人(しろうと)なので、いろいろウンチクを語ることはできないが、かなり大手の企業のようだし、製品には確かな支持と人気があるようだ。

 

 そのページの最後には、要約すると次のようなことが書いてあった。

 

 『アウトドア用品は、ライフライン(ガス・水道・電気)が通っていない様々なフィールドで使えるように作られている。そのため、被災地でも即時に役に立った。

 

 しかし、道具を揃えた上で、大切なのはそれらを使いこなす技術である。

 

 アウトドアでの遊びを通して得た経験とフィールドで生まれる知恵が、災害時に身を守る(すべ)へとつながるのである。』

 

 読み終わった後、俺は休憩のためにマッ缶を1本湯煎(ゆせん)することにした。

 

 雪平鍋(ゆきひらなべ)に張った水の中でコロコロ転がる黄色い缶をぼんやり眺めながら、じわじわと沸き上がってくる変な感情を自己分析していた。

 

 サイトに書かれていたことは、まさにそのとおりだろうなと思った。

 

 それはわかるのだが、アウトドア用品メーカー自身がそれを言っても、なんだか最終的には自社の商品を売り込むためのコマーシャルに聞こえてしまう…。

 

 俺の悪い癖だ。もはや持病と言ってもいい。

 

 人の行動や言葉の裏を読もう裏を読もうとしてしまう。

 

 程よく温まったマッ缶を開け、一口キメながらノーパソを置いた席に戻り、俺はブラウザのタブを追加して、今度はその代表について調べ始めた。

 

 代表の人となり、経歴をWikiペディアや自身のブログ等で見てみたり、テレビに出演したこともあったようで、動画サイトを(あさ)ってみた。

 

 あるインタビューの録画を見た時だった。代表が大震災の時に義援隊を組織し、現地に自ら(おもむ)いて商品を無償提供した時のことを聞かれていたようだ。

 

 インタビュアーの女性キャスターが遠慮がちに、企業は予算や、使途が決まっているお金など、限界があるんじゃ…と尋ねていると、代表は、みなまで聞かず即座にこう答えたのだ。

 

 「一期くらい赤字出したっていいじゃないか、この非常時に。今これ(義援隊・無償提供)をやらないと日本はダメになる。『企業だから』できることがあるんだと思う。」

 

 穏やかでのんびりした、しかし厳しさも感じる声と表情だった。

 

 ええ…会社なのに「損してもいい」ってどういう理屈だよ…?

 

 と思いながら、なお調べてみると、このメーカー、かなりの大手なのに、株式は非上場だった。

 

 つまり、企業の株はすべてその代表の手中にあるから、外から経営に口出しされることはないわけだ。

 

 そして、この代表は、企業として利益を上げることは、必要だとはっきり明言していた。

 

 その上で、「次の30年、当社を存続できるとすれば、当社が社会にとって必要とされ続けていること、当社の事業活動の経済バランスが取れていること、のふたつの要素が揃っている時だけである」

 

 という風に言っていた。

 

×××

 

 俺はいったん、PC画面から目を話し、マッ缶をすすりながら頭の中を整理した。

 

 この代表(おっさん)、只者じゃねえ…。

 

 行動にも言葉にも誤魔化(ごまか)しがない。裏表がない。

 

 会社として儲けを出すのは大事。

 

 そして時には少しくらい損しても、社会に貢献するために企業ならではのノウハウや財産を惜しみなく提供することも大事。

 

 なんなら、その社会貢献でもって新たに得た経験や知識を、あたらしい商品展開にフィードバックしてさらに利益を得ることも大事。

 

 それを繰り返すことで、会社は社会的な地位を確固としたものにできる。

 

 その考え方を貫徹するため、株式は上場せず、自分が経営を完全にコントロールできるようにしているのだろう。

 

 … … …

 

 そのメーカーのオンラインショップを見ると、独自の防災セットも開発、販売していた。

 

 俺がさっきまで調べていた他メーカーのものと比べても、細部までとことん考えぬかれて開発されたもののように見え、クオリティも高いものだった。しかも自社オリジナル商品としてのデザインの統一感があった。自社製の災害対策マニュアル本も標準装備。

 

 値段もそんなにバカ高ではない。

 

 …こういう人たちもいるんだな、世の中…。

 

 さっきのページに書かれていたのは、もちろん自社のコマーシャルだったのだ。

 

 しかし、その一文の裏にあるものは、確固とした矜持(プライド)のように感じた。

 

 うちの商品をいっぱい買ってとことん使い倒して遊んでくれ。

 いざという時は絶対その経験が役に立つから。

 

 という。

 

 自分のうっとうしい悪癖も、ここまで調べ尽くせば満足したようだ。

 

 というより、さっきとは違う意味で、なにかふしぎな感情がじわじわと沸いていた。

 

 …面白い。

 

 アウトドアの知識と経験、あと道具か。

 

 ちょっと本格的に、勉強してみるか。

 

 とりあえず、このメーカーが展開してる実店舗に行ってみたくなった。

 

 うちの近くにあるか、調べることから始めてみよう。

 


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