もうすぐ日付が変わるかという頃。
俺は自室で、父親からもらったマルチツールをいじっていた。
ナイフを引き出す。小指ほどの長さしかないステンレスのブレードだが、試し切りでは、スパッと軽やかな手応えで紙が切れた。
ネットで調べてみたが、料理だけでなく、ちょっとした工作にも活用されていた。小枝を
コイツを使いこなせるようになれば、確かにキャンパーとして一人前と胸を張れるだろう。
これはいいものだ。
とはいえそんなに高価なものでもない。am○zonで三千円ちょいくらい?
……プレゼントとしてもらえて、本当に良かった。
父親の最低な作戦通り、これをもし、カタチだけの
俺はコレで、最初に何を切っていただろう。
父の振り見て我が振り直せって言葉もあるが(比企谷家限定?)、今回のことで、俺はちょっと自分の行動を改めようという気になっていた。
無論、俺はこれまでの自分の行動について、まちがいだったなどとは思っていない。
自分に配られた数少ない手札の中で、策を練り、効率化を極め、最善を尽くした。
その自負は今もある。
……ただし。
相手を傷つけることで結果を得ようというのは、これからは避けようと思った。
千葉村の時も文化祭の時も、やむを得なかったとはいえ、今思えば、あまりに
自分が不利になるからではない。俺自体は何と思われようと別に構わない。そんなことには
だが、傷つけられた方の苦しみがどんなものかを、今回
たまらない。
あんなひどいものを相手に与える資格までは、俺にはない。
今、そのことを知った俺なら、今後はちょっとは違うやり方もできるかもしれない。
最悪、悪手しか打つ手がなかったとしても。
必ず誰かが傷つかなければならないとしても。
その時は、俺だけで充分だ。
×××
翌日、奉仕部部室。
俺は、忘れそうになっていた裏の最終ステージを攻略しようとしていた。
「んー……」
うんうん
「ヒッキー、さっきから何書いてるの?」
長机の上には箱に入った同じものがあと数個。たぶんあのキャンプ場近くで買ったんだろう。俺も後で一個もらおう。
「あー、礼状を書かなきゃいけないんだが、なかなか難しくてな」
ホント、手紙は難しい。正直苦手だ。ひょっとしたら文章を書くという作業の中では一番難しいジャンルではなかろうか。
なにが難しいって、これが文字の発明以来、人類の歴史の永きにわたって用いられ続けている「コミュニケーション手段」であるというところだ。
生来のぼっちである俺にはタダでさえハードルが高い上に、ヘタなことは書けないというプレッシャーもつきまとう。形として残っちゃうからな。
なかなか練習する機会もない。それが俺レベルになるとホントに機会なさすぎて「手紙を出す相手もいない……」とかつぶやいたら小さなカバがうがい薬出してくるまである。いやない。
で。
今書いているのは、
当たり障りのないお礼を書くだけでいいかとも思ったが、手紙を出せば、おそらく厚木先生へも伝わるだろう。絶対ヘタなことは書けない。
なので、それなりに
やだ、なんか犯行のアリバイ作りみたい! それを難しいけどちょっと楽しいとか思っちゃってる俺ってばいけない子! 親の顔が見てみたい!!
「そういえば、お前らは厚木先生の親戚に会ったのか?駐在さん」
この事実の有無だけでも文面が大きく変わる。
俺は由比ヶ浜と、紅茶を飲んでいた
由比ヶ浜は思い出し笑いしていた。
「マジ厚木先生にそっくりでちょっとウケた! でもいい人そうで良かったよね」
雪ノ下が続く。
「ええ。会ったと言っても
そうか。なら普通にお礼だけを書いとけばいいのかな?
……いや、むしろ、「実は部活の連中がずっとそばにいたことに気付いてたけど、気付かないふりをしていた。心配してくれてるのが分かって嬉しかった」とか、
うわー心にもないことをスラスラスイスイ思いついちゃう俺ってば悪い子ー!!
でも相手を傷つけてないからいいでしょー!? いいんですー!!
などと考えてるとだんだん調子が出てきた。修正作業が
あとで平塚先生にも見せて、ダブルチェックを頼もう。ダブルチェック大事。
と、雪ノ下の小さな
「……すっかり元の目に戻ってしまったわね……、どんな気持ちでどんなことを書いてるか、だいたい
「あはは……、で、でも、ヒッキー元通りになったのはちょっと安心した! ……安心? いや、余計心配!? うむむ……!」
ん?
「目?」
昨夜ひとしきり母と妹に爆笑された我が腐れ目が何か?(自虐)
レポート用紙から顔を上げて見ると、二人は顔を見合わせて苦笑していた。
「やっぱ、気付いてなかったね」
「自分自身のことは案外見えないものよ」
な、何よ……!?
ジト目で
「あのねぇ、ヒッキーねぇ、……最近ずっと、目がすっごいキラキラしてたんだよ」
!??
「そうね。夢中になった子どもみたいな目をしていたわね。別人かとたまに本気で思ったくらい」
!???
「そ……そうなの……?」
急に気恥ずかしくなり、思わず二人から目をそらして、原稿に目を落とした。
やべえな……、そんなバレバレだったとは。
お、おっかしーなー、毎日洗面所の鏡で顔見てるんだけどなー……!?
以前、本を読んでる時に笑ってる癖を二人にキモいとか言われたことがあったが、俺ってばけっこう顔に出るタイプなのね……!
「ん、なんか言った?」
誰かの声が聞こえた気がしたのだが。
由比ヶ浜がぱぁっと
「な、なにも!なーんにも言ってないよ!」
そんな様子の由比ヶ浜を優しい目で見ながら、雪ノ下は再びティーカップを傾けていた。
「そ、それよりさ、ずっと聞きたいなーって思ってたんだけど……、なんで、急にキャンプ始めたの? ヒッキー、アウトドアが好きって感じじゃなかったから、意外っていうか」
由比ヶ浜が
「それは私も聞いてみたいわね。ソロキャンプは詳しくはないけれど、平塚先生が感心していたわ。道具も本格的なものを
雪ノ下も、ティーカップを皿に置き、聞く態勢を示した。
「あー、……」
ついにその質問が来たかと、俺は少し胸が高鳴るのを感じた。
同時に、少し
まぁ、今なら答えられるかな。
いろんな人の手を借りちまったから、俺のやったことを「ソロキャンプ」と言い切るのはまちがっているかも知れないが。
それでもとりあえず、第一歩は踏み出せたような気がするから。
「……ほら、こないだ放課後に地震があったろ? あの時に――」
俺は二人に、これまでのことを……第一歩を踏み出すまでのことを、語り始めた。
二人はずっと、興味深そうに耳を傾けていた。
「やはり俺のソロキャンプはまちがっている。」 本編おわり
ドンドンと部室の扉をノックする音が聞こえた。
「
「笛に上げとけ
「へぶn」
「やはり俺のソロキャンプはまちがっている。」 本編おわり!!
これにて本編は終了です。ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
次回からはおまけとして、雪ノ下、由比ヶ浜、平塚先生視点での「傍編(ぼうへん)」、その後、もう少し自由度の高い八幡による「番外編」を、ぽちぽちと投稿したいと思います。
今しばらく、よろしくおねがいします☆☆☆