やはり俺のソロキャンプはまちがっている。   作:Grooki

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その50:比企谷八幡の結論は、いつにもまして捻くれている。

 ……眠れない。

 

 ベッドの上で何度目かもわからない寝返りを打った。

 

 今日みたいなボロボロな日なら、バタンキューといってもおかしくないのにな。

 

 全身の筋肉痛はいまや最高潮を迎えつつある。朝になれば自転車()いで学校に行かねばならないという非情な現実に今からげんなりした。

 

 さりとて家にもいたくない。どうやら母親は連続の休日出勤を乗り切り、代休を勝ち取ってきていたらしく、明日は家でのんびりする予定とのこと。居づらさMAX。

 

 まぁ、母親本人は、あの後小町がホットプレートで焼くお好み焼きを用意して家族団らんの仕切り直しを演出したこともあって、寝る頃にはだいぶ機嫌が治っていたから、とりあえず今後の心配はないんだけど……。

 

 しかし男衆(おとこしゅう)はそうはいかない。おかげさまで父親ともども一晩中、母親の一挙手一投足(いっきょしゅいっとうそく)にビクビクするくらいナーバスになっていた。

 

 男弱ぇ……。っていうか母親最強……。いやホントに怖ぇんだって……!

 

 なので結局、今日は父親とタイマンで話ができなかった。リビングは母親が久しぶりの夜ふかしDVD鑑賞を決め込んで動かないし、お互いの部屋に出向くというのも嫌だった。

 

 ゲームも読書もする気になれず、俺はモヤモヤした気持ちを抱えながら早目にベッドに潜り込んでいた。

 

 布団……。コイツだけが今の俺の味方だ……。

 

 柔らかくて暖かくていい匂いがして(ファブリー○後)、俺がどんなにつらい気持ちの時も、何も言わず包み込んでくれる。その優しさは疑うべくもない。もういっそ布団と結婚したいまである。「布団 擬人化」で画像検索したらものすごい俺好みの娘が出てきたのでこれはもう運命だと思う。

 

 しかしそんな運命の相手(オフトン)さえも、今日の俺のモヤモヤを忘れさせてはくれなかった。

 

 

 

 

 ……父親と平塚先生がやりとりしたメールを見てからずっと、自分の中で今までにない得体の知れない感情がぐるぐるとうごめいていた。

 

 それを今、必死に分析している。

 

 いったい俺は何にモヤモヤしているのか。

 

 それが(わか)ったとして、明日、学校に言って、俺はどう振る舞えばいいのか。

 

 雪ノ下(ゆきのした)に対して、由比ヶ浜(ゆいがはま)に対して、担任に、厚木(あつぎ)先生に、平塚先生に対して。

 

 そして、帰宅して、父親に開口一番、何て言えばいいのか。

 

 

 

 

 まるで国語の試験問題だ。まず本文という事象に直面する。最初の問いがひとつの解を導き、その解が次の問いを考える前提となる。

 

 最初の解を間違えると、あとにつづく問いも全部間違えるおそれがある。

 

 しかし、それなら。

 

 国語の問題というなら、俺の得意分野だ。

 

 ようやく考える方向性がわかった気がした。

 

 俺は一度起き上がり、横になりっぱなしで(かえ)ってこわばった身体をひねりながらほぐした。

 

 ベッド横の非常用持出袋(ひじょうようもちだしぶくろ)から、マッ缶を一本抜き出してプルトップを開け、一口すすった。

 

 考え事にはこれが一番だ。糖分が脳の隅々まで行き渡る。今の俺の脳みそを食ったら多分プリンみたいな味なんじゃないの。

 

 さて、もう一度考えてみる。

 

 本文としての事象はなんだったか。

 

 ……俺は今回のソロキャンプの記憶を、父親との作戦会議あたりから細かく掘り起こした。

 

 で、問一(といいち)

 

 「俺」(比企谷八幡)本文(今回)の出来事で感じているモヤモヤとは何か。

 

 まずは何より、キャンプの建前を、怠慢(たいまん)によって学校側に伝えていなかったことへの激しい後悔と、自分自身に対する怒りと情けなさ。

 

 同時に、「俺」のソロキャンプを見張っていた、平塚先生らに対する怒り。

 

 (あわ)せて、事後承諾ではあるが、それを知り、依頼までしていた、父親への怒り。

 

 一方で、方法はともかく、学校と警察にウソがばれてソロキャンプが失敗するという最悪の状況を未然に防いでくれた、父親、平塚先生への感謝の念。これは否定できない。

 

 しかも、不測の事態に即断即決で対処していた父親、それに即座に共鳴した平塚先生に対する驚き。

 

 そして、

 

 そして……、

 

 

 

 

 ごまかさず、ありのまま本心を述べる。

 

 メールを読んだ俺は、「嬉しい」と感じた。

 

 

 

 

 あれはいわば「盗み読み」だった。

 

 当人たちは、俺が読むことなど全く考えずにあのメールを書き、やりとりしていたはずだ。

 

 多少の社交辞令は含まれていたかも知れないが、あのメールは、俺に「関する」ことではあるが、俺に「向けられた」ことばではなく、従って、俺がいつものごとく、疑いを持ったり裏を読んだりできるものではない。

 

 そしてそこに見たのは、俺に対する応援の気持ちだった。

 

 だから、嬉しいと感じた。

 

 ……わかりやすくいえば、エゴサーチ(自分のことを検索)したら知らない所で好意的に評価されていたときの、多分十倍くらい嬉しい。

 

 

 

 

 ……まとまらないが、全ての気持ちは掘り起こせた。みごとに相反する感情のごった煮だ。そりゃモヤモヤするわ。

 

 とりあえず問一の解はこんなもんだろう。

 

 つぎに問二。それでは比企谷八幡は明日どう行動すれば……

 

 いや違う。まだそれは解けない。

 

 もうひとつ気になることがあった。

 

 小町のセリフだ。

 

 「お父さん、お兄ちゃんと同じことしてる」。

 

 これはどういう意味だ?

 

 小町は、だからこそ、あのメールを消さず、俺に見せたと言っていた。

 

 

 

 

 父親が俺と同じことをしている。

 

 逆に考えれば、俺は普段、今回の父親と同じことをしている、ということだ。

 

 ……改めて考えるとマジでひどいな小町。お兄ちゃん泣くぞ。俺のどこを見てあんな目が腐って猫背でロクでもない斜め下なことばっかり考えてる奴と同じだと思うんだ。俺はこんなに小町が好きなのに。

 

 ……思考が()れた。

 

 逆に考えついでに、もし俺が父親の立場なら、今回どう動いたかを考えてみることにした。

 

 俺が今感じているモヤモヤは、とりあえず脇へやる。

 

 

 ……いつもの俺なら……、

 

 とりあえず、俺と最も関わりのある平塚先生に、一か八かで口裏合わせを頼むというのは、リスキーな決断だが、理解できる。というより、もうそれしか方法がない。俺も多分、そうするだろう。

 

 これが失敗に終わったら、子どもに事情を説明して諦めるように言って、終わりだ。

 

 子どもは落胆(らくたん)するだろうが、しょうがない。俺の子どもなら、その状況を押し切ってキャンプに行くほど無謀ではないはずだ。俺が子どもなら絶対無理。

 

 運のいいことに、平塚先生は協力してくれた。

 

 しかし、担任らへのとっさのアドリブで、「部活としてのキャンプ」ということになってしまい、平塚先生も現地へ行かざるを得なくなったという。

 

 これはまずい。かなりまずい。

 

 もし、子どもが平塚先生らの行動に勘付いたら……。最初に悪い仮定の方を考えるのは、ぼっちとして生きるために鍛えてきたリスクヘッジ(危険の回避法)だ。

 

 どうする。

 

 ……平塚先生の申し出は、正直こっちとしてはありがた迷惑だが、「それはやめてください」とも、「子どもにばれたら責任取ってもらいますよ」とも、さすがに言えない。最初に無茶なお願いをしたのはこっちだしな。

 

 むしろ、もしバレた場合、子どもの態度如何(いかん)では、せっかく贔屓(ひいき)にしてくれている先生から悪い感情を持たれ、見放されるのが怖い。

 

 最悪の場合でも、子どもと先生との関係は保たせておきたい。今後の内申(ないしん)とかあるしな。進級・進学に響く。

 

 ……しゃあねぇ、先生には、俺が無理やり頼んだってことにしてもらって、俺が子どもから憎まれる役になるしかないだろうな。父子関係は悪化するかも知れんが、なんと思われようが親は親だ。子どもを管理指導下に置ける。なんなら「そもそもお前がその(とし)でソロキャンプとか言い出すから」と、説教だってできる。絶対嫌われるけどまぁ、そr

 

 

 

 

 父親の二回目のメールを思い出した。

 

 小町のセリフを、理解できた。

 

 

 

 

 ……なるほど……。

 

 親父。そういうことか。

 

 

 

 

 そういうことかよ。

 

 

 

 

 なら、俺の取るべき方法は、……悔しいが、決まった。

 




(暫定おしらせ)

文章中の約物(やくもの)の表記などを、なるべく作法通りにしてみました。どうでしょう。読みやすくなっていたら幸いです。

ただし、横書きWeb小説であることをふまえた結果、必ずしも作法通りでない部分もあると思います。

本編完結し次第、順次、第1話から修正していこうと思います。

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