やはり俺のソロキャンプはまちがっている。   作:Grooki

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その49:比企谷家は疑うべくもなく母親が最強である。

 俺の推理通り、父親のメールは、完全下校時間の直後くらいに小町に届き、すぐに平塚先生へ転送されていた。

 

 

 

 

 件名『(緊急連絡)比企谷の父です』

 

 本文『突然のメール失礼します。2年F組 比企谷八幡の父です。

 

 娘の小町ともども、いつもお世話になっております。

 

 至急お願いしたいことがあり、小町に命じてメールを転送させました。ご無礼なにとぞお許しください。

 

 息子の八幡について、将来の進路として教職も視野に入れさせたいと思っており、3年時に○○大教育学部のAO入試を受けさせようと考え、本人とも相談済みですが、面接時のアピールポイントになればと、私は現在、八幡へアウトドアの技術を教えています。

 

 息子も興味を持って取り組んでおり、総仕上げとして明日、県南の枇杷が浜方面にてソロキャンプをさせる予定です。

 

 現地の警察には連絡し、了承を得ております。

 

 父親の私も、様子を見に行くことにしております。

 

 ただ、息子の性分から、学校へこの旨きちんと伝えているか甚だ不安でしたため、このような形で大変恐縮ですが、先生にご連絡の上、ご理解いただき、八幡へお力添えを願いたく思いました。

 

 なにとぞ、よろしくお願い申し上げます。』

 

   

 

 

 「…平塚先生からも、返信が来たんだよ。」 

 

 小町の言う通り、平塚先生からの返信も残っていた。

 

 最初のメールから、十数分後に届いていた。

 

 

 

 

 件名『(お父様へご転送願います)了解いたしました』

 

 本文『ご連絡ありがとうございます。奉仕部顧問の平塚です。

 

 メール拝読いたしました。

 

 八幡くんのソロキャンプの件、了解いたしました。

 

 正に絶妙なタイミングでした。先刻のメールを頂いた直後に、クラス担任の先生と体育教諭(現地の駐在さんがご親戚で、先程連絡を受けたとのこと)が私を尋ねて来られました。

 

 私の方から説明し、先生方にはご理解いただきました。どうぞご安心ください。

 

 八幡くんには、常々、学校生活の様々な面で助けてもらっております。

 

 八幡くんが教職を志望しているということ、私としても大変嬉しく思います。

 

 部活顧問 兼 指導教諭として、八幡くんを全力でサポートさせて頂きます。

 

 

 ここでひとつ、ご報告があります。

 

 先の先生方から、キャンプ中の八幡くんの現地での安全を心配する意見があり、理解と納得を得るため、大変勝手ながら、部活動の一環として行う旨で説明しました。

 

 そのため、当日は私の方も、安全確認のために現地を視察に行くことになりました。無論、八幡くんが大きく成長する機会を潰すことにならないよう、最大限の配慮をいたします。

 

 具体的には、ばれないように、ちょっとだけ様子を見に行きます(笑)。

 

 ドライブがてら参りますので、何卒ご心配なさらないよう。

 

 では、長々と失礼いたしました。』

 

 

 

 

 「… … …。」

 

 俺はそこまで読んで、小町に携帯を返そうとした。

 

 が。

 

 「まだある…お父さん、平塚先生にもう一回、送ってるよ。」

 

 小町が、着信メール一覧を指さした。

 

 

 

 

 件名『ありがとうございます』

 

 本文『比企谷の父です。ご対応、まことに感謝いたします。

 

 ご多忙ご多用の中、八幡のために先生の貴重なお時間を割いて頂いたこと、大変申し訳なく有難く思います。

 

 この件に関しましては、後日改めてお礼に参ります。本当にありがとうございます。

 

 

 なお、万々が一、八幡がこのことを嗅ぎつけた時には、私から先生へ強い要望があったと、そう言っていただきますようにお願いいたします。

 

 平塚先生におかれましては、今後もせがれめのご指導をお願いいたしたく、今回の件は親である私の責任において行ったとするのがベストであると考えております。

 

 どうか、八幡をよろしくお願いします。』

 

 

 

 

×××

 

 

 「… … …。」

 

 今度こそ、小町に携帯を返した。

 

 こんなやりとりをしていたのか。

 

 俺は身震いした。

 

 なんだこの気分。うまく表現できない。

 

 予想通りのものと予想外のもの、きれいなものと汚いもの、ほんとうのことと嘘のことを全部いっぺんに目にした気分だった。

 

 本当に分からない。なんだこの気分。

 

 俺は嬉しいのか。それとも悲しいのか。

 

 怒ってるのか。それとも可笑(おか)しいのか。

 

 どんな顔をすればいいか分からず、俺が(ほう)けていると、携帯を胸で抱きしめた小町が、おずおずとしゃべりだした。

 

 「あのね…お兄ちゃん。お父さんとケンカしないでね。

 

 そんなことになるために、メールを残しといたわけじゃないんだからね…!

 

 でも小町、お兄ちゃんには、これ、どうしても見て欲しかったんだよ。」

 

 「…何で?」

 

 俺は首を(かし)げた。

 

 小町はしばらくためらっていたが、俺の目を見て、意を決したようにつぶやいた。

 

 

 

 

 「お父さん、お兄ちゃんと同じことしてる、って思ったから…。」

 

 

 

 ぽくり、と、なにかひどく(もろ)い棒で頭を殴られたような気がした。

 

 親父が俺と同じことを…?

 

 どういう意味か、小町を問いただそうと思ったそのとき、いきなりリビングのドアがガチャリと開く音がした。いやに大きく響いた。

 

 小町と同時に飛び上がってドアの方を振り返ると、そこにいたのは無表情の母親と、その横で気まずそうにしている父親だった。

 

 「あら八幡。帰ってたのね。丁度良かった。ちょっとこっちへ来なさい。」

 

 …?

 

 母親の様子がおかしい。完全に無表情。

 

 と、横の小町の顔が青くなり、小刻みに震えだした。

 

 「小町?悪いんだけど、ちょっとヨー○ドーまで買い物に行ってくれない?遊んできていいから。2時間位。」

 

 母親は小町に向き直ると、にっこり微笑んだ。

 

 いや…顔は微笑みだが、圧倒的な違和感。有無を言わせぬ迫力。誰かさんの強化外骨格とかそういうレベルじゃない。盾で殴ってきてるイメージ。

 

 「は、はーい!行ってまいりまーす!!じゃ、じゃあお兄ちゃん、また後で!!」

 

 小町は母親の言葉に、脱兎(だっと)のごとく駆け出してリビングから出ていった。ものの数秒で、玄関ドアの開閉音が聞こえた。電光石火(でんこうせっか)

 

 

 

 

 あっやばい。

 

 このパターンは。

 

 知ってる。コレ知ってる。

 

 比企谷家の中で一番やばい感じのアレ。

 

 昔の数々のトラウマを思い出しつつ、嫌な予感で冷や汗がにじみ出てきた。

 

 心臓がギチギチと締め上げられる。

 

 父親の方を見た。俺より顔が青い。

 

 「…すまん八幡…全部バレた…!」

 

 か細い声で親父が伝達してきたが、

 

 

 「黙れ。」

 

 

 母親のドスの効いたひと声に、ひっ、と父親の息が引っ込んだ。

 

 俺の息も引っ込んだ。

 

 

 

 

 …そこからたっぷり1時間以上。

 

 俺は母親に何も言わず、警察と学校にウソまでついて外泊(しかも野宿)したことを。

 

 父親はそれを手助けし、そそのかしたこと、あまつさえ母親にナイショで高価なキャンプ道具(しかも一人用)を買い込んでいたことを。

 

 

 

 

 がっっっっっっっっっっっっっつり怒られた。

 

 

 

 

 母親は偉大。

 

 母親は絶対。

 

 母親は恐怖。

 

 ひとたび逆鱗(げきりん)に触れれば、こちらの理屈など感情など完全に無力。

 

 その怒りは全てをなぎ払う爆風。抵抗するすべなどない暴雷風。

 

 

 

 

 …いや、マジで怒るとシャレにならないくらい怖いんだって…うちの母ちゃん。

 

 親父のネチネチしたいやらしい叱り方とは次元が違う。

 

 感情は論破されないとかそういうレベルじゃないから。怒号で死ねるレベルだから。

 

 マジでリビング中のガラス窓がビリビリ鳴ってたし。

 

 高校生にもなって、久しぶりにべそをかいて平謝りした。親父も一緒に。

 

 

 

 

 …だが、母親の怒りは、もっともだった。

 

 俺がキャンプすること自体は特に怒られなかったんだが、母親に何一つ話していなかったことがとにかく頭にきたようで。

 

 休日出勤続きで、久しぶりに家族団らんできると奮発してすき焼きを用意したのに、夜になっても俺が帰って来ないことを心配し、このとき初めて小町から俺のキャンプのことを全て聞かされたそうだ。

 

 そして、俺の様子見から帰ってきた父親を締め上げ、全てを把握した、と。

 

 よくよく考えれば…母親にだけはきちんと説明できてなかったな。放任されているというのは俺の勝手な思い込みだったわけで。

 

 ごめん母ちゃん…!!

 

 

 

 

 こうして、比企谷家(男共)の日曜日はメッタメタに終わっていったのだった。

 


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