かちゃりと目の前に置かれたのはミルクティーだった。ほんわりと甘く暖かそうな湯気を漂わせている。
優雅な形のティーカップは、キッチンスペースに置かれていた、まるで西欧貴族がピクニックで使ってるような、カゴ編みのケースの中に収納されてる食器の一部だった。
「…お茶
「
俺はそう言ってミルクティーを一口すすった。
目の前の小さなテーブルに、さらに同じカップがふたつ。そして、この半年間でつくづく見知った顔がふたつ。
俺は彼女らの席と直角に配されていたシートに座っていた。
平日の部室と似た構図の中、彼女たちの表情は、この半年間では見たことのない、複雑で微っ妙ーなものだった。
雪ノ下は、しょげているような憤慨しているようなでもなんかホッとしているような。
由比ヶ浜は、
あと…なんか、俺の目線の端、
「悶える美人教師」なんて風に書くとエロい感じがするが、平塚先生はさっきから「う゛ぁ〜〜」とか「ぐえぇ〜〜」とか、完全に二日酔いのおっさんみたいな低い声で
いや…見方によっては、今しがた井戸からはい出てきた感じにも見える…。
で。
俺はというと、自分でも分かるくらいムッス──…っとした顔で脚を組み、ふんぞり返って座ってはいたが、内心、小学生かというくらいテンションが高くもあった。
きょろきょろウロウロしたいのを必死にこらえて不機嫌ポーズをとっていたが…。
…すげぇ、めっちゃすげぇ、なんだこの設備…!!?
×××
俺は今、キャンプ場の駐車場に
一日目の昼寝の後くらいに、トイレに行く時に見かけた、あのクルマだった。
いわゆる「キャブコン」というタイプの、よく見る典型的で本格的なやつだ。
デカい。
しかも内装や設備がすごい。キャンピングカーはあんまり詳しくないし、生まれて初めて中に入ったんだが、とにかくすごい。
運転席の後ろに広がる、リビングスペースの対面式シート、その間にテーブル、壁に液晶テレビ、冷蔵庫、シャワー蛇口付きの小さなキッチンスペース、エアコン、そして後方には2段ベッド、運転席の天井の上には2〜3人は寝られそうなバンクベッド。今座ってるシート類も、たぶん変形させてベッドになるんだろう。5〜6人は楽に寝られそうだ。
奥にはトイレらしき仕切りもある。いたれりつくせりだな。
デザインも、内装は大部分が渋い木目調で、雰囲気としては、ちょっとしたホテルの一室のようだった。
「…このクルマすげえな…レンタルか?」
「父のものよ。」
雪ノ下がさらりと答えた。
な…に…!?
家がキャンピングカー持ってるやつとか初めて見た…!!パネェ…!!
そういやこいつの親父、建設会社の社長で県議だったな…くそっブルジョワめ…!
しかし、雪ノ下家がアウトドアもやってるってのは意外だった。
姉の
「父が時々、仕事関係で人をもてなすのに使うのよ。…まぁでも、半分は父個人の趣味なのだけれど。」
へー…。ど…どんな密談がこの中で繰り広げられてきたんだろう…!?などと、ちょっとダークでクールでアダルトなあれこれを妄想して、男子的にはちょっと心ときめくものがあった。
いいなぁ…俺、将来こういうのに住もうかな…ぼっちが暮らす環境としては理想的なんじゃないの。劇○ひとりも
…おっといかん。本題からだいぶそれてしまった。
「なるほどな…。まぁ、どうやって来たのかはだいたい解った。」
俺はティーカップを
「…で…、何でお前らがここにいんの?」
一言問うて、あとはビタッと黙った。ひたすら沈黙を貫く。
投げつけたのは質問だが、そこには多少の非難を込めたつもりだった。
まさか「偶然ばったり出くわした」なんてことはないだろう。無理がある。
…要するにコイツらは、俺のソロキャンプをどこかで知って、終始、隠れて監視してたわけだ。
こんなご立派なキャンピングカーまで持ち出して。
ばかにしていやがる。
…人を叱るときは、わぁわぁぎゃあぎゃあまくしたてて
相手の急所を一発で突いて、言葉に詰まった相手を沈黙でさらに圧をかける。
動揺した相手は、沈黙に耐え切れず、ぽろぽろと
なんなら相手が話してる途中で「あ?」とかちょっと声を張って合いの手を入れたりするのも効果的だ。
ソースは俺の父親。こういうの大好物なんだそうだ。俺も小さい頃やられたなぁ。タチ
まぁ俺の場合、言い訳の文字数がどんどん多く表現を凝らしていく方向に行っちゃったんだが。おかげで平塚先生から殴られる毎日です。やはり親父の教育方針はまちがっている。
だがこの方法は、由比ヶ浜あたりには効果抜群のようだ。「うぅ…!」と
…ただし、このやり方は。
「…こうなった以上、仕方ないわね…。」
目を閉じて、小さく
「…
そう言いながら、由比ヶ浜にも目で確認を取った。由比ヶ浜は一瞬、ううっ、と詰まったが、最後には力なく
…ただし、このやり方は。
虚言を言わない、真っ正面から来る奴には通用しない。
雪ノ下は、俺の方に向き直り、まっすぐな瞳で俺の目を射抜いた。
俺は思わず、組んでいた脚を解いた。
そこへ。
「…まて、雪ノ下…わ、私から説明する…!」
由比ヶ浜が差し出すペットボトルの炭酸水をがぶりと飲んで、呼吸を整えてから、乱れた髪を手ぐしで後ろへ流した。
ようやく人間に戻ったようだな…あやうくビデオ撮影して全世界にネット配信するところだったぜ。1週間後に何人が犠牲になっていただろう。最初の犠牲者は俺で確定だな。転送する相手いないしな。
「…比企谷。まず最初に、君に謝らなければならない。
どんな理由があろうと、私がこんな
平塚先生は真正面から正々堂々と、俺に頭を下げて謝罪した。
…あ。
終了。
どんなパンチが飛んでくるかと身構えてた俺に、クレーンで吊り下げられた巨大な鉄球が飛んできたような感じ。
ここまで見事に、目上たる教師から頭を下げられてしまっては。
内心ムカムカしてたのが、その一発に驚いて、どこかへ飛んでしまった。
「…い、いや別に、先生が謝ることなんて何も…!」
そのままじっと頭を下げ続けていた平塚先生に、俺はちょっと慌ててそう返した。
さすがの俺も、そのまま相手に土下座まで強要するような歪んだシュミはない。
「…では、どういう
俺の言葉が合図だったかのように、平塚先生はすいっと頭を上げて、にっこり
それで、場の張り詰めていた空気が、ふわりと和んだ気がした。
… …!
…くそ…大人ってずるいな…!!
×××
「小町くんから奉仕部に、依頼があったんだ。君のソロキャンプを成功させてやってほしいと。ただし、君に気づかれないように、とね。」
平塚先生の最初の一言は、俺がだいたい予想していた通りのものだった。
やっぱりな…あのアホめ余計なことを…。
しかし、アホな小町なりに俺のことを応援してくれようとして、雪ノ下たちを頼ったんだろう。
ほんとアホ。
でも、…なんだ、その気持ちは、ちょっと嬉しい。
小町の俺への愛に心がほんわかと暖かくなってきたところへ、平塚先生は続けた。
「正確に言うと、小町くんを通じて、君の父上から依頼のメールが転送されてきた。だから今回の依頼者は、君の父上、ということになる。」
… … …んん────んェえええぇぇえ!!!!!?????
「…なん…らと…!?」
今まで出したことないような心の絶叫をよそに、俺は努めて冷静に返したつもりだったが、努めて冷静に噛んでしまった。落ち着け俺。いいえ落ち着けません。
いやいやいや…いやいやいや!!
マジでどういうこと!!!???
防災、被災時の備えという面から、近年、キャンピングカーが見直されているようです。
水と食料を備蓄し、なおかつ、いざという時には家族の避難生活の拠点として。
また、内部、外部へ電気を供給するバッテリー源として(クルマを動かすためのものとは別に、車内設備を動かすためのバッテリーも装備されていることが多い)。
男の秘密基地として。移動できる趣味部屋、なんていいですね。
そしてもちろんこれまでどおり、グループレジャーの手段としても。
一台欲しいなぁ…。