やはり俺のソロキャンプはまちがっている。   作:Grooki

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その43:ソロキャンプ#6(エマージェンシーブランケット)

 右手の水平線の彼方に、音もなく(あか)い火柱が上がるのが見えた。

 

 ここからでも見えるということは…おそらく上空の雲にやすやすと達するほどの高さであろう。

 

 戦女神(メシカ)の軍勢によるものだ。

 

 (…横浜が…()ちたか。)

 

 名も無き神()はそっと()め息をついた。

 

 凍えた身体から()(いで)た吐息が、夜の(やみ)をひととき白く(にご)した。

 

 …予想はしていたことだ。

 

 しかし、あまりにも早すぎる…。

 

 状況はかなりの劣勢であった。悪化の一途をたどっていると言っていい。

 

 戦女神(メシカ)(つい)なす神たる失せ御堂(ローグ)は、心  守(ハーティア)の精神攻撃により、心をズタズタにされた。

 

 宮内庁特務部の神官たちによる治療は日夜を問わず続けられているが、まだ相当の時間がかかる見込みだ。今の彼は言葉も忘れ、自分の名すら思い出すことができない。

 

 戦女神(メシカ)の攻撃に対抗するには、失せ御堂(ローグ)「信仰放棄」(ザ・ネグレクト)…神力の無効化能力が必須なのに…。

 

 疑心暗鬼(ライライ)からの情報はまだ入らない。心  守(ハーティア)を…自分の恋人を捜し出すといって、基地(シュライン)を出てからというもの、連絡が途絶えている。

 

 疑心暗鬼(ライライ)は賢明な男だ…無茶なことはしない…とは信じたいが…。

 

 今の心  守(ハーティア)は自我を失い、賢帝(ガラン)の意のままに(あやつ)られている。

 

 最後に見た時のあの表情が忘れられない。

 

 媚薬(びやく)(おぼ)れたかのように、(とろ)けそうなほど上気した(ほほ)を、賢帝(ガラン)の胸にすり寄せていた、あの顔…。

 

 愛する恋人のあの(さま)()の当たりにした時、はたして疑心暗鬼(ライライ)が理性を保っていられるか…。

 

 俺は(うず)く右腕をさすった。賢帝(ガラン)(まみ)えたあの日から、日増しに疼きはひどくなっていた。

 

 神力が共鳴していると、賢帝(やつ)は言っていた。七(はしら)の神が(そろ)うのも、もう間もなくであると。

 

 そうだ。

 

 そのために俺はここにいる。

 

 賢帝(やつ)ですら、どこで転生しているかは(いま)だ知らない。

 

 自らと対なす神。自らにとって最大最強の脅威。

 

 愚王(オルト)

 

 肝心な時にはいつも()やがらねぇ、寝ぼすけ野郎。

 

 だが俺には分かる。どこに居るのか、知っている。

 

 それはこの時代における、奇跡としか言いようがない。

 

 神々ですら操作しようのない、偶然というものがごくたまにある。

 

 あの夏の日、ほんの一ヶ月だけの友達だったアイツが。

 

 俺の誕生日を、海岸の砂で作ったケーキで祝ってくれたアイツが。

 

 別れの日、またぜったいに会おうねと、泣きながら指切りしてきたアイツが。

 

 実は世界の運命を七たび(つかさど)る「神々の王」だったりするようなことが…。

 

 「約束…果たしに行くぞ…。」

 

 右腕をさすっていた左手を、そっと右手の小指に添え、俺は紅々(こうこう)と燃える水平線とは逆の海へ目を向けた。

 

 …夜明けと共に、海上保安庁特殊警備隊(SST)が密かにここへ到着、俺を拾った後、護衛しながら目的地を目指す手はずとなっている。

 

 瞬間移動は使えなかった。賢帝(やつ)らに感知されて気取られれば一巻の終わり。

 

 かといって、首都圏からSP付きで護送なんてされてたらそれこそ目立つ。

 

 「っていうわけで、電車移動オナシャーッス♪」

 

 などと素敵な笑顔でとんでもない無茶ぶりしてきやがったあの宮内庁のメガネ巫女(巨乳)。

 

 神である俺に「青春18きっぷ」を手渡してきやがったあの不敬(ふけい)(やから)(巨乳)。

 

 アイツはいつか神罰を加える…!!そんな権能(けんのう)ねぇけど。とりあえずあのメガネがいつも指紋まみれになるように呪いをかける。いやそんな権能もねぇけど…。

 

 

 

 

 まぁ、とりあえず、今のところ無事に作戦は続行できている…あとは賭けだ。

 

 うまくいけば、数時間後には海の上だ。

 

 目指すは、…小笠原諸島。

 

 

 

 

 … …しっかし…、さm

 

 

×××

 

 

 「… …しっかし…、寒い…!」

 

 だめだ、かなり集中して妄想に(ふけ)ってみたが、この寒さはイカンともしがたい…!

 

 知ってる人が誰もいないからってうっかり封印解除した「あの記憶」(昔作った設定)さえ…無力だ…!

 

 ていうか一ヶ月の友達って誰だよそんな奴いねぇよ。いた試しがねぇよ。しかも多分これ、当時は詰めてなかったけど、女の子設定だよね!?愚王(オルト)女の子設定だよなこれ。ブレっブレだな。

 

 あとなんで巫女がメガネで巨乳なんだよ。中学生の時の俺、完全にアホだな。

 

 なんつって、やっぱ記憶だけじゃダメですね。永久欠神でも寒いもんは寒いんですよね。ちゃんと神武衣(カムイ)(親父のコートと母親のフェイクファーの襟巻)で武装しなきゃダメですよね。いややややすいません今適当に付けた名前ですもうしません。寒い。痛みを感じるほど寒い(涙)。

 

 しっかし、寒い!

 

 時刻は19時を回った。ちゃちな()き火と妄想力だけでここまで耐えられたのはむしろ見事と言っていいのではないか。これが俺じゃなかったら確実に凍死してるレベル(大袈裟(おおげさ))。

 

 もうテントの中入ろっかな…少しはマシだろう。

 

 しかし…んー…。

 

 それでもいいんだが、ここから寝るまでの数時間、狭いテントの中でごろごろして過ごすのは、何だかもったいない気がした。

 

 まぁ一応、退屈しのぎの文庫本も一冊、持ってきてはいるのだが…もう少しだけ、せめてあと一時間、外にいたい。焚き火も燃え尽きてなくてちゃんと見てないと危ないし、星もキレイだし。

 

 ふと、「今から撤収(てっしゅう)して帰ろうと思えば、帰れるな…。」などという心のささやきが聞こえた。

 

 20時台の電車に乗って、家の最寄り駅に付くのは…22時過ぎくらいか。不可能ではない。

 

 風呂入って…コタツ入って…テレビ観て…小町にMAXコーヒー湯煎(ゆせん)してもらって…(ひとから温めてもらったMAXコーヒーの味は格別)、寝る前にちょっとネットなんかして…!

 

 おい…最高じゃないか。いままで何気なくやってた土曜の夜の過ごし方が、とてつもなく贅沢(ぜいたく)なひとときだったのだと、今さら気付いた。

 

 しかし。

 

 答えはNOだ。絶対に帰らない。

 

 今日この日の、この夜のために、俺は今まで頑張(がんば)ってきたんだ。

 

 退(しりぞ)くのも勇気、と言うやつもいるだろうが、今この時は、まだ(あきら)めるには早すぎる。

 

 今ならまだ間に合う?電車で帰れる?それは勇気ある提案じゃない。単なる誘惑だ。

 

 まだだ。まだやれることはあるはずだ。

 

 まだ自分の持ち(ごま)で、出来る悪あがきがあるはずだ。

 

 着替えに持ってきてた服も着込んでみるか…?と、バックパックをゴソゴソやっていると、指先に妙に触れるものがあった。

 

 これは…、

 

 引っ張りだしてみると、エマージェンシーブランケット(略してエマブラ)だった。ジップのついた袋に入っていた。未開封。

 

 家の非常用持出袋(ひじょうようもちだしぶくろ)に入ってたやつ…なのだが、標準品ではなく、父親が別途、家族分買ってきて、最初に入れ替えたと言っていた。ちょっといいやつらしい。

 

 普通にホームセンターで見るような、金色や銀色のものじゃない。パッケージも、パッケージに載ってる写真のシートも、赤みがかったオレンジ色だった。

 

 通常のやつよりも多少丈夫(じょうぶ)で、繰り返し使えるらしい。

 

 …これ、使ってみるか。

 

 初めてなので、どんなもんかは分からないが…まぁとりあえず実験だ、実験。

 

 思い切って、パッケージの上部を引き切って、開封してみた。

 

 中には、キチキチに折りたたまれた、赤っぽい色のフィルムのようなものが入っていた。とりあえず引っ張りだして広げてみると、家で使ってるシングルベッド用の毛布くらいのサイズに広がった。

 

 後でちゃんと折りたためるかなぁ…まぁいいやこの際。

 

 ちょっと厚手のラップくらいの薄さだ。慎重に扱わないと、ピリッと破いてしまいそうで怖い。

 

 赤い面と銀色の面がある。赤い面を表にして使うようだ。パッケージの説明書きだと、遠くからの視認性(目立ち度)を高めるための赤色らしい。

 

 まぁ、エマージェンシーブランケット(緊急時用保温布)だから、使うのは基本的に緊急時…遭難した時とかなんだろうしな。

 

 …とりあえず、パッケージの写真の人の真似して、身体に巻きつけてみた。

 

 … … …。

 

 金田ァ!昔っから気に食わなかったんだよぉ…!!

 

 「さん」を付けろよデコスケ野郎!!

 

 などと、赤いエマブラをマント代わりに、反射的に鉄雄ごっこなどしつつ。

 

 いや最後のは金田のセリフだろ…。

 

 … … …お…?

 

 おお…??

 

 巻きつけてほどなく、効果を感じ始めた。

 

 まず、身体の周りの空気の流れが止まった。それと同時に、服の上から染みこんでくるような寒さもなくなった。

 

 ポカポカ、とまではいかないが、体感で、体の熱がずっととどまっているような、ほのかなあたたかみを感じるようになった。

 

 とはいえ、足先とか顔のあたりとかは出ているので、そこは相変わらず寒いんだが。

 

 こんな薄いのに、すげえなこれ…!

 

 パッケージの説明書きを見ると、「体温の90%を跳ね返す」「完全防水」とうたわれてた。

 

 ようするに銀マットと同じ原理か。銀色の面が、体温を反射させて暖める。と同時に、外からの冷気を外へ跳ね返す。

 

 反射か…ふむ。

 

 そこから色々、被り方を工夫してみた。

 

 最終的に行き着いたのは、エマブラを横長に持ち、頭から被って座り、両側の上端を伸ばした足先でおさえ、脚の間あたりに熾火(おきび)の入った焚き火台を()える、というやり方だった。

 

 熾火からの熱が、エマブラの銀面に当たって中の空気を暖めてくれた。焚き火台のある前側は全開に近いので、換気の心配もない。

 

 けっこう体勢的にはきつい格好(かっこう)なので、長時間この状態ではいられないと思うが、今この寒さをしのぐ分にはなかなか良かった。

 

 ただ、どうしてもエマブラの届かないケツが冷たかったがな。

 

 …次は銀マットを切って、座布団っぽいの作ろう…。

 

 しばらくの間、俺は焚き火をちょこちょこといじりつつ、時々空を見上げて星を眺めて過ごした。

 




ちなみに…ご存じの方も多いと思われる「青春18きっぷ」ですが、このSSのソロキャンプの時点(11月頃を想定)では、期間(春季、夏季、冬季)外のため販売されていないようです。八幡の設定がまだまだ詰めが甘いことを表現したくて入れてみました。

ちなみに私(書き手)は、今まで一度も使ったことがありません…移動は大体、近距離なら車、中距離なら新幹線、長距離なら飛行機です(短気なのか、のんびり電車移動が苦手)。

でも一回くらい使ってみたいなぁ。

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