やはり俺のソロキャンプはまちがっている。   作:Grooki

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その40:ソロキャンプ#3

 テントの設営は順調に行えた。

 

 前回デイキャンプでの経験から、今回はペグ打ちの前にテントの位置を微調整しながら、寝た時に違和感を感じないよう、バッチリ水平なところに()えた。

 

 寝袋や銀マットは今のうちに取り出して広げ、最初に寝床を整えた。

 

 ここは、「フォレスターズ・ヴィレッジ」よりも地面が柔らかい感じがして、寝心地は多少良さそうに感じた。

 

 さて、前回トラウマになりかけたペグ打ちだが…。

 

 下調べの段階で、今回のテントサイトが砂浜ってことは分かっていた。

 

 「フォレスターズ・ヴィレッジ」のみっちりした土とは逆に、サクサクした砂では手持ちのペグは抜けやすいかもしれない。

 

 ただ、テントを据えることができたのが、割と草の生えてる(土に多少密度がある)ところだったので、インナーテント(テント本体)の底面を抑えるペグに関しては、まぁまぁ()いている気がした。

 

 念のため確認。ペンチを使えばちゃんと抜けた。ていうかペンチ優秀。

 

 しかし、フライシート(上掛けカバー)を抑えるためのガイライン(細い張り綱)は、テントより少し外側に張ったからか、何ヶ所か、ペグが効かずにスポスポと抜けてしまうところがあった。

 

 … … ふっ。

 

 …大丈夫だ、問題ない。

 

 俺ももうね、いっぱしの(デイ)キャンパーだしね、これしきのことで慌ててママーとか叫ばねぇぜ…?

 

 対応策は用意してある。備えよつねに。大事なことだね!

 

 俺はバックパックから、スーパーのビニール袋を数枚取り出した。

 

 買い物した時に店からもらってきたのを、ゴミ箱にセットするために家でストックしてあったやつだ。

 

 こいつを「アンカーシート」代わりに使う。

 

 「アンカーシート」というのは、簡単に言えば、(おも)り用の砂袋だ。ペグの効かない砂地や、積雪の上にテントを張るときに、こいつに砂や雪をぎっしり詰めて、ガイラインの先端に結び付けて、地面に埋める。こうすることで、テントを地面に固定する仕組みだ。

 

 専用品はそれなりに高いが、金がないのでビニール袋で代用、というわけだ。これはネットで拾ったアイディアだった。

 

 周りの砂浜から砂をかき集めてビニール袋に詰め、どっしりした砂袋をいくつか作って、フライシートのガイラインに結びつけた。

 

 本来のアンカーシートは地面に埋めるのだが、砂袋は1個1個が十分な重さだったし、風の具合から、埋める必要まではないと判断した。キレイな草地を掘り返したくもなかったしな。

 

 設営作業を終え、少し離れて、しげしげと我が仮住まいを(なが)めた。

 

 

 うん。そこはかとないホームレス感、再び!(涙)

 

 青いブルーシート、もといフライシートと白いビニール袋の相性は最高に最悪だぜ!

 

 だが…今回はしょうがあるまい…!!

 

 せめてもの抵抗として、ビニール袋のスーパーの店名がプリントされた部分はそっと内側に向け直した。

 

 

×××

 

 

 テントを設営し終わると、ちょうど昼時になった。

 

 せっかく千葉県の南の方に来たので、今日の昼飯は「竹岡式ラーメン」を持ってきていた。ヤックスが創業55周年記念として販売してる袋ラーメンだ。ちょっと高いが、父親も好きなので、たまに家に買い置きされている。

 

 …あ、説明しよう!

 

 ヤックスは千葉を中心に関東地方でチェーン展開してるドラッグストアだ。スーパーとか調剤薬局とかもやってる。

 

 で、「竹岡式ラーメン」は、千葉三大ご当地ラーメンの一つ。千葉県富津(ふっつ)市竹岡が発祥(はっしょう)のラーメンだ。

 

 ちなみにあと二つは、「アリランラーメン」と「勝浦(かつうら)タンタンメン」な。

 

 どのラーメンも、千葉市より南にあるものばっかりだ。

 

 竹岡はここへ来る途中、内房線でちょうど通り過ぎた。いつか竹岡駅にも降りて、本物の竹岡式を食いに行きたいな。

 

 特徴的なのはスープの作り方。千葉県産の醤油(しょうゆ)でじっくり煮込んだ豚バラ肉のチャーシューの煮汁を、麺をゆでるお湯で割っただけのシンプルな醤油味。とはいえ、チャーシューの肉汁の旨味がたっぷり溶け出していて、素朴な懐かしい風味がある。トッピングにはチャーシュー、(きざ)んだ玉ねぎ等を入れる。

 

 もちろん玉ねぎも刻んで持ってきた。コンビニで買ったやつだが、チャーシューもある。

 

 いそいそと調理にとりかかった。

 

 俺のクッカー「ユニファイヤー 角型クッカー」は、袋ラーメンを割らずに入れられて非常に調理が気持ちいい。最高だね…!

 

 程よく煮込まれたラーメンからは、湯気とともに胸がキュンとなるほど懐かしい気持ちになる匂いが漂ってきた。黒々とした醤油スープと、こんもりと盛った白い刻み玉ねぎ、分厚いチャーシューの間から、ほのかに黄色みがかったちぢれ太麺が顔をのぞかせている。

 

 「いただきます」と(おごそ)かに口にしてから、ひたすらいただく、(すす)る、(むさぼ)る、飲み下す。

 

 ラーメンとは何か。根源的かつ哲学的な問いを投げかけてくる味である。こんなにシンプルな作りなのに、うまい。うますぎる。これが…千葉三大ラーメンか…!!

 

 食べながら、ふはぁ、と()め息を()らしながら顔を上げた。

 

 その瞬間、周りの景色が見えて、思い出した。ここが生まれて初めて来た町の、見知らぬ浜辺であることを。

 

 冬の気配をはらんだ、冷たくも穏やかな風の中、空には雲もなく、宇宙の彼方(かなた)が青く(かす)んでいる。

 

 目の前の水平線の左側を(さえぎ)るように、(みさき)がある。あの岬のはるか向こうには、確か熱海(あたみ)があるはずだ。さすがに対岸は霞んでいてよく見えない。

 

 ふと、浜辺に降りてくる階段の方から人の気配がして、振り返った。

 

 高齢そうだが、しっかりした足取りの男性が、片手を上げて俺の方に歩いてきていた。

 

 「やぁ、あんたが駐在さんの言ってた高校生さんかね?」

 

 …あ、区長さんかな。

 

 俺は立ち上がって、駐在さんのときと同じように挨拶(あいさつ)した。

 

 「うんうん、千葉から来たって?たぁぶれた(疲れた)ろう。これ、良かったら食わっせぇ(食べなさい)。」

 

 そう言って、区長さんはコンビニ袋を差し出してきた。

 

 さ、差し入れ…!やだうれしい。本気でうれしい!いい人ばっかりで俺もうここに住みたいくらいある…!!

 

 「キャンプ場は夏場だけの営業でな。この時期なら、無料でいいよ。ゴミは持ち帰りでお願いね。」

 

 差し入れだけでなく、キャンプ料金もまけてくれた。

 

 丁寧にお礼を言った。区長さんは、なんかあったらあそこが俺んちだからいつでも来なさいと言って、さっぱりとした笑顔で引き返していった。

 

 差し入れは、びわゼリー2個だった。そういやこの辺は、果物のビワが特産らしい。

 

 ラーメンの残りを腹に収めて、さっそく1個、デザートに頂いた。

 

 …めっちゃうまい…!ビワのみずみずしい甘さが、ラーメンの後の口直しに最高…!!

 

 後で父親がドライブがてら様子見に来るとか言ってたし、家へのおみやげに買わせとこう…!!(自分で買って帰るという発想はない)

 

 

×××

 

 

 昼飯の後は、ぶらぶらと海岸を港の方まで散歩してみた。

 

 港の倉庫近くに自動販売機を見つけた。水もお茶も、MAXコーヒーも入ってた。

 

 マッ缶はちゃんと「つめた〜い」「あたたか〜い」の両方が(そろ)ってた。

 

 おい、分かってるじゃねぇか…設置した人…!!ここに来るときはマッ缶持参は不要だな。

 

 テントへ戻る途中、波打ち際には結構な数の流木が流れ着いていて、カラカラに乾燥していたので、夜の焚き火用にせっせと集めた。

 

 太い(まき)を切ったり割ったりできればいいな…いちおう、持ってきてた多機能ナイフに付いていたノコギリを試してみたが、ある程度以上の太さになるとお手上げだ。ギコギコ切るより、どうせ燃やすんだからと、へし折ったほうが早かったりした。

 

 そのうちちゃんとしたノコギリ買おう。小さくて折りたためる奴がいいだろうな。

 

 テントに帰り着いてからは、もうホントに何もせずにぼーっとしていた。

 

 

 

 

 何もしないということをしている。

 

 と、どこかの星のカエルの軍人が言ってた。(けだ)し名言だ。

 

 

 

 

 本当に、ぼーっとできた。

 

 

 

 

 … … … … …。

 

 

 

 

 日常のいろんな(わず)らわしい事は、きょうはぜんぶ、この海岸線のずっと北の向こうに置いてきた。

 

 それがなんだか、すこし愉快(ゆかい)だった。

 

 なぜこんなに愉快なのだろうと考えてるうち、ふと、今の俺は、ぼっちなんだろうか、という疑問が頭に浮かんだ。

 

 確かに今俺は、ひとりっきりでこんなところにいる。でもなんだか、今の俺は、ちっともぼっちではないような気がした。

 

 確かにここへ来るまでに、駐在さんや区長さんから優しい言葉をかけられ、助けてもらった。でもそういうことじゃない。

 

 確かにこのキャンプが実現するまで、父親の助言、母親や小町の理解(放置?)を必要とした。でも、そういうことじゃない。

 

 むろん、高2になってから、学校関係で顔見知りが増えたということでもない。

 

 そういうことじゃない。

 

 

 

 

 …知ってる人が誰もいないから、今ここにいる俺は、ぼっちじゃない。

 

 

 

 

 そういうことだ。意味不明な理屈に思えるが、そういうことだと思った。

 

 

 

 

 分かるかな。分かんなくてもいいや。

 

 とにかく今の俺は、一人静かに、この愉快さをかみしめた。

 

 さすがにずっと外にいるのは寒かったので、休憩のために、テントに(もぐ)り込んだ。

 

 日差しがテントの中の空気を程よく暖めてくれていた。

 

 1〜2時間ほど、昼寝することにした。

 

 スマホのタイマーを適当にセットして、寝袋(シュラフ)を全開にして掛け布団代わりに使い、ゴロゴロしているうちに眠ってしまった。

 

 寝心地はなかなか快適だった。経験が生きたな。




 今回の話を書く際に、千葉三大ご当地ラーメンを調べたんですが、ふと、

 「ひょっとしたら平塚先生、原作第4巻で八幡を遠くのラーメン屋に連れて行くとかメールで書いてたけど、こういうところに行こうとしてるのかな…?」

 とか妄想したりして、けっこう楽しかったです。

 竹岡式、私も食べてみたいなぁ…通販で買えるかなぁ…?

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