やはり俺のソロキャンプはまちがっている。   作:Grooki

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その36:比企谷父は妙に青少年健全育成条例に詳しい。

 帰宅して、風呂に入って夕飯を食べ、ちょっとゆっくりして部屋に戻った。

 

 時刻。午後八時を少し回っていた。今朝八時すこし前の「実験開始」から、半日以上は()っている。

 

 自分の机の上に置いていたスープジャー。コイツの「保冷能力」の実験だ。

 

 朝早くキャンプへ出発して、一日目の夕飯時まではちょうどこのくらいの時間を見込めば十分だろう。

 

 朝、家を出る前に、コイツの中に冷凍庫の氷を目一杯入れておいた。その氷が半日後、どのくらい残っているか、試してみようと思ったのだ。

 

 ほんとなら、ジャー自体を冷蔵庫に入れて本体ごと、予熱(よねつ)ならぬ予冷(よれい)とでもいうのか、冷やしておくともっと効果的なようだが、今回はあえてそこまではしなかった。

 

 今、手に持って振ってみると、わずかにガツガツと音がする。中の氷が解けて若干(じゃっかん)隙間(すきま)ができているようだ。

 

 ちょっと緊張しつつ、(ふた)を開けてみた。

 

 …氷は、朝とほとんど変わりない状態に見えた。ジャーを傾けて、解け出した水を飲もうとしたが、出てきたのはほんのひとすすり位のものだった。

 

 ジャー内部は、氷でキンキンに冷えていた。

 

 す す す すげぇ…!!

 

 世界最小クラスのハードクーラーボックスを発見した瞬間だった。バックパックに余裕で入る。

 

 しかも、クーラーボックスとしては最強レベルの性能である「真空断熱」方式だぜ…!?

 

 …これ逆に、凍った肉持ってったら夕食準備する段階でもガチガチなんじゃね…!?凍らせ方や持ち運び方はちょっと調整が必要かもな…。

 

 これは使える…絶対使える!肉だけじゃない、1泊2日のキャンプで、冷やすべきものを割りきって限定してしまえば、色んな食材を冷たいまま持っていける…!

 

 開口部の直径的には、たとえばちっちゃいハーゲン■ッツのカップアイスくらいなら入りそうだぞ…!

 

 などと、実験のとりあえずの成功にどんどん妄想が膨らんでいった。

 

 さて次は、水の持ち運びだ。

 

 リビングとキッチン、家の片隅の収納スペースをゴソゴソ(あさ)ってみると、ちょうどいいのを見つけた。

 

 一時期、うちの両親が道の駅や物産館を(めぐ)って、産地直売野菜を買うのにハマってた時に活躍(かつやく)していた、ちょっとデザイン良さめのソフトクーラーバッグだ。

 

 今は二人とも忙しくて、ほとんど使ってない。もったいない。ちょろまかそう。

 

 ちなみに千葉には「道の駅」ならぬ「(ふさ)の駅」ってのもあるぞ。秋葉原とか、ららぽにも出店してるんだぜ!

 

 などという千葉知識はちょっと置いといて。

 

 バッグの生地は灰色で、アクセントに黄色があしらわれている。製品のロゴだろうか、バッグの正面部分には「19100」みたいに読める文字があしらわれていた。なんだろ、型番?

 

 どうせなら80000にしてくれればいいのにねっ。

 

 ソフトクーラーの保冷力はよくわからんが、水を常温で持ち運びたいだけだし、全然問題ない。

 

 ショルダーバッグのような形をしていて、けっこうな量が入りそうだ。持ち手も付いていて、手提(てさ)げかばんのようにも使える。サイドポケットも付いていた。

 

 帰り道での、あの、あいつ、ほらあいつ、買い物バッグ持ってた…あのあれ!

 

 新巻鮭(あらまきざけ)みたいな名前のクラスメイトの女の子!!

 

 あいつが通学バッグの上から買い物バッグを持ってるのを見て、バックパックと同時持ちというやり方はどうか、と思いついたのだ。

 

 ある程度デザインが良ければ、アリっちゃ、アリじゃね?

 

 登山とかなら考えられないやり方だが、俺がやりたいのはあくまでソロキャンプだ。それも現時点では、公共交通機関で近くまで行けて、比較的安全で整ったところに限られる。

 

 まぁホントなら、スマートにバックパック一つでやりたいところではあるが、現実的に水を4リットル、バックパックに詰められるかは不安があった。

 

 このソフトクーラーバッグ、2リットルのペットボトル二本(家に転がってた空のもの)を縦に入れても、まだちょっと余裕があった。

 

 おおっ いいんじゃね…?

 

 バックパックを背負って、ソフトクーラーを肩にかけてみた。

 

 うん、…まぁ、絵的にはギリギリセーフ…かな!?もういい、これでいい!!(開き直り)

 

 さて、ここまでの課題はとりあえず解決だ。後は実践(じっせん)でまた試してみて、ダメなら修正していこう。

 

 だが次の、最後の課題は。

 

 やりそこなうとヘタすりゃ死ぬ。かもしれない。

 

 シュラフ(寝袋)の問題だ。

 

 俺がもらった「バロンバッグ#5」は、コンフォート温度(快適に就寝可能な温度)が9℃以上、リミット温度(寝られずとも一晩しのげる限界温度)が4度、と設定されている。

 

 メーカー表示的には。

 

 しかし、ネットでいろいろ検索してみて、割と共通して書いてあったのは、「メーカーの表記温度を過信するな」ということだった。おおむね、表記温度の+5℃位を考えたほうがいい、と。

 

 そうすると、「バロンバッグ#5」なら、コンフォート温度は9℃+5℃=14℃以上、リミット温度は4℃+5℃=9℃、となる。

 

 秋がだいぶ深まってきた今の時期、この寝袋一つでぬくぬくと安眠できるかは微妙だ。ちょっとキツイかも知れない。真冬の時など論外だ。死んじゃう。

 

 服を着こめば…とも思ったが、あまり着膨れし過ぎるとシュラフの中で息が苦しくなりそう。

 

 対策法をいろいろ検索してもみたが、シュラフの周辺グッズである「インナーシュラフ」(シュラフの保温性アップのために中に入れて使う)や「シュラフカバー」(これは主に、冬場は結露(けつろ)するテント内での、寝袋の防水のために外にかぶせて使う)を使うべしと書いてあるのがほとんどで、それが小遣(こづか)い的にできるなら悩みゃしねぇよ…と思っていた。

 

 …身近な経験者に聞いてみるか…なんか、しゃくだが。

 

 

×××

 

 

 「新聞紙とエマージェンシーブランケットを持っていけ。寒かったら新聞紙をいったんクシャクシャにして寝袋の中で身体に巻く。それで寒ければ、さらに寝袋の外側にエマージェンシーブランケットをかける。湿気が逃げないから、ブランケットの内側は結露するのを覚悟しろ。それでも寒かったら仕方ない。寝るな。」

 

 ほれ、と、帰宅したばかりの父親は、スーツのネクタイを緩めながら、今日読み終わりの分の新聞を俺によこした。

 

 アドバイスどうも…これ、この新聞、トイレとかに持ち込んでないよね…?大丈夫だよね…?

 

 しかし、新聞紙とは…なんか、発想が昭和っぽい。平成生まれの俺としてはそう感じた。でもなんか、嫌いじゃない。

 

 あとでネットで調べて裏付けを取っとこう。いや信じてないわけじゃないよ?勉強のためだよ?

 

 「そういえば、次のキャンプもフォレスターズ・ヴィレッジでやるのか?」

 

 父親は俺の部屋の床に散らばっていたキャンプ関係の雑誌を適当に拾って読みながら聞いてきた。

 

 「いや、今度は、ちょっと別の所に行くつもり。色々調べてて、ちょっとよさ気な所を見つけた。」

 

 俺はグー●ルマップ様を開いて、親父に場所を説明した。

 

 「駅から現地までちょっと歩くけど、駅前のスーパーで買い物もできるし、一泊500円。ソロキャンパーはシーズンオフのこの時期を狙うらしい。予約も不要だってよ。」

 

 「ほう…こりゃなかなかいいところっぽいな…。」

 

 父親は興味深そうに、地図と、その場所で泊まったキャンパーたちのブログを見ていたが、急に思い出したように、顔を(くも)らせた。

 

 「…そうか…うっかりしてた。こりゃヤバイぞ…。」

 

 親父が急に真剣な顔で悩み始めたのを見て、ギクリとした。

 

 「…な、何か問題…デスカ?」

 

 親の表情がいきなり豹変(ひょうへん)するの、なんか怖ぇよ…。

 

 変な汗が顔や背中に(にじ)んできた。風呂入ったばっかなのになぁ…。

 

 選定した場所に、特に問題はないはずだった。危険な場所でもないし、家からは遠いが、何かあったときにすぐ撤収して帰って来れないような秘境でもない。念のために調べたが、心霊スポットでもなさそうだった。

 

 や…やっぱシュラフ(寝袋)っすか…?新聞紙でも無理ゲっすか…!?

 

 「自分の(とし)を思い出せ青少年(せいしょうねん)。…このまま行ったら、お前、警察に補導されるぞ…。」

 

 えっ俺!?

 

 俺の年齢(とし)の問題!?

 

 …しかし、父親の「青少年」という言葉にすぐに思いつく。

 

 「…ひょっとしてあれか、条例(じょうれい)的な…?」

 

 俺の言葉に、父親は(うなず)いた。

 

 「千葉県青少年健全育成条例。第何条だったかな…ちょっと検索しろ。」

 

 父親とともに、ノートパソコンの画面にかじりついてグ●ってみると、千葉県のサイト等から、条例の概要(がいよう)を見ることができた。

 

 問題の条文はすぐに見つかった。

 

────────── 

 

【千葉県青少年健全育成条例】(抜粋)

 

(深夜外出の制限)

 

第23条

 

 保護者は、特別の事情がある場合を除き、青少年を深夜(午後11時から翌日の午前4時までをいう。以下同じ。)に外出させないように努めなければならない。

 

──────────

 

 「… … …」

 

 しばらく固まっていた。

 

 青少年なんたら条例ってのがあるのは知っていた。昔、ちょっと読んだこともある。

 

 誰にでも「みだらな行為」とか「有害図書」って具体的にはどういうものなのか、知りたくてしょうがない時期ってあるじゃないか。ないか。嘘つけこのカマトトども!!!

 

 ちなみに青少年ってのは、小学校入学時から18歳に達するまでの時期の未成年のことだそうだ。

 

 しかしまさかここで、こういう規定でつまずくとは思わなかった。

 

 「…まぁ、ここに『努めなければならない』と書いてあるように、これはいわゆる『努力規定』ってやつだ。しかも、俺たち親に対するものだ。これに反したとしても、懲役とか罰金とかの罰則があるわけじゃない。」

 

 父親は冷静に、画面上の条文を指さしながら説明してくれた。

 

 「じゃ…じゃあ、大丈夫…だろ?だいたいが、防災訓練を兼ねてキャンプの経験を積もうとしてるんだから、これはもう逆に自発的に健全に育成してるってことじゃねえの?」

 

 やだ俺ってば超健全。英語にするとなんだろう。ヘルシー?

 

 「お前がそのつもりでも、警察はそんなおまえの気持ちや事情は全く知らない。見知らぬ青少年(ガキ)がたった一人でテント張ってキャンプなんてしてたら、まず間違いなく尋問(じんもん)されて、ヘタすりゃ補導だ。俺たち親が呼び出されるだけなら笑い話で済むが、…高校側に知れたら…。」

 

 …停学?

 

 退学はさすがにないだろうと思うが、停学くらい食らっちゃう…かな…?

 

 一応、県内屈指の進学校だしなぁ…うち。

 

 「…大学の頃、サークルでBBQしてて、夜に片付けしてたら俺だけ職質されたことがあってな…。」

 

 めっちゃ突然に父親が謎の思い出語りを始めた。何のスイッチ入っちゃったの?

 

 「助けてくれ、ずっと一緒にいたって証言してくれって、仲間らに目で合図したんだが、奴ら『比企谷(ひきがや)…もう全部白状した方がいいって!』とか『そうか…やっぱり比企谷、そうだと思ってたよ…!』とか、爆笑しながら言いやがって…最後には逆に警官の方が申し訳なさそうに俺を見てきて…でも最後まできっちり職質しやがって…。」

 

 おいやめろ…俺の未来の予言みたいな話をするのはやめてくれ…!!サークル怖い…!!

 

 どうする…どうすんのこれ…?

 

 諦めるしかないのか…?

 

 解釈(かいしゃく)で切り抜けるというのも手かも知れない。

 

 ソロキャンプはこの条文に言う「特別な事情」に含まれるってのはどうだ。なぜならソロキャンプもまた、特別な存在だからです(俺には)。

 

 もしくは「俺は『青少年』じゃない」という大胆な解釈はどうだ。こんなに世を()ねてて、目の腐った奴が『青少年』と定義されていいのか。いやよくない。よって俺は青少年じゃない。Q.E.D(証明終了)。めでたしめでたし。んなわけあるか。

 

 だめだ補導されるイメージしか()かねぇ。むしろお縄を頂戴(ちょうだい)しそうなくらいまである。主に目つきのせいで。アイアムノットヘルシー。

 

 父親は頭をかきながら、()め息をついてつぶやいた。

 

 「…まぁ、ちょっと、今までとは別種の準備が必要だな…。」

 


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