翌朝。高校の昇降口。
大あくびしながら、俺は
昨日もかなり夜ふかししてしまった。テントのペグの泥汚れを落とすのに結構手間取ってな…テントの一部にも汚れが移ってしまっていたので、拭き取ったり点検したりしてるうちにいつの間にか日付が変わっていた。
…いや…それだけじゃありません。
ついついウズウズして部屋の中でまたテント組み立てたりして、ペグの打ち方、抜き方の知識とか裏ワザ的なものとか、焚き火の他のやり方とか調べたり
面白いのは、一回でもやってみると、勘どころが分かるというのか、ネットに書いてある情報の理解が段違いに深くなったように感じることだ。
あと吉日山荘で見たパウチみたいな水袋な。調べてみたら4リットル入るタイプもラインナップされてるのを発見した。ちょっと形が違ってて、上部がジップロックみたいにガバッと開くので掃除も楽そう。でも五千円くらいしたので
まぁ、そういうことばっかやってたせいで、睡眠不足なわけだ。
ちょっと!キャンプって健全な
だらだらと教室に向かっていると、向こう側から平塚先生がかつかつとピンヒールを鳴らしながら、さっそうと歩いてきているのが見えた。同じく教室へ向かっている生徒たちとすれ違っては、
俺と目が合った平塚先生は一瞬だけ動きを止めたが、ニコッと男前な笑顔になると、片手を上げながら俺に近づいてきて
「おひゃい─ッ … …!」
謎の掛け声の直後、耳まで真っ赤になって俺から顔を背けた。
「…お、おはよう…
「お…おはょざいます…。」
ああ、おはようって言おうとして思いっきり
特に会話するでもなく、平塚先生は「ほ、HRに遅れるなよ…」とだけ言い残して、そそくさと去っていった。
なんか…
×××
特別棟は普段から
我が
などと、ぬるんだマッ缶をすすりながら思ったが、今提案しても、目の前のアツアツな二人には聞いてもらえそうにない。しかし仲いいなこいつら。
なんか
「そういえば
「…なるほど、入浴中の脚だけ
「ねー、超かわいいよねー!…あたしもやってみよっかなー顔映らないなら恥ずかしくないかな…?」
「投稿するのは抵抗あるけれど、撮りためておけばキャンドルの配置や色づかいを研究するのに使えそうね…映るのが脚だけなら、まぁ…。脚だけなら…。」
水、さすがに4リットルはバックパックに収まるか分かんないな…結局どうやって運ぼうか…。あ、あと朝に仕込んどいたスープジャーの実験、今どうなってるかな…八時前に仕込んでから、もうすぐ10時間位か…。あ、帰りに百円ショップ行こう。
早く完全下校時刻チャイム鳴らねえかな。
×××
こないだはマリピンでうっかり由比ヶ浜とエンカウントしたが、よくよく検索してみると、俺の通学路沿いには他にもデカい百円ショップがあった。
帰り道でもある花見川沿いの道から、高速の高架下をくぐった先で国道14号に乗り、ちょっと行ったところだ。イトーヨーカドーの手前くらい。
ここならのびのびと買い物できるぞ…素晴らしい…!
っていうか、ついこないだまで、こんな店が近くにあるってことも把握してなかった。
人間、新しい
まぁたとえば一般人はアニ○イトが千葉中央駅前のどのビルの地下にあるかなんて知らないだろうしな。そんなもんなんだろうな。ちなみに東口出てすぐ左の吉■家の隣な。
百円ショップでは、ラジオペンチを一個買った。多機能ナイフのツール引っ張り出しやペグ抜き、
それから、ここの百円ショップの上の階にはリサイクルショップが入っている。ついでに
店の一角には、アウトドア用品やウェアのコーナーも設けられていた。中古とはいえ店に並んでいるものはやはり、それなりに千円札を消費するものばかりで、今日は何も買わなかったが、こういう所で状態のいいものを発掘するのも手だな。
店を出て、今度こそ
俺の家まであと10何分位かという所で、赤信号に引っかかった。何人かの通行人がすでに信号待ちをしていた。
自転車を止めると、すぐ左横に同じく自転車に乗った、見覚えのある奴がいることに気付いた。
同じ総武高の制服。青みがかった長い黒髪をシュシュでまとめてポニーテールにしている。すんなりとした長身。蹴りの鋭そうなしなやかな脚を片方ペダルに乗せて、ちょっと疲れたようにぼんやりと前方を見ていた。
同じクラスの…、
えっと…名前…なんだっけ…?
っつうかなんで俺、毎回忘れてるんだ…クラスメイトなのに…?
まてまてそうだ、あいつの姉なんだ。大志の。小町と同じ塾の。大志。あれっ、なに大志だったっけ?今日はなんか調子が悪いな…いつもはすぐ思い出すのにな…!?
別ルートで思い出そう…なんかバイクのメーカーっぽい名前だったんだ…そうだ、いいぞ…ホンダ?スズキ?ヤマハ?ドゥカティ?うーんドゥカティが一番近い気がする…!?
しかし、何でこんなところにいるんだ…?
俺の視線に気付いたのか、ドゥカティ(仮称)は一瞬こちらを振り向き、また前を向きかけたが目を見開いて二度見してきた。キレイな二度見だった。加●ちゃんかお前は。
「…なんであんたがここにいんのよ…?」
ドゥカティ(仮称)はジトッとした目をこちらに向けて、聞こえるか聞こえないかくらいの声で、もごもごつぶやいていた。おおぅ…なんかメンチ切られてるみたいで怖ぇ…。
確か右目の下に泣きボクロがあったよなコイツ。
前髪で時折隠れるけど、確かにあるのが見えた。
こんなことは覚えてるのにな…すまんドゥカティ(仮称)。
「いや…こっち普通に帰り道だし…お前こそ何で…、」
言いかけて、ドゥカティ(仮称)の様子を改めて見た。通学カバンを肩にかけ、その上から、薄手のコットン生地がパンパンにはりつめるほど中身の詰まった買い物バッグを担いでいた。自転車のかごには色違いの買い物バッグが入れられていて、そっちも食材であふれていた。
「家の買い物か…大変だな。」
「まぁ、…タイムセールとかあるし、帰り際にタイミングが合った時に買い出ししてるだけ…。」
ドゥカティ(仮称)はちょっと恥ずかしそうに、肩に担いでる買い物バッグを自分の脇で締め付けていた。バッグからはみ出している青ネギが妙な所帯感を演出している。
「あー、俺もたまに母親から米とか頼まれるわ…家に持って帰るのがまた大変なんだよな…。」
ほんとにね。米買わされたときは自転車
ドゥカティ(仮称)は、ちょっと目つきを
「確かに米は大変だね…。まぁ、あたしん
「お、そうなのか?なら校区はギリ違うくらいだけど、意外と近いとこ住んでんだな、俺たち。」
そうか、小町と大志が同じ塾に通ってるってのも、そう考えると地理的な理由もあったんだな。
しかし、こうしてみると存外、家庭的な女の子なんだなコイツ…。
多分だが、
… … …、
そうか。そういうやり方もあるか。確か家に適当にあったはずだ。
…いや、うーん…?アリかなぁ…?とりあえず帰って確認だ。
会話が途切れて、ひと呼吸、ふた呼吸くらいで、信号が青になった。
「…ほんじゃ、気をつけてな。また明日な。」
特にそれ以上、会話のネタもなかったので、俺は立ち漕ぎで自転車をスタートさせ、ドゥカティ(仮称)を追い抜いた。
「あ、うん…また。」
最後の一瞬、ぼーっとした顔で俺を見ていたドゥカティ(仮称)が、背中に声をかけてくるのが聞こえた。
…すまん。最後まで名前が思い出せなかった…!!
×××
あ、
家に帰ってずいぶん経ってから思い出した。
良かった。これで安眠できる。