やはり俺のソロキャンプはまちがっている。   作:Grooki

37 / 72
その34:平塚静は多分、千葉市内のどんなイケメンよりもかっこいい。

 パルコを出ると、外はすっかり暗くなっていた。とはいえまだ6時台だ。

 

 …秋が深まってきてるなぁ。

 

 ていうか、本屋とホームセンターとキャンプ用品店って、見回ってるだけで時間があっという間に()つよな。

 

 ナンパ通りまで戻って来て、脇道の方にこっそり自転車を()めて(良い子はマネしないでね!)、「なりたけ」へ歩き出した。

 

 オレンジ色の看板の真下に来たあたりで、背後から力強いエンジン音が近づいてくるのが聞こえ、思わず振り向いた。

 

 細身のアメリカンタイプのバイクが、ヘッドライトを輝かせながらウルルルンと俺の目の前まで迫ってくる。怖っ!

 

 乗っていた人物は黒いフルフェイスのヘルメットに黒い革ジャン、タイトなジーンズにライダーブーツという出で立ちだが、細身の女性だった。

 

 あー……イヤな予感。

 

 「おお、こんな所で会うとは珍しいな、比企谷(ひきがや)。」

 

 ビンゴ。(うな)るエンジン音の中から聞き覚えのある声。

 

 メットを脱がなくても分かる。平塚先生だった。

 

 平塚先生は店のすぐ前に堂々とバイクを駐めると(良い大人はマネしないでね!)、ヘルメットを脱いだ。漆黒の長い髪がメットからこぼれ出てくるのを、首を振りながら革グローブをはめたままの手でぐいっと後ろになでつける。そのしぐさがものすごくかっこよくて、色っぽかった。

 

 「ど、どうも…。かっこいいバイクっすね…。」

 

 ちょっと見とれてしまい、とっさに口にできたのは当たり障りのない言葉だった。

 

 こないだのハーレーのディーラーで買ったのかな…?

 

 真紅(しんく)に金銀のラメが施された燃料タンクには、誇らしげにハーレーのロゴが描かれていた。

 

 へー、こんな細身のモデルもあるんだな。ハーレーってすごいごっつくて、シュワちゃんが乗って散弾銃ぶっ放してるイメージしかなかったが。

 

 平塚先生はニコニコしながら、嬉しそうにタンクを()でた。

 

 「ハーレーダビッドソンのセブンティー・ツーだ。二年落ちの中古で意外に安く手に入った。購入と同時にシートだけカスタムしてもらって、ついさっき納車されたばかりだ。」

 

 バイクには全然詳しくないが、このハーレーは、平塚先生にとてもよく似合っていると思った。

 

 「嬉しくて、国道14号をしばらく流していたら腹が減ってな。今日はガッツリいきたい気分だったから、久しぶりにここへ来たんだ。」

 

 先生…やってることと言ってることが誰よりも男らしいよ…。

 

 たぶん今このナンパ通りにいる人間の誰よりも男らしいよ…。なんならこの人がナンパした方が女の子も喜ぶまである。

 

 美人で巨乳。言動がイケメン。公務員(教師)で安定収入あってハーレー乗り。ヘタに声かけたら一直線に結婚式場へ引っ張って行かれる(確実)。

 

 ナンパ師にとってはラスボス級の攻略難度だな、多分。

 

 「君は?買い物かね?それともナンパ?」

 

 ヘルメットを車体に()けながら、平塚先生が(たず)ねてきた。

 

 おっとやべえ、この人が生徒指導教諭だったの忘れてた。しかし今日はまたえっらい良い笑顔だな…。

 

 「いや…ナンパなわけないでしょ…!ちょっとパルコをぶらっと。で、久々にここで食って帰ろうと思って。」

 

 「そうか、奇遇(きぐう)だな。…いや、そうでもないか。」

 

 平塚先生はなんだか意味深なことをつぶやいて、ふふっと笑った。

 

 「?」

 

 「いや、まぁ、ラーメン好き同士なら、こうしてばったり会うことも他よりは多いかな、と思ってな。」

 

 ああ、なるほど。分かりそうで分からない少し分かる確率論。

 

 とりあえず指導とかブリットとかはなさそうだと分かってホッとした。

 

 「…ふむ、そうだ、ちょうどいい比企谷。今の私をナンパしてみろ。ラーメン屋に誘え。」

 

 ああ、なる・えっ?分かんない!その理論分かんない!!何がちょうどいいの!?

 

 「い、いきなり何言ってるんすか…!?」

 

 「いーいーかーらー!!ほら、練習だと思ってちょっとナンパしてみろ!」

 

 何の練習だよ!?

 

 でも、うわー、ものすごいワクワクキラキラした笑顔だ…。

 

 あ、これは多分…アレだ。ハーレー買ってありえないくらいハイテンションになってるんだな…。

 

 こういう状態のときにヘタに拒絶し続けたら一気に機嫌悪くなるんだよなこれ…ソースは俺(の妹)。

 

 うう…ま、まぁ適当に付き合ってやるか…。

 

 「え、えっと…ヘ、ヘーイそこのイカしたカノジョ!俺と「一蘭(いちらん)」行かなーい?」

 

 とっさの思い付きにしては渾身(こんしん)のギャグだった。狙い通り平塚先生は爆笑した。

 

 「あ、味集中カウンターしか…!!お、おつ、お連れ様を待たずにお召し上がる気か貴様…!!」

 

 もうなんか(はし)転げても笑う勢いだなこの人。

 

 ちょっと面白くなってきた。

 

 「先生…また俺と、ラーメン食べてくれませんか…?あの夏の日のように…。」

 

 やや芝居がかった感じで言ってみた。平塚先生これにも大ウケしながら、グローブはめたままの両手で(ほお)(おお)い、大げさに恥ずかしがってるようなフリで返してきた。

 

 「えー困るー!どうしよっかなー!?」

 

 うわーめんどくせー!絶対これ言いたかったんだこの人!!

 

 ゲラゲラ笑い合ってる俺達を怪訝(けげん)そうな顔で見ながら、ひとりふたり、店へと続く地下への階段を降りていった。

 

 おっといかん。先に店に入られてしまった。

 

 「…先生、そろそろ入りましょう。」

 

 俺が(うなが)すと、先生は笑い過ぎて涙目になってるのをぐいっと(ぬぐ)った。なぜか、顔が真っ赤になっていた。そんなに面白かった?やだ嬉しい。

 

 「そ、そうだな…!行こう行こう。」

 

 階段を下りて店に入るまでの間も、先生はものすごい上機嫌だった。

 

 「いやー今日はいい日だ。憧れのバイクは手に入るし、生まれて初めてナンパ通りでナンパされるし!たまには人生、こういう日があってもいい。」

 

 初めてだったのかよ…(涙)なんか…俺なんかですいません…!(涙)

 

 …しかし、たとえ言動がイケメンでも。ハーレーが好きでも。革ジャンめっちゃ似合ってても。十も年上でも。

 

 平塚先生をちょっと、可愛いなと思った。ホント、何で結婚できないんだろうな。

 

 とか思ってやってる横で、平塚先生はためらいなく券売機で味噌ラーメンの券を購入すると、さっそうとカウンターに座り、

 

 「超ギタ。」

 

 と注文した。

 

 前言撤回。

 

 この人…現時点で、千葉市内の誰よりも(おとこ)らしいわ。

 

 俺が女だったら、心底()れていただろう。

 

 

×××

 

 

 そういえば筋肉痛だったことを忘れていた。

 

 「なりたけ」を出て平塚先生と別れた俺は、通常の二倍の距離の帰り道をヒィヒィ言って自転車を()ぎながら、そのことを思い出していた。

 

 もうほんとね、BA☆KA!としかいいようがない。

 

 帰宅後、すぐ風呂に入り、湯船でゆっくり身体を温めた。

 

 風呂を出る頃には9時近くになっていた。珍しく長湯してしまった。

 

 「遅い…代われ…!」

 

 脱衣所の戸を開けた瞬間、目の前に疲れきってゾンビみたいな状態になってる母親がいた。俺が風呂ってる間に帰宅してたようだ。おかえりなさい(割といつもの風景)。

 

 「あ、母さん。前にスープジャー買ってきてなかったっけ?」

 

 脱衣所に入りかけてた母親は眼鏡を外しながら、だるそうに振り向いた。眼鏡を外した母親を見るたび、小町はやはり母親似なんだなぁと思う。目の下のクマ以外。

 

 「ああ、食器棚のどっかにあるでしょ…いるなら、好きに使っていいよ。」

 

 「母さん今は使ってないのか?」

 

 「昼にスープ…のんびり食べてる暇なんてない…なかった…。」

 

 母親はがっくりとうなだれて、脱衣所の戸を閉めた。

 

 社会怖ぇ…。

 

 脱衣所に向かって静かに敬礼した後、さっそく食器棚をガチャガチャ(あさ)ってみた。

 

 スープジャーは棚の奥の目立たないところに追いやられていた。魔法瓶の水筒で世界的に有名なメーカーのものだった。

 

 母親が買ったにしてはボデイカラーはガンメタリックっぽい黒で、ちょっと意外だった。

 

 まずは保冷力の実験だな…明日の朝から実験開始だ。

 

 スープジャーを2階の自室に持ってきて、机に置いた。

 

 さて次に…ナイフだな。

 

 俺はベッド脇に転がしておいた「非常用持出袋(ひじょうようもちだしぶくろ)」をごそごそやって、標準装備だった多機能ナイフを取り出した。

 

 グリップも含めて、収納されているすべてのツールがステンレス製のようで、全体が銀色。それなりにずっしり重みがあるが、吉日山荘で見たやつより、なんだか安っぽい。

 

 まぁ、でも、せっかくあるし、いいものを買う前にこれを使い(つぶ)そう。これで用が足りれば言うことないんだし…。

 

 とりあえずナイフ部分を引っ張りだそうとした、が。

 

 固っ!えっらい固いなこれ…爪をかけて引っ張り出すのがめちゃくちゃキツイ…!!

 

 これヘタにやったら爪が割れるな…!

 

 しかしナイフはまだいい方で、ノコギリ、はさみ、爪やすり、缶切りに栓抜きあたりは、ほんとに固くて爪をかけるだけじゃとても引っ張り出せなかった。

 

 とりあえず家にあったラジオペンチで各ツールを引っ張りだしてみた。

 

 ナイフ、はさみの刃の付き具合はまぁまぁで、紙くらいは切れた。他のツールは、まぁ、ないよりマシ程度かな…って感じ。

 

 あ、百円ショップで自分専用のラジオペンチ買ってきて一緒に入れとこうかな。

 

 …それって多機能ナイフとしてダメダメってことじゃね?

 

 しかし、もっとずっと後になって感じるようになったのだが、ラジオペンチを別で確保しておくってのは、意外と結果オーライだった。




生徒指導教諭である平塚先生がナンパ通りにいる自校生徒に自分をナンパさせたことについては、

「不純異性交遊に衝動的になっている生徒に対し、頭ごなしに指導して生徒の反発心を買うだけの結果に終わらせるのではなく、あえて教諭(基本生徒にとってうざい存在)である自分へのナンパを強要することで生徒の意気そのものを萎えさせ云々」

みたいな考えも一応あったということで(汗)

いや嘘です(笑)多分、八幡だったから、です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。