「フォレスターズ・ヴィレッジ」には二種類のキャンプサイトがある。
オートキャンプ…すなわち、自動車を横付けし、テントなどを設営するスタイルのキャンプに対応した、個別の駐車スペース付きの「オートキャンプサイト」。
これはきっちり区画分けされていて、使える範囲が限られている。
そして、俺のようにバックパックを使ったり、専用駐車場に
荷物を手で運ぶ手間がある代わりに、どこにテントを張るかは比較的自由だ。
俺はフリーキャンプサイトを申し込んだ。っていうか、車もバイクも使えない俺には、他に選択肢はない。
フリーキャンプサイトは、BBQスペースや、キャンプファイヤー専用の火床が設置された広場などと一緒になっていた。
BBQスペースには割と広い炊事場が設置されていた。大きな屋根の下には、蛇口の並んだコンクリート製の流し場があり、その横に、レンガと金網でできた、薪をくべて調理ができる「かまど」がいくつも備えられている。
サイト内では、何組かのキャンパーが帰り支度を始めているようだった。
友人連れか、家族連れで来ていたのだろう。大人同士が談笑しながらテーブルやテントをたたんだり、小さな子たちがそれを手伝ったり、周りで遊んだりしていた。
かなり大きな…4〜5人用くらい?のテントばかりだった。ネットでも見たことあるな…多分スターピークと、クールマン製だ。
クールマンってのは、ホームセンターや大きめのスポーツ用品店で一番良く見かける、アメリカのキャンプ用品の総合ブランドだ。特に、テント、クーラーボックス、そしてランタンが、キャンプの定番品と言ってもいい人気を誇る。
まぁ、そういう連中ばかりだろうと予想はしていたが、そんな中にヒョコヒョコ割り込んでいって、いきなりひとりでテントを張り始めるのはやはりアレだったので、炊事場の周りにいくつか設置されていたテーブル席のひとつに腰掛け、バックパックを下ろして、しばし休憩することにした。
…っていうか。
この
今日の俺は、汚れてもいいように、地味な色合いの綿のシャツと着古した安物のカーゴパンツ、中学の頃に買った
ウェアに金をかける余裕は一切なかった…。ゴ○テックス・ジャケットなど、現状、ひっくり返っても手が出ない…(安くて一着2〜3万円台。ただし防水・透湿性は最高でムレにくい)。
持ってる服から選ぶしかない。
靴も、履きつぶしかけのスニーカーだし。
しかし、それはまだいい。存在感の薄いぼっちが地味な服装をしてるってだけだ。逆にもはや目立たなさが光学迷彩レベルに到達してて近未来感を演出してるまである。いやしてない。
問題は荷物だ。
父親からもらったバックパックはデカい上に色が真っ青だったので、地元の駅でも千葉駅でも、なんか悪目立ちしてたような気がする。
そして、途中のコンビニで買った2リットルのペットボトル水と袋ラーメンの入ったビニール袋を片手に下げていた。
なんだろ…そこはかとないホームレス感…。
いやまぁ俺が気にし過ぎなのかも知れないが。
変な恰好した奴なんか、駅のホームにはそこそこいるしな。そういえばバックパッカーも、珍しいが、見ないわけではない。
俺の学校でさえ、年中コート着てる馬鹿がいるくらいだしな…やだ、あんなのと一緒にされたくない。
とりあえず…、道中で知り合いに会わなかったのは幸運だった。帰りも気をつけよっと。
×××
時計を見ると、10時半くらい。
周りのキャンパーたちはまだ名残惜しそうにダラダラと撤収作業をしていた。
しかし、時間の制限もあるし、俺も周りを気にせずにそろそろ始めないと。
サイト内を見渡すと、大きな炊事場の他にポツポツと独立して設置されていたレンガ製のかまどがあった。そのうちの一つの近くに場所を決めた。
父親から少しアドバイスを受けたとおり、水平な場所か、小石などが散らばってないか、を慎重に確認。まぁ…大丈夫と思う。
バックパックから、ランドップテントを引っ張りだして組み立てる。家で何回か練習してきたので、これは特に難しくなかった。
とりあえずテントが組み上がり、お次に、今回初めての「ペグ打ち」にとりかかろうとした。
組み立てたテントを、
ランドップテントには、付属品として∨字ペグが10本付いていた。
これは結構珍しいようだ。テントやタープを買うと、付属でペグが付いては来るのだが、たいてい安っぽい作りで、ほとんど使い物にならないらしい。ので、別途、きちんとしたペグを買い揃える必要がある。
しかしランドップに標準装備のペグは、アルミ製のしっかりしたペグで、充分使えそうな完成度だった。これはありがたい。
さっそく、テントの底面の四隅にペグを打ち込m
… … …、
どうやって打ち込もう…?
完全に忘れてた。
ペグを打ち込むためのハンマーがない…!!!
…しかし一瞬ののち、俺の天才的な頭脳は素晴らしい
周囲を探し、手頃な大きさの石を探す。ちょっと離れた所に一個落ちてた。
その石をハンマー代わりに、テントの底面の四隅にペグを打ち込んで固定した。
道具にとらわれず自由な発想で目的を達成した俺天才。やってることは類人猿並み。
次に、テントの高さの中程から垂れているガイライン(細い紐)四本を、地面に向けて張り、同じくペグで固定していった。
地面は茶色い土で、∨字のペグはしっかりと食い込んでいった。よしよし。
ガイラインには「自在金具」という部品が通されていて、リュックサックの紐のような要領で長さの調節ができる。これを使って、ガイラインの張り具合を調整していく。
最後に、
こうすると、外からは六角形のテントに見えるが、フライシートと
雨の日にはこの空間に荷物や靴を置いたり、この空間でガスストーブを使って調理したりできる。
…よし。
10本すべてのペグを打ち終わった。
数歩離れて、しげしげといろんな角度からテント全体を眺めた。
爽やかな秋の晴天にも負けない真っ青なテントが、小さいながらも威風堂々と立っていた。
少し力を込めて揺らしてみたが、ペグでしっかり固定されていて安心感がある。風で吹き飛ばされることはまずあるまい。
自然と頬が緩む。自己満足と言われても構わない。周りのスターピークやクールマンのテントより、断然カッコイイと思う。うん。
テントの入り口を開け、寝袋と、バックパックの脇に
時刻。11時ちょっと過ぎ。
ペグ打ちに意外と時間を取られたな…。あと眺めて悦に入りすぎ(苦笑)。
さて、昼飯の用意をしますかね。
といっても、家でもやったインスタントラーメン定食だけどな…。
バックパックから食材とクッカー、ガスストーブを取り出した。