やはり俺のソロキャンプはまちがっている。   作:Grooki

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その24:比企谷八幡はホームセンターでレベルアップした。

 

 「今日はここまでにしましょうか。」

 

 完全下校時刻を知らせるチャイムと同時に、雪ノ下(ゆきのした)の読んでいた本がぱたりと閉じられた。

 

 その言葉を待っていた。

 

 「じゃ、お先。」

 

 俺はつとめてさりげなくそう告げると、そそくさと部室を後にした。

 

 …なんか最近、部室を出るときに背中にチクチクと視線が刺さってくるように感じるんですが、気のせいですかね?

 

 奉仕部には毎日顔出してるし、部室じゃ今までどおりに過ごしてるし、怪しまれるような真似は何もしていないんだが…。

 

 単なる自意識過剰かな…?

 

 ま、何も問われないんだから何も答えなくていいし、何か問われたって正直に話さなきゃいけない義務も別に無い。

 

 そして別に、やましいことを隠してるわけじゃない。

 

 何も問題ない。はず。

 

 気を取り直して、駐輪場へ向かう。

 

 外も結構暗くなってきた。吐く息もぼちぼち白くなるだろう。

 

 学校から出ると、俺は帰り道とは真逆の方向へ自転車を走らせた。

 

 高校の南西、目と鼻の先にある「稲毛海浜公園」入り口交差点から、左へ。

 

 公園が切れる所で大きな用水路を渡り、スケートリンクと温水プールの複合施設「アクアリンクちば」を目の前にしたT字路を左へ。

 

 で、四〜五百メートルほど行くと、ロイヤルがある。全国にチェーン展開してるホームセンターだ。

 

 今日はここで銀マットを買う予定だ。それで俺のキャンプ道具集めはいったん終了。 

 

 ちなみにジョイフル本田の方が規模が大きく品揃えも豊富だが、一番近い店でも千葉県総合スポーツセンターの横、高速道路の向こう側にある。数キロ先だ。

 

 さすがに帰り道の距離を倍以上にはしたくない。

 

 ロイヤルまでの直線道路でのんびりペダルを()いでると、右手に見えるカーディーラーの手前のバイクショップに、見慣れた人影が立っているのが見えた。

 

 黒い長髪、しなやかな肢体を包むスーツ。遠目でも分かる。平塚先生だ。

 

 店の看板を見上げる。ハーレーダビッドソンの専門店だった。

 

 平塚先生は、店の前に数台並んだごっついアメリカンバイクをしげしげと見つめながらうんうん悩んでいたかと思うと、意を決したように店の中に入っていった。

 

 ええ〜…か、買うのか…!?めっちゃ高いんだろハーレーって、確か…。

 

 なんか…凄い場面に遭遇(そうぐう)した気がした。

 

 ハーレーに颯爽(さっそう)と乗って荒野をひた走る平塚先生を想像した。やだ、めっちゃかっこいいじゃん!かっこ良すぎてヘタな男は近づけない雰囲気!!

 

 全国の独身バイカー男子のみなさん、妙齢で黒髪巨乳美人の孤高のハーレー乗りを見かけたら声かけてみてください。たぶんすぐに結婚できます。しかも公務員ですその人。

 

 しかし、バイクか…。ツーリングしながらソロキャンプして、色んな所を旅するってのもいいなぁ。

 

 大学入ったらバイトして、バイクの免許取って、中古のバイクでも探してみるかな…?

 

 少し夢を膨らましつつ、俺は再びペダルを漕ぎだした。

 

 

×××

 

 

 お目当ての銀マットは、アウトドアコーナーに積まれていた。ちょっと安くなってるようだ。ファミリーキャンプのシーズンが終わってるからだろうか。

 

 甘いな…ソロキャンプはこれからが…秋〜冬がハイシーズンだ…!!

 

 銀マットは、厚さ1センチくらいのスポンジの柔らかいマットの片面に、薄いアルミが貼ってある。ぱたぱたと折りたたむタイプと、くるくると巻くタイプとがあったが、俺は巻くタイプを選んだ。そっちのが丈夫そうだったので。

 

 ホントなら、さらに高機能で小さく収納でき、寝心地のいいマットもたくさんあるんだが、値段に10倍以上の差がある。

 

 逆に言えば、このマットで十分快眠できるなら、そこでより高い買い物をする必要はないし、安いものを使いこなしてる感っていうか、なんだか玄人感(くろうとかん)も出てくるんじゃね?

 

 などという甘い見通しでの購入だったが、現実問題、これ以上に高いものを買うことはできない。もうね、開き直りだ開き直り。

 

 それとついでに、もうひと品。

 

 俺は調理道具のコーナーへ向かった。

 

 目当ての品は、「ステンレス製の蒸し器」。

 

 これは、円盤の周囲にいくつもの羽のようなパーツを重ねながら並べてできているもので、羽を閉じると、頂上に穴が空いた半球形のドーム状になる。そして羽を開くと、重なった全ての羽が連動して、ガシャッと大輪の花を咲かせるように全体が開く。

 

 円盤にも羽にも、細かい穴が無数に空けられている。

 

 本来はその名のとおり、水を少し張った鍋に、羽を開閉して直径を合わせて入れ込み、野菜なんかを蒸す道具だ。

 

 蒸し器は、大小の二種類あった。大したサイズじゃないので、大の方を買った。

 

 たまたま最後の一個で、値段は600円弱だった。得したぜ!しかもスターピーク製品と同じ、新潟県の三条製。素晴らしいね。

 

 後述するが、これはホントにいい買い物だった。

 

 レジで千円札と、少々の小銭で支払い。

 

 これで俺のソロキャンプの初期投資は完了だ。

 

 店を出ると、空はすっかり夜になっていた。

 

 肌寒い。そろそろマフラーくらいは要るかも知れないな。

 

 ただ、皮膚には冷気を感じつつ、俺の胸は、まるでレベルアップした時のような高揚感がみなぎっていた。

 

 さて、帰ったらいよいよ、次の段階にとりかかろう。


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