やはり俺のソロキャンプはまちがっている。   作:Grooki

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【ご注意】

 このお話はあくまでフィクションです。

 公的に認められた場所以外での火気の使用は、現実世界では決して行わないでください。


その18:男として、戸塚彩加にはお見通しである。

 

 秋の夕べの薄暗がりにあって、戸塚彩加(とつかさいか)の姿は、その輪郭にぼんやりと白銀色の光を宿しているように見えた。

 今世界中で起こっている幸福な奇跡を全てここに集約したとしても、かのような美しき造形を再び(つく)り上げることはできないであろう程の神の御業(みわざ)そのものが、今まさにこのとき俺だけを見つめていた。

 風に溶けてしまいそうに細く軽やかな髪はさながら螺鈿(らでん)のごとく虹を帯びて輝いている。その髪が飾るシミひとつ無い乳白色の細やかな肌は、ともすると(あお)く細い静脈が、すんなりした首元から華奢(きゃしゃ)な顎にかけて浮かび見えるほど薄い。しかし(ほほ)は、運動後だからか、ほんのりと桜色に上気しているように見えた。

 なにひとつ化粧(けしょう)など施していないのに、初成(はつな)りの小粒な果実のようにほの赤くふくらんだ唇は、上下の果肉が引き離されるのを惜しんでいるかのようにわずかずつ開かれ、次の一言を思案しているふうだった。

 髪と同じ螺鈿色(らでんいろ)の瞳は、豊かなまつげの奥から、見る物すべてに救いをもたらすかのような慈愛をたたえて俺の姿を映していた。

 一行空け改行も忘れるほど語彙(ごい)の限り描写しているが結局のところ言いたいことはひとつだ。皆さんご一緒に。さん、はい。

 

 

 と  つ  か  わ  い  い  ! ! ! 

 

 

 「…八幡(はちまん)?」

 

 戸塚が首を傾げて呼びかけてきた。風の精から祝福を授けられた歌声のように耳に心地いい。

 

 …おっといかん。うっかり仮面を脱いで告白しちまうところだった。

 

 「あ、いや、なんでもないぞ?それより悪かったな、急な頼み事で。」

 

 片膝をついてプロポーズしそうになっていたのを誤魔化すように俺は後ろ頭をかきながら戸塚に謝った。

 

 「ううん、このくらいなんでもないよ。はい、これ。」

 

 戸塚はにっこりと笑って、胸に抱いていた小さめのリュックを俺に差し出した。

 

 受け取るときに、カチャカチャという金属音と、ガサリというビニール袋の音が中から聞こえた。朝ぶりの感触だ。

 

 「水はどうするの?」

 

 「ああ、行きがけのロー■ンで買うつもりだ。余ったら捨ててもいいし。」

 

 なるほど、と戸塚は(うなず)いた。

 

 実は戸塚には朝、本当のことを話していた。

 

 俺は今日これから、生まれて初めて「外でラーメンを作って食う」という小さな冒険をしてみようと思ったのだ。

 

 今持っている道具では、キャンプなんてとてもできない。それでも、なにか簡単なことくらい出来ないか。

 

 そう考えたが、こんなことくらいしか思いつかなかった。

 

 だが、道具は足りない、いつまでも外に出られない、なんてことじゃ、アウトドアなんていつ実行できるか分からなかったからな。

 

 そしてちょうど、俺の高校の近くには、外ラーメンにうってつけの場所があった。

 

 で、朝から道具をリュックに入れて準備して来たわけだが、学校内の持ち物検査に引っかからないよう、戸塚のテニス部の朝練終了に合わせ、このリュックをテニス部室で一日、預かってもらったのだ。

 

 持つべきものは部長の友達だな…。

 

 とはいえ、俺は戸塚をいいように利用したわけじゃない。きちんと本当のことを打ち明けて、協力をお願いしたのだ。

 

 「万一の被災時、自分だけじゃなく、周りを助け、役に立つことのできる男になりたい。その訓練として、俺はソロキャンプというものをやって、男として身につけておくべきアウトドア技術、サバイバル技術を磨きたい。とりあえず第一歩として、野外炊飯の自主練をしようと思う。とはいえ周りは…特に先生らや女子勢はなかなか理解してくれそうにない。頼れるのはお前しかいなかった。男の友達として、この荷物を放課後まで預かって欲しい。迷惑は決してかけない。」

 

 ってね。

 

 「男」って言葉を各所に散りばめたのは…まぁ、いや、ほ、ホントに俺は心からそういう志を持ってアレだ。決して戸塚の心の琴線をどうこうとかそういうアレじゃなくてアレ。

 

 ハチマンウソツイテナイヨ!!最初からそうゆう趣旨だったでしょ!?ね!?

 

 「…八幡はすごいな…。こないだの地震のときとか、僕は部活中だったのに、突然のことで自分がうろたえちゃって、部員たちに何一つ指示が出来なかったんだ…。恥ずかしいよね。」

 

 戸塚が寂しそうに微笑んで、地面を見つめた。

 

 「いや、俺なんかあのとき、床に()いつくばって、平塚先生にかばってもらってたんだ。そのほうがよっぽど情けないぜ…。

 

 だから、どんな時でも冷静でいられるように、その場にいる人くらいは守ってあげられるように…今、やっときたいって思ったんだ。」

 

 「八幡…。」

 

 戸塚が(まぶ)しそうに俺を見ていた。今この神聖な視線を浴びながら、俺は灰になってもいい。

 

 「あ、念の為なんだが、…こういう訓練は、男としては、あまり周りにひけらかすもんじゃないから、みんなには秘密な。特に雪ノ下と由比ヶ浜には。」

 

 俺は声を潜めて戸塚に念押しした。

 

 「うん、分かってる。

 

 それに…なんかこういうの、楽しそうだもんね。『男』としては!」

 

 戸塚は、ちょっとだけいたずらっぽい表情を浮かべながら、ニッと白い歯を見せた。

 

 … …!

 

 …あ、やっぱ…わかっちゃってました…?男として…?(汗)

 

 急に恥ずかしくなって、俺は苦笑した。戸塚もつられて、ふふっ、と笑った。

 

 「じゃ、僕はこれからスクールだから…また明日。気をつけてね。それから、」

 

 ふと戸塚は、帰りかけた足を止めて俺を再度見つめた。

 

 「いつかは僕も…ううん、僕にも、教えてね。ソロキャンプとか、男のアウトドア技術、とか。」

 

 「!…ああ、約束する。俺なんかでよけりゃな。」

 

 俺も戸塚を見つめ返して、男の約束をした。

 

 

×××

 

 

 小走りに校門へと去っていく戸塚を見送りながら、俺はなかなかいい気分に浸っていた。

 

 こういうの、いいな…。

 

 同時に、恨めしい気持ちもいっぱいだった。

 

 あんなにいい子なのに…あんなに可愛いのにこんなに(いと)おしいのに…

 

 なんで、男なんだ…!!戸塚…!?

 

 こんな設定に誰がした…!俺の心と運命を(もてあそ)んで、一体何が楽しいんだ…!!

 

 鬼!悪魔!原作者!!

 

 俺は誰に対するでもなく、心の中でそう叫んだ。誰に対するでもなく。

 

 

×××

 

 

 花見川河口、美浜大橋。

 

 総武高校から海浜公園前の道路まで南下し、そこから右へ折れ、ひたすら幕張メッセの方向(北西)へ2キロほど自転車を()ぐと見えてくる、大きな橋だ。

 

 高校のマラソン大会での、折り返し地点でもある。

 

 ちらほらと橋の下、河口近くで、夜釣りを楽しんでいる人たちがいた。

 

 ここは確か、シーバス((すずき))が釣れるというスポットだったっけな。

 

 俺はその釣り人らに紛れ、車道から死角になりそうなあたりで、持ってきた道具でラーメンを作り、ハフハフ言いながら食っていた。

 

 風は冷たいが、ラーメンの熱と相まって、なんだか心地いい。やっぱラーメンは、寒い時期に食うのが一番うまいな。

 

 家からとりあえず持ってきたレンゲが意外に役立った。アツアツのスープもすすれる。

 

 今後はコレ、常備だな。

 

 目の前には、日没後間もない東京湾が広がっていた。

 

 視線のまっすぐ先には、対岸に羽田空港。そろそろ照明がはっきりと(とも)りだしていた。

 

 天気が良ければ、その遥か先に、富士山が頭をヒョコリと出している姿が拝める。

 

 なかなかのロケーションだ。

 

 ホントは、高校のすぐ南西、数百メートルも行かない所に、日本初の人工海岸「いなげの浜」があるので、そこでやりたかったんだが、海浜公園の敷地内で、火気禁止なのだ。

 

 まぁ、ここもダメっちゃダメなんだろうが。

 

 まぁ、何だ。

 

 青春の美名のもとに、勘弁してくださいな。

 

 実験結果。

 

 風をうまく(さえぎ)れば、外でも何の問題もなくラーメンは作れた。

 

 いや当たり前か。

 

 水は1リットルもあれば飲む分含めて十分。

 

 そして味なんだが。

 

 間違いなく俺の人生史上、最高に旨いインスタントラーメンだった。


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