やはり俺のソロキャンプはまちがっている。   作:Grooki

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その2:今更ながら比企谷八幡は備えていない。

 最近、テレビで頻繁(ひんぱん)に地震速報の字幕が流れるようになった。

 

 実際、我が千葉県を含めた関東地方では、ちょこちょこ地震が起こる。揺れの体感の有無を問わなければ、月にかなりの頻度(ひんど)で起こってるんじゃなかろうか。

 

 特に、我が千葉県は太平洋に面している。沖で一発デカイのが起こったときは、津波被害に見舞われる不安も大きい。千葉を愛する俺としては、ぜひとも国に早急な対策をお願いしたいところだ。来てからでは遅いのだ。銚子(ちょうし)の漁港と醤油は国の宝。絶対に守らねばならぬ。なんなら国宝指定、世界遺産登録してほしいまである。いやもちろん他の沿岸部も大事だけどね?茨城?それは知らん。

 

 もうひとつ、常に意識しなければならない問題がある。

 

 自分自身を守るための備えである。

 

 いざ災害が発生したとき、自分や家族の安全はまず自分たちで確保しなければならない。被災直後から国や県や市が国民ひとりびとりにいたれりつくせり何不自由なくお世話してくれるわけではないことを、ここ最近相次いだ大震災や大災害で国民は実感した。

 

 自分の身は、まず自分で守らねばならない。

 

 普段は全く意識しないでよかった、こんな当たり前の大自然の掟を、いやがおうにも思い出さねばならなくなったのだ。

 

 そのせいかここ数年、防災用品の売れ行きがいいと聞く。何度かの災害を経験し、その時々に聞こえてきた需要(じゅよう)をフィードバックさせた、便利で頼もしい商品が、ホムセンなんかに常に並ぶようになってきた。

 

 俺の家も、とりあえず家族分の防災用品は備えてある。両親は共働きで帰りが遅く、普段は深夜まで俺と妹の小町しか家にいないから、心配性(もっぱら小町に関して)な父親が買い求めたのだ。といっても、ホムセンでキット販売されていた銀色の非常用持出袋(ひじょうようもちだしぶくろ)で、いまのところ開封したことがないため、実際どんなものが入っているのかは把握していないが…。たぶん携帯トイレとか絆創膏(ばんそうこう)とか、でっかいアルミ箔っぽい全身保温シートや、いくつかの缶詰的な食料や水が入ってるのだろう。

 

 しかし…。

 

 奉仕部の部室に顔を出し、雪ノ下と由比ヶ浜に平塚先生の伝言を伝えて、(そろ)って部室を出た。

 

 二人とも、いつものようにまったりしていたところへ突然の揺れだったので、かなり怖かったと言っていた。特に雪ノ下が、いつにもまして言葉少なに青い顔をしていたのが気になった。コイツあれだ。こういう突然襲ってくる系の恐怖はダメなんだな…高層マンションに一人暮らししてるのに、大丈夫なんだろうか。それとも(かえ)ってそういうところのほうが、免震構造(めんしんこうぞう)とかそういうのがしっかりしてるんだろうか。

 

 電車動いてるかなーバス遅れるかなーと話し合っている二人を見送ってから、俺は家へと自転車を漕ぎだした。こういうときに公共交通機関をあてにしなくていいところは、自転車通学の利点だな。

 

 通い慣れた通学路。

 

 いつもなら鼻歌でも歌いながらのんびりペダルを漕いでるところだが、さっきの揺れでまだ気分がざわざわしていた。

 

 しかし…。実は違うのではないか。

 

 中身もよく分からん銀色の袋を家に買い置いてるだけで、果たして本当に「備えは万全」と言えるのだろうか。

 

 実際、今この瞬間にデカイ揺れでも来ようものなら、俺はひとたまりもない。

 

 今この瞬間、俺には何の備えもないのだ。食料も持っていない、暖を取るための火の気もない。怪我した時の薬や絆創膏も持ってない。小銭くらいはあるが、周りの店や自販機がぶっ壊れればただの金属片だ。

 

 (さら)に。

 

 俺はぼっちだ。

 

 頭のアホ毛の先端からつま先まで捨てるところがない純度999.9(フォーナイン)のぼっちの(インゴット)だ。すげえ高値で取引されそう。されないか。むしろ捨てるとこしかないか。せめて文鎮(ぶんちん)代わりにはなりませんか。無理ですか。

 

 大震災以降、「絆」という言葉が改めて人々の意識にのぼり、相互扶助精神の大切さが唱えられている中でこの俺の見事なまでのぼっちぶり。

 

 いざという時、こんな俺に、だれか救いの手を差し伸べてくれるだろうか。

 

 ご近所の皆さんが子どもやお年寄りや身体の不自由な人たちを守りながら避難している中、「あんたも早く逃げな!」くらいの声かけはしてもらえるかもしれないが…。

 

 逆に、助けを求めている人も、俺より先に、見知ってて気心の知れた人の方を頼るだろう。そうやって自然発生的に知り合い同士で当面のコミュニティは確保され、互いに安心感を与え合うと共に、避難所なども彼らを把握しやすくなり、救助・支援の面でなにかと有利になるかも知れない。

 

 俺は、ごく自然に弾かれるだろう。

 

 親父やおふくろや小町はどうだ。

 

 …あかん…、置いてかれるイマゲ(image)しか浮かばん。いざという時は家族など他人だ。

 

 三枚のお札の一枚目くらいの勢いで捨てられそう。

 

 まずい。ひじょうにまずい。

 

 ペダルを漕ぐ足に力が入る。急にいまここでこうしていることが怖くなってきた。

 急いで家にたどり着きたくなった。

 

 甘かった。

 

 長年かけて積もり積もった黒歴史から学ぶべきものを学び尽くし、ぼっちとして生きるための理論武装も心の保険も盤石(ばんじゃく)だと思っていた。

 

 だが、甘かった。

 

 いちばん大事なことを忘れていた。いちばん初歩的なことを忘れていた。

 

 「ぼっちとして生き残る(すべ)」を、俺は何一つ持ちあわせていなかった。


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