やはり俺のソロキャンプはまちがっている。   作:Grooki

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その16:比企谷八幡は、いまだかつてない集中力で米を炊く。

 

 アルミの薄い(ふた)を押し上げるようにして、ブジュブジュと熱い泡がとめどなく(あふ)れ出てくる。

 

 その泡ひと粒ひと粒の生まれては消える様を、まるで残さず記憶しようとしているかのように、俺は腕を組んで鍋に見入っていた。

 

 向かいの席では、妹の小町と飼い猫のカマクラが、なんだかそっくり姉弟(きょうだい)のような感じで、そろって口を半開きにして、鍋を見つめていた。

 

 

 …一瞬でも判断が遅ければ、この実験は失敗だ…。

 

 

 緊張で口の中が乾くのを感じた。

 

 

×××

 

 

 って。

 

 いや、クッカーとガスストーブで米を炊く練習してるだけなんですけどね。

 

 

 昨夜のキャンプ飯ごっこで、キャンプ道具でも料理は十分できることを体験できた。

 

 だが、米だけは、何も考えずに炊飯器に頼ってしまっていた。

 

 考えてみれば、いまや日本人にとって、「米を炊く」というのは、「洗った米を炊飯器にセットしてボタンを押す」こととほぼ同義になってしまっているのではないだろうか。

 

 俺だって普通に家事手伝いでやってるしな。俺の水加減は神だぜ。自慢じゃないが。

 

 目盛りより気持ち、表面張力の範囲内くらい気持〜ち、水位を低くするのがコツな。

 

 まぁ、例外として、古民家で暮らして釜炊きを続けている者、旨い白飯を求めて専用土鍋で炊飯している者、なんかもいるにはいるだろう。

 

 あと、日本人キャンパー。

 

 日本人としてキャンプをやるなら、米をクッカーと火でキレイに炊きあげることができるっていうのは、必須スキルとまでは言わないが、できるとできないとじゃ、レベル1とレベル2くらいの違いはあると思う。

 

 夏休みに千葉村で飯盒(はんごう)使って飯炊いたけど、アレは集団でやってたので、自分だけで炊いたってわけじゃなかった。

 

 それにあの時のは正直な所、やはり家で食う白飯に比べれば、若干(じゃっかん)香ばしすぎな感じは否めなかった。

 

 飯盒の底にはかっちりオコゲができてたし…アレがいいんだという人もいるが、俺はどうもあの香りは好きになれない。後始末も大変だしな。

 

 あのときは、野外での炊飯なんて、そんなもんなんだろうと思っていた。

 

 自然の中でそういう飯を食うのがいいんだと、自分の味覚を(だま)していた。

 

 だが、もし。

 

 炊飯器と変わらないくらい見事に米が炊けたら。

 

 それも毎回、百発百中で。

 

 

 モテる(誰に)。

 

 

 いや冗談。

 

 だが真面目な話、キャンプ飯で米が炊けるようになれば、食事の幅も広がるし、野営に対する自信にもなると思った。

 

 で、さっそくネットで、キャンプ道具を使った炊飯について、サイトやブログを(あさ)ってみた。

 

 そしたらまぁ、出てくるわ出てくるわ。みんな好きねぇ。

 

 いろんなクッカー(鍋)やストーブ(火器)の組み合わせで、理想の炊き方、炊け具合を求め続ける猛者たちの戦歴が。

 

 結構目立ったのは、北欧のキャンプ道具ブランド「トロンギア」製のメスティン(片手鍋風の飯盒)と、宴席用の固形燃料(会席料理のコースとかに付いてる、ちっちゃい一人用鍋とかを温めてるアレ)を使うやり方だった。

 

 固形燃料の燃え方に合わせて、ほっておけば自然と炊けるという方法。

 

 これはそのうち真似したいな…!

 

 だが今回、俺が主に探したのは、俺と同じ「角型クッカー」とガスストーブを使ったやり方だ。

 

 これも結構見つかった。

 

 そのうちのひとつ、炊飯に成功した記事があったブログを参考に、実際にやってみることにしたのだ。

 

 ネットってホント便利。

 

 まさに「徒然草(つれづれぐさ)」第52段。

 

 「少しのことにも、先達(せんだつ)はあらまほしき事なり」だ。

 

 

×××

 

 

 今回俺が試している、ユニファイヤーの「角型クッカー」を使った炊飯の仕方はこうだ。

 

 まず用意するのは、「角型クッカー」の、小さい方の片手鍋(小鍋)。

 

 これでちょうど1合炊ける。

 

 米1合(180cc)を研ぎ、小鍋の中に移して、水を200cc入れる。

 

 これを30分〜1時間くらい、そのまま放置して、米に水を吸わせる。

 

 ちなみに…米は水に触れた瞬間から吸水するから、研ぐ段階で浄水を使ったほうがいい。

 

 水をしっかり吸わせたら、鍋をガスストーブにかける。やや強火だ。

 

 「始めチョロチョロ中パッパ…」の歌が頭をよぎるが、この歌は今回、完全に無視する。

 

 火にかけると、数分も経たないうちに沸騰し始める。ココが第一の勝負だ。

 

 沸騰し始めたら、火をすぐにとろ火まで落としつつ、小鍋の蓋を開け、中を箸やスプーンで全体をよくかき混ぜる。

 

 そう。「蓋を開けて」「かき混ぜる」のだ。

 

 このとき、なんなら鍋を火からいったん外してもいい。

 

 かき混ぜてみると、まだ米はさすがに硬く、粒がコロコロした感触があるが、案外、鍋底にしっかりと米粒がへばり付いているのを感じる。これをこそぎ取るようにしっかりとかき混ぜる。

 

 このへばり付きこそが、後のオコゲである。

 

 だから、徹底的にこそぎ取る。

 

 かき混ぜた後、蓋を閉じ、重しをして、とろ火でじんわり火を通していく。

 

 重しは、重めの陶器のマグカップを逆さにして置くのがおすすめだ。

 

 まぁ野外なら、石とかでも良さそうだけどな。

 

 やがて、鍋の蓋から熱い泡がジュブジュブ溢れてくるし、半端ないほど湯気が立ち上るが、手を触れないようにする。

 

 吹きこぼれに備え、ガスストーブの下には、何か()くといい。

 

 あとは、この湯気と吹きこぼれが収まるのを、焦らずに、しかし集中して、じっと待つ。

 

 そう。

 

 イマココ。

 

 俺は今まさに、腕を組んで、口を半開きのアホっぽい妹と猫をテーブルの向こうに見つつ、吹きこぼれの収まる瞬間を待っているのであった。

 

 さらに数分待っていると、湯気が収まってくるのが分かった。そして同時に、湯気の中に、香ばしいような水っぽいような微妙な匂いを感じた。

 

 今か…!?

 

 いや…まだか…!!?

 

 心の中で逡巡(しゅんじゅん)する。

 

 この段階では、決して鍋蓋を不用意に開けてはならない。鍋の中では蒸気が充満し、米を蒸しているからだ。

 

 うおお…どっちだ…!!もういいのか…まだダメなのか…!!?

 

 だが、自分の鼻で確かに、(わず)かな香ばしさを感じた瞬間に、俺は手を伸ばして、ガスストーブの火を消した。

 

 その動きに、小町とカマクラがビクッと反応する。いやお前ら集中しすぎだろ。

 

 俺は横に用意しておいたタオルで小鍋を巻くように包み、くるりと上下逆にしてテーブルの上に置いた。

 

 蓋の方から、熱い汁気などは垂れては来なかった。水分がしっかり米の中に入るか、蒸気として外に出て、鍋の中に水気が残ってない証拠だ。

 

 「よし…これで10分くらい放置して蒸らす。」

 

 俺は言いながら、興味深そうに小鍋にちょっかいを出そうとして、テーブルに乗ろうとするカマクラを抱き上げて阻止した。

 

 「ねえお兄ちゃん。夏に飯盒で炊いた時もだけど、なんで火から離した後、鍋を逆さにするんだろ…お米が鍋の底から離れるように?」

 

 おかずの用意を再開するために台所へ戻りながら、小町が(たず)ねてきた。

 

 「さあなぁ、実際のところ、どういう意味があるのかは調べた限りじゃはっきりしねぇんだよな…お前が言うような説と、鍋の上にたまってる蒸気を底の方へ戻して、米をよりふっくらさせるって説と、実は何の意味もないからやらなくていい説とかもあって。」

 

 だがまぁ、参考にしたブログでやってたので、今回は真似してみた。

 

 なんか、飯食う前の儀式としても面白いんじゃないの。

 

 

×××

 

 

 さて。10分後。

 

 ドキドキしながら小鍋の蓋をゆっくりと取った。

 

 小町も注目していた。

 

 鍋から顔を覗かせた米粒は、結構なボリュームに膨らんでいた。小鍋ギリギリだ。

 

 一瞬、若干ベチャッとしてるか…!?と思うような米の表面の光り具合だったが、箸でほぐしてみると、見事、炊飯器で炊いたのと変わりないくらいにふっくら炊き上がっていた。

 

 よおおおおっしゃあああああ!!!!

 

 と心の中だけで思いながら、さらに底の方までほぐしてみる。

 

 底の方も、バッチリふっくら仕上がっていた。

 

 焦げは…見当たらなかった。

 

 一口食ってみる。

 

 … … … !

 

 「…ふつうの米だ…。

 

 すげぇ、普通に家で食ってる米だ!!」

 

 静かに、だが力を込めて、俺はガッツポーズした。大成功!!

 

 やばい…自分でもキモいくらい頬が緩む…!!!

 

 小町もねだってきたので、一口食わせてやった。

 

 「…ホントだ、ちゃんと炊けてる!お兄ちゃんすごい!!」

 

 笑顔で兄を称賛する妹マジ世界一可愛い。久しぶりに(多分10年ぶりくらいに)妹からマジ褒めされてるような気がする。よしよし、小町的ポイント2倍進呈(しんてい)だ。

 

 その日の夕飯ほど、米飯が旨いと思ったことは、かつてなかった。

 

 結局、底の方にも焦げはできていず、わずかに熱で変色したうす茶色の粘りが見られただけだったが、匂いもなく、食うぶんには全く問題なかった。

 

 …ま、米1合は多すぎだった気もしないでもないけどな…。

 




 ちなみに、深鍋タイプのクッカーや飯盒なら、あえて蓋を開けっ放しで火にかけ、水を適宜調整しながら、ひたすら絶え間なくかき混ぜることで、湯気を飛ばしつつ、まぁまぁイイ感じに炊くこともできます。

 これはどっちかというと「煮しめる」に近いかな。

 その場合は、水加減に細心の注意を払います。

 私は焚き火と飯盒(丸型飯盒)でカレーライスを作るときは、このやり方で、具も米も一緒くたに煮しめてます。なかなかいい感じです。

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