やはり俺のソロキャンプはまちがっている。   作:Grooki

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その15:その日、比企谷八幡は新たな課題に直面する。

 19時ジャストに、玄関のチャイムを鳴らす音が聞こえた。

 

 相手は分かっている。

 

 必ず…来ると信じていた。

 

 リビングの窓から見慣れたクルマの影が見え、力強いエンジン音が耳に届いていた。

 

 はぁい、とドアの向こうに答えながら、俺の胸は高鳴っていた。

 

 待ち遠しかった。ようやく、ようやくこの日が来た。

 

 俺はいまや、喜んで、あなたが差し出す書類にサインするつもりなんだ…!!

 

 

×××

 

 

 「受け取りのサインおねがいしま〜す」

 

 指差された箇所にサインをする。自分の苗字が3文字であることすらもどかしいくらいウズウズしていた。

 

 …あっ? 

 

 誰だと思った?

 

 残念 ヤ○ト運輸でした!!!

 

 宅配業者が門扉の外に出るのを待って、俺は慌ただしくドアのカギを締め、2つの箱を抱えてリビングに駆け戻った。

 

 キタ──────────!!!!!!

 

 ニヤリとほくそ笑んでいるような企業ロゴの段ボール箱。テープをバリバリとはがすと、中からそれぞれ、箱に不釣り合いなほどコンパクトな商品が出てきた。

 

 ガスストーブ「イシタニ ジーニアスバーナー」と、クッカーセット「ユニファイヤー 角型コッヘル3個組」。

 

 …ふっ…

 

 …うへへへ…(気持ち悪い笑み)!!

 

 ポチった直後は激しく後悔したけど、やっぱ自分の手に届くと…嬉しさで頬が(ゆる)む…!!

 

 こういう気分になる買い物は久しぶりだ。

 

 

 

 

 最短日で配送してもらわず、今日この日を選んだのは訳がある。

 

 親父は出張、母親は仕事の大詰めで泊まり、そして妹の小町は塾で夜遅い。

 

 家の中でひとりきりになる絶好のタイミングだったのだ。

 

 今日この夜、俺は届いたばかりのこの2つの道具で、自分の晩飯を作ってみようと思いついたのだ。

 

 …とは言っても、大したものは作らないんだが…

 

 クッカーの大きい方の鍋でインスタントラーメン、フライパンで肉玉ねぎ炒め、ってとこかな。

 

 早速、クッカーの外箱から中身を取り出す。

 

 派手めな色の巾着型ネットに、3つのクッカーがきちんと重ねられて入っていた。

 

 ネットから取り出す。折りたたまれたそれぞれの鍋の柄が揺れてカチャカチャうるさいが、渋い銀色の鍋肌がとてもカッコ良かった。

 

 フライパンの柄を伸ばし、留め金で固定する。サイズや形はまるでおもちゃだが、作りこみや表面のフッ素加工などは本格的だった。

 

 大鍋と小鍋の柄も伸ばすと、フライパンと同じく、片手鍋として使える形になった。

 

 それぞれの柄は太い針金のようなもので出来ているが、かなり丈夫だ。力を込めて握っても歪んだりはしなかった。

 

 大きさは、やはり一人分、二人分の食事を作る程度のサイズ。

 

 鍋を(つか)んで、中華鍋みたいに中身をあおる動作をしてみる。大した意味はない。気分だ気分。

 

 3つともすぐに、傷つき防止のフィルムをはがすと、台所でよく洗った。

 

 次に、ジーニアスバーナーの開封の儀に移った。

 

 ジーニアスバーナーは、古めかしくイボイボに表面加工されたプラスチックのケースに入っていた。同じ箱の中に、オマケで小さなCB缶が入っていた。カセットコンロで使うタイプの半分の長さくらい。

 

 おいおいお得すぎるだろ…!!

 

 ストーブ本体は、俺の握りこぶしくらいの大きさ。ガスストーブとしてはかなりデカイほうだ。

 

 なんか、取り扱いの注意書きが書いてある小さな金属プレートが(くく)りつけられていたが、使用時には邪魔なので、取り外してケースの底にしまっておくことにした。

 

 ストーブのゴトク(鍋を置く腕部分)は4本。かなり安定性が期待できる。

 

 ただし、収納時は、本体上部からだらりと垂れ下がっており、固定されていない。揺らすとカチャカチャ音を鳴らす。

 

 この腕部分を270度…四分の三回転させると、ちょうど火が出る部分のすぐ横で横向きになって止まる。これを四本分繰り返す。

 

 …ただし、一本ずつまともに回転させていると、隣り合う腕同士が干渉しあってうまくゴトクを開けない。

 

 そこで、いちど本体を上下逆にしてやる。こうすると全ての腕がだらりと180度回転する。そこから一本一本横向きに留めてやるといい。ネット動画で予習済みだ。

 

 脚の部分も同じようなやり方で展開する。

 

 本体横の接続口にCB缶を押し込み、ちょっとひねって固定させると、セッティング完了だ。

 

 …生で見ると、意外としっかりした存在感があった。立派なキャンプ道具だ。ちゃちな感じは全然ない。

 

 大鍋を、ゴトクに乗せてみる。角型クッカーとこのストーブは、俺自身ほんとうに意外だったが、かなりしっくりした組み合わせに見えた。

 

 偉い。俺天才。

 

 

×××

 

 

 クッカーとストーブを台所に移動させ、早速料理開始。

 

 冷蔵庫にあった豚肉のこま切れをひとつかみと、小粒の玉ねぎを半分スライスして用意する。

 

 クッカーのフライパンにごま油をひと垂らし入れる。

 

 ガススト―ブのつまみを回す。ガスの吹き出すシュ――という音がしだした。

 

 つまみの横のイグナイタ(着火装置)を、押しボタン式ライターのようにカチッと押しこむと、ボッ!という音と共に、円錐形の青い炎が勢い良く噴き出してきた。

 

 おおおおお…!!!

 

 音はカセットコンロに比べると、ちょっと大きい感じがした。こんなもんなんだろう。

 

 フライパンを乗せ、油をなじませると、豚肉と生ネギを放り込んだ。

 

 聞き慣れたジューっという音と共に、材料が炒められていく。

 

 しかし、なんか新鮮な光景だ…!

 

 焦げ付かないように箸で素早くかき混ぜる。

 

 塩コショウで調味。ものの3分くらいで「豚肉玉ねぎ炒め」が出来上がった。

 

 次にラーメン。

 

 大鍋に水を張り、ストーブで沸騰させ、インスタント袋ラーメンを入れてほぐれるまで煮る。お湯の量を捨てて調整し、粉のスープを入れて混ぜる。調味油を入れる。終了。簡単。

 

 ネットのレビュー通り、四角い形の袋ラーメンが割らずにすっぽり入れられたのは、ちょっと感動を覚えた。

 

 

 合計10分位で、料理は完成した。

 

 

×××

 

 

 炊飯器からよそってきた白米を横に並べると、立派な(インスタント)ラーメン定食だ。

 

 今回、食器は使わずに、鍋から直に食うことにした。

 

 キャンプ道具なんだからそういう使い方してもいいんだ!楽だぜ!!

 

 さてまずはラーメンの汁をすすっt

 

 あっっっっっ()い!!!!

 

 さすがにアルミ鍋から出来たてを(じか)で、は熱い!!

 

 こりゃ、すぐには食えない…汁物作る時は丼も用意しとくべきかしら…

 

 アチアチ言いながら、適当な温度になってからようやく食い始めることができた。

 

 まぁ、麺が伸びるほどの時間はかからなかったから、いいんだけど。

 

 豚肉炒めもシンプルな味付けながらいい出来…!玉ねぎは炒めた時の香りが最高…白米によく合うな…!!

 

 フライパンから直に食うのは、男としてはなんかワイルドっぽくて愉快だ。

 

 キャンプ飯、いけるいける…こういうシンプルなので全然いいじゃないか…!!

 

 

 このとき、俺はまるで既にいっぱしにキャンプしてるような気分でいた。

 

 しかし、白米のおかわりをしようと炊飯器の方へ歩きかけた時、

 

 

 ガツン。

 

 と頭の中で何かが衝突した、気がした。

 

 

 … … …

 

 …ちょっと待て。

 

 まだダメだ。

 

 …もうひと品。

 

 もうひと品、キャンプで絶対、作れなきゃいけないものがあるじゃないか…!

 

 手に持った飯碗をまじまじと見つめた。

 

 

 

 

 …クッカーで、米を炊けるようにならなきゃ…!!!


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