やはり俺のソロキャンプはまちがっている。   作:Grooki

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その12:比企谷八幡は、最も困難な選択から始める。(ガスストーブ)

 …

 

 … … …

 

 帰宅してからずっと、俺はパソコンの前で腕を組んで悩んでいた。

 

 時刻は午後11時を少し過ぎていた。

 

 目の前のPCでは、ブラウザが起動していて、タブが3つ並んでいた。

 

 すべてアマ○ンの商品ページだ。

 

 それぞれのタブに表示されているのは、俺が一番最初に買おうと決めていたキャンプ道具の候補たちだ。

 

 「ガスストーブ」。

 

 あるいは「ワンバーナー」・「シングルバーナー」とも呼ばれる。

 

 市販のガス缶を取り付けて使う、「カセットコンロの超ちっちゃい版」。

 

 他にも、ガソリンや灯油を燃料に使う「ガソリン/ケロシンストーブ」、アルコールを燃料に使う「アルコールストーブ」などがあるが、俺は最初は、一番簡単に扱えそうなガスストーブを買おうと決めていた。

 

 …買うことは決めている。問題は、「どれを買うか」だ。

 

 

×××

 

 

 「ガスストーブ」には、大きく分けて2種類ある。

 

 「使う缶の種類」による違いだ。

 

 まずは「CB缶用」。

 

 俺達が家庭内で鍋料理の時とかに使うカセットコンロ、あれに使用されるガス缶を、「CB缶」という。(C)セット(B)ンべの略だ。

 

 これに対応するストーブが、各メーカーから少ないながらも出ている。

 

 長所は、「ガス缶の調達が容易なこと」。

 

 CB缶は、スーパー、コンビニ、ホームセンター、ドラッグストア等で安く売っている。

 

 家庭内で数本くらい常備しているところも多いんじゃなかろうか。

 

 これは普段から備え置いておく防災用品としては、最大のアドバンテージだ。

 

 短所は、「持ち運びの際にかさばること」。

 

 往々にして、CB缶用のバーナーはそれ自体が比較的大きく、しかもガス缶とは別々にザック等に収納することになる。

 

 え、別々に収納て当たり前じゃね?と思うかも知れないが、次に説明する「OD缶用」は違う。

 

 「OD缶用」。

 

 これは、(O)ウト(D)アの略だ。

 

 OD缶は、あまり見慣れない形だ。例えは悪いかも知れないが、第一印象は「肉まん」。

 

 手のひらにやっと収まる大きさの、ドームのような形の缶だ。頂上に当たる部分に、ストーブに直結するためのガス噴出口がある。ちなみにネジのように回し込みながら接続する。

 

 これの長所は、「たいていの調理用鍋(クッカー)の『中に』収納できる」ということ。

 

 大半のクッカーは、折りたためる柄の付いた深い鍋に、同じ柄のついた浅い鍋をフタのようにかぶせて組み合わせ、円柱形になる。

 

 この深型の鍋の中に、OD缶はあつらえたようにすっぽりと収まるのだ。

 

 いや実際、クッカーのほとんどは明らかにOD缶の収納を意識して作られている。

 

 そしてさらに、OD缶用のストーブ本体は、傘のように閉じ開きができるゴトクをたたむと、かなりの小ささになり(差はあるが、おおむね手の中に握り込めるくらいの大きさ)、OD缶といっしょにクッカーの中へしまい込むことができる。

 

 こういう収納方法を「スタッキング」(積み重ねる)という。

 

 クッカー、ガス缶、ストーブを、ワンセットにまとめてバックパック等の中に収納できるわけだ。これは、持ち物を極限まで効率よくコンパクトに収納しようとする、登山装備の発想による。

 

 持ち運びを前提とした防災用具としては、かなりのメリットだ。

 

 短所は、ガス缶の調達元がCB缶より限定されること。キャンプ用品店かホームセンター、大きなスポーツ用品店に限られるだろう。

 

 しかも、ガス缶の単価は、CB缶よりもかなり高い。倍とまではいわないが、しょっちゅう買いためてローテーションするのは地味に辛い価格差だ。

 

 ちなみに、ちょっと前は、もっと多くの種類のガス缶があったらしいが、阪神の大震災の時に、互換性のないガス缶が使えず難儀した人が多かったことから、ガス缶の規格の整理が行われ、現在のように2種類になったらしい。

 

 さらにちなみに、ガス缶の規格は同じになったが、ガスの成分は各メーカーで微妙に違うこともあるらしい。大まかに言えば、「安いが寒さに弱い成分配合」と、「高いが寒さに強い成分配合」があるという…。

 

 

×××

 

 

 …と、そんなことばかり調べているとどんどんドツボにはまっていって、結局何を買えばいいのかわからなくなってしまったのだ。

 

 とりあえず悩みながらも俺が最終候補として選んだのは3つ。

 

 カセットボンベを使える上に本体価格が最も安い、イシタニ製「ジーニアスバーナー」。

 

 OD缶用だし価格も高いが、「マイクロレギュレーター」搭載の、OSOTO製「シルフィードマスター」。

 

 同じくOD缶用、OSOTO製の最新型「アミークス」。

 

 全て日本のメーカーだ。

 

 イシタニは、カセットコンロで有名なメーカー。アウトドア火器のブランドとしても有名で、スウェーデンの老舗「プライムス」を傘下に起き、アルコールストーブというまた別の火器で有名な「トロンギア」の輸入代理店でもある。

 

 「ジーニアスバーナー」本体の大きさはかなりあって、クッカーの中に収まらないことはないが、ガス缶と一緒は無理だ。

 

 その代わり価格は安く、機能的には必要十分で、かつ安心感がある。

 

 OSOTO(オソト)は、日本の工業用ガスバーナーのメーカーが、アウトドア用品として展開しているブランドだ。主にガスストーブの完成度で世界的な知名度を誇る。

 

 そのOSOTOが世界的ヒットを飛ばしたのが、看板商品の「シルフィードマスター」だ。

 

 ガス缶からガスを噴出させるバーナーの最大の弱点「気化熱」…スプレー缶を使い続けると缶が冷たくなり、ガスの出が悪くなるあの現象を軽減させる噴出量調整装置「マイクロレギュレーター」を搭載し、火力の安定を図っている。

 

 これは外気温が低く、缶が冷えやすい冬の登山などで威力を発揮するらしい。

 

 炎の噴出口はすり鉢状になっていて、横風の影響を受けにくい構造になっている。

 

 なにより、3つの中で一番デザイン的にかっこいい。

 

 そして、そんなすごいストーブを出したOSOTOの最新作が「アミークス」。

 

 炎の噴出口の形はすり鉢状を踏襲しているが、「マイクロレギュレーター」は搭載していない。そしてその分、価格は「シルフィードマスター」の6割強くらいだ。

 

 メーカーの紹介文やアウトドア系情報サイトのレビューでは、「初心者からベテランまで、幅広く使える」のような感じで扱われている。

 

 おそらくだが…「マイクロレギュレーター」は、冬山登山など極限状況に挑戦する人以外には、オーバースペックだという判断なのだろう。

 

 しかし、それは「初心者」のみを対象にしているわけではない。実際、全体の作りこみ方は半端ではない。

 

 多分、平地や低山でのキャンプの達人たちからも不要論があったのかも知れない。そう考えると、逆に玄人こそ好む製品なのかも知れない。

 

 ちょっとデザイン的には「シルフィードマスター」に一歩遅れるが、十分すぎるほどかっこいい外見だ。

 

 

×××

 

 

 さぁ…どうする…?

 

 俺は頭の中で、それぞれのバーナーを使っている自分の姿をイメージしていた。

 

 「キャンプらしさ」を演出するなら、「シルフィードマスター」や「アミークス」に断然、分があると思う。クッカーから取り出してカチャカチャ組み立てるところとかまじかっこいい。

 

 「マイクロレギュレーター」搭載の「シルフィードマスター」なら、他の奴らに対して「俺ァ素人じゃないんだぜ感」を演出できる…

 

 いや素人だけどね?ほら、そういうのが透けて見えるようなの、嫌じゃん?

 

 しかし経験値浅いのに背伸びして高級品買っちゃうことに、分不相応だろ、とも思ってしまう。この複雑な男子ゴコロよ。

 

 …カッコつけずに一番とっつきやすそうな「ジーニアスバーナー」にしとくか?いやしかし、荷物としてかさばるのが、後々致命的になるかもしれない…ストーブ本体とCB缶をL字型になるようにセットするのも、ビジュアル的にやっぱ見劣りする気が…

 

 それに、雑誌でもなんか「コスパ高い初心者にも最適のモデル」みたいに、さも使ってるのは初心者です的な書かれ方されてるのも気に食わない…

 

 いや、初心者だけども!!ほら!!なァ!!!わかるだろこの気持ち!!!!(心の訴え)

 

 う〜〜〜〜〜〜〜〜…

 

 深夜1時を回ったあたりで、俺は結局「ジーニアスバーナー」を、買い物カートに入れた。

 

 他の2つを諦めるのは断腸の思いだったが、やはり「ガス缶の安さ、調達のしやすさ」が決定的だった。

 

 収納時のコンパクトさに欠ける点は、「ゆーても、登山するわけじゃないから、そこまで追求しなくてもいい」と、割り切った。

 

 ていうか、季節によっては、登山でもこのバーナーを使う人は沢山いるようなので、考え尽くした上で、あまり気にしないことにした。

 

 …アレだ。初心者にも使いやすいってことは、達人も使いやすいんだよ…(詭弁?

 

 

 

 

 … … …

 

 …しかし、数カ月後には物欲に抗えず、結局「アミークス」も買ってしまうことを、この時の俺はまだ知るよしもなかった…。

 


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